第16話「ミラル、天使を従える」
私の前に立ち塞がった、2人の白い翼の天使。
2人とも金髪だ。男の方は面倒くさがるようにあくびをし、もう片方の女は、事務的な無表情を顔に浮かべていた。
この人たちは、リタを知ってる。
リタを救おうとしてる私を、邪魔するつもりだ。
「手配書ぶちまけたやつ、あれは驚いただろ? 俺ですら驚愕だったぜ。でもレナス様がそうやれって言うからな」
「レナス……?」
「あぁ、我らが神様の名だ。俺は上位天使のメゾン」
「同じく上位天使のセトリアです。レナス様により追放された、堕天使リタを回収するため、一時的に地上へ降臨しています」
セトリアと名乗った女の天使は、手元から一枚の紙を取り出した。
大量に降ってきた手配書だ。リタが描かれている。たとえ紙に書かれた存在でも、見つめると苦しくなってくる。
早く追いつかないと。
彼らは上位天使だと名乗った。
つまり……天界へ行き来する方法を知っているはずだ。
「どうやら彼のことをよく知っているようですね。地上では彼とどのような関係だったのですか?」
「……それは……奴隷と主人……」
「おいおいこいつ頭狂ってやがるぜ! 堕天使とはいえ、もとは天使。人間ごときよりは力の強い存在だ。そんな奴を奴隷にだぁ……? あいつも落ちぶれたもんだな!」
メゾンが高らかに笑っている。
その癪に障るはじけるような声が、私は不快でたまらなかった。
「黙りなさいよ……! あんたたち、なんでリタを天界に戻そうとしてるのよ! 追放したくせにっ!」
「それがなぁ、俺たちも不思議なんだ。俺たちだって望んでやってることじゃねぇぜ。でも、レナス様の意見は絶対だ」
メゾンは指先でパチンという音を出した。
「きっとレナス様は、リタを捨てたことを後悔してるんだ。俺もリタのことはよく知ってる。あいつは無口だが、能力は他の天使に比べて卓越していた。レナス様は無口なあいつを神への反逆を思考しているのではないか、という理不尽な理由で堕天させたがな。よくよく考えれば、あいつの力は捨てがたく――」
「……メゾンさん。口が軽すぎますよ」
「おっと! 言っちゃいけねぇとこまで言っちまったか? まぁいいぜ」
メゾンは、数歩踏み出して私の前に立つ。
「知ってしまったお前には、消えてもらうからなぁ」
その一言で、全身に悪寒が走った。
目の前の天使は、殺気立っている。私を始末する気なんだ。
次の瞬間、2人は翼を広げ、勢いよく飛び上がっていた。
「人間は欲にがめつい生き物です。数字を見ただけで、こうも簡単に動かせるものなのですね」
「堕天使をとっつかまえたって、賞金なんてねぇのによ!」
「はっ――」
2人の言葉に、私は唖然としてしまった。
……賞金が、ない?
つまり嘘ってこと? 村人たちは、騙されてリタを……。
「……許せない」
村の人たちは、本当にお金がなくて困っていた。
食いつないでいくために、最終手段を選んだのだ。だからこそ私も、彼らを責めることができなかった。
そんな人たちの想いを踏みにじるこいつらは……天使だろうが何だろうが、絶対に許さない。
「倒してやる!」
「あぁ? できるならやってみろよ。魔女っ子ちゃん♪」
メゾンは空中で、指先を高々と空に向ける。
その先端から生み出された光が、雲を貫通した。その隙間から、ほとばしる稲妻が落ちてきた。
リタも同じような魔法を使っていたのを見たことがある。
「どこまで避けられるかな!!」
雷が当たらないように必死に避ける私。
だが、電光は地面を切り裂くように私を追いかけてくる。やがて電撃の一部が足に当たり、全身に痺れが駆け巡った。
「きゃああっ!!」
足が猛烈に痛い。私は思わずうずくまってしまう。
「……はぁ。やはり人間と天使の戦力差なんて、こんなものですよ。私がトドメをさしてきます」
前方から、セトリアが歩いてきている。
手に握っているのは、魔法で生み出した炎の槍。あれで私を一突きして、終わらせる気だ。
「終わりにしましょう」
「……」
槍が高く掲げられ、私の背中目掛けて振り下ろされる。
――しかし。
「……えっ」
セトリアが握っていたはずの槍が、一瞬にして消えた。
「何が……」
「……私の魔法、舐めないで」
私はゆっくりと起き上がる。
私は今、自分で出した水魔法を使い、即座にセトリアの炎で出来た槍を消して見せたのだ。
村人たちに水を与えたりもしていたが、本来これは、戦闘や研究に使うもの。
天才魔女の名は伊達ではないってこと、証明してやる!
「タイフーン・ウェーブ!!」
私が大声で叫ぶと、水色の魔法陣が地面に広がる。
そこから水が溢れ出たかと思うと、風が瞬時に水を巻き上げ、巨大な海水の竜巻を生み出した。
「なっ――!」
突然水に襲われたセトリアは、回避することができない。
白い翼がびしょりと濡れ、あっという間に飛べなくなった。そんな彼女を呑みこみ、竜巻は轟々と荒れ狂う。
「きゃああああああああ!!」
やがて竜巻の端からセトリアが放り出され、彼女は気を失った状態で倒れた。
「……おっふ。マジかよ」
空からのびのびと見学していたメゾンが、少し動揺しているのが見える。
「竜巻から跳ねた水のせいでちょいと濡れちまったじゃねぇか。翼が重い……。まぁいい、地面からでも攻撃をしてやるよ!」
メゾンは翼を広げ、地面に降り立った。
そして再び片手をあげ、空から激しい雷を地面に落とす。
ところが……
「ぎゃああああああああっ!!」
感電したのは、メゾン本人だった。
――雷が弾けたときに広がった電気が、濡れた彼の体に走ったのだ。
「くっ……そ……」
メゾンは全身を痙攣させながら、苦しそうにうずくまっている。
――どうやら、死まではいかなかったらしい。ちょうどいいや。
「……あっ」
ふと振り向くと、いつの間にか目を覚ましたセトリアが、翼を引きずって逃げ出している。
追いかけるのも面倒だし、放っておこう。
今、私の目の前にいるのはこの男、メゾンだけだ。
「あなたたちが邪魔したせいで、もう教会にも間に合わないよ。どうしてくれるの?」
「……うっ、ぐっ」
彼は呻き声を上げている。自分で放った雷でダメージを受けたのだから、相当なものだろう。
「早く立って。もう教会に行くのはやめるから」
「……は? 何を……」
「あなたに直接天の国まで連れて行ってもらうの。だから早く立ちなさいっての!」
途中で眠ってしまったり、こいつらに邪魔されたり。いくらなんでも時間を食いすぎた。
こうなったら手段はたったの1つ。本物の天使に、直接天界まで連れて行ってもらえばいい。そうすればリタに会えるはずだ。
「なっ……ふざけんなよ! 俺がお前に味方しろってか!?」
「そうよ! あなたなら天の国の場所を知っているでしょう? 早くしてよ!」
「む……無理だ。それは神に反抗することだ……」
「じゃないともう一人の天使みたいに、竜巻でぶっ飛ばすわよ!」
「!!」
有無を言わせず、私は無理やり彼の翼を握り、背中に乗った。
「ちょ、何やってんだ馬鹿! 重い……」
「は? なんて?」
「……な、なんでもないです」
「早く天界まで連れてけって言ってるの! 時間がなくなるから!」
「うわああああああ」
メゾンは情けない声を上げて、翼を広げ、勢いよく空を飛び始めた。
ただし、背に乗る私への配慮は何もない。殆どやけくそで飛んでいるメゾンから振り落とされないように、私は必死に翼を掴んだ。
ちょっと強引に予定が狂ってしまったけれど……うまくいくならこれでいい。
(リタ……)
私の心の中では、銀髪の青年が淡い色合いで映っていた。




