025 伝説のうどん屋
◆◆ とあるA級冒険者パーティ ◆◆
「南場さん、東京ドゥームの南手ビルの5階! メルシカ製麺出現したらしいですよ!!」
「私、もうちょっとで魔力が25増えるのよ。南場、200ゴールドで全ステアップの明太クリームパスタ……食べに行きたいわ」
俺達のパーティは3人構成、斥候職の佐藤かえでに、魔法職の新山萌、そして守護者の俺……南場 剛樹だ。
S級に最も近いA級冒険者パーティ……と、呼ばれて居たのは1年前のこと。黄泉の国ダンジョンでは目立った成果が出せず、いつの間にか他のパーティに先を越されるようになり、世間からは忘れ去られつつあった。
「……他のパーティに遅れは取れない。かなり痛い出費だが、行こう」
だが、俺達には他のパーティにないものがあった。そう……金の貯金である。
他のパーティはあまりにも羽振りが良すぎてすぐに使っちまうもんで、貯金があったとしても1億円が良いところ。貯金していたところでも10億円相当あったかどうか……。そんな中俺達は、金を換金せずにそのまま保有し続けていた。いつの日か高騰するかもしれないと信じて。
結果、高騰はしなかった。金の価格は横ばいで5万前後をうろつくばかりで、特になるようなことはなかった……最近までは。
「本当になんなんですかね、あのうどん屋! 毎回出現場所が変わって、メニューも増え続けてて、要求されるのは金オンリー!!」
「金以外のものは何も受け付けない食券販売機……。誰も居ない厨房、席に座れば食券と引き換えに現れるうどん……。不気味、よね」
「ああ……」
メルシカ製麺所の出現。これが世間を騒がせることとなった瞬間、金の価格が大高騰を起こした。あまりにも信じがたい存在、正体不明のうどん屋……。誰も、このような形で金が高騰することになるとは思いもしていなかった。
「1グラムが1ゴールドなんて呼ばれるようになったのも、あの店が原因よね」
「ですですぅ~! 100ゴールドでスタンダードうどんが1杯だけ! なんの冗談かと思いましたよぉ~」
「あらゆる傷、欠損、病を治してしまう神の一杯、か……。まさか、ダンジョンで極稀に手に入るエリクサーと同じ効能のうどんが存在するなんてなぁ……」
「本当よね。神の一杯と言われるのも頷けるわ」
「味がこれまた、食べると忘れられなくってぇ~……」
食せばあらゆる傷を治し、欠損した部位が再生し、不治の病すらも治してしまう神のうどん。メルシカ製麺所のうどんは、神の秘薬とされるエリクサーに匹敵する効能を持っていた。しかもそれだけじゃない。このうどんは、トッピングの種類で……!!
「萌は全ステータスで、かえでは敏捷性と技術力重視、俺は力と体力重視で注文……で、良いか?」
「はい!!」
「ええ、今日でちょうど魔力が25になるのよ。上限、25なんでしょ? 2000ゴールドの最高のシリーズは26以上に上がるらしいけど、高すぎるわ……」
「26からってのがいやらしいですよね!! 高すぎます!!」
「しかもそこから先の上限は不明、挙句の果てに極上のシリーズは2万ゴールド、20キロもの金を払う1杯って……」
そうだ、このうどんはステータスが恒久的に上昇するんだ。一時的効果なのかと思いきや、鑑定の結果……まさかの恒常的上昇効果。ただし、レベル以上にステータスは上昇せず、26以上は最高のシリーズでしか上昇しない。
これらのせいで金の価格がどうなったかって? 1グラム5万円から、1グラム20万円まで跳ね上がった。なんせ、一般人でも金さえ払えればあらゆる傷、欠損、病が治っちまう。当然だが肝臓の機能も治るし、白血病も治るし、がん細胞も正常に戻る。100グラムの金、2000万円さえ払うことが出来れば医者要らずで完全なる健康体を手にすることが出来る。
これには冒険者のみならず、金持ち連中が我先にと飛びついた。その結果がこの金の大高騰だ。俺達はこの時、金を手放すか……それとも全てを注ぎ込んでステータスを向上させるか、とにかく悩みに悩んだ。なんせ、10キロの金を手放せば20億円の大金が手に入る状況だったんだから。
「噂ですけど、メルシカ製麺所はダンジョンである可能性が非常に高いそうですよぉ」
「そう考えるのが妥当でしょうね。でも、うどん屋のダンジョンって……」
「まあ、建物がダンジョン化するってのはありえない話じゃねえだろうけどな。ここ東京ドゥームがそうなんだしな」
「そうね。東京ドゥームが使えなくなって、ドゥームシティも寂しいものになってしまったところにこれだったから、とんでもない賑わいよね……」
まあ、何が言いたかったかと言うと、だ。
俺達は……このメルシカ製麺所のお陰で、見事に最上位パーティの座に返り咲いた。ステータスが30から40前後だったところに追加で25も増えた恩恵がデカ過ぎて、今まで到達出来なかった階層も難なく突破出来るようになった。
これまで散々俺達を煽り倒してきた連中が、金がなくてメルシカ製麺所にいけないと嘆く悔しそうな顔を思い出すと、大変に失礼だが……うどんがメチャクチャ美味くなる。本当に申し訳ないんだが、な!
「ダンジョンってことは、ダンジョンマスターも存在してるのかねぇ」
「あ! そうですよね、ダンジョンマスターが居るかもですね!!」
「確かにそうね。どんなうどん好きのダンジョンマスターなのかしら」
メルシカ製麺所のダンジョンマスター、会ってみたいものだ。そして心の底から感謝を伝えたい。貴方のおかげで、俺達はライバル達に差を付けてトップに返り咲くことが出来ました……ってな! この調子なら、S級として認められる日も遠くないだろう。
「さて、そんじゃあメルシカ製麺所に……っと」
「ちょっと剛樹、ちゃんと前を見て歩きなさいよ」
「すまん、悪いな。大丈夫だったか?」
おっと、妄想に浸っていたら人とぶつかってしまった。相手からすれば巨岩にぶつかったような衝撃だったろうなあ、申し訳ないことをした。彼は、大丈夫だろうか……?
「おっと、こっちも前を見てなかったもんで。すみませんでした」
「ケント、気をつけなさいよね。ごめんなさいね~」
「あ、ああ……」
――――違和感。
「あ、さっきメルシカ製麺所とか言ってませんでした?」
「あ? ああ、今から行くところだが……」
「今日から新メニューの、肉・肉・肉うどんが追加になったんで、よろしくお願いします。お兄さんみたいなガッチリした前衛の人には、特におすすめですよ」
「あ、ああ……。情報、感謝する」
――――違和感。
「それじゃ! いやぁ~黄泉の国ダンジョン、楽しみだな!」
「そうね。どんなところなのかしら」
その時は、この違和感の正体に全く気がつくことが出来なかった。ただ、違和感を覚えただけだった。
「――南場さん、いつものメニューじゃなくて、本当に良いんですかぁ?」
「剛樹、さっきの人に言われたメニューよね。肉・肉・肉うどんって」
「あ、ああ。高いんだが……」
頼んだのは、ケントと呼ばれた青年に言われたメニュー。牛肉、豚肉、鴨肉の3種が入ったずっしりとした肉うどんだった。
価格は500ゴールド。あまりにも高いうどんだったが、違和感の正体を確かめるにはこれを試さざるを得なかった。どうにかかえでと萌を説得して納得して貰えたので、意を決して注文し……食べた。
――――死ぬほど美味かった。
本当に、それ以外の感想が何も出てこない。感謝の感情で胸がいっぱいで、自然と涙が溢れ出ていた。食い物が美味し過ぎたのが嬉しくて泣いたのなんて、これが初めてのことだったかもしれない。
だが店を出た後、本当に嬉し過ぎて泣くことになった。
「……堅固要塞……」
「え?」
「南場さん、何か言いました?」
「増えてるんだ、堅固要塞ってスキルが……! ぼ、防御系のスキルの効果が全て向上する、パッシブスキルが!!」
「えええええええええええ!?」
「ス、スキルが増えるうどん……!? じゃ、じゃあ、この500ゴールドシリーズのうどんって……」
500ゴールドで、防御スキルの全てが向上するパッシブスキルが増えていた。あまりの嬉しさに、号泣してしまった。そしてその瞬間、急に違和感の正体がハッキリとした。
「彼が……彼が、そうだったんだ……」
「え? 南場さん、どうしんです!?」
「いや、いや……。なんでもない」
彼が、きっとそうだったんだと。
新メニューが増えてましたよ~ではなく、新メニューが増えたのでよろしくお願いします。彼は……ケントと呼ばれた男は確かにそう言っていた。
つまり、彼がこのメニューを増やしたのだ。そうでなければ、店の宣伝側のセリフが自然と出てくるわけがない。それに、彼とぶつかった時の違和感だ。
俺は2メートルの巨体、体力ステータスが合計70近い、鉄の塊のような頑強さを誇る肉体だ。そんな俺に一般人がぶつかって『おっと』で済ませられるはずがない。そもそもぶつかった時に怯んだのは俺の方で、彼は……その場から微塵も動いていなかった。
「……俺達、強くなったよな。だが、まだまだ世界には上が居るんだ。それを忘れずに、謙虚に誠実に、確実なダンジョン攻略でいこう」
「そうね、そうしましょう」
「そうっすねぇ~! えへへ~じゃ、今日も張り切って行きましょ~!」
彼が、メルシカ製麺所のダンジョンマスターだ。
だが、俺はこのことを誰にも話すつもりはない。ぶつかった時、彼は一緒に居た外国の女性と非常に楽しげに話していた。あの生活を邪魔したら……きっと、メルシカ製麺所はたちまちに姿をくらまし、二度と俺達の前に現れることはなくなるだろう。そんな気がする。
他の連中がちょっかいを出さなければ良いんだが……。まあ彼なら恐らく、並大抵の連中なら返り討ちに出来るかもしれないが……。この俺とぶつかって、跳ね返すほどのステータスをしているのだから。
本来なら詮索するのはご法度だが、彼はいったいどれ程の実力の持ち主なのだろうか。興味がないと言ったら、嘘になる。だが、それを知ってしまったら……生きて明日の朝日を拝める気がしない。あの時の違和感の正体がハッキリした今、そう思ってしまう。
そっとしておこう。俺は心の内に好奇心を押し込んで、黄泉の国ダンジョンへと向かうことにした。彼とはきっと、もう会うことも関わることもないだろう。そう思っていた。
――――だが、彼との再会は……意外な程に早く訪れることとなるのだった。




