第18話「ミラル、天界へ降り立つ」
「ねぇ、もっと早く飛べないの!?」
「無茶言うなぁ! 俺にはこれが精一杯だ!」
今、私はメゾンの背中に乗って、遥か上空を飛んでいる。
すでに雲より上までには到達している。しかし、天の国というものは一向に姿を見せない。
急いでるんだから、早くしてよね。
私その気になれば、背中から急にメゾンへ攻撃できるんだから。
「どこにあるの? あなたたちの住む場所って」
「……わ、わからなくて当然だ。上位天使が持つ特殊なゲートを使わないと、人間は見ることすら不可能なんだぜ」
なるほどね。だから天の国の存在などは、伝説上ぐらいでしか地上に伝わっていないわけだ。
ひょっとして、天界に行く人間って、私が初めてなんじゃないかな?
「うわっ、最高! 天界についてのレポートとか、王城の研究で書いたらビッグニュース間違いなしじゃん! ……あ、でも、誰も信じてくれないか」
「うわあああ、最悪だ! 人間が天の国に入るだなんて、前代未聞なのに。俺、神様に殺されるんじゃ……」
「大丈夫よ、その神様を今から私とリタでぶっ飛ばすから」
それを聞くと、メゾンが青ざめて私の顔を見つめてきた。
「正気かよ!? 誰も逆らえない最強の女神様に!? というかリタの奴、もう生きてるかわかんねぇぜ。神の怒りを買っていたら、とっくに消えてるかもしれない」
「……いや、リタは生きてる」
私は懐から、一枚の羽根を取り出した。
羽根は朽ち果てることなく、紫紺の輝きを放ったままだ。
「天使って、絶命したら消えちゃうんでしょ。この羽根が残っているってことは、リタは死んでいないし、天使に戻ってもいない」
「……」
「私、彼を絶対に助ける。だって好きだから」
メゾンに話しているつもりはない。
独り言のように、それでも気が付けば、言葉に力がこもっていた。
「最初は私が彼を助けた。でも、彼も私を助けてくれた。私たちは支え合ってるの。互いに足りないところを補って、どちらかが倒れないように」
「……支え合い……」
「天使だとか堕天使だとか関係ないの。私の目には、彼はひとりの男として映ってる」
最初は護衛用の奴隷でしかなかった。私にとっても、彼は堕天使だった。
でもかかわるにつれて変わった。彼は私にとって大事な人だし、幸せになってほしい。
メゾンが、静かな様子でつぶやいた。
「……俺は天使だから、恋愛とかはわかんねぇんだよな。リタはお前のことが好きなのか?」
「……わからない。でも、夢の中で私は、リタに好かれてるって言われた」
「なんだよその都合よすぎる夢!」
大声で笑ってるメゾン。
私は苛立って、こいつの頭を思わず殴ってやった。
「いでっ!!」
「早く天界に行きなさいよ、嘘つき天使! 後で働いて、村人たちにお金をたんまりと払いなさいよ」
「ひいっ、悪かったって! あれ考えたのレナス様なんだよ。俺は過酷労働は御免だぜ……」
やがて、雲よりもさらに上空まで飛び上がった時、メゾンが言った。
「ゲートを開くぜ」
彼は両手を前方に広げる。
すると、真っ白な光が輪円状に現れ、空中で巨大化した。
「これがゲート……?」
「入るぜ。急に景色が変わるから、驚けよな」
私とメゾンは、ゲートへと一直線に突っ込む。
すると次の瞬間、私の視界に広がったのは――
すべてが白に統一された、純白の雲に浮かぶ世界だった。
「……なにこれ……!?」
リタが前に言ってたとおりだ。草も森もない。
あまりに単調な色彩だ。いや――色がない世界なのか?
「天使は綺麗な金色の輪っかを持ってるのね。みんな金髪だし……」
「おっと、俺の背中に隠れろ。わざわざお前が見つかりにくいように、俺はゲートを上空のほうで作ったんだぜ」
メゾンが腕を軽く広げて、私を隠すような姿勢を取る。
背後には誰もいない。たまに空を飛んでいる天使たちは、生気がないような顔をして、ふわふわと飛び回っているだけだ。
「もうここまで連れてきちまったし、しゃあねーよ。……女神様を倒せるなら、やっちゃってくれや」
「……えっ?」
「あの神様……正直言って、理不尽が多くて俺は嫌いだ。急にリタを呼び戻したいってな、俺らに命令を突き付けてきたんだ。そんで手配書をばら撒けとかいう意味わかんねぇ要求してきてよ。天使どもも苦労してんだ。前の神様はマシだったのになぁ」
メゾンの意外な言葉に、私は驚いてしまう。
……今の神様、リタだけに対して偏見をしていたんじゃなくて、天使全般に対して無能だったわけ?
「ほらよ、あの宮殿。レナス様がいるぜ。おろしてやるよ」
「……」
「恋だか愛だか知らねぇが、お前らなら、何とかできるんだろ?」
(もちろんできるし。舐めるんじゃないわよ!)
私は向かう。何も持たず、堂々と宮殿の中へ。
たちまち武器を持った天使たちが、私の姿を捉える。
「なっ……。誰だあの女は」
「……まさか人間か!?」
「嘘だろ、どうやって天界に――」
驚くでしょうね。人間なんていう、天には程遠い存在が雲の上にやってきたのだから。
こいつらが戸惑っている間に、私は水の竜巻をその場に生み出した。
「貴様、これ以上近づくのなら――」
「うるさいわ、これでも喰らいなさい!!」
「……うわあああああっ!?」
武器を握っていた天使たちは、不意を突かれ、防御用の魔法を出す余裕すらなかったらしい。
たちまち私の竜巻に巻き込まれ、全身が水浸しになった。
「うぅっ、飛べん……、背中が重い……」
「翼が濡れたら弱るって、実戦で知ったから。……って、そんなことどうでもいいわ。ちょっとあなた!」
私は倒れた天使に掴みかかった。
「リタはどこにいるの!?」
「り、リタ? えっと、誰の事……」
「堕天使のことよっ!!」
「あ、レナス様のもとに――って、やべっ!」
天使は口を押さえて青ざめる。
「体が冷えて、判断がバグっちまった!」
「何教えてんだよお前! 早くあいつを止めねぇと!!」
天使たちが立ち上がってくる。濡らしたとはいえ、直接ダメージを与えたわけではないのだ。
「ハァッ、ハァッ――」
とはいえ、走り出したのは私の方が早い。
他の天使たちからの猛攻を受け、何とか身を躱す。時には水魔法を噴射して時間を稼ぎながら、私は長い廊下を駆けて行った。
「うわっ!!」
「なんだっ!?」
もはや私の脳裏には、彼のことしか映っていない。
(もうすぐで……もうすぐだから、リタ……!!)
邪魔をしてくる天使たちは魔法で蹴散らし、私はただひたすらに走った。
(俺……殺されるのか)
頭上でレナスが、天使たちに俺を殺すよう命令していた。
……駄目だ。本当に力が出ない。魔力を溜めすぎた反動で、体が動いてくれない。
(なんで俺、ミラルがいないと……)
自分でも信じられない。
好きな子がいないと、まともに戦うことすらできないだと?
あぁ……
俺も堕落したものだ。
「……」
「……む、待て、天使たちよ」
俺に歩み寄る天使を、レナスが止めた。
……なんだか背後が騒がしい気がする。
「廊下の方から騒ぎ声が聞こえるぞ。確認してこい」
「はっ!」
天使たちが廊下に走り去っていく音がした。
何か事件でも起きたのか? 俺には、確認する余裕すらない……
すると突然レナスが、驚いたような表情を見せた。
「……なに? 人間?」
「レナス様! 水魔法を操って走ってくる人間がいます! わ、我々じゃ手に負えないです!」
(……なんだって?)
待ってくれ。今、人間と言ったか?
いや、まさかな。上位天使でなければ、天界と地上は行き来できない。
……それに、俺はきっとあいつに嫌われた。黙って置いていったからな。
あいつが追ってくるわけ……
「リタああああああああああ!!」
叫び声が聞こえた。
――まさか、あいつがやってきたのか?
「ミッ……ミラル……」
力を振り絞って、俺は起き上がる。
――レナスが睨む先には、息を切らした少女が、ひとりで立っていた。




