006 おざーっす
朝起きて、ねむねむメリューシカさんに『どこにいくの~……つれちぇっちぇ~……』と言われた時はね、本当に危なかった。おでこにキスしちゃうぞバカ野郎。
とりあえずお出かけしてくるだけ、午前中には戻るから、お腹減ったらうどんでも注文して食っててってことで外出してきた。そう、メリューシカさんはクルーなのでダンジョン管理スキルが使えて、まかないうどんが注文出来てしまうのだ。当然クルー割引が適応されて100UMP、俺と同じ価格だ。
そんなわけで今日は平日木曜日、何をしに出かけているかというと……そうだね。普通の社会人は平日、お仕事をしなければならないんだよね。だから会社にね、きたわけですよ。
「…………お前、なんだ? これ」
「退職届っすね」
「稲庭ァ!! てめえ、今どれだけ会社が忙しいか知ってんだろうが、ああ!?」
しらねーってか、お前が忙しくしちゃっただけじゃん。俺の取ってきた仕事を奪って上手く回せなくて、バカみたいに部下を巻き込んでドタバタさせて。部下の取ってきた仕事が回んなくなって、会社がクソほど忙しくなったんだろうが。
「結局俺が最初に計画してたプロジェクトに戻して、自分は邪魔しといて忙しいのが自分のせいじゃないみたいな言い方っすね!」
あ、口に出しちゃった。初めてこのクソ上司に楯突いたな~。
「な、なっ」
「引き継ぎどうするんだとか言われても知らないっすよ? 自分で言ってたじゃないっすか。お前の案件は俺のもの、俺の案件も俺のものって。いやぁ~仕事熱心な人だなぁ~って。社長も相良さんに期待してたみたいっすよ? じゃ、俺はもう辞めるんで。残りは使ったことが一度もない有給全消化で辞めるんでね。来期分の有給も使いまーす」
「あ、おっ……おま……」
精神力のステータスが上がったからかな? なんか、正論パンチかましたらメチャクチャスッキリしたぁ~……。よし、退職に必要なことは全部やったし、保険とか年金はもう完全にシステムが死んでるからどうでもいいし。帰ろ帰ろ~!!
「じゃ、お疲れっした~」
会社にほとんど私物を持ち込んでなくて良かった~。こういう時の片付けがほとんどないもんな、やぁ~……勝手に借りパクしていくクソ上司のおかげで、物を置いておくっていう癖がなくなったのは良いことだ。
「い、稲庭さん! 辞めちゃうんですか……!? な、なんで……」
「おお瀬戸さん。まあ、これは社長にも言ったけどさ。相良がまず無理。自分で取ってきた案件があいつに取られて評価上がんないし、今から評価も給料も上げるつもりだったんだがなぁ~とか言われてムカついたから、有給も全部使って辞める。まあ言いたいことは色々あるが、ここに未来なんてねえぞ」
「そんな、私達じゃ、仕事……回らない……」
「知らねえよ。お前達も俺が案件取られてんの黙って見てた同罪人だろ」
「えっ……」
瀬戸ってこんなやつだったか? まずはお疲れ様でしたとか、そういうのが当然の挨拶じゃ? 仕事が回らないとか、引き止める理由にもなんねえだろ。というかもう、退職届出したし。事務手続きもしたし。
「じゃあな、俺はこれから忙しいから」
「ど、どこかもう、決まって……!? 稲庭さん、どこかに引き抜かれちゃうんですか!? あの、お願いします!! 今の案件だけでも、どうか定期的に相談を……」
「もう俺に関係ねえだろ。俺の案件は相良のものなんだから、なあ! 相良~!!」
「て、てめ……ええ……この野郎っ!!」
さてと、今までサービス残業だった分の残業時間は~……まあ、いいや。そんなはした金のために時間を無駄にするのも面倒だ。こいつらにこれ以上関わっている時間も。さっさと帰ろう。
「あ~あ、清々した~……ん~っ……さらば、飯田商事!! はっはっは!!」
この会社にも8年、随分とこき使われたなぁ~……。クソ上司の相良、全然給料を上げないクソ社長の飯田、お疲れ様の一言もない同僚……特に瀬戸。面白くない会社だった。外の空気がうめぇ~!! 自由だぁ~!!
「――ケント、終わったの?」
「うぇえええ!? メメメ、メリューシカさん!?」
「ふふん、メリューシカよ。貴方に助けて貰った、元森の守り人の」
どど、どうしてメリューシカさんがここに!? というか、いやいやいや、目立つ目立つ!! 目立つって、冒険者がいっぱい居る現代日本であっても、メリューシカさんみたいな美人の外国人は、それに服装も、ヤバいって!!
「あ、あれ……!? な、なんでこんなに騒がれてない、の……?」
「ケントを追いかけて家を出てみたら、凄く注目を浴びたのよね。なんか嫌だったから、幻影魔法で隠れてきたわ!」
「幻影、魔法……!?」
「そうよ! 火と光の魔法を組み合わせた、私のオリジナル~。姿を隠すことも、増やすことも出来るの! この胸だって幻影…………あ」
あ……? え……? そ、その、ご立派なお胸が、なんと?
「胸が……? えっと……?」
「…………ちょ、ちょっと誇張……してるわね……幻影で……」
『幻影でのバストサイズは90センチ、本来は75センチです』
ああああああ結構盛ってるぅううう!! 凄い、でも凄い!! 質感とか、重さとかしっかり反映されてる感じが……え、凄く興味があるんですけど? 幻影なら、ちょっとお触りしても?
「……さ、触って良い?」
「は!? え、え!? げ、幻影だし、別にいいけど……」
「すみません、ちょっと失礼……。お、おほっ……」
「本物そっくりでしょ! 成人したのにぺたーんとしてるとね、やっぱり甘く見られるから! 悔しいから努力したのよ!!」
すげえ、おお、すっげ、おお。おお、すっげ、おお……。
「い、いつまで触ってるのよっ!!」
「あ、すみません……ところで、盛ってるのは胸だけ……? ふ、太ももは……? お尻は……!?」
「そっちは自前よ!!」
ええっ、ナイ乳デカ尻太ももムチムチエルフ……!? あ、エルフってわけではないのか、森の守り人なだけで。長寿なのは間違いなさそうだけど……。ヤバい、良い……。凄く良い……。
「ば、ばかっ! 姿を隠してたほうの幻影、いつの間にか解除されてるじゃない!!」
「ええ!? ああ~……まあ、そのほうがちょっと助かる、かも?」
今気がついたけど、俺って何もない空間をモミモミしたり話しかけてるように見えてたりしてたんだよね? 他の人からしたら、さ? とんでもねえ不審者だったじゃん。メリューシカさんの姿がチラっと見えただけでもセーフか……。いやアウトか……。
「あれ? あ、そういえばなんか違和感があると思ったんだ! 髪の色は!? 白……銀色っぽかったよね!?」
「ここに住んでいる人達、黒ばっかりだったから。黒にすれば、こういう時に目立たないかなと思って。これも幻影魔法の力よ! イルジオンっていう名前を付けた魔法なの!」
「すげ~……」
イルジオン、おそるべし……。質量を持った幻影、髪色を変える幻影、姿を隠す幻影……。メチャクチャ幅が広いな!! ああ、それなら!!
「姿を隠す幻影を使えば、相手に気づかれずに素早く接近出来るんじゃないか!?」
「激しく動くと消えちゃうのよ。ご期待に添えずごめんなさいね」
「あ、そうなんだ。いやでも、凄いよ!! じゃあ、姿を隠すのはやめてさ、その髪色のまま一緒に街を歩かない? ここは日本の東京っていう、まあ一番大きい都市なんだけどさ。紹介するから!」
「あら、じゃあお願いするわね。ケントのことを追いかけてきただけだから、周りの建物なんて全然覚えてないのよ」
ん~ん~。日本に初めてきた外国人を案内するような気分! なんか嬉しくなっちゃう……いや、まさにその通りの行動ではあるんだけど……。とりあえず~……いくらか金を下ろしてくるか~。
「まずは銀行かな。コンビニATMってのが昔はあって便利だったんだけど、今は銀行でしか下ろせなくなったんだよねぇ~」
「コンビニ、えーてぃーえむ、ぎんこー……?」
「ああ、順番に紹介するよ。銀行ってのは、お金を預けておける信用取引所って感じ……かな?」
「大商人の家ってことね……。この服で大丈夫? 身だしなみとか……」
「ああ! それなら全然、いけばわかるよ。全く問題ないから」
「そう? じゃあ、ついていくわ!」
いやぁ~なんというか、何を見ても珍しそうにするこの仕草……。115歳、あまりにも可愛い。可愛すぎる115歳……!! 身長は俺とそんなに変わらないぐらい? 170よりはちょい小さい、かな? 黒い長髪に耳が隠れていれば、エルフ耳っぽい長耳も誤魔化せ~……てる、よな?
「ここ、ここが銀行だよ」
「へぇ~……。なんというか、静かね?」
「まあ、みんな淡々と仕事をしてるからな~」
「それになんだか、ちょっと独特な匂いね……」
「ああ~わかる~。なんか銀行って、独特な匂いがするんだよなぁ」
わかる、わかるよ~メリューシカさん。銀行のなんとも言えない独特な匂い……。札束とか、ATMとかそういうのから発せられる匂いなのかな? よくわかんない、謎の匂いってものがあるよね。
『イラッシャイマセ。キャッシュカード、マタハ、ツウチョウヲ、オイレクダサイ』
「喋った!? 魔導具なの!?」
「ん~機械っていう、この世界の人達が発明した魔法を使わない、魔法みたいな物体だねぇ。これが、ATMだよ」
「そ、そうなのね……。凄いわ、魔法も使わないでゴーレムを……」
そうか、ATMはゴーレムとかそういう系に分類されるのか。面白い視点……!!
『アンショウバンゴウヲ――――キンガクヲ――――ヨロシケレバ――――』
「よく喋るわね……。この、えーてぃえむで、何をしているの?」
「ええっとね、預けているお金を引き出しているんだ。そういうのが自動化されてるんだよ、この世界は」
「ええ~……!? 盗まれちゃったり、しないの!?」
「そういうことをすると、あっという間に信頼をなくすんだよ。ほら、あそこにもなんか魔導具っぽいのがあるでしょ? 天井のところ」
「あるわ! あれは?」
メリューシカさん、日本の監視社会っぷりはね……なかなかのものなんですよ……。ちょっと怖がらせちゃおうっかな~。
「あれは防犯カメラって言ってね、あれが僕達の様子を監視しているんだ。悪いことをすると顔が記録されて、警察……自警団みたいなのがやってきて、逮捕されるわけだ」
「凄いわね。だからみんな規律を守って生活しているのね! この国にきて、そこが凄く気になっていたのよ!!」
「あ、メリューシカさん声が大きいかも」
「ご、ごめんなさい……。おほほほ~……」
この人、何をしてても可愛いな。お金を下ろすだけでこれなんだから、ショッピングに行ったら小学5年生ぐらいになっちゃうんじゃないか? ちょっとテンションを上げさせ過ぎるのも、気をつけないとな……! とりあえず10万下ろしたけど、足りる……よな?
「……とりあえず、メリューシカさんの普段着を買いに行こうか。周りの人を見ればなんとな~くわかると思うけど、メリューシカさんの服って結構……浮いてるでしょ?」
「……馴染んでないとは思うわね!」
「まあそういうこと。たまーにメリューシカさんみたいな格好をしてる人達が居るけど、あれは冒険者。だからメリューシカさんも冒険者だと思われてるって感じかな? でも、浮いてるのは間違いないから」
「ちょっと、恥ずかしくなってきたわ」
特にマントがね~。その緑色のマント、目立つよね~。森では保護色だったのかもしれないけどさ……。うん、ここはジャングルはジャングルでも、コンクリートジャングルトーキョーですからね。灰色なんですわ。
「服とか見ていこ? 近くにそういうお店あったと思うからさ」
「良いの? なんだか悪いわ」
「大丈夫大丈夫、これから一緒に暮らすんだし、何か不自由があると困るでしょ?」
「…………一緒に暮らして、良いの!?」
「え? 俺が呼び出したんだし、行く宛ないだろうし、俺が嫌じゃなければ……」
「ううん! ケントと一緒が良い!! うふふっ、ありがとう、ケント!」
ああ~……メリューシカさんのハグで、ハゲ相良の顔を見たさっきのストレスが飛ぶ~……。偽乳も偽乳と思えないクオリティ……おっふ……。
「う、うんうん! じゃあ、まずは服から……」
「ええ、お願いね!!」
――――近くの服を売ってる店、高級ブランド店だった。店員さんが『んまぁ~美人!! 張り切っちゃう!!』ってテンション上がって大変だった。
そして、さっき下ろした10万円、普通に飛んでった。俺の意識も、飛びそうだ……。




