74話 恩返ししたい食事会
その後、健二は夕食に招待された。高嶺家のダイニングルームで、豪華な料理の数々を前にする。
フランス料理のフルコースだ。
澄玲の計らいなのか、コース料理に加えて家庭的なメニューも一緒に並んだ。健二が気後れしないようにとの配慮だろう。
ちなみに、足元ではネコマタ用に皿も用意されていた。
健二はちらりとダイニングルームを見渡した。
使用人たちは静かに待機しているが、時折、少し緊張した面持ちで健二に視線を向けていた。
健二が黒薔薇家にいたという情報が、彼らにも伝わっているのだろう。この緊張感は、使用人たちによる静かな警戒だ。
そういえば、と健二は思い出す。
邸宅の中に入るとき、運転手の安藤がこっそり教えてくれた。
『高嶺家の者にとって、黒薔薇家は一種のライバル。使用人の中には、あなたに対して良くないイメージを持つ者がいるかもしれません。どうか、お気を悪くせずに』
(追放されたとはいえ、ライバル一族の俺を招いたたかちゃんや澄玲さんのメンツを潰すわけにはいかないよな)
健二は姿勢を正し、テーブルマナーに従って食事を進めた。相手を不快にさせないよう、最大限意識する。
テーブルマナーは、「自分はあなたに敬意を払っている」と伝えるためのコミュニケーションスキルだ。少なくとも、健二はそう考えていた。
「ふふ」
ふと、澄玲が満足そうに微笑んだ。
それと同時に、使用人たちの緊張がスッと消える。
(十分に敬意を払っていると、使用人さんにもちゃんと伝わったのかな)
健二は肩の力を抜いた。黒薔薇家にいたころ叩き込まれた作法が、役に立ったのだ。
輝夜のサポートをするなら必要になるだろうと、恩返しのかたわらテーブルマナーを学び直していたことも功を奏した。
一息ついた健二の目の前に、フォークに刺したハンバーグが差し出された。
「やっくん。はい、あーん」
「たかちゃん?」
「あーん」
「さすがにマナー違反のような」
「あーーん!!」
「あー」
笑顔の圧に負けて口を開ける。
(まあ、たかちゃんの厚意を無下にすることのほうが、俺にとってルール違反か)
満足そうにする輝夜の隣で、千影が小さく肩をすくめる。席順の関係で、千影は健二から離れているのだ。
「やっくん、こっちも美味しいよ。さあ、どうぞ」
「ありがとう」
「やっくん、口元にソースが付いてる。拭いてあげるね」
「ありがとう」
「やっくん、次は――」
輝夜、と澄玲が娘の名前を呼んで、たしなめた。
「気持ちはわかるけれど、はしたないわよ」
「でも、お母様」
「奉仕することだけがパートナーの役割じゃないでしょ?」
澄玲の言葉に、輝夜はハッとする。
泰然とした澄玲の姿に、健二は感じ入った。さすが輝夜の母で、高嶺本家を取り仕切る人物だと思った。
「そうですよね。ごめんなさい、お母様。レアなシチュエーションに、つい有頂天になってしまいました」
「自分の気持ちに正直になったのは良いことよ。少々、あけすけすぎる気もするけど、まあ……高嶺家の女ならそのくらいでちょうどいいでしょう」
さっきと微妙に言ってることが違うと思いながら、健二は新しく運ばれてきた料理にカトラリーを伸ばした。
「私が雅範さんを落としたときには、それはもう攻めて攻めて攻めたてたものよ」
「そうなのですか、お母様」
「あの人、芯は通っているけど頑ななところがあるからね。あら、そういえば誰かさんとそっくりね」
「そうですね、お母様」
「だからことあるごとに、私からアクションを取ったわ。ほら、見てご覧なさい、輝夜。家の皆が驚いた顔をしている。ふふ。そうよね、誰にも見られないように、こっそりとやったから」
「そうなのですね、お母様!」
「一対一だとより効果はてきめんよ。今度試してみなさい。後で教えてあげる」
「さすがです、お母様!」
「今日もこの後が楽しみね。ふふふ」
「お母様に負けないように頑張ります。ふふふ」
すぐ隣で繰り広げられるあけすけな話題に、健二は食事の手を止めた。
(すごいな。たかちゃんたちはそこまで考えているのか。それが彼女たちの望む恩返しの形なら……)
直後、ネコマタに足の甲へ爪を立てられた。まるで「馬鹿なことを考えるな」と言わんばかりに、にゃお、と鳴く。
千影が、隣に座る輝夜の肩に手を置いた。
「輝夜ちゃん。ホームだからってズルくないかな?」
「何のことでしょう」
「何のことかしら」
「ズルくないかな!?」
いつも大人びた態度の千影には珍しく、恨めしそうな口調だった。
――その後、輝夜からあれこれ世話を焼かれながらも、食事はひととおり落ち着いた。
輝夜にはされるがままだし、澄玲は楽しげに眺めるだけだし、千影はちくりと嫌味を言うしで、健二にとっては実に刺激的な食事会だった。
さすがに健二が気の毒になったのだろう。皿を下げるとき、使用人が「大丈夫ですか?」とこっそり尋ねてきたので、「この身体で恩返しができるのなら」と正直に答えたら驚愕された。
自分は恩返しがしたいのに、こんなもてなし方をされると、やはり落ち着かない。健二は与えられる側よりも、与える側にいたかった。
そこでふと、澄玲の言葉を思い出す。
『奉仕することだけがパートナーの役割ではない』
(たかちゃんや千影さんに救われた今、俺は自分の在り方を見つめ直すタイミングなのかもな)
健二はそう思いつつ、やはり使用人のほうに共感してしまうのだった。
裏方の血が騒ぐ。
「片付けと洗い物を手伝います――痛っ」
「にゃふ!」
もっと堂々としていろとネコマタに怒られ、健二は渋々椅子に座り直した。




