2記事にすべく
―とあるオフィスの一室。
ここは広いフロアになっていて机を並べ、大勢の人々が仕事をしている。
所々個人の机には新聞記事や資料が雑多に置かれ、おしゃれな雰囲気とは程遠い。
かく言う俺も人のことは言えないが。ノートや集めた資料などがパソコンの周りに積まれて隣の同僚から片付けろと催促されている。
「佐光、ちょっとこい」
「なんすっか? 俺、今、忙しいんすけど」
「いいからちょっと来い。話がある」
上司の多田さんが手を招いて俺を呼ぶ。俺はノートパソコンを閉じて立ち上がった。
「なんっすか?」
「お前が記事にしたがっていた話だが、忙しいなら野間に回すが」
「マジっすか!? ということはあの事件の話ですよね?」
「ああ、そうだ」
いつも多田さんに呼ばれる時は面倒な仕事ばかり押し付けられるのでうんざりしていたんだが、今回ばかりは違うらしい。
俺は目を輝かせ、話を聞いた。
「あの事件をうちの部署で取り扱うことになった。土井ゆかり、二十六歳。宮城県仙台市在住。実家暮らしをしていて家族は両親と兄がいる。父は建設業。母は広告業の事務員として勤務している。兄も源研究所の研究員だ。彼女の経歴はこれだ」
多田さんはそう言って彼女の履歴書のコピーを俺に見せた。
「よくコピーが手に入りましたね」
「ああ、タレコミだ。匿名にはなっているが、彼女が過去にアルバイトをしていたところだろうな」
俺はコピーを手に取りながら履歴書を確認する。
履歴書の右上には付箋が貼ってあり、送り主からの注意を促す言葉が書かれていた。
多田さんは話を続ける。
「彼女は緑聖高校卒業後、進学せずフリーターをし、趣味に課金をしていたようだ。彼女は犯行時から精神疾患を疑われていたため、検察側からの要求で精神鑑定を行い、責任能力ありと判断されているのは知っているな?」
「あの事件の詳細は様々なところから少しずつ出てきていますが、気になるっすね。これ、俺が取材してもいいっすか?」
「……お前が『取材したい』と言ってくると思ってたからな」
「なんだ、分かってるじゃないっすか。じゃあ、ちょっくら行ってくるっす」
「佐光、取材をするならしっかり資料を読んでおけよ」
「ハイハイ」
そういって俺は今回の事件の犯人である土井ゆかりを取材するため、上司の多田さんから土井ゆかりに関する書類を受け取り、机に戻った。
席に座るとすぐに隣の席の斎藤さんという名の女性が声を掛けてきた。
「佐光さん、新たな仕事ですか?」
「ああ、斎藤さん。多田さんから例のコンサート殺人事件についての資料を貰ったんすよ」
「その事件って佐光さんが取材したいって言っていたやつじゃなかった?」
「そうなんっすよ。多田さんが俺にって」
「良かったわね。でもテレビでも大々的に取り上げられて日にちも経っているんだし、たんなる聞き込み、で得た情報だけでは物足りないわね。どんな記事にしようと思っているの?」
斎藤さんはタンブラーを手に取り、口元の蓋をぱたぱたと指で開閉しながら話をしている。
彼女はなんだかんだと一緒に考えてくれているようだ。
「そうっすよね。ただ得た情報だけを流すのもなんか違うし。だからって全くのデマを広げてもピークは過ぎているから効果はないんで、土井ゆかりという人物について記事に出来ればいいかなって思ってるんっす。
あの事件の被害者は土井ゆかりをどんな風に見ていたのか。彼女が凶悪犯に至るまでの過程に何があったのか」
「なら一番情報が出にくい犯人の状況や直接本人に聞いてみるって言う手もあるんじゃない?」
「それが一番速そうっすね。犯人の手記や加害者の家族の手記は出にくいし、否定的な読者は多い。けど、加害者側の情報があればそこから上手く記事にできそうっすよね」
難しいのは犯人とのやり取りか。
だが、やり取りが出来たとしても彼女のことが記事になる確証はどこにもない。それがこの仕事の辛いところだが。
「ま、頑張ってね」
「ちっす。斎藤さんのおかげでイメージが掴めたっす」
「よかったわ」
「じゃ、行ってくるっす!」
俺の名は佐光基弘。自分で言うのもなんだが、身長は程々に高く、痩せ型で見た目はそこそこだと思っている。
現在、週刊誌の記者として日々忙しく動いている。
俺は少しばかり他の奴より好奇心が強い。出版社に入社できたことは俺にとっては幸運でもある。気が多い俺は記者として毎日取材に出かけ、芸能人のスキャンダルや大物政治家の影の部分を暴き出すことに喜びを感じている。
俺が取材に向かうのは、四か月前に世間を騒がせたコンサート無差別殺人事件だ。




