061 ― 終はりは慮外(りょがい)に敢(あ)へなきものなり ―
一度逃げられたせいで押している作戦時間的にもそうだが、何よりも個人的にいい加減この害獣の根城からさっさと立ち去りたい気持ちでいっぱいな私は、右手の籠手に内蔵された『ある機能』を起動させようと、リボルバー拳銃のような作りとなっている肘関節手前に設けられた歯車状のパーツを、外側に一回分ガチャリと回す。
「ギィ、ギヒィ……、ヤロウオビュクラッシャア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!」
損傷箇所の激痛や体力の消耗で自棄を起こしたのか、私の近づいてくる足音を察知した【死肉喰巨鼠】は、うつ伏せの状態からグルッと自身の体勢を瞬時に反転。地面へ後ろ手についていた左前肢から、石筍を生やす【法術】を発現させようとする。
だが術の発動よりも一足早く、奴に狙いを定めていた私の籠手から発射された黄色い蛍光色をした針状の物体が二発、【死肉喰巨鼠】の身体へと突き刺さる。
「ギヒッ!? ギヒヒャァッ!? ギギャハアアァッッ!!」
【死肉喰巨鼠】は針が刺さったところをしきりに掻きむしって、自身に撃ち込まれた得体の知れない『何か』を取り除こうともがくが、次第にその動きは緩慢となり、ものの数分で呼吸もきちんと行なえないほど弱ってしまった。
先ほどの雄叫びともとれる奇声を上げるほどの威勢はどこへやら。今や苦笑いのような痙笑を伴いながら上半身をゆみ状に仰け反らせ、ひきつけ|の症状まで起こし始めている。
私が身に纏っている特殊装甲の右腕側の籠手部分に内蔵された装備、〈パラライズ・ショット〉によって撃ち込まれた『毒針』は、神経系に作用する速効性の神経毒を針状に固形化したもので、接触した物体の温度に反応して液化・浸透する仕組みになっている。
呼吸器系や体内に各栄養素等の物質を何らかの体液によって全身に行き渡らせる構造、あるいはそれに準ずる機能を持つ生命体の発熱作用によって、毒針は固形状から液体状へと変化し瞬く間に体液に乗って全身へと運ばれる。
そうして脳や脊髄まで浸透した神経毒は、運動ニューロンの働きを著しく阻害し対象の運動能力を奪うのだ。
『向こう側《人間であった時》の世界』で例えるならば、『破傷風菌』が作り出す『テタヌス毒素』に似ているだろうか。
まぁ、毒の強弱はこちらで任意に設定できるためそこまでは強くしなかったが、この戦闘が終わるまでの時間は十分効力を発揮し続けることだろう。
私はゆっくりと、仰向けになったまま口から泡を出してひきつけを起こしている【死肉喰巨鼠】へと歩み寄り、片膝立ちにしゃがんで静かに語りかけた。
「お前の【法技:扇動】とかいう力。お前が死なない限り解除されないとレアテミス嬢から聞いている。だから私は、今すぐにはお前を殺さない。お前が不必要なまでにここまでデカくした群れが、仲間が、こちらの規定数以下に減るのを精々目に焼き付けておくんだな」
「ゼヒ、ゼヒ……ヒヒェ、ギヒヒヒヒヒィェェ……」
私の言葉が理解できたのかはともかく、【死肉喰巨鼠】は弱々しく鳴きながらも、私に対して呪詛の言葉を吐いているように映った。
さて、後はこの仰向けになったまま動けなくなっている【死肉喰巨鼠】を回収してもらうことで、本先戦の殆んどは完了したといってよい。
早速、立ち上がった私が同盟軍へ貸出していた通信機に連絡を入れようとした、その時である。
突然、巣穴の入り口付近の地面が爆発し、大量の瓦礫や土砂とともに【死肉喰鼠】の臓腑、そして別の階層にいたと思われる他の【死肉喰鼠】の群れが、私がいる場所から十数メートル先の地面へと空中から大量に降り注いだ。
「うぇッ!? 一体何ごと!?」
私が驚いている最中、すり鉢状に陥没した爆心地跡のような場所から、闘気と殺気の入り混じった『何か』を感じ取った私はすぐさま臨戦態勢をとるべく身構えた。
そして次の瞬間、
「グルゥオオァアアッ! 微塵に砕けろおおぉぉおぉぉッ!」
聞き覚えのある言葉とともに巨大かつ重々しくも禍々しい意匠の施された戦斧が空気を切り裂きながら回転しながら、私の横を素通りしそのままの勢いで壁面へと突き刺さった。
同時にその際に発生した衝撃が壁面全体を激しく揺れ半球状であった巣穴の四割近くが見事に崩壊。
巣穴手前にあった一酸化中毒で息を引き取った【死肉喰鼠】たちの死体を目当てに殺到していた別の一団の上へと無情に降り注いだ。
「今の声はもしかしてウォラか……? 結構、ナイスタイミングだっ……うぉあッ!? 怖ッ!!」
ビックリしたのと同時に、これらの一連の光景に呆気に取られていた私は、突如爆発した入り口付近の地面へ視線を向けて更にもう一度ビックリ、年甲斐もなく思わずたじろいでしまった。
そこにはあったのはすり鉢状となった地面を、私の手の倍近くはあろうかという大きな片手でしっかと掴み、鬼神のごとき形相のオーガが一人、ゆっくりと這い上がってくる光景……。
―――彼の者の名は、ウォラ。
【鐵角同盟軍】が片翼【角軍】最強の将にして我が義弟。
彼が紅蓮の髪を、闘気と自身の筋肉が発する上昇気流で揺らめかせながら一歩、また一歩とすり鉢状の地面から上がってくる光景は、私という残滓に、過去のトラウマ、もとい思い出を想起させた。
かつて『向こう側の世界』において、私の地元には『なまはげ』と呼ばれる年中行事が存在していた。
怠惰や不和といった悪事を諌め、災いを払うために鬼にも似た『神の使い』に扮した者たちが近所の家々にやってくる伝統的な民族行事……なのだが、『神の使いに扮した者たち』の出で立ちがそれはもう実に恐ろしい。
出刃包丁や鉈――まぁどちらも本物ではないが――を振りかざし、鬼と勘違いされるような人相や奇抜な見た目をし、『泣く子はいねがーッ! 悪い子はいねがーッ!』という、肝が冷えるほどの怒号とも言える荒々しい言葉遣い。
小さい子供たちは揃ってギャン泣き確定。しかも大人はその光景に慣れているおり、泣きじゃくる子供たちを半強制的にその場にいさせようとするため、子供たちの恐怖は加速する。
当然、そんな行事とは縁遠い別の地方都市から越してきて知識だけでしか知らなかった私は、引っ越してきた最初の年の暮れ、盛大に彼らの洗礼を受けることとなった。
あの時の戦慄は、『こちら側の世界』で長いこと生きている今でさえも心に深く焼き付いている。
なにせ、大の大人の私ですら恐怖し立ちすくむほかなかったのだから。
それでもどうにか気持ちだけは強く持ち、震える手で彼らに酒を振る舞いつつなんとか穏便に済ませ、いよいよ彼らが帰るというタイミングでなまはげ役の一人が私にのそのそ近づいてきて、そのままの勢いで力強く抱きしめられた。
すわ何事か!?
困惑する私の耳元で、「ウチの孫に何かあったら絶対に、一切の容赦はしない……わかったな?」と、どこかで聞いた声の主に囁かれた時には生きた心地など一切しなかった。
(あの時は心身ともに心底冷えたぁ。ただ頷くことしか出来なかったし、な……)
さて、前置きが長くなったが、とにかく今のウォラはその『なまはげ』以上に恐ろしい存在と化していたのであった。
「ギヒェッ、ギヒェッ……ギギキヒヘェッ……」
不意に私の足元か聞こえてきた弱弱しい鳴き声で現実に引き戻される。
「はぁ……、そうだな。今は思い出に浸るよりも、お前さんの対処の方が第一優先だよな……ふぅ」
私は気持ちを入れ換える意味も込めて息を吐く。
そして、自身の自由自在に動く尻尾の先にある鋭利な外殻でもって、瞳を恐怖と怯えで曇らせガタガタと震えているモルグヒュージラットを二対の両腕で地面へと力ずくで押さえ付けつつ、その両手足首の腱をブツッ、ブツッと切断してゆく。
他者の目から見れば、私の行為は弱者に鞭打つかの如き、なんとも惨い所業に映るだろう。
が、コイツの飽くなき『保身と生への渇望』は軽視できる範疇をとうに越えており、 それは部下でもあり仲間でもあるはずのモルグラットたちをけしかけた一連の行動からも裏付けている。
もはや、ある意味でコイツも私と同じ『域外=ワクガイ』の存在といえよう。
つまり、万が一の可能性がゼロではない以上、現状、私の方で講じる事のできる対策は取っておいて然るべきと、こう私は考えたのであった。
◆◇◆◇◆
それにしても先人は『鬼に金棒』という、なんとも正鵠を射た格言を残したものだ。
もっとも、我が義弟であるウォラが持っているのは金棒などではなく、身の丈と同様の長さと私の外側の腕を片方分、水平に広げたくらいはあろうかという幅をもった両刃式の戦斧なわけだが……。
彼が自身の得物たるその戦斧をブンッと一振りするだけで、彼が開けた大きな楕円形の穴を通して間欠泉から吹き上がる湯水のごと湧き出す大量の【死肉喰鼠】の群れがつむじ風の前に舞い散る落ち葉よろしく、重さを感じさせない面白いくらい軽々と吹き飛ぶ。
さらに、彼のもう一方の手にいつの間にか握られている片刃の戦斧が、先ほどの攻撃を地面にしがみついて運悪く吹き飛ぶことを免れてしまった十数匹の【死肉喰鼠】の上半身をゾブリと抉り飛ばすことで、血しぶきの噴水がいくつもできあがる。
それは稲穂を刈り取るコンバインか、はたまた整地に用いるブルドーザーか……。
とにかく、【鉱亜人種】の工匠たちが試行錯誤のうちに特殊加工された複合金属製の戦斧が力任せに振るわれる度、幅広の赤い道が、ウォラの前へ前へとみるみる内に出来上がっていく。
……レ、レッドカーペットかな(震え声。
「うおおぉぉッ!! ウォラの伯父貴が目に物見せたぞおおおぉぉッ! アタイらも後に続けえええぇぇッ!!」
「「「「グオオオオォォォッ!!!」」」」
いつの間にか、プレナや他の【醜鼻鬼族】・【上位醜小鬼族】の部隊が合流していたようで、ウォラが切り拓いたその道を後方から、しぶとく生き残ってしまった残存している【死肉喰鼠】へ追撃を仕掛けていくことで、その道幅はさらに加速度的に広がってゆく。
今この状況を鳥瞰できたなら、さながら『どこぞの傭兵が身分を偽って通う高校のラグビー部の試合』か『どこかの国のマスゲーム』のように、あからさまなほどの変遷をしていっていることだろう。
「ギギヒヒッ……。ギ、ギギヒヒヒャアアァァァッ!」
プレナたち後続部隊との距離があったためか、ウォラの背後から襲いかかろうとする【死肉喰鼠】達が数匹、彼めがけて殺到する。
いくらウォラ本人が強くとも、背後からの攻撃に対しては全くの無防備。
さすがに加勢もやむなしかと思われた、その時である。
「俺の背後ろに立つんじゃねえええぇぇッ!!」
―――刹那、無防備であったはずの彼の背後から奇襲を仕掛けた【死肉喰鼠】たちが、空中で爆散した。
目の前にいたはずの仲間が一瞬にして名状しがたい肉塊に変わった途端、同じように跳躍しようとしていた他の【死肉喰鼠】たちがギョッとした表情を浮かべたままその場で二の足を踏む。
「カハアアァァァッ……! ゴミネズミ風情が……。ネズミはネズミらしく、糞尿を撒き散らして逃げ仰せるか、この場で死ぬかどちらか選べぃいやぁああぁぁッ!!!」
余分な熱を体外へと排するかのように開いた口から蒸気を立ちのぼらせつつ、鬼神もかくやといわんばかりの形相をしたウォラが大気を戦慄かせながら咆哮した。
「ギ、ギキヒャ―――ッ!!!」
言い知れぬ焦燥に駆られたのか、はたまた生物的な恐怖からか。恐慌状態に陥った一部の【死肉喰鼠】はウォラ目掛けて突撃を敢行していくが……。
「死ぬかッ!」
――ボンッ!
「ヒュギエッ!?」
……。
「爆ぜるかッ!!」
―――ボボンッ!
「ドボジデェッ!?」
…………。
「這いつくばってでも一矢報いるのかぁッ!!!」
―――ボボボンッ!!!
………………。
(なんだろう……。最終的に「ぶるあああぁぁッ!!」とか言い出しそうなそこはかとないこの迫力は……)
私自身も大抵なのかもしれないが、数の暴力で『個』を圧倒しているはずの『物量』が、反対にその『個』にすり潰されていく様はまさに圧巻の一言に尽きた。
「ギギギ……、ヒャボェッ!?」
「アタイらを無視してんじゃねえぇッ!」
まさに鬼気迫るウォラの迫力に気圧されて後ずさった【死肉喰鼠】が一匹、後ろから追いついたウォラの姪のプレナが振るう『赤熱化したビー○ナギナタじみた両刃状の得物』によって、奇妙な悲鳴とともに頭頂部から縦に真っ二つとなった。
「お前らァッ! ちゃんと武器は持ったなああぁぁあぁあッ!?」
「「「グォォォオオッ!!!」」」
「よぅし、行っくぞおおおぉおおぉおおおおおッ!!」
プレナの掛け声とともに、彼女が率いる【醜鼻鬼族】・【上位醜小鬼族】の後続部隊が『暴力』の名の下に【死肉喰鼠】の一団へと食らいつく。
あーもう、(敵味方入り乱れて)メチャメチャだよ……。
しかも【醜鼻鬼族】部隊が振り回しているモノ。私の目に狂いがなければ、間違いなくありゃあ武器じゃない。
―――ただの丸太だ。
【鉱亜人種】の工匠たちめ。
な~にが「全員分の武器を今すぐ用意してみせるぞい!」だ。
単に工房近くに立てかけてあった建材用か何かの丸太を持たせただけじゃあないのか?
しかも防具に至ってはベルトで締めて止めるタイプの革の胸当てがセットになった、『トゲ付き肩パッド』が一つだけって……。
防具って何だ?(哲学
……ま、まぁ。それはともかく、だ。
彼ら一人一人の鎧袖一触な働きによって、運悪く一ヶ所で固まっていた【死肉喰鼠】たちは瞬く間に撃滅させられ、鬼族の周囲はグロテスクかつ真っ赤な光景へと彩られてゆく。
「ウガァ! いっつもおいらたちのジャマをしやがってッ! これからおっ死ぬ気分はどうだ、クソネズミィッ!!」
「くされネズミ共め! プレナ姉からは『テメェらを残らずブチ殺せ』と言われただが、言われなくたってタダでも喜んでやってやるだよッ!」
「怖いウギか、クソッタレ!? 当然ウギ! リーパー様たちに鍛えられた俺らに敵うもんかウギ!」
「「「ヒュギャアアァァアアァァッ!?!?」」」
…………。
えーと。
来てもらって何だが、キミ達本当に援軍だよね? 新たな敵勢力とかじゃあないよね?
私の困惑をよそに、一箇所に留まってしまった【死肉喰鼠】の奇襲部隊はウォラたち【角軍】の破竹の勢いになすすべなく、数分と経たずに壊滅。
さらに鬼族たちは【死肉喰鼠】たちを囲いこむような陣形をとることで、【死肉喰鼠】の包囲殲滅を図っているようであった。
第一、彼ら鬼族は『奇襲』などという姑息な手段を嫌い、正々堂々を信条とする種族だ。
そんな鬼族たちが厭う戦い方を仕掛けた時点で、【死肉喰鼠】の命運は決まっていたのだろう。
ウォラやプレナのいる場所の足元には『赤色よりももっと暗い色をしたレッドカーペット(意味深)』が放射状に丸く広がりを見せ始めていく。
もはや別の意味で『むせる光景』である……。
しかし、そんな劣性な状態にもかかわらず、圧倒的な数で有利な【死肉喰鼠】の群れを抑え込むことは彼ら鬼族をもってしても困難であった。
「クソッ! 囲みの薄いところから漏れやがった! あそこの担当してるヤロー、後で必ずブッ飛ばしてやるッ!」
そう言って悪態をつくプレナの視線の先では、いまいち動きが大振りな【醜鼻鬼族】たちの丸太攻撃の間隙をぬうことに成功した【死肉喰鼠】の濁流が、【醜鼻鬼族】の体をよじ登ったり脇や股の下からすり抜けてゆく。
そして、彼女の言葉に周りの【醜鼻鬼族】たちの動きが途端にぎこちなくなる。一体プレナはこれまで彼らに何をしてきたんだ?
そもそも君たち【醜鼻鬼族】は彼女よりも図体がデカいんだから、そこまでビビらなくてもいいと思うんだが……。
「プレナ様、【醜鼻鬼族】たちが【死肉喰鼠】の素早さに丸太で挑んでいることを忘れてはなりませんウギ!」
特殊な形状をしているフルフェイスのヘルメットに内蔵された無駄に優秀な集音センサーが、プレナの背中を守りながら【法術】を撃ち続けている【上位醜小鬼族】が苦言を呈している声を否応なく拾う。
その者の忠言に対して彼女があからさまに苦虫を噛み潰したような顔をしているのが、十数メートル先にいる私でも分かるくらいはっきりと見てとれた。
というか、鬼族たちは丸太が武器じゃないってことはちゃんと知ってるのね……。
「チッ! 仕方ねぇ、あそこの担当をぶっ飛ばす代わりにクソッたれのネズミ共を一匹でも多く片付ける事で手打ちにしてやるよッ!」
彼女の言葉にあからさまに安堵する【醜鼻鬼族】たち。
まぁ、それだけ彼らにとっての彼女の存在が大きいということなのだと改めて思い知った瞬間だった。
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