101話 俺たちのホーム
A,upane! Ka upane!
Whiti te ra! Hi!
健二が率先して音頭を取り、ラグビー部を中心とした運動部の生徒たちが、唱和する。筋肉の軋みが聞こえるような、雄々しく、力強い踊りだ。
「カグ兄様たちが踊っているのは……ハカ?」
その勇ましい動きと、お腹に響くかけ声に、会場にいた参加者たちは圧倒される。
中心にいた健二が踊るハカは、ひときわ迫力があった。
生徒たちの数はさらに増えていく。男子だけではない。女子生徒の姿も多くあった。
彼ら彼女らの踊りは、ハカだけではなかった。
各々が、自分たちの考えた踊りを踊り、仲間を鼓舞し、自らを奮い立たせる。全力で、指先足先まで力を込めて、踊り狂う。
エリスは、踊る生徒たちの後方に、ぽん汰や輝夜の姿がいることに気づいた。健二たちの踊りを、真剣な表情で見守っている。
「そっか。これだけの生徒をこの短期間に集めたのは、カグ兄様たちの力なんだ」
エリスは感動しながらつぶやく。
「Ka ora! Ka ora!」
健二が大声で叫びながら、前に進み出る。
参加者たち、そして宗厳を見つめて、健二はさらに声を張り上げた。
「ここは、俺たちのホームだ!!」
後ろの運動部員たちも「ホームだ!」と唱和した。
びりびりと、体育館の窓が震え、即席で用意されたテーブルの上の皿が、かたかたと鳴った。
そのとき、千影が健二の前に進み出た。
にっこりと彼女は微笑むと、参加者たちを振り返る。
「私たちの意志を、ご覧あれ!」
とても叫んだようには見えなかったのに、会場の隅々まで、その澄んだ声が響き渡る。
大人たちの視線が、自然と千影に集まる。
千影はドレスをひらめかせながら、オリジナルの踊りを披露した。
ダンス部や軽音楽部の女子生徒たちが、千影のバックダンサーとして踊りに参加する。
才能は、時と場所を選ばず人を惹き付ける。
千影の踊りには、目の肥えた来賓の人々も唸った。舞台女優の面目躍如だった。
健二と千影が中心となり、生徒たちの熱狂はさらに膨れ上がる。
それは、優雅なダンスパーティとは対極をなすものだった。
(こんな景色が、現実に見られるなんて)
エリスの肌が粟立った。
パーティ参加者のひとりが、不意に拍手をした。
「これが本校生徒たちの生命力、学園の意志か。素晴らしい! どうやら我々の負けのようだ。ここはまさに彼らのホーム。実に気持ちがいい」
(あの方は、さっき千影お姉ちゃんと話をしていた人……やっぱり、密かに根回ししていたんだ)
「どれ、私も参加してみようか」
「しゃ、社長!?」
「年寄りの冷や水だ。お前も運動が必要と言っただろう。それ!」
大企業の社長と思われる老人が、秘書の声を振り切って踊りの輪に参加する。
すかさず、健二と千影がそばに寄り添ってエスコートした。生徒たちも社長を囲み、盛り上げる。
それを見た他の役員たちも、おずおずと踊りに加わっていく。
優雅な笑いは、あっという間に腹の底から絞り出すような笑い声に変わった。
それでも踊りに参加しなかった来賓たちは、宗厳の方を見上げた。自分たちのボスが何と判断するか、固唾を呑んで見守っていたのだ。彼らは、顔に泥を塗られた宗厳の怒りにただただ怯えた。
エリスは、父の横顔が険しくなっているのに気づいた。
黒薔薇家の威信を貫く父が、今のこの光景を快く思わないのは明らかだ。
このままでは、無理やり止められる。
黒薔薇家の当主が本気で抑え込んだら、生徒たちもただではすまない。
そうなれば、主導した健二の身も危うくなる。
エリスは決断した。
「お父様。ごめんなさい」
「エリス? 何をする気だ」
「私も参ります。兄のところへ」
父から教え込まれたカーテシーを綺麗に決めた後、エリスはステージから飛び降りた。
エリスの意志をあらかじめわかっていたかのように、生徒の輪から飛び出した健二が、舞台の下で手を広げた。エリスは、その胸へ飛び込んだ。
「カグ兄様!」
「エリス。ありがとう」
黒薔薇家の次期当主の少女が加わったことで、ダンスパーティは完全にジャックされた。
健二に手を引かれ、生徒たちのもとへ向かうエリス。輝夜や千影もそばにやってきた。
ラグビー部の男子生徒による熱烈なハカに迎えられ、その熱気と声の強さに、エリスの肌はびりびりと震えた。
「カグ兄様のいる世界って、こんなにもすごいんだ!」
「すごいのは皆さ」
いつものように答える健二へ、周囲の生徒から声が飛んだ。
「何言ってるんだ、リーダー!」
「用務員さんが私たちを導いてくれたんだよ!」
「俺たちのホームを守ったのは、あんただ!」
その声に戸惑う健二を、輝夜たちが軽く小突いた。
エリスは千影に頭を下げた。
「ごめんなさい、千影お姉ちゃん。エリ、少しだけ千影お姉ちゃんにガッカリしちゃってた」
「いいのよ。敵を騙すにはまず味方からってね。これでも私、舞台女優だし」
柔らかく抱きしめられる。
千影の肩越しに、エリスは宗厳を見た。苦々しい顔で舞台を去ろうとする父の前に、楓華が立ち塞がった。
「これがウチの校風ですから」
「ふん、やられたよ」
エリスの鍛えられた耳が、トップ同士の会話を拾った。
舞台袖に宗厳が消えるとき、エリスは一瞬だけ父と目が合った。
何か、思うところがありそうな表情に見えた。
(お父様……?)




