8土井ゆかりの過去(ゆかり視点)
――〇
やっとだ。
やっとチケットが手に入った!
この日のためにファンクラブに入ったようなもの。
過去にチケットは何度か取ってコンサートに行ったことはあるけれど、中央の前寄りの席が取れたことはなかった。きっと彼が私のためだけに用意をしてくれたんだと思う。
私は逸る気持ちを抑えながらコンサートに行く準備をしていく。
私は高校を卒業してからずっとバイトに出かけるつまらない日々を送っていた。
父は昔から家族を放って遊び歩き、たまに家に帰ってきたかと思えば、いうことを聞かない私達に手を挙げた。
母はそんな父を止めるわけでもなく、ただ見ているだけ。父がいない日は穏やかなのかといえばそうでもない。
疲れて仕事から帰ってくる母を怒らせないようにする。疲れているせいか私に物を投げて当たり散らすからだ。
幼い頃から私は、母を怒らせないように家事は兄と分担し、手伝わなくちゃいけなかった。少しでも家事が疎かになっていたり、気分が良くないと母は物に当たったり、文句を言っていたりした。
『あんたを産まなきゃよかった』なんて何回聞いたことか。
怒っていない時でも「ゆかりにはこれが似合うからこの服ね」「この鞄で登校しなさい」って持ち物や服装全てが母によって決められていたの。
母が用意するのはいつも流行りが終わった服や、どぎつい色の小物。私に全然似合わない。
でも拒否すると叩かれて食事抜きになる。私に自由なんて一つもなかった。
それでも幼い頃は私も一生懸命両親に構ってもらいたくて、色々やっていた。
家で物を壊したこともあったし、お友達にちょっかいをかけていたの。その度に母は学校に呼び出されて謝っていたの。家に帰ったら私は無視されるか物で殴られてばかりいた。
父はというと、いつも仕事で家にいなくて、たまに家にいても私たちのことなど無関心。話しかけても生返事しか返ってこない。
私のことなんてどうでもいいんだなって気づいてからは私も父に近寄らなくなった。
いつも私に関心を向けてくれるのは母と兄だけ。
でも、成長していくうちに兄は一人部屋で過ごすようになり、勝手に進学先を決めてさっさと家を出てしまった。
残された私には友達が一人もいない。最初こそ仲良くなろうなんて話しかけてくるのにちょっと推しの話を遮っただけで怒っちゃうし、友達が使っていた化粧品が欲しくて『ちょうだい』って貰っただけなのに泣いちゃうし。
挙句の果てにヒソヒソと私の悪口を言っている。馬鹿みたい。折角こっちが仲良くしようと喋りかけているのに。
私と母の二人の生活は息が詰まって仕方がない。
兄がいればまだ母は兄に小言を言って済んでいたけど、兄がいなくなった途端に全て私に向いた。私だってバイトをしているのに全部家事をやれって。
やらないと推しのグッズが壊される。部屋に鍵を付けて抵抗してみたけど駄目だった。鍵自体を壊して物を捨てたり、壊したりする。
早くこんな家出ていきたい。だけど、折角アルバイトで貯めたお金も勝手に銀行から引き出して母が持っていってしまう。
母にとって都合のいい奴隷が逃げないようにしているんだって分かっている。
つまらない。
私って生きている価値がないんじゃないかな。いつもそう思っていた。推しを見ているこの時間だけは特別なの。
彼だけは私のことを見てくれている。いつもスマホのアプリを通して『お嬢様、大丈夫ですか』って声を掛けてくれる。
私のことを愛してくれるのは彼だけなの。
あの日はチケットを取って彼に会いに行った。
ドキドキしながら彼が出てくるのを待って思いっきり手を振って声を掛けたの。
手を振り返してくれた時はやっぱり私のことが一番好きなんだって思った。
それなのに……目の前の女が彼に手を振っていた。
『ライ君!』って親しい感じで呼んでたんだよね。
それを見て無性に腹が立った。彼が愛しているのは私。
彼女は偽物。
彼との時間を邪魔するなんて許せない。
念のために持っていたナイフを鞄の奥底から取り出し、邪魔する女を排除した。たったそれだけ。私は何も悪いことなんてしていない。
悪いのはあの女。
私と彼の邪魔をしたから。
なのに、なんで……?
わかんないよ。
警察が私を捕まえるなんておかしい。
悪いのは邪魔をする周りなのに。
なんでわかってくれないの?




