96話 健二に見えているもの
健二たちは、更新された会場図を参考に、ステージ参加者を見て回った。
宗厳が突如来訪したことで一時は動揺していた生徒たちも、今は自分の出し物に集中しているようだ。昨日以上に活気がある。
「あ、高嶺じゃん!」
「皆さん、お疲れ様です」
中庭の空きスペースに陣取った女子生徒たちが、輝夜を見つけて手を振る。先ほどすれ違った、バンドグループだ。
「このたびはご迷惑をおかけして申し訳ありません。生徒会役員として、お詫びと激励に来ました」
そう言って深く頭を下げ、それから淑やかに微笑む。健二や親しい友人相手とは違う、外向きの笑顔である。
才色兼備で名の知れた輝夜は、今でも他の生徒たちの憧れの的だ。そんな彼女がゲリラライブを敢行するグループとにこやかに話しているのだから、自然と周りから視線が集まる。
すると、周囲の状況を見たリーダー格の女子生徒が、にやりと笑った。
「まあ、完璧にお膳立てが整ったステージよりも、こういうライブで直接熱気を伝える方が楽しそうだからいいんだけどさ。せっかくなら、あんたも参加してみない?」
「え?」
「すまないと思ってるんだろぉ? あたしらを助けると思ってさ、一曲だけ頼むよ」
「ええっ!?」
驚く輝夜。
彼女は健二を振り返った。
「無理はしなくていい」「たかちゃんの歌う姿が見たい」――そのふたつの感情が混ざり合って、健二は小さく微笑むだけだった。
かつて、感情を失っていたころにはできなかった仕草だろう。
輝夜はわずかに目を見開いた。そして、頬を緩め、ウインクをする。
「これもやっくんを助けるためだね。見てて」
そう言って、輝夜は腹を決めたようだ。
皆が知っている曲を、リーダーのボーカル少女とともに1番だけ歌い上げる。
観客たちは、「まさか、あの高嶺輝夜が歌を披露するなんて!」と驚いていた。彼女たちを見るため、たちどころに輪ができた。
はからずも、Bプランのトップバッターは大盛況になった。
輝夜の様子を見ていたエリスと怜奈がつぶやいた。
「悔しいけど、さすが輝夜お姉ちゃん」
「華があるよね、彼女……」
健二は機材チェックを行いながら、輝夜の後ろ姿を見ていた。
かつて、天翔祭のプレステージでトップとなった姿が重なった。あのとき、輝夜から告白されたことが鮮烈に蘇る。
あのときは、まだ自分の存在意義に自信が持てないでいた。
しかし、感情を取り戻した今は違う。
晴天の下、わずかに珠の汗を浮かべる輝夜の笑顔を、健二は眩しげに見つめた。
「皆さん。天翔祭、楽しんでくださいね!」
観客の声援に手を振って応えながら、輝夜は即席ステージを後にした。健二たちも続く。
「やっくん、どうだった?」
「さすがだったよ、たかちゃん。可愛くてエネルギッシュだった」
「もう、最近のやっくんは正直だなあ!」
嬉しそうに頬に手を当てる。しかし、すぐに表情を改めた。
「人がだいぶ集まってたよね。怪しい人、見つかった?」
「駄目だ。それらしい人間はいなかったよ」
健二は首を振る。
輝夜は単に盛り上げるためにマイクを握ったのではない。人の視線を集め、その中で怪しい動きをする人間をあぶり出すためだった。
健二も彼女の意図を察し、機材のチェックをしながら周囲に注意を払っていたのだ。
だが、健二のセンサーに引っかかる者はいなかった。
怜奈が驚いたように言った。
「てっきり、普通に激励して、機材チェックをしてるだけかと思ってた……」
「黒子の天才、やっくんならそうすると思って」
「途中で目が合ったとき、『ああ、そういう意図があるんだな』って伝わったから」
輝夜と健二は何事もなかったかのように語った。
エリスは頬を膨らませ、「以心伝心、羨ましいです」とぼやいた。
――その後も、健二たちは会場各地を回りながら、告発文を出した人物を探した。
しかし、調査は難航した。
手がかりがあまりにも少ないのだ。
テント裏の目立たない場所で一息つく。健二はエリスに尋ねた。
「エリスの立場で言いづらいとは思うけど、教えてほしい。今回の犯人に、何か心当たりはある?」
「ごめんね、カグ兄様」
エリスが目を伏せる。彼女もスタンプラリーの会場を巡る中で、見覚えのある人物がいないか目を光らせていた。だが、それらしい人物はいなかったのだ。
「私が言うのもあれだけど、黒薔薇家をよく思っていない人はたくさんいるんだ。その人が直接、この会場にわざわざ来るとも思えないし」
「そうか……。だよな」
「だからそもそも、父様の要求が無茶だと思う」
だってさ、とエリスは続ける。
「告発文にあった『黒薔薇家の闇』が何なのか、エリにはよくわからないの。漠然としすぎてて。そりゃあ、一般の人からみたら、黒薔薇家は色々闇だらけだと思うよ?」
「きっと、やっくんの追放のことだよ」
ふと、輝夜が言った。
「実の子どもを冷遇した挙げ句、幼いうちに家から追い出すなんて駄目だよ。もちろん、うちがやっくんを追い出したのも間違いだと思ってる。今でも」
「たかちゃん」
「だからね、やっくん。やっくんの境遇を告発しようとしている犯人なら、きっとその人はやっくんの味方だと思うんだ」
拳を握る輝夜。
それに対して、怜奈が遠慮がちに言った。
「本当にそうかな」
「九鬼さん、異論があるの?」
「それなら、健二君をわざわざ巻き込まなくてもよくない? それか、最初から健二君を告発の中心に据えるはずだよ」
「エリもそう思うな」
「けど、ふたりとも。告発文にはやっくんへの謝罪があったんだよ。これは、やっくんに対する特別なメッセージじゃないの?」
告発者が敵か味方かについて、意見が分かれてしまう。
そんな中、健二はふと、昨日のチンピラの発言を思い出した。
そして、ある仮説を立てる。
(もしかしたら)
荒唐無稽な発想だ。
証拠もない。
だが、手がかりがない中では、少しでも可能性にかけるべきだと思った。
「怜奈さん」
「なに?」
「岸川与志郎君は、今どこにいるかわかる?」
「与志郎? ごめん、まだ会って話せてないんだ。そういえば、体育館にもいなかった」
「やっくん。どうして彼の名前が出てくるの?」
「これは俺の勘なんだけど」
健二は前置きしてから、言った。
「もしかしたら彼が何かを知っているかもしれない」




