5 鈴への取材
「小林さん、煩くしてしまって、すみません」
「いえいえ、私もお話が出来ればいいんですが、何分この状態で……記者さんごめんなさいね」
「いえ、こちらの方こそ押しかけてすみません」
小林加奈の祖母は椅子に座っているが、疲れた様子が見て取れた。
半年前の彼女はきっと笑顔で会話していたのだろう。
俺は軽く会釈をして田中鈴の前に行き、彼女に会釈をすると『どうぞ』と促され、緑の座面の丸椅子に座った。
俺はボイスレコーダーを小さなテーブルに乗せ、メモを取り出し、改めて取材の協力を願い出た。すると彼女は愁いを帯びた表情をしていたが、ゆっくりと話をはじめた。
「あの、佐光さん。私の話を聞いてもあまり関係ないんじゃないかと思うんです」
「どうしてそう思うんですか?」
「だって、犯人の女性とは面識もなかったし……」
「我々記者は様々な人達から話を聞きます。だからといって俺は面白おかしく書いてやろうなんて思っていないので安心して下さい。ただ、あの時の状況を少しでも知りたいんです」
俺がそう話をすると、鈴は少しほっとした様子を見せた。俺が週刊誌の記者ということで悪いイメージを持っていたのかもしれない。こればかりは仕方がない。
「……分かりました」
鈴はゆっくりとだが、あの当時を思い出すように話をはじめた。
「私はあの日、友達三人と二.五次元のアイドル『イケメン執事総選挙』のチケットを取って見に行ったんです。会場は大盛り上がりで誰もが推しに見て欲しくって大声で呼んだり、手を振っていたりしていたわ。曲に合わせてみんなで手を振っていたの。
その後は執事さん達一人ひとりのパフォーマンスが終わって、全員で歌を歌いはじめた時、左の方から悲鳴が聞こえてきたんです。私はその声にびっくりして悲鳴のする方に視線を向けると、前にいた女性が前のめりにゆっくりと倒れていったんです。
最初は誰かとぶつかって転んだんじゃないかって思たんだけど、す、すぐに、血が、ぶわーって。横の人が怒りながら叫んでいて、よく見たら手に持っていた包丁? なんか、ナイフみたいなのを持っていたんです。犯人が左側で悲鳴を上げた人に斬りかかって……。
私は慌てて隣に居たひなを押しながら『ヤバイ、ヤバイ』って言ったんです。それで距離を取ろうとして女が振り向いて、私に向かってナイフを向けてきて、切られました。
興奮していたせいか痛みは無かったんだけど、ひなが叫びながら私を引っ張ってくれたおかげで私は死なずにすんだんです。そのせいでひなとみゆきも怪我しちゃったけど。
私を刺す邪魔をしたひなにも犯人はナイフを向けたんです。
みゆきが咄嗟に持っていた団扇を投げたから犯人がみゆきにターゲットを変えたんですが、騒ぎに気付いた前の女性が悲鳴を上げたの。多分、彼女は加奈さんの友人だったはず。女はそのまま声の方向に刃物を向けて、その人に切りかかろうとしたけれど、座席が邪魔で、届かなかったの。だから犯人の斜め前にいた加奈さんが刺された。
近くにいた人たちは悲鳴を上げて犯人から距離を取ろうと動き出したの。でもそれがいけなかったのか、分からないけれど、犯人は何かを叫びながらナイフを振り回しはじめたんです。それがとっても怖くって。なんだか犯人が人じゃないみたいで……」
「犯人が人じゃない、ですか?」
鈴は手をぎゅっと握り、その時の犯人の顔を思い浮かべたのか、少し震えている。
「なんていうのかな。山姥みたい? 違う。えっと、なんていうのかな。目がいっちゃってて、異常者って言う感じ?っていうんですかね。私たちが怒りに任せて壁を叩くのとは違う、もっとなんか、こう、常軌を逸した感じでした」
俺は鈴の様子をメモに取り、身振り手振りちゃんと話そうとする彼女の話を真剣に聞いた。
「みゆきとひなは私を一生懸命引っ張りながら右隣りにいた人たちに『早く、早く』って押しながら犯人の女と距離を取っていったんです。多分、加奈さんは隣の人が倒れて逃げ道もなくって……」
彼女はそこで言葉に詰まった。本当に怖かったんだろう。鈴の向かいで話を聞いていた小林加奈の祖母も、必死に涙を拭っている。
鈴の母も沈痛な面持ちだ。
「鈴さんたちはその後、どうやって逃げたんですか?」
「えっと、通路までなんとか引きずられながら逃げたんだけど、そこで私が倒れちゃったんです。みゆきたちが私を起こそうとした時に警備員さんが走ってきて……。
警備員さんが警棒を持って犯人に立ち向かっていったんだと思います。挟み撃ちのように数名が犯人に向かっていったってひなが言っていました。私は後ろを見る余裕がなかったから、ごめんなさい。そこははっきりとわからないです」
「そうでしたか。お友達のひなさんやみゆきさんは犯人が捕まる様子を見ていたのですか?」
俺はそう質問すると、彼女は頷いた。
「はい。犯人を叩いたか何かでバランスを崩した時に、警備員たちが一斉に彼女を抑え込んだって。その後は、近くの人たちの助けも借りて、入り口近くまで逃げて、ひなとみゆきと一緒に病院に運ばれてきたんです」
彼女は記憶にある流れを詳しく話してくれた。
「ひなさんは手を切られて、みゆきさんは怪我をしなかった?」
俺は再度確認するように聞くと、彼女は思い出しながら答えてくれる。
「えっと、みゆきは怪我した私達を必死で引っ張って逃げた時に手と足をぶつけて打撲しました」
「そうだったんですね」
こうして俺は読み込んだ資料との相違点がないかどうかを確認していった。
怪我をした彼女達と土井ゆかりの接点は全くと言っていいほどない。田中鈴達が煩くして土井ゆかりの邪魔をしたのかとも思ったが、そういう訳でもなかった。
どういう事だ?
土井ゆかりは突然キレたってことか?
キレた要因は何だったんだろう?
これは軽症者にも確認する必要があるな。そう考えながらメモやボイスレコーダーを鞄に仕舞っていく。
「取材に協力していただいてありがとうございました。また何か思い出したらここの名刺に連絡をいただければ助かります」
「……はい。できればもう関わりたくないと思っています。だって犯人が刑務所から出てくるって思うだけで怖いから……」
「大丈夫。犯人は既に塀の中です。犯人は被害者の顔も、名前も、知らないそうですから。再び鈴さんたちを襲うことはないと思います」
「そうだと良いんですけどね」
病室に居た人達にお礼を言って病院を後にした。




