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82話 文化祭デートを続けよう


 その後、健二たちは運試しの要素がある出し物をいくつか回った。

 エリスを励まし、何とか名誉挽回させようとチャレンジさせるものの、結果はことごとく失敗。名誉ではなく汚名ばかり挽回させる始末だった。


「こんな……こんなはずじゃなかったのにぃ……。カグ兄様に、エリのいいところを見せたかったのにぃぃ……!」


 しまいには、廊下の隅っこでエリスは膝を抱えてめそめそ泣き出してしまった。

 健二からもらったぬいぐるみに顔を押し当て、その場から岩のように動こうとしない。


 健二がペットボトルほどの大きさの水晶を持ち歩いていることもあり、来場者から注目の的だった。


「どうしよう。まさかエリスちゃんがここまで上手くいかないなんて」

「さすがに、かける言葉が見つからないわ……」


 狼狽える輝夜と千影。これまで人の流れを縫って器用についてきたネコマタは、「もう放っておけば?」とばかり毛繕いしていた。


 エリスの隣に膝を突いた健二は、妹の頭を優しく撫でた。


「黒薔薇の屋敷にいたときは、よくこうして慰めてたよな。エリス、昔からよく泣いてたから」

「カグ兄様がそばにいないと寂しいから」

「まるであのときに戻ったみたいだ」


 そう言うと、健二はエリスのツインテールに手をやった。リボンがない方の結び目に、真新しいリボンを結ぶ。


「カグ兄様、これ……」

「さっきの景品でもらったんだ。ほら、もう片方と同じ葵色のリボンだよ」


 健二は、エリスがもともと付けていたリボンをゆっくりと撫でた。


「これ、昔、俺がつけてあげたリボンだよな。まだ大切に付けててくれて、俺は嬉しい」

「当たり前だよ。これはカグ兄様とエリの絆の証なんだから。エリの宝物」

「そっか。じゃあ、宝物がもうひとつ増えたってことで、いいかな?」

「もちろんだよ」


 エリスがぬいぐるみから顔を上げ、ようやく笑った。健二はハンカチを取り出し、エリスの涙のあとを拭った。


 兄妹の様子を見た輝夜と千影は、互いに顔を見合わせた。

 エリスに目線を合わせる。


「エリスちゃん。せっかくの文化祭なんだし、これからは純粋に楽しもうよ。私も、実は初めてなんだ。社交の場じゃない、普通の文化祭って」

「羨ましいわ、エリスさん。クロバラくんからプレゼントもらったのって、エリスさんだけよ。先を越されちゃったわね」

「輝夜お姉ちゃん、千影お姉ちゃん」


 エリスが目を瞬かせる。

 年相応なエリスの姿を何度も目にしてきた輝夜と千影は、この少女への態度をずいぶんと柔らかくしていた。


 ただ、釘を刺すことも忘れない。


「でも、さすがにエリスちゃんはやっくんにくっつきすぎだと思うの」

「羨ましいから、そろそろ代わってもらえないかしら」

「輝夜お姉ちゃん、千影お姉ちゃん。笑顔が怖い」

「あはは」

「うふふ」

「えへへ」


 何を思ったか、示し合わせたかのように笑う3人。たまたま近くを通りかかった一般客が、顔面蒼白になって立ち去っていった。

 笑っているのに怖いからである。


 健二は首を傾げながら美少女3人の横顔を見ていた。彼女たちの不安には敏感な健二も、嫉妬の火花はいまいち鈍感であった。自分のような不完全な人間を巡って、彼女たちが争う必要はどこにあるのだろうという思いが、まだ心の中に残っているのだ。


「よし、復活! カグ兄様、次に行きましょう。次! せっかくの文化祭、楽しまなきゃ損です!」


 エリスが立ち上がり、健二の手を取る。

 笑みを浮かべて見上げてくる妹に、健二はうなずく。


 その一方で、健二はエリスの笑みにわずかな引っかかりを覚えた。

 彼女は楽しそうでありながらも、どこか寂しそうでもあったのだ。

 今のエリスは、行き交う人々や呼び子をする生徒たちを眩しそうに見つめていた。先ほどまでは自分の運の良さを証明しようと意固地になっていたため、周りが見えていなかったようだ。

 改めて今、学生たちの祭りの雰囲気を噛みしめているのだろう。


(もしかしたらエリスは、たかちゃん以上に普通の学生生活に憧れているのかもしれない)


 手に入らないものに焦がれる気持ち――それは健二にも理解できた。

 妹が、神社再建を取引材料にしてまで健二の帰還を望んだ意味を、改めて考える。


(澄玲さんの話では、エリスは黒薔薇家の次期当主に相応しい雰囲気を持っていた。家が求める完璧な令嬢を演じ続けて、本当は身も心も疲れているんじゃないか)


 健二は、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。

 エリスが不思議そうに見上げてくる。


「カグ兄様?」

「何でもない。今日は色んなところを回ろう。俺が普段、どう過ごしているのかエリスにも知ってもらいたいし」

「カグ兄様……はい! お願いします!」


 ――その後、4人でいろいろな店を見て回った。

 さすがに両手の荷物が多くなってきたので、一度用務員室へ置こうと健二は提案する。

 本当は健二ひとりでさっさと荷物を置いてくるつもりだった。

 今日はエリスを楽しませる日。雑用はすべて自分が引き受ければよい。

 健二はそう考えていた。


「カグ兄様の職場!? 見たい、見たいです!」


 エリスが目を輝かせて主張した。

 すると、輝夜と千影もうなずく。


「そういえば、やっくんの職場は入ったことなかったかも」

「用務員室なら、静かだから休むのにちょうどいいかもしれないわね」

「俺の職場なんて、見ても面白くないと思う」


「そんなことない」と3人の少女たちが合唱した。


「やっくん、やきそば食べ合っこしようよ」

「クロバラくん、急がないとカップアイスが溶けちゃうわ」

「カグ兄様! 私、カグ兄様のお膝で一休みしたいです」

「わかった。わかったよ。それじゃあ、皆で行こう」


 そう言って、健二は輝夜たちを連れ、用務員室へと向かった。




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