98話 与志郎の語る真実
その後、天翔祭の喧噪を聞きながら、与志郎を用務員室へ連れていく。
プレハブ小屋の中に入った途端、与志郎は「すごいな」とつぶやいた。
「あの棚の上に並んでるものって、何だ?」
「大事なお守り」
「お守り……そうか。あんたは霊感なんかを信じるほうか」
その問いかけに、健二は振り返った。
「まっさきにそのことが気になるんだね」
「いや、それは……」
「岸川与志郎君。単刀直入に聞くよ。俺のポケットにこれを仕込んだのは、君じゃないのか」
健二は、あの告発文を取り出し、与志郎に見せた。
与志郎の顔がさらに青ざめる。
「俺じゃない」
そう叫んだときだった。
一瞬だけ、室内に明かりが差し込んだ。与志郎が眩しさに目を細める。
「何だ、さっきのは」
うめく与志郎。
健二は棚の上を見た。そこに置かれたエリスのお守りが、一瞬だけきらりと光ったのだ。
「この部屋は、超常的で大きな存在に守られている」
健二が言うと、与志郎はさらに青ざめた。
「じゃあ、あんたが俺に行き着いたのも、さっきの現象も」
与志郎はうつむく。
健二は、彼の肩に手を置いた。
「俺はずっと、黒子として生きてきた。そして、色んな人々の、色んな場面での横顔を見てきた。今の君は、心の中に大きな不安と葛藤を抱えている顔だ」
「……」
「吐き出した方がいい。俺は笑わないし、恨まない。きっと、この部屋の神様もそれを望んでいる」
「神様。本当にいるのか」
「いる。俺はそう信じてるし、実際に見た」
真剣な表情で告げる健二に、与志郎は肩の力を抜いた。近くにあったパイプ椅子に、どっかりと腰掛ける。
「……ああ。そうだよ。俺が、あんたのポケットにそれを入れた。頼まれたんだ。断れなかった」
与志郎は言った。
「俺の家族が……脅されたんだ。黒薔薇家と懇意にしている実業家から。仕方なかったんだ。もう、路頭に迷う恐怖は味わいたくない」
「やはり、君の本心じゃなかったんだね」
「もちろんだ!」
「落ち着いて。君の気持ちはわかってる」
健二が言うと、与志郎は目を丸くした。
「あんたと俺、そんなに接点はなかったはずなのに。なんであんたは、俺の気持ちがそんなによくわかるんだ」
「君からはそうかもしれないけど、俺はずっと見てきたよ。たかちゃん――高嶺輝夜さんとのことで暴走しがちだった怜奈さんを、何とか取りなそうと影で努力していただろう?」
「どうしてそれを」
「誰にも見つけられない代わりに、俺は支えたい人のためにずっと動くことができた。見守ることができたんだ」
「あんた、そんな壮絶な人生を送ってきたのか……」
「岸川君、どちらかというと黒子タイプだろう? 俺もそうなんだ」
だから、苦しい内心を自分の中に押し込めがちな人間の気持ちは、理解できる――健二は語った。
「様子がおかしいことぐらい、ずっと見ていれば気づくさ」
「まるで超能力だな……」
「誰かの役に立つのなら、世話になった人に恩返しができるのなら、俺はその能力を存分に使いたい。今がそのときだ、岸川君」
「そんな返しをする人間は、あんたが初めてだよ」
健二の言葉を受けて、与志郎は語った。
「俺が聞かされたのは、『黒薔薇家には悪霊がついている』って悪評だった。呪いで競合企業を潰したとか、そんなオカルトじみた話だ」
「岸川君は、信じていなかったんだね」
「ああ、そうだ。ただ、状況を積み重ねれば、黒薔薇家に対する信頼は落とせるのも確か。それだけの情報は積み重なっているって。俺の両親は、その悪評を広める片棒を担がされたんだ。そして、俺も――」
与志郎はうなだれる。
実害を伴っているのなら、信じる人間も出てくるだろう。何より、黒薔薇家の慣習や神秘性、権力の大きさが、話の信憑性を増している。
語り終え、与志郎は自らの苦悩を誤魔化すように、無理に笑った。
「あんたは、こんな与太話、信じないよな?」
「信じる」
「え?」
「信じるよ。信じるだけの体験をしてきた。俺は」
健二は真剣な表情で、繰り返した。
棚の上に供えたお守りを見上げる。
「俺も、守護霊に守られてきたんだ。そもそも、これまでずっと、誰からも認識されずにこの学校で活動してきた俺が言うんだ。俺自身が、生きた証人さ。人間の物差しでは測れない存在は、確かにいる」
「じゃあ、悪評は」
「やろうと思えば、できるんじゃないかと俺は思う、けれど、守護霊を悪用することは許せない。もし悪用していたのなら、黒薔薇家だって非難されるべきだ」
健二は強い口調で言った。
これまで黒子として、学校を影から支えてきた男の怒りと覇気に、与志郎は息を呑む。
「……だが、あんた。たとえ告発文の犯人が俺だとわかっても、黒薔薇家の闇を暴く企みは止められないと思う」
健二は顎に手を当てた。
そしてふと、お守りを見上げる。再び、きらりとお守りが光ったように見えたのだ。
「うん。そうだよな」
「な、なんだよ。もしかして、誰かいるのか?」
「はっきりと認識できてるわけじゃないけど、存在は感じるよ。そして、この学校の皆を守りたいと思っているのは同じだ」
与志郎を振り返る。
「だから、黒薔薇家への告発ができないように、パーティをぶち壊そう」
「え……。そ、そんなことができるのか?」
「俺と岸川君だけでは無理だろうね。けど、この学校には他にもたくさんの生徒がいる。学園長も俺たちの味方だ」
「実際に、どうするんだ?」
「考えがある。天翔学園の生徒らしい、自主自立に任せたぶち壊し案だよ。天翔祭の熱で、大人たちの悪だくみを飲み込んでしまおう」
健二からアイデアを聞いた与志郎は、目を見開いた。
「……両親から聞いた。あんた、元々は黒薔薇の人間だったんだろう。どうして、そこまでしようと思うんだ」
「この学校の皆のことはずっと見てきた。天翔祭の準備も手伝って、ともに作り上げてきた」
窓の外から、天翔祭の様子を見つめる。
「大人たちの一方的な企みで、皆が作り上げたお祭りが嫌な思い出に塗りつぶされるのは、我慢ならないからね」
それは、これまで黒子を貫いてきた健二が、自分から生徒たちと関わろうとする姿の表れだった。
与志郎が小さく喉を鳴らす。健二の姿は、はからずも、彼が捨てた黒薔薇の名前に相応しい、覇気に満ちたものだったのだ。
「昔の俺なら、ここまでしなかったかもね。少なくとも、全部自分ひとりで何とかしようとしていた。変われたのはたかちゃんや、千影さん、そして、君の幼馴染の怜奈さんのおかげだよ」
「九鬼が……」
「それに、神様が他人を陥れるなんて真似はしない。俺が知る神様はそんな人じゃない。彼女の名誉のためにも、この告発は阻止しなければ」
お守りを見上げながら力強く告げる健二。
その脳裏には、万津池公園で見た、雹の中で消えていく神様の姿があった。
彼女はまだ、自分を見守り続けてくれていると健二は信じている。
ならば、彼女の名誉を守るのが、自分の恩返しだ――健二はそう思った。
お守りが再度、きらりと光ったように思えた。
「……今、棚の上が」
与志郎も気づいたのか、驚きの声を上げる。
そして、腹を決めたように言った。
「わかった。あんたの案、俺も協力するよ」
「ありがとう。一緒に、皆の学園を守ろう」




