第17話 本当の自分
日曜日。
約束通り彩芽と会うことになった。
待ち合わせは、昨日と同じ駅前。
今日はオレの方が早く着いた。
改札の前で待っていると、彩芽が小走りでやってきた。
「かなたん、お待たせー!」
昨日と同じように明るい笑顔。
でも、どこか少しだけ違う。
いつもより柔らかい笑顔だった。
「今日はどこ行く?」
「んー、どこでもいいな。かなたんは?」
「オレもどこでもいい」
「じゃあ、適当にぶらぶらしよっか」
「うん、いいね、それ」
二人で駅前を歩き出す。
近くのショッピングモールに入った。
特別なことは何もない。
服を見たり、雑貨屋を覗いたり、クレープを食べたり。
ただ、それだけの時間。
でも、昨日までよりも会話は少し落ち着いていた。
無理に笑いを取りに来ることもない。
沈黙があっても、気まずくならない。
その空気が心地良かった。
――――――――――
夕方、公園のベンチに並んで座る。
オレンジ色の光が、街をゆっくり染めていく。
しばらく何も話さなかった。
ただ、隣にいる。
それだけで十分だった。
やがて、彩芽がぽつりと口を開く。
「……ねぇ、かなたん」
「ん?」
「なんかさ、変な感じ」
「変な感じ?」
「うん。静かに過ごしているのに、全然気まずくない」
「そうだね」
柔らかい風が時折吹き、夏本番を迎えようとしている暑さを和らげる。
「……ねぇ、かなたん」
「ん?」
「今日のあたしさ、退屈じゃなかった?」
「退屈じゃなかったよ。あやちゃんと一緒にいて心地良かった」
「……あたしも、かなたんと一緒にいて心地良かった」
「今までのあたしってさ、絶対何かしゃべってたと思うんだよね、無理やりでも」
少しだけ微笑む。
「でもさ、今は別に、無理しなくていいやって思える」
視線は前を向いたまま。
「かなたん、何も聞いてこないし」
「うん」
「でも、それが……」
言葉が止まる。
オレは、待つ。
公園で遊ぶ子どもの声が遠くでする。
数秒の沈黙の後、
「……楽なんだよね」
小さく、でもはっきりとした声だった。
沈黙が続く。
でも、その沈黙は、今まで感じてきたものとは違っていた。
何かを埋めなきゃいけない焦りも、気まずさもない。
ただ、隣にいることを許されているような、そんな静けさだった。
彩芽は何も話さない。
それでも、どこかで言葉を探しているのが分かる。
言おうとして、やめて。
また言おうとして、やめて。
その繰り返し。
オレは、何も言わない。
聞こうと思えば、聞ける。
踏み込もうと思えば、踏み込める。
でも、それは違う気がした。
今、この距離でいい。
このまま、彩芽が自分のタイミングで言葉を見つけるのを待つ。
それが、今のオレにできること、そして、するべきことだと思った。
やがて、彩芽が沈黙を破る。
「変でしょ?」
「全然」
「そっか」
また、少しだけ沈黙が流れる。
「……あたしさ」
彩芽がゆっくりと口を開いた。
「ずっと『明るいあたし』でいなきゃって思ってたんだ」
「いつもケラケラ笑って、面白いこと言ってみんなを笑わせるあたし……楽しいし、話しやすいでしょ?」
「うん」
オレは、彩芽の顔を見つめる。
いつものような作った笑顔はそこにはない。
自然体の彩芽がそこにはいた。
「……ちょっと、疲れてたのかも」
また、風が吹く。
彩芽の髪が、静かに揺れた。
「……昨日、かなたんは何も聞いてこなかった……それが楽で……心地良かった」
「オレも心地良かったよ」
「かなたんは、どっちのあたしがいい?重いあたしは嫌じゃない?」
「どっちのあやちゃんも好きだよ。ケラケラ笑ってるあやちゃんも、静かに隣にいてくれるあやちゃんも、どっちもあやちゃんだから」
オレンジ色に染まっていた彩芽の顔がさらに赤くなったような気がした。
「……あ、あたしも……帰り道、一緒に馬鹿話をして大笑いしてくれたかなたんも、昨日や今日のように、静かに寄り添ってくれるかなたんも……どっちのかなたんも……好き」
『好き』という言葉を言う時、彩芽は恥ずかしさからか、オレがいない方に顔を傾けた。
そんな彩芽をオレは、愛おしく思って見つめていた。
――その時だった。
彩芽の頭上の数字が虹色に輝き始めた。
『100』という数字が。
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