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97話 与志郎を探せ


「与志郎が? どうして」

「いや、まだわからない。けど、体育館で姿が見えなかったのが気になったんだ」


 怜奈を見る。


「俺はずっと前から生徒会の皆を見守ってきた。岸川君は、世話好きの調整タイプじゃないかな」

「まあ、付き合いはいいほうだと思う。仕事も真面目だし」


 輝夜を敵視していたころのことを思い出したのか、怜奈が渋面になる。その当時から、与志郎は怜奈を見捨てず、そばにいた。


 なのに、今は顔を見せない。怜奈が立ち直ったのは、彼にとっても良いことのはずなのに。


(それに、エリスたちを襲った暴漢が言ってた、『話が違う』って言葉。あれが、学内に指示者がいたって仮定すると……)


 突然姿を表さなくなった青年。

 真面目で世話好きなはずなのに、仕事の場にいない。

 暴漢の言葉。

 そして、輝夜が口にした『犯人は味方』の発想。


 すべては思いつき。可能性のひとつだ。

 だが、手がかりが何もない以上、ひとつひとつ潰していくしかない。


 顔を見れば、きっと何かがわかる。


「何か悩みがあるなら、聞いてあげたい」

「わかった。やっくんがそう言うなら、探そう。千影さんにもメッセージ送っておくね」


 輝夜がうなずく。


「最近、既読もつかないけど、あいつにもう一度連絡してみる」


 怜奈がスマホを取り出しながら言った。


「今、学外へ出るのはお父様へのアピールにはマイナスだよ。もし本当にその人が関係者なら、まだ学内にいるはず。探すなら敷地内だね」


 エリスが天翔祭パンフレットを見る。


「皆、頼むよ」

「任せて」


 こうして、健二の思いつきを確かめるため、輝夜たちは手分けして与志郎を探すことになった。


 健二自身は引き続き、スタンプラリー参加者の機材チェックをして回りながら、与志郎や他の怪しい人物がいないか、目を光らせた。


「ありがとうー、用務員さん! 急に動かなくなったから、助かったよー!」

「残りの天翔祭、楽しんで。あと――」

「わかってる。何か怪しい人がいたら報告でしょ。任せてよ」


 出店テントの中にいる生徒たちが、そろってサムズアップしてくる。健二は微笑んだ。


 誰かをサポートすることは、健二の本懐だった。恩返しがさらなる恩返しの連鎖を生むことは、健二の喜びである。

 突然のトラブルにもめげずにたくましくイベントをこなしていく生徒たちから、健二は力をもらっていた。


 おかげで、宗厳への恐怖感、不安感、焦燥感が薄れていた。


 天翔祭の目抜き通りから、正門のゲートを見る。その向こうの路上に、黒塗りの高級車が停まっていた。

 あの車内で、宗厳はどんな顔をしてこの祭りを見つめているのか。

 見下しているのか。

 無関心なのか。

 それとも、不届き者への怒りに震えているのか。

 自分やエリスのことを、少しでも考えているのか……。


 健二は首を振って、雑念を払った。


「健二君」


 そのとき、メイド服姿の怜奈と再会した。彼女ひとりである。


「エリスお嬢様が喉が渇いたみたいだから、飲み物を買ってこようかと思って」

「そっか。エリスが迷惑かけてすまない、怜奈さん」

「別に、いいよ。エリスお嬢様に頼られると、ほっとするし」


 怜奈はそう言って微笑んだ。


 近くの出店で飲み物を買う。怜奈の知り合いの店だったようで、店員に褒められ、照れていた。

 エリスが用意した使用人向け高級メイド服だが、天翔祭の真っ最中なら、奇異の目で見られることはない。

 ただ、素材と作りの違いはわかる人にはわかるようで、幾人かの生徒は目を丸くして怜奈を振り返っていた。

 

 機材チェックが一段落していた健二は、怜奈とともにエリスの元に向かうことにした。


 そのとき、健二の肩に、こつん、と何かがぶつかった。小さな氷の粒が、服に染みを作って溶けていく。


「ん……?」


 肩口を撫でた健二は、ふと気づいた。

 人通りがなくなった体育館の隅に、与志郎が腰掛けていたのだ。空を見上げ、しきりにため息をついている。


 健二たちが体育館を訪れたときには、姿はなかったはずだ。


 怜奈と顔を見合わせ、健二は急いで与志郎の元へ向かった。


「与志郎!」

「九鬼……それに、あんたは」


 健二たちを見た与志郎は、明らかに動揺していた。

 かつて、暴走する怜奈をたしなめていたころの落ち着きは感じられない。顔も、どことなくやつれていた。

 今の与志郎は、このまま消えてしまいそうなほど存在感が薄かった。天翔祭の観客が誰も見向きしないほどに。


 健二が気づけたのは、不思議な雹に導かれたことと、自身が『誰にも認識されない黒子』として生きていた経験によるものだった。


「与志郎。今までどこにいたの?」

「……別に」

「あんたと私は幼馴染よ。だから遠慮なく聞く。何か知っていることがあるなら、話して。あるんでしょ、隠してること」


 怜奈が厳しい口調で詰め寄る。

 それに対し、与志郎は答えず、代わりに健二と怜奈の顔を交互に見た。それから視線を外し、少しだけ笑った。

 どこか、ほっとしているような表情だった。


 与志郎が浮かべた表情に、怜奈は怒りを見せる。


「ちょっと、こっちは真面目に」

「待って、怜奈さん」


 健二は彼女を宥めた。与志郎に向き直る。


「安心して、岸川君。俺はもう、彼女のことを怒ってない。たかちゃんとも、和解しているよ。だから、彼女が孤立することはない」


 怜奈が赤くなって「まさかそんなこと気にしてたの?」と慌てる。

 幼馴染の様子に、与志郎が初めて小さく笑みを見せた。


「まあ、あんたとは色々あったからさ。ああ、九鬼は許してもらえたんだなって思って」

「与志郎……」


 怜奈が目を見開く。

 健二は怜奈を振り返った。


「しばらく、彼とふたりで話をさせてもらえないか?」

「でも……。ううん、わかった。エリスお嬢様には私から伝えておく」

「用務員室に行くと伝えてくれ。あそこなら、邪魔は入らない」


 怜奈はうなずき、小走りに去っていった。


「まさか、あの九鬼がメイド服なんてな。しかも、素直に言うことを聞いてる」

「立てる?」

「そんなに弱ってるように見えるかい?」

「見える。今にも消えてしまいそうだ」


 健二の差し出した手を、与志郎は黙って取った。



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