表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
99/101

99話 エリスの矜持、生徒会長の矜持


「うーん、見つからないなあ。どこにいるんだろう、岸川のお兄ちゃん」

「エリスお嬢様!」

「あ、怜奈お姉ちゃん。遅かったね。お店、混んでた?」

「それは大丈夫。はい、これ。お嬢様の分。ちょっとぬるくなったのは許して」

「ありがとう。けど、珍しいね。怜奈お姉ちゃんはこういうところ、結構気にするタイプだと思ったけど」

「ごめん、遅れて。実は」


 怜奈は、与志郎と健二のことについて話した。


「用務員室で待ってるって。行こう、エリスお嬢様」

「わかった! それにしても、この人混みの中で見つけるなんて、さすがカグ兄様!」


 上機嫌で歩き出したエリスの前に、別の人間が立ちはだかった。


「お嬢様、自由時間はここまでです」

「あなたたち……!?」


 エリスの前に現れたのは、黒づくめにサングラス姿の使用人だった。

 怜奈は眉をひそめる。


(今朝、お嬢様と一緒だった人たちと違う……?)


「宗厳様がお呼びです。さあ、こちらへ」

「待って。まだカグ兄様のお手伝いが」

「待ちません。あなたは次期当主様なのです。現当主の顔に泥を塗るような真似はおやめなさい」


 そう言って、黒づくめの使用人はエリスを無理やり連れていこうとする。その拍子に、エリスの手から飲み物がこぼれ落ち、床を濡らした。

 使用人の腕に、怜奈が取りついた。


「待ってください。まだ、エリスお嬢様にはやるべきことがあるんです」

「誰だお前は」

「……九鬼怜奈。エリスお嬢様の使用人であり、友達です」


 エリスが目を大きく見開く。

 だが、黒づくめの使用人は短く吐き捨てた。


「知らんな。部外者は去れ」

「エリスお嬢様は次期当主なのでしょう? あなたたちこそ、目上の人間を敬ったらどうなんですか?」

「宗厳様が呼んでいる。エリスお嬢様とて、その命令を無視してよいはずはない」

「命令って」

「待って。いいの、怜奈お姉ちゃん。ありがとう」

「エリスお嬢様!?」


 怜奈の手をゆっくりと剥がし、エリスは使用人に向き直った。


「わかりました。案内なさい。ただし、こちらの女性は私の大切な友人。粗雑な真似はもちろん、侮辱も許しません」

「それは彼女の態度次第です。そして、彼女は我々に抵抗した。それがすべて」


 黒づくめの使用人は動じない。


「所詮、学園祭を脳天気に楽しんでいるただの子ども。お嬢様には関係ありませんな」


 エリスは一瞬だけ、唇を噛んだ。怜奈を振り返る。


「怜奈お姉ちゃん、先にカグ兄様のところへ行ってて。それと、エリは大丈夫だって伝えて」

「エリスお嬢様」

「お願い。この場での発言力は、彼らの方が上」


 小声で告げたエリスを、怜奈は柔らかく抱きしめた。

 

「きっと、健二君が何とかしてくれる。あの人、自分のことをただの用務員だって言ってるけど、私たちのことを見捨てるような真似は絶対にしない」

「うん、怜奈お姉ちゃんの言うとおりだよ。カグ兄様なら、きっとエリたちのヒーローになってくれる」

「さあ、早く」


 無慈悲に使用人が言う。

 怜奈はエリスから離れると、後ろ髪を引かれながらその場を去っていった。

 彼女の姿を見届けてから、エリスはわずかに緊張した顔で使用人に向き直った。


「行きましょう」


 ――エリスが向かったのは体育館だ。

 使用人たちによって、更衣室代わりの控え室に連れていかれる。


「ここで着替えを」

「手伝ってはくださらないの?」

「あなたが逃げ出さないよう監視するのが、私の役目ですので」

「そう。冷たいのね」


 刺々しく言い返し、エリスは机の上に置かれたドレスに着替えた。背中のチャックは、安全ピンと紐を使って引き上げる。

 誰も手伝ってくれないときに身につけた技だった。

 褒め言葉など一切なく、使用人はエリスが着替え終わるとさっさと会場に向かった。


「遅い」

「ごめんなさい、お父様」


 ステージに出ると、すでに宗厳が待っていた。

 相変わらずの威圧感。

 エリスは心細さを全力で我慢した。


(怜奈お姉ちゃんに大丈夫って言った。カグ兄様に迷惑をかけるわけにはいかない。ここが、私の戦場なんだ)


 宗厳の隣で人形のように佇みながら、エリスは体育館の中を見渡した。


 いつの間にか、ダンスパーティ用のセットが運び込まれている。視界の端では、生徒たちの展示品と思われるボードが、まるで粗大ゴミのように会場端に押し込められ、黒いシートで隠されていた。


 ここで行われるのは天翔学園の後夜祭ではない。

 黒薔薇家の威信をかけた、ダンスパーティだ。


「やあやあ、どうもどうも」


 そのとき、エリスたちの元へひとりの男子生徒がやってきた。


(あの人は……確か、生徒会長さん)


 宗厳がぽん汰を一瞥する。


「ここはすでに、生徒の立ち入り禁止としたはずだが。那智君」

「いやあ、天下の黒薔薇家ご当主とそのご息女に、名前を覚えていただけるなんて光栄至極です」


 小太りのぽん汰は、揉み手しそうな勢いでおべんちゃらを言った。

 宗厳だけでなく、エリスも眉をひそめる。


「世辞ならいらない。さっさと出ていきたまえ」

「いえ、世辞でも何でも聞いていただきますよ。この体育館は、天翔学園のもの。我らの学び舎ですから」


 ぽん汰の口調が変わる。

 振り返った宗厳の顔を、ぽん汰は正面から見返した。


「宗厳さん、まったく素晴らしい手際です。あっという間に体育館がダンス会場だ。けれどね、否が応でも目に入ったはずですよ。あなたが会場の隅に追いやらざるを得なかった、うちの生徒たちの作品たち。あれは、天翔学園の生徒たちの声だと思っていただきたい」

「邪魔だからどけただけだ」

「完全排除はできなかった。けど、さすがにまとめて黒幕で覆うのは、黒薔薇家の外聞が悪いんじゃないですか?」


 宗厳の視線に力がこもる。エリスははらはらした。


「何が言いたいんだい?」

「僕はこの学校の生徒会長だ。頑張ってきた生徒、そして関係者の声を伝える義務がある。あなたが排除したくても排除しきれなかったもの、それをしっかりと覚えていただくためにここに来ました」


 睨み合いの時間が数秒。


「あまり、母校と僕たちを侮らないでいただきたい」

「ほお」


 どこかすっとぼけた顔つきを一切変えず、ぽん汰は宗厳の威厳を受け止めきった。


 宗厳がふっと苦笑する。


「那智君。ここを卒業したら、うちに来ないか?」

「謹んでお断りします。まずは、目の前の課題から解決したいので」

「ふん。さすが、あの神宮治が信を置く生徒だけある。生意気を言ってくれる」

「では、生意気ついでにもうひとつ。あなたが目の敵にされているうちの凄腕用務員さん。あの人こそ、侮らない方がいいですよ」


 僕の見立ては結構当たるんです、と言って、ぽん汰は下がっていった。


 その後ろ姿を、エリスは感嘆しながら見送った。


(私も、あんな風にお父様に進言することができたなら……カグ兄様が迫害されることもなかったのに)


 ちらりと宗厳を見る。

 黒薔薇家の当主は、会場をじっと見据えていた。

 先ほどよりも、視線が柔らかいように見えるのは、気のせいだろうかと、エリスは思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ