36話 友達でしょ?
心なしか軽い足取りで神社を後にする健二。
当然のように彼の後を付いていこうとしたネコマタは、神社の主がその場から動かないことを怪訝に思った。
『夕津姫様? どうしたのにゃ。健二しゃん、行っちゃうよ』
『今日はここで過ごす。眷属はいつも通りアパートに行くといい』
『……槍でも召喚する気かにゃ?』
『そんな力は、わしにないわ。たまにはひとりで考えたいときもあるのじゃよ』
『さっきまで健二しゃんといちゃいちゃしたいってキモいこと言ってたのと、同じ神とは思えないにゃ』
『お前という奴は……』
夕津姫は社の段差に腰掛け、自らの眷属を半眼で睨んだ。
ネコマタは尻尾を一振りすると、健二を追いかけた。
『健二しゃんのことは任せるにゃ』
『うむ』
健二たちの姿が見えなくなってから、夕津姫は立ち上がった。社の古びた柱を撫でる。そこは、健二が何度も拭き掃除した場所だった。
夕津姫は、ふっと小さく笑った。
『よくここまで保ったな。健二のおかげじゃ』
空を見上げる。すでに夜の帳は降りている。灯りのない小島では、星がよく見えた。
もうしばらくすれば冬になる。そうなれば空気が澄んで、さらに綺麗に星が見られるだろう。
一度、健二と並んで星を眺めるのもいいなあと夕津姫は思った。
ただ、そこまで自分が存在していられるかはわからない。
健二がメッセージでやり取りをしていた相手を、夕津姫も知っている。彼女たちとの交流により、健二の意識は今、大きく変わろうとしている。
これまで以上に恩返しに励み、自分の感情を取り戻そうと、健二はやる気になっている。
また、恩返しの相手とも積極的に関わろうとしている。
そうなれば――近い将来、夕津姫の力ではカバーしきれないことも出てくるだろう。
限界を超えた神力を使うときが来るかもしれない。
夕津姫は自分の手を見た。陶器のように白く滑らかな肌は、うっすら輪郭がぼやけていた。
『まいったな。おみくじを少し作っただけで、こんな状態になるとは』
いよいよ、覚悟を決めるときが来たのかもしれない。
夕津姫の背後で、夕陽ノ万津神社の腐食は静かに進んでいた。
◆◆◆
――翌日。
いつものように車から降りて校門へと向かっていた輝夜は、ふと、ひと組のカップルが目に入った。
見知らぬ彼らの後ろ姿が、一瞬だけやっくんと千影に重なる。輝夜は人知れずため息をついた。
やっくん捕獲作戦が失敗したことが気になっているのか、昨晩はやっくんと千影が仲良く手を繋いで歩き、笑い合っている姿を夢に見てしまった。
もう一度、ため息をつく。
そこから気を取り直して、教室へ向かった。
「おはよう――」
「かーぐやぁーっ!」
「――ございます……って、どうしたの。杵築さん」
教室に入るなり抱きついてきた杵築に、輝夜は目を丸くする。見ると、他にも数人のクラスメイトが目を潤ませて集まっていた。
彼女らは皆、昨日のやっくん捕獲大作戦に協力してくれた子たちだ。
杵築が言った。
「昨日はごめん。あたしらが先走りすぎたせいで、輝夜に嫌な思いをさせちゃった」
「そんな。杵築さんたちのせいじゃないよ」
「輝夜。あんたって子は、何て良い子なんだい。だからあたしらも応援したくなるんだよ」
大げさに泣く真似をする杵築。
「よしわかった。輝夜、また次の作戦を実行するときは言いなよ。全力で手伝うから」
「そうだ、そうだ!」
周りの女子たちも呼応する。
輝夜は、まさか杵築たちからこんな風に言ってもらえるとは思っていなかった。
そもそも、これまでの輝夜は同年代の女子が味方になってくれる機会が少なかった。前の学校では、家名が邪魔して壁を作られた。酷いときは一方的に競争相手にさせられた。
だから無意識に、こう尋ねてしまう。
「どうして、私にそこまでしてくれるの?」
「え? だって友達じゃん、あたしら」
何を言っているのかこの子は――みたいな表情で杵築が言う。
輝夜は胸が熱くなった。
同時に、光明を見る。
この気持ち、やっくんにも感じてもらいたい。
誰かがそばにいること、味方になってくれることの喜びを、やっくんに思い出してもらいたい。
昨晩の夢で抱えていた不安感が、すっと晴れていくような気がした。
「ありがとう、杵築さん。みんな。私、とても嬉しい」
自然と綻んだ表情で輝夜は言った。
すると何故か、杵築だけでなく周囲の女子も男子も一緒になって「うっ」と呻いた。
「何という破壊力……。やっくんめ、この笑顔から逃げるというのか。もったいない、もったいなさすぎるぞ、あのヤロウ」
「……?」
「気にしないで、こっちのこと。とにかく、輝夜。あたしらは友達なんだから、頼るときはしっかり頼って。こっちも全力で頼るから」
「うん。ありがと、う?」
首を傾げる。杵築の最後の言葉が引っかかった。
「ということで、高嶺輝夜氏」
「は、はい?」
「勉強、教えてください!!」
拝むポーズで頭を下げる杵築。輝夜は目を丸くした。
顔を上げた杵築は今度こそ涙目になっていた。
「マジでヤバいの! 今度一桁得点だったら学校以外、外出禁止になるの! 助けて輝夜!」
「ひ、一桁? そ、それは取ろうと思ってもなかなか難しいのでは」
「ふん! 庶民の杵築さんを舐めんな。今回こそは頑張ろうと思ってたのに、輝夜とやっくんに紫月先輩の絡みっていう爆弾シチュが気になって気になって、夜しか眠れなかったのよ」
「……杵築さん。試験は明日だよ?」
「そうなの、助けて!!」
すがりつく杵築。
すると様子を見ていた男子生徒が呆れたように言った。
「お前、自業自得じゃん。高嶺さんに迷惑かけんなよ、ダチなら」
「うっさいなあ! 他人から自業自得って言われるくらいなら、輝夜の口から絶望に叩き落として欲しいって乙女心、わからないの!?」
「高嶺さん。『もう手遅れ』って言ってみて」
「え? ……も、もう手遅れ?」
「うがああああぁぁっ!!」
「絶望の味はどうだ杵築?」
「お、おのれぇ」
「ほら、こっち来いよ。仕方ないから教えてやる。俺らも勉強中だから」
「むぅ……」
不満そうに頬を膨らませながらも、男子生徒の元に歩み寄る杵築。
輝夜は呟いた。
「ちゃんと教えてあげるんだ……」
「なんだかんだ、憎めないしね。杵築のやつ。皆、こう見えて仲はいいんだよ」
クラスメイトの女子生徒が苦笑しながら言う。
「もちろん、高嶺さんも大事な友達だよ」
「……ありがとう。嬉しい」
はにかむ輝夜。
杵築が振り返り、「ごめんね輝夜。またあとで」と言った。輝夜は思わず声に出して吹き出した。
杵築をはじめ、クラスメイトたちは何だかんだ良い人ばかりだ。
彼らと仲良くなれたのも、やっくんのおかげだ。
家のことを気にして孤立しがちだった輝夜を、クラスメイトたちと繋げてくれたのだ。
だからこそ。
「自分の不安は、自分で断ち切らないとね」
(そして、やっくんの孤独も断ち切る。やっくんなら、どんな場所でもきっとたくさんの人から必要とされるはずなんだ)
(こちらの世界に連れ出すためにも、私がやっくんにとって特別な存在なんだって、もっと広く、強く、皆に示すんだ)
輝夜は自分に言い聞かせた。




