83話 お守りから伝わるもの
「わぁ! ここがカグ兄様の職場なんだね」
用務員室となっているプレハブ小屋にたどり着いたエリスは、真っ先に部屋の中に入り、興味深そうに室内を見渡した。
そしてすぐに、棚の上に置かれた妖しげな品物を見つける。健二が霊感商法に引っかかって集めたもの――健二にとっては御利益があると信じたもの――だ。
「うわあっ! すごいやっ!」
「どうしたの、エリスちゃん……って」
遅れて入ってきた輝夜と千影も棚の上にあるものを目の当たりにした。
埃を寄せ付けないかのような不思議な光沢を放つ木彫り人形、微かに香りを放つ古びたお札、その他諸々。
「あ、あれが噂の……」
「クロバラくん。さすがにアレはないんじゃないかな」
人形やらお札やら正体不明の塊やらが醸し出すオーラに、輝夜と千影が若干引いている。
一方、エリスはそれらに強い興味を示した。
目を輝かせながら、棚の上を指差す。
「この偉容、さすがカグ兄様のチョイス! きっと強い守護霊が付いているのね!」
「え? エリスちゃんは、そういうの本当に信じるんだ」
輝夜が青ざめる。
母親の澄玲から、黒薔薇家は神道系の家柄だということは聞いていた。不思議な才能に恵まれた一族なのだ、とも。
しかしそれでも、実際に霊的な存在がいるかのように話されると、困惑してしまう。
輝夜は恐る恐る尋ねた。
「もしかして……見えてる?」
「何が? 輝夜お姉ちゃん」
「その、幽霊的な?」
「ううん。見えないよ」
あっさりとエリスは首を振る。
「けどね。我が黒薔薇家では、霊の存在をとても大事にしているんだ。定期的に祈祷をするくらい」
「そうなんだ……」
「エリは教わったんだ。『執念は形になる。それが霊と呼ばれるものだ。だから、霊を蔑ろにする者は、大きな成功を収めることはできない』って」
輝夜と千影の顔をまっすぐに見上げて、エリスは言った。真面目な表情で、とても嘘を言っているようには見えなかった。
「守護霊はいるんだよ。エリにも、お姉ちゃんたちにも――そして、カグ兄様にも。きっと、いるんだよ」
輝夜と千影は顔を見合わせた。
親しくなった年上の友人たちが困った顔でいるのを見て、エリスは健二を見上げた。健二はエリスの頭を撫でた。
「俺もそう思うよ、エリス」
「えへへ。だよね!」
エリスはホッとしたように微笑む。
健二も、エリスが生まれる前は父や祖父母からよく言われていた。
黒薔薇の守護を蔑ろにしてはいけないと。
実際に、幼少期は屋敷で開催された祭事にも顔を出していた。
黒薔薇家の人間には、信心深さを求められる。
健二が霊感商法に引っかかりがちなのは、そういうバックボーンがあるからだった。
誰かの強い想いが形になったものなら、健二はそれを無下にできない。
「カグ兄様も同じなんだって、あの供え物を見てわかったよ。やっぱりエリとカグ兄様の中には、黒薔薇の血がしっかり流れているんだね」
「……そうだな」
健二は答えた。
今まで、黒薔薇の血は健二にとってトラウマであった。
けれど、この血はエリスとの繋がりでもあるのだ。
(それに、黒薔薇の信心深さが染みついていたからこそ、俺はたかちゃんや千影さんを助けられたのかもしれない)
健二は少しだけ、黒薔薇の血を前向きに捉えることができた。
するとエリスは、部屋の中にあった脚立を運んできた。棚の前に設置して、あの妖しげな品物の数々と視線を合わせる。
胸元からお守りを取り出すと、彼女は品物の隣にそっと置いた。さらに、自らが大切にしている葵色のリボンをほどくと、そのお守りに結びつけた。
健二はやんわりと制止した。
「エリス。そこまでする必要はないよ。危ないから、早く下りなさい」
「ううん、置かせて。カグ兄様」
「お守りもリボンも、エリスにとって大切なものだろう」
「だからこそだよ。この部屋は、カグ兄様がいつもいる場所でしょ? 私の大事なものだからこそ、カグ兄様と常に一緒にいたいの」
「こうすると、すごくしっくりくる」と、エリスは満足げに頷いていた。
健二は肩をすくめた。エリスを脚立からそっと下ろし、代わりに自分が上る。そして、エリスのお守りの隣に、くじ引きで手に入れたペットボトルほどの大きさの水晶や翡翠の石を置いた。
「パワーストーンだからね。エリスのお守りと一緒なら、すごい御利益がありそうだ」
「だね! なんたってあの景品は、エリとカグ兄様の共同作業の結晶だものね!」
エリスが自慢げに胸を張る。「またしれっと変なこと言う……」と輝夜がぼやいた。
そのときだ。
「うー。うにゃぁー、うー!」
突然、ネコマタが唸り始めた。
尻尾をぶんぶん振りながら、棚の上を睨んでいた。毛は逆立っていないから、怒ったり威嚇したりしているわけではなさそうだが、珍しい反応だった。
「ネコマタ。また猫パンチで倒したら駄目だよ。大事なものなんだから」
「うー……なぅー」
「エリとカグ兄様が仲良くしてるのが気に障っちゃったのかな?」
エリスが機嫌良くネコマタを撫でる。「触るな」とばかり、ネコマタはエリスの手から逃れた。
輝夜と千影が、再び顔を見合わせる。
「あの反応……もしかして、何かいる……?」
「輝夜ちゃん。そういう発想はやめましょ。ね?」
「でも、猫って幽霊が見えるっていうし」
「やめましょ。クロバラくんやエリスちゃんが満足しているなら、それでいいのよ。きっと」
普段、大人っぽく落ち着いた物腰の千影が、笑顔を引き攣らせたまま、絞り出すように口にした。
ネコマタを抱き上げながら、健二は棚の上を見つめる。
リボンを巻いたお守りは、ただ静かにそこにある。オーラが見えたりはしない。ひとりでに動いたりもしない。
ただ、喩えるなら神社のご神木を前にしたときのように、どこか厳かな気持ちになった。
(まるで、あのときみたいな感じだな。実家を追い出されたあと、たかちゃんに必ず恩返しをすると社の前で誓った、あのときみたいな――)
――コツン。
小さな粒が窓に当たるような音を、健二は聞いた気がした。




