95話 生徒たちの底力
健二は楓華とともに、学園長室へ向かった。輝夜、エリス、怜奈も一緒である。
「そういえば、千影さんは?」
「大事な用ができたから、別行動だって」
スマホを見ながら、輝夜が言う。
「さっきの騒ぎのこと、千影さんに伝えておいた方がいいかな」
「あまり心配はかけたくないな」
「そうだよね。わかった……ん? 千影さんからメッセージだ。『こっちはうまくやるから』だって。どういうことだろ」
輝夜は怪訝そうにしたが、千影は忙しいのか、メッセージに返信はこなかった。
学園長室につくと、まず楓華は備え付けの電話で連絡を取った。先ほどの宗厳の要求を受けて、教職員に指示をしたようだ。険しい表情の楓華を、健二たちはしばらく見守った。
「健二君、お願いがあるの」
受話器を置いた楓華が健二に言う。
「体育館のステージを、屋外の別の場所に移す手伝いをしてほしい。機材に詳しいあなたの力が必要だから」
「天翔祭のために準備してきた生徒たちが、理不尽な目に遭うのは俺も避けたいです。任せてください」
「ちょっと待ってください、楓華さん。宗厳おじさまとやっくんの件はどうなるのですか。やっくんも、それでいいの?」
輝夜が口を挟む。健二は輝夜を静かに見つめた。
「父さんとのことは、あくまで俺の個人的な話だよ、たかちゃん。生徒たちには何の責任も罪もない」
「すごくやっくんらしいけど、でも!」
「エリは輝夜お姉ちゃんに賛成だよ。お父様とカグ兄様が直に顔を合わせる機会なんて、この先、きっと二度とない。エリは、カグ兄様が認められるために頑張ってきたの。その最大のチャンスを逃すわけにはいかないよ」
エリスが強く主張した。
だが、健二の気持ちは動かない。黒子として、恩返しを続けること。それが佐藤健二の生き方だったからだ。
ただ――心の奥底で本能が囁く。「本当は逃げたいだけじゃないのか」と。
楓華が腕を組む。
「輝夜やエリスさんの言いたいこともわかる。私もね、この機会に健二君には、本当の意味で親離れしてほしいと思ってる」
「楓華さん。俺は、ここまでよくしてくれた皆に恩返しできれば、それで」
「君のその気持ちもわかる。だから、『両方』やりなさい」
楓華の言葉に、健二たちは目を丸くする。
「体育館から移動させるため、周囲はずいぶん慌ただしくなるでしょう。その動きに紛れる形なら、健二君たちも動きやすいはず」
「つまり、作業をするふりをしながら、調査を許可するということですか」
「ええ。あなたはあくまで作業補助。実際の移動作業は、優秀な生徒会長がうまく差配してくれるはずよ。あの子、いざというときの肝が据わってるから」
「直接連絡したら、二つ返事が返ってきたものね」と楓華は言った。
こういう事態になることを、楓華も生徒会長の那智も、ある程度予測していたらしい。
(ここまでしてくれるんだ。俺は俺で、できることをしなければ)
「わかりました。必ず告発文の犯人を見つけ出します。そして」
父に認めてもらう、と言いかけて、思い直す。
「皆が気持ちよく天翔祭を終えられるように尽くします」
「エリも手伝う。これはカグ兄様のことだけじゃないもの」
「私も手伝うよ、やっくん」
「わ、私も」
「皆、ありがとう」
健二は輝夜たちに礼を言った。
「健二君。それに皆。あまり無理はしないように。駄目だと思ったら、遠慮なく大人を頼りなさい。天翔祭は生徒たちのものだけれど、あなたたちだって立派な主役なんだから」
学園長室を出ようとする健二の背中に、楓華が声をかけた。
いざというときは、潔く諦めろ――そういうサインだ。
健二は振り返り、楓華に深く一礼した。そして、輝夜やエリスたちとともに部屋を出た。
まず、体育館へ向かう。作業状況を確認するためだ。
「会長は私や九鬼さんにも配慮してくれたのね。連絡がなかったから」
「あの人はのほほんとしてて策士だから」
体育館に向かう途中、輝夜がつぶやいた。怜奈もうなずく。
生徒会役員でもあるふたりが作業から抜けるのは、会長にとって大きな痛手のはずだ。
そのとき、バンドグループと思われる生徒たち数人とすれ違う。
「ゲリラライブやりまーす! 見に来てくれた人にはスタンププレゼント!」
「集めると無料券がもらえまーす! 詳しくは天翔祭のサイトを見てね!」
天翔祭のチラシを掲げ、呼びかけながら移動する生徒たち。
よく見ると、体育館からは同じような声を上げる生徒たちが次々と移動を始めていた。
「もう動き出してる……?」
「おじさまが来たのはついさっきだよね。行動が早すぎるような」
体育館へ小走りに向かう。
「那智会長!」
「お、高嶺さん。九鬼さんもおつかれー」
体育館横の出入り口で、ぽん汰が手を振ってきた。相変わらずのにこにこ顔である。
「これはどういうことです? あの生徒たち、確か体育館のステージに立つグループですよね」
「うん、そう。けどさ、学園長センセからお達しがあったでしょ? だからプランB発動ってわけ」
「プランB?」
ぽん汰はスマホを取り出し、天翔祭のHPを表示する。そこには、いくつかの場所に赤い丸印が表示された地図があった。
「天翔祭の来場者を対象に、スタンプラリーをやっているのは知ってるよね。今回は、体育館ステージに立つ予定だったグループたちを、複数の公演会場に分散させた。そこもスタンプラリー対象ポイントにしたってわけ」
「なるほど。つまり、ステージ変更そのものをイベントにしてしまったということですね」
健二が言うと、「そういうこと」とぽん汰はうなずいた。
輝夜が困惑した様子を見せる。
「けれど、いくら何でも準備が良すぎないですか?」
「まあ、僕の仕事は不測の事態に備えることだからねえ。スタンプラリーへの登録希望は、元々ステージ参加者から上がってたんだ。『できたら面白いよね』って感じさ。で、昨日のチンピラ騒ぎからきな臭くなってたから、各グループにはあらかじめ変更内容を提案してたわけ。縮小分散もありえるから備えておいてねって」
そこでぽん汰が健二を見る。
「でも、実際にできると確信したのが今朝かな。用務員さん、昨日の晩から今朝にかけて、機材や電源設備の総チェックやってなかった?」
「まあ、確かに」
昨夜の巡回で、健二は各店舗に不審な点がないか慎重にチェックして回っていた。その際、気になる箇所にはあらかじめ手を入れていたのである。
輝夜、エリス、怜奈が顔を見合わせる。
「まさか一晩で」
「さすがカグ兄様です」
「やることがいちいち超人的な黒子なのよね……」
健二は頬をかいた。
「そういうわけで、通常ならあり得ないくらいの即応性でプランBが実行できたというわけさ。これも用務員さんのおかげだね。胸張っていいよ」
「恩返しが役に立ってよかった、かな」
「ははっ、相変わらず。……ちなみに、体育館内の展示はぎりぎりまでそのままにするつもり。『パーティ参加者に当校学生たちの作品を見てもらいたい』って建前なら、向こうも嫌だとはいわないでしょ。そんな余裕ないだろうし。まあ、大事な天翔祭を引っかき回してくれたことへの意趣返しだねえ」
ぽん汰はにこにこ顔のまま、棘のあることを言った。
そして、健二を見る。
「ということで、用務員さん。各場所に散ったステージ参加者の様子を見て回ってくれないかな。場所はこのチラシに記しておいたから。高嶺君と九鬼君も、生徒会役員として同行してほしい」
「会長……さすがです」
「なあに。これから君たちがやろうとしていることを考えたら、どうってことないさ。僕は指示を出しただけだからねえ」
あっけらかんと言ったのち、ふと真面目な顔つきになる。
「用務員さん。どうか天翔学園の生徒たちを信じてほしい。僕たちはあなたから多くのものを受け取ってきた。それに最近、ようやく皆が気づけた。用務員さんが声をかけるなら、生徒たちは喜んで力を貸すだろう。そのことを頭にいれておいてほしい」
そしてまた破顔一笑して、「ご武運を!」と健二たちを送り出した。




