37話 昼食のお誘い
その日の休憩時間。
輝夜はひとり、教室を出た。向かった先は3年生の教室が集まるフロアだ。
千影に会いに行くためである。
事前に聞いていた情報から、千影のクラスの前にやってきた輝夜は、大きく深呼吸した。
入口から中を窺う。
千影はすぐに見つかった。他の生徒と明らかに雰囲気が違うからだ。
窓際の席でペンを握って教科書を見る千影の姿は、輝夜が見とれるほど絵になった。
だが、一方で輝夜は不思議に思う。千影が、クラスメイトたちから遠巻きに見られて、孤立しているように感じたのだ。
(試験直前なら、こんな感じなのかな)
そう輝夜が思ったときだ。
女子生徒のひとりが、千影の近くでスマホを落としてしまった。
千影はそれに気付くと、スマートな仕草でスマホを拾い、女子生徒に返す。
「はい、どうぞ」
「あっ、ありがとうございますっ!」
スマホを受け取った女子生徒は、興奮したように叫んだ。すぐにその場を離れ、友人と思われる数人の女子生徒に「紫月さんに声かけられた! きゃー、どうしよ!?」とまくしたてている。
まるでライブ会場でアイドルと握手したファンのように、興奮している様子だった。
そんなクラスメイトの後ろ姿を見ていた千影は、少しだけ寂しそうな微笑みを浮かべた。
そのまま、何も言わずに自分の席に戻り、ひとり勉強を再開する。
それを見た輝夜は、不意に胸が締め付けられたような気持ちになった。
飾り物のように扱われて孤立している千影の姿が、かつての自分と重なったからだ。
そして、今朝、杵築たちクラスメイトと賑やかにやり取りをしていた自分との違いを感じた。
(ここに来たのは、紫月先輩にやっくんとの仲を改めて聞くため。けど……今の先輩には、もっと別の話をするべきじゃないの?)
苦しかったかつての自分の姿と重なるのなら、なおさら――。
同情と親近感を覚えた輝夜は、純粋に千影と話をしてみたいと思った。やっくんのことだけじゃなく、先輩自身のことも話してみたい。
「失礼します」
意を決し、輝夜は教室の中に入る。
たとえ年齢がひとつしか違わなくても、3年生の教室というのはそれだけで独特の圧がある。
たいていの下級生は尻込みするところ、輝夜は歩調を緩めることなくまっすぐ千影のもとへ向かう。
社交界での経験が、こうした場面で役に立った。
千影に匹敵する美少女の登場に、クラスはざわめいた。
「あの子、もしかして」
「うん。この前のプレイベントで告白してた。確か、2年生の高嶺さん」
「うおぉ。近くで見るとマジ可愛い……。紫月さんレベルじゃん。どうなってんだ、ウチの学校」
こそこそと話をする上級生たちを尻目に、輝夜は千影の机の前に立った。
「あの、紫月先輩」
「あら。いらっしゃい、高嶺さん」
顔を上げた千影は、相変わらず大人の笑みで輝夜を出迎えた。
輝夜はお腹の前で両手を組んで切り出した。
「よろしければ、少しお話しませんか」
「ええ。喜んで――と言いたいところだけど、次の授業までそんなに時間がなさそうね」
参考書を閉じた千影は、ゆっくりとスマホを取り出した。
「よかったら連絡先、交換しない?」
「え?」
「私も高嶺さんとお話したいもの。それと、今日のお昼ご飯、一緒にどう?」
「あ、はい。ぜひ」
「決まりね。楽しみにしてるわ」
にっこりと微笑む千影を見て、「これが第一線で活躍する芸能人の魔力なのか」と思いながら、輝夜はスマホを取り出した。
連絡先を交換するふたりを、クラスの生徒たちは固唾を呑んで見守っていた。
――その後。
「まさか、こんなスムーズに連絡先を交換してもらえるなんて」
自分の教室に戻った輝夜は、スマホに新たに追加された千影の連絡先を見ながら呟いた。
緊張からか、スマホを握る指に力が入ってしまう。
時刻はすでに昼休憩。
「どうしよう。先に連絡を入れた方がいいかな。でも、どこで食べたら……やっぱり学食? それとも屋上?」
「輝夜? スマホ見て、何ブツブツ言ってるの。もう昼だぞ?」
「あ、杵築さん。あのね」
輝夜が友人に事情を説明しようとしたとき、クラスメイトがざわついた。
「あ、いた。高嶺さん!」
「え!? 紫月先輩!?」
教室の入口に、千影が立っていたのだ。
2年生である輝夜のクラスメイトたちにとって、紫月千影は憧れの存在だ。そんな人物が、同じく皆のアイドルである輝夜に会いに来たのだから、驚くのも無理はない。
ましてや、杵築たち数人の女子生徒にとっては、正面切って啖呵を切った相手でもある。動揺は激しかった。
「か、輝夜。マズイわ。ラスボスが向こうから来た!」
「ラスボスって……先輩に悪いよ」
「いや、だってさ! 『お手伝いは間に合ってます!』とか言っちゃったじゃん。あれで怒ってカチコミしてきたら……!」
「だから先輩はそんな人じゃないって」
「ちょっと輝夜? あんたいつの間にラスボスさんと仲良くなってんの?」
「あらあら。楽しそうに何を話しているのかしら?」
いつの間にかすぐ近くまで来ていた千影に、杵築はひゅっと息を呑んだ。
千影は穏やかな微笑みを浮かべたまま、少しだけ目を細めた。
「カチコミとか、ラスボスさんって、どういうことかな?」
「ひいい」
「紫月先輩! 違うんです。皆はただ、私のためを思ってそう言ってるだけで」
輝夜は必死にフォローした。
その姿を見た千影は、目元を緩めた。少しだけ羨ましそうだった。
「ほら、約束だったでしょ。一緒にお昼ご飯を食べるって」
「それでわざわざ私のクラスまで来てくれたんですか?」
「実は自分でもびっくりするぐらい楽しみで、ね。来ちゃった」
悪戯っぽく舌を出す千影。
杵築が「ちくしょう、あざとい! あざといのに似合う! どうしてうちのトップ美人たちは、みんなそろってこんなに魅力的なんだ!」と小声で呻いたが、輝夜にはその理屈がよくわからなかった。
千影が、手提げバッグを掲げる。
「それじゃ、行きましょ。良い場所を知ってるの」
「あ、はい。分かりました」
輝夜は鞄から弁当箱を取り出し、立ち上がった。
クラスメイトたちが呆然と見送る中、輝夜と千影は一緒に教室を出ていった。




