6取材交渉
さて、田中鈴への取材は終わった。俺は一旦ホテルに戻り、ボイスレコーダーの確認をする。
「問題なく撮れている。次はどうすっかな……。そうだ、一応、多田さんに報告はしておくか」
そうは言いながらも俺は持っていたノートパソコンを開き、今日の取材をしたメモや録音した内容を文字へと書き起こしていく。
……こうしてみると、被害者から見た犯人は、人を殺すことになんら躊躇しないような印象を受ける。
田中鈴から見た犯人は恐怖の対象でしかないな。
だが、土井ゆかりという人物は過去に犯罪歴はなかった。事件になっていなかっただけで犯罪紛いのことはしていたのだろうか?
ここでまた疑問が浮かび上がる。
土井ゆかりの手紙から受ける印象とは大きく異なっているように思えるんだよな。
かっとなって記憶が曖昧だと書いていたし、とても興奮していたのは分かるが。
人が豹変したようになるのか?
興奮して人を殺しても反省の色が見えないって……。「人を殺すのはだめだ」という考えをそもそも持っていなかったのか?
殺すことに躊躇しないその考えは幼少期からのものだったのか?
駄目だ、疑問ばっかり浮かんでくる。
―ピロン。
俺が考えに耽っている間に多田さんからメールが来た。
「うわっ、やっべ。報告し忘れてたぜ」
俺は慌てて報告書を書いていく。多田さんに土井ゆかりの精神鑑定を行った人にも取材したいので教えて欲しいと書いて報告書と一緒に送信する。
「これでよし。今日の仕事はここまでだな」
俺はノートパソコンを机の上に乗せてベッドへとダイブした。
「疲れた。取材は楽しいが、やっぱり疲れるな……」
そう思いながらも次の取材を行う人を考えていく。軽症者は六人。死亡した小川夕の友人だった平野メイ。小林加奈の友人、高橋彩佳。そして田中鈴の友人、川中ひなと斎藤美幸。
やっぱり被害者側の心情を理解するには直接彼女たちの話を聞くのがいいだろう。
時刻はまだ夕方。
土井ゆかりへの手紙を書いた後、俺は六人に取材の許可を取るべく、彼女たちに片っ端から電話をかけて交渉していった。
二日後の昼、平野メイと及川愛奈という二人の人物に取材することが出来た。
彼女たちは刺されて死亡した小川夕の友人で、その日は三人でコンサートに来ていたようだ。やはり彼女たちも鈴たちと同じ、土井ゆかりとは全く面識が無かった。
彼女たちはちょうど犯人の前の席に座っていた人物だ。三人ともコンサートが始まる前から犯人の行動がおかしいとは思っていたが、コンサートが始まってからは犯人のことを忘れて執事たちに夢中になっていたらしい。
そして事件が起こった。二人とも刺された小川夕を助けようと必死に声を掛け合い、前列の人たちの力を借りて前方へ逃げたようだ。
だが、小川夕は胸を刺されていたため、病院で死亡が確認された。二人は軽傷だったらしく、すぐに病院の裏口から帰宅したと言っていた。だが、話はここで終わらなかったようだ。
小川夕の葬儀で彼女たちは両親から罵倒されたのだとか。『夕を見捨てて逃げた、人殺し』だと責められ、葬儀に最後まで参列できなかったらしい。後日、小川夕の両親から謝罪を受けたが、二人とも遠くへ引っ越す予定にしているという。
二人からみた犯人を聞いてみると、「目が血走っていて怖かった」「何かを言っていたが、聞き取れないほど叫んでいた」「人間じゃないような感じがした」と言っていた。
彼女たちも田中鈴と同じことを思っていたようだ。普段、人が怒るような表情ではなく、常軌を逸したような顔つき。
どんな顔だったのだろうか……。
彼女たちは当時のことを涙ながらに語った後、店を去った。
俺も滞在先のホテルへと戻る。思っていたより長い時間話を聞いていたな。
『多田さん、今、大丈夫っすか?』
『ああ、佐光か。取材の方はどうだ?平野メイの取材は出来たか?』
『もちろんっす。今から報告書を書いて送るっす』
『ああ、わかった。で、何の用件だ?』
『高橋彩佳の連絡先の確認っす。あと、土井ゆかりの精神鑑定をした精神科医への連絡をしたいんすよね』
『分かった。確認後、すぐにメールを送る。精神鑑定を行った人物へは自分で連絡を取ってくれ』
『了解っす』
心の中ではそれくらい面倒だしやってくれたっていいだろとは思うが、仕方がない。多田さんも忙しい人だからな。
俺はしばらくパソコンとにらめっこしていると、多田さんからのメールが来た。高橋彩佳の住所は変わっていなかったが、電話番号は変わっていたようだ。
そして精神鑑定を行った人物の名前も送られてきた。
「精神科医 伊勢裕也。国立病院勤務、か。医師は守秘義務もあるし、裁判も終わっているから資料にある通りだと言われそうだな。一応、電話だけでもしておくか」
俺は早速、伊勢裕也が勤務している国立病院に電話してみた。




