100話 会場の変化
父にならい、エリスも会場に目を向ける。
社交界で揉まれ、父のもとで鍛えられたことで、エリスの聴力は鋭敏かつ取捨選択が自在だ。
逃してはならない情報を正確につかみ、不要な情報を脳内から切り捨てる。それは、人の上に立つ者の必須スキルだと教わった。
「学園祭に乗じてパーティとは、趣がありますな」
「そうですね。学生時代を思い出します。もう何十年も前ですが。はっはっは」
「私もですよ。ただ、私のときはもっと華やかで品があった。最近の学生は、少々、分別がない」
「まあまあ。それがこの学校のレベルなのでしょう。多めに見てあげてください」
来賓たちの会話を聞き分ける。
(口では褒めながら、内心では馬鹿にしているのね。カグ兄様やお姉ちゃんたちの努力を、何だと思っているのかな)
エリスは内心で不満を漏らした。宗厳の手前、表情には出さない。
生徒会長のぽん汰を見てから、エリスは改めて腹を決めた。宗厳を前にしても堂々とした振る舞いに、勇気をもらったのだ。
天翔学園の生徒たちは、決して分別がないわけでも、レベルが低いわけでもない。
今この瞬間も、彼らにできることを模索しているはずだ。
なら、今の自分にできることは何か。
エリスは、パーティの顔ぶれを観察した。彼女の脳内にインプットされた人脈リストに照らし合わせていく。
(あちらのエリアは大手デベロッパー、あちらは黒薔薇家が出資しているベンチャー企業。業界の仲間内で固まっている印象ね)
彼らを観察しているうちに、ある動きに気づいた。
黒薔薇家と提携している企業の中でも、彼らは発言力が弱い。今回のパーティにも、賑やかしのために半強制的に出席を命じられたのだろう。
普通、黒薔薇家ほどの力あるグループに呼ばれたのなら、自らの影響力拡大のため、最大限利用するのが経営者というものだ。
しかし、エリスが目を付けた数社の代表は、皆、落ち着かない様子だった。目立たないように、あるいは、敢えて他の大企業との接触をやり過ごそうとしていた。
エリスの頭の中に入っている人脈相関図によると、彼らはグループ内での地位が低く、宗厳に反感を持っていると噂される人物ばかりだった。
ちらりと宗厳を見る。時折、会場に目を向ける宗厳の視線は、落ち着かない来賓たちに向けられているとわかった。
父の狙いに、気づいた。
(お父様はきっと、来賓の前で堂々と告発を拒否するつもりなんだ。そして、反感を持っている人たちをあえてこの場に集め、彼らに強く釘を刺そうとしている)
その政治の舞台として、天翔学園を選んだ。
(けど、本当にそれだけ?)
エリスはふと、疑問に思った。
あえて学校で行う意味が、どうしてもピンとこなかったからだ。宗厳のやろうとしていることを考えると、もっと相応しい場があったのでは?
今のところ、天翔学園を選んだ理由になりそうなことはふたつ。
ひとつは、告発文がこの学校で見つかったこと。
もうひとつは、健二がいること。
(まさか、お父様はカグ兄様に会いに来た? いえ、それならば、校門であんなにはっきりカグ兄様を拒絶したりはしないはず)
とにかく、自分にできることは情報収集。黒薔薇家の中枢にいることは、健二にとって唯一無二のメリットになるはずだ。
いつまでも父の影に怯えてはいられない。
エリスは背筋を伸ばした。
「……! あれは」
ふと、エリスは来賓の中に千影の姿を見つけた。
控えめだが品のあるドレスと立ち居振る舞いのため、とても高校生とは思えない。
朝からずっといなかったのは、このパーティに急遽参加するためだったのか。
(千影お姉ちゃん……エリ、ちょっと悲しいよ)
エリスは心の中で嘆いた。千影は健二にもっとも信頼を寄せる味方だと思っていたからだ。
おそらく、所属する事務所から急遽派遣されたのだろうが、宗厳の権威を証明する場に、賑やかしとして参加していることに、エリスはわずかな失望を抱いていた。
だが。
エリスと目が合った千影は、力強い表情を浮かべた。決して、周りの参加者のような、媚びた笑みを浮かべていない。
千影が口を動かす。
――大丈夫。信じて。
大人の表情を読み取ることに長けたエリスは、千影がエールを送ってくれたことに気づいた。
(千影お姉ちゃん、何かを企んでる? ううん、何かを知ってる?)
千影は踵を返すと、近くにいた来賓たちと談笑し始めた。顔は笑っているけれど、目は真剣だ。話を聞く大人たちは、どこか気圧されているようにも見えた。
(もしかして千影お姉ちゃん、カグ兄様や学校の皆のために、周囲の人を説得してるの?)
確かにそれは、来賓として参加した千影にしかできないことだ。
エリスは自分を恥じた。
生徒会長といい、千影といい、彼らは自分の立場で、自分のできることをしている。
(エリもしっかりしなきゃ)
「にゃあ」
「え?」
そのとき、足元で猫の鳴き声がした。
不快そうに眉をひそめる宗厳から庇うように、エリスは猫を抱き上げる。
「あなた、カグ兄様と一緒にいた猫ちゃん?」
「にゃう、うー」
「……何か、起こるの?」
直後だった。
A,upane! Ka upane!
勇ましいかけ声とともに、ユニフォーム姿の生徒十数人が体育館になだれ込んできた。
Ka mate! Ka mate!
Ka ora! Ka ora!
Tenei te tangata puhuru huru
Nana nei i tiki mai
Whakawhiti te ra
A,upane! Ka upane!
「な、何だこれは」
「学生たちが、叫んでいる!?」
「何という迫力だ……」
来賓たちがたじろぐ。
「ちっ、あいつめ」
エリスの隣で、宗厳が舌打ちした。
父の視線の先にいたのは――。
「カグ兄様!」
エリスが目を輝かせる。
生徒たちの中心にいたのは、健二だった。




