062 ― しかれども、終はりは終はりならず ―
さて。とにもかくにもついに出番がやってきたかと私が膝を打ったその矢先、突然【死肉喰鼠】が根城としているこの地下空洞の壁を構成している露岩の一部が弾け飛んだ。
まさかここにきて新たな脅威かと思って身構えた私の目と鼻の先で、何やらどこかで聞いたような声が聞こえてくる。
「ほら見たことか! やっぱり俺の言うとおりだっただろう!」
「ゴホッ、ゴホゴホッ! そんなことよりプカー! もっと慎重に『排斥する者』を扱えんのか!? こっちは生身のままで箱乗りさせられてるんじゃ!」
「帝国の栄えある【法術兵】が何言ってやがる! 大体、戦場に遅参するなんざ【鉱亜人種】に生まれた者にとって恥だろうが!」
「なら誰かさんの雑な扱いで振り落されそうになる身にもなれってんだ! ただでさえこっちはしがみ付いてるだけでも大変なんだぞ!」
「ごちゃごちゃうるさいぞ、この若造が! ついこの間まで鼻を垂らして寝小便をしていたヤツはこれだから困る! おしめがないとコイツに乗っかることもできねぇのか!」
「いつの話してんだよ、この耄碌ジジイ!!」
なんとそこにあったのは、数人の【鉱亜人種】の兵士を無理やり各部にしがみつかせた状態の『排斥する者』が土煙を巻き上げつつ、先端が三ツ首に分かれている『左腕穿孔機』を突き出している光景だった。
その光景は『向こう側の世界』で私がプレイしていたVR型FPSゲーム『インターセプター』における人類側のプレイヤーたちが行なっていた『戦車跨乗』に酷似していた。
敵地のど真ん中であるにもかかわらず怒鳴り合っている様子から察するに、どうやらこの【鉱亜人種】たちは『排斥する者』の左腕に装備されている穿孔機能を持った腕を使って、無理やりこの場所まで掘り進んできたらしい。
おかげで『排斥する者』はもちろん、『排斥する者』に箱乗りさせられたハメになった武官たちは誰もかれも、土砂や埃にまみれてほぼ全身が薄汚れていた。
「おい! そんなことより、ありゃあ【角軍】の連中じゃないのか?」
「本当だ。しかもあっちにはリーパー様もいるぞ!」
ようやく【鉱亜人種】たちは私たちの存在や今置かれている状況に気付いてくれたらしく、『排斥する者』の搭乗者と喧喧囂囂していた【鉱亜人種】の武官たちが血相を変えて騒ぎ出した。
「おい! 【法振石】で他の同胞に知らせを出せ! 内容は『我、敵の本陣発見せり。本丸にて敵と交戦中』、『我、敵の本陣発見せり。本丸にて敵と交戦中』だ!」
「おうともさ! 各部隊に告ぐ! 繰り返す、各部隊に告ぐ! こちら第二〇三混成機甲部隊……!」
なるほどな。こういった報告の仕方は世界がまるっと変わってもそうそう複雑に変化しないようだ。
そんな風に私が変なところで感心しているうちに、周囲には知らせを聞いた【鐵軍】所属の武官や彼らが駆る『排斥する者』の数が続々と到着する。
「武官長! 各階層で手すきの『排斥する者』の集結が完了しました!」
一人の武官が他の【鉱亜人種】とは一味違った鎧を身に着けた【鉱亜人種】の横で敬礼する。
それを聞いた武官長なる人物は、眼力を強くしながら部下の【鉱亜人種】たちに向けて声を上げる。
「ならばこれより【鐵軍】はネズミ共の包囲殲滅戦に移行する。各部隊の【法術兵】たちは『排斥する者』を盾にしながら包囲の輪を縮めていけ! いいか、間違っても我らが陛下の同盟者たちを負傷させるなっ!」
「「「「「了解ですッ!!」」」」」
武官長は鬼族たちを相手取っている【死肉喰鼠】の群れに向けて、手にしていた【法杖】を突きつける。
「各自、抜杖っ! 『排斥する者』の搭乗者は出力を戦闘状態まで引き上げろ! 地下世界にはネズミ共の居場所はこれっぽっちもないことを思い知らせてやれぇっ!」
「「「「「オオォオォオオオォォォッ!!」」」」」
絶賛士気向上中の【鉱亜人種】たちが各々手にした【長杖】や、私と【鉱亜人種】の共同制作した『指向性の散弾地雷の特性』を持つ特殊な槍、【法爆散槍】の石突きで地面をこれでもかと一斉に突き鳴らせば、発生した音が閉鎖空間に反響し巨大なうねりとなって【死肉喰鼠】たちの耳へと届いた。
彼らにとっての最大の不運は、私の足元で身動きひとつ取れなくなってしまっている【死肉喰巨鼠】の【法技:煽動】の効果で半ば強制的にこの場所に留まらせられていることだろう。
甚大な被害を被っているにもかかわらず、自分達のボスがなまじ存命しているせいで撤退、敗走もかなわない。
それでなくとも、――戦場にこそ出てきていないものの、――【鉱亜人種】の代表である『ゾフィー・レアテミス・ド・ヴェルグ』が率いる【鐵軍】と、ウォラが将として率いる愚連隊よろしく鬼族たちが所属する【角軍】両軍を相手取る羽目になっているのだ。
さらに各階層からこの戦いに参戦するべく、続々と集結しつつある【鐵軍】所属のドヴェルグが駆るスプリガン部隊・【法術兵】部隊によって二重、三重の包囲網が敷かれたことで各個潰されてゆく。
もはや完全に攻勢が逆転してしまった今の無意味な突撃しかできない【死肉喰鼠】の群れは、【鐵軍】と【角軍】両軍からの統制のとれた総攻撃になす術なく惨敗。
地下に拠を構える複数の種族の逆鱗に触れた【死肉喰鼠】は、櫛の歯が欠けるがごとく一区画ずつ確実かつ徹底的に鏖殺されてゆくのだった。
◆◇◆◇◆
「―――さて。皆、この戦中な時にもかかわらずよく集まってくれたのじゃ」
レアテミス嬢の凛とした声が、極めて質素かつ広い部屋の中に響いた。
直後、彼女のほぼ反対の床で胡座をかいて直に座っていた人物がそれに応える。
「構わねぇよ。帝都とかいうこの場所に集まってくるネズミ共の残りは、俺様とプレナが抜けたウチのヤツらでも十分対処できるしな」
複数の種類いる鬼族を束ね、なおかつ惑星外生命体である私ことリーパーと『義兄弟の契り』を交わした【角鬼亜人族】の一人、ウォラである。
彼は鬼族の中でもかなり大柄な体躯を持つため、胡座をかいて座っていても巌のような存在感を放っている。
彼の言うとおり、我々【鐵角同盟軍】の主要メンバーは現在戦場を離れ【ドリュアタイ地下帝国】の帝都、その一角に帝都所属の【法術士】と以前【連邦】の収容所じみた施設から助け出した【鉱亜人種】たちが【法術】や突貫工事で臨時設営した『鼠害対策指令本部』の一室に集まっていた。
「畏れながら、陛下。【角軍】の大将の言うとおりにございます。それに【鐵軍】もまた精鋭ぞろいの猛者ばかり。加えて、【鐵軍】にはリーパー様と共に作り上げた『排斥する者』という強大な力もありますゆえ、【鉱亜人種】の名に懸けて彼奴らに付け入る隙など決して与えませぬ」
今までレアテミス嬢の横の壁際で直立不動であった武官長が、拱手の構えを取りつつ確固たる自身と共に言葉を紡いだ。
「それは重畳。ではリーパーよ、ソレをここに落とすがよい。ずっと担いでおったら疲れるじゃろう」
「了解した」
レアテミス嬢の合図を機に、私はそれまで私の肩に背負われたままモゾモゾ動いていたズタ袋を、ドスンという音とともに机の上に勢いよく放り落した。
「ヒュギギギィッ!?」
すると偶然ズタ袋の口が緩み、中から猿ぐつわを噛まされた状態で上下の顎を紐で縛られた【死肉喰巨鼠】が勢いよく顔を出した。
【死肉喰巨鼠】は、私の撃ち込んだ〈パラライズ・ショット〉による神経麻痺状態であるにもかかわらず、複数の皮膚病で体毛という体毛が禿げ上がったと思しき醜悪な頭部ごと、血走った双眸をキョドキョドと忙しなく動かしながら、鼻腔をヒクつかせては自身の置かれた状況を必死に確認しようとしている。
その様相は正に『薄汚いネズミ』と呼ぶに相応しいみじめったらしいものであった。
『第一次【死肉喰鼠】包囲殲滅作戦』終了後、敵首魁の捕縛に成功した旨をレアテミス嬢へ私が貸し出した通信機にて報告したところ、生け捕りにしたのなら集合場所に連れて来て欲しいとの返答を受けたため、マヒ状態で陸にあげた魚のようにビクビクッと痙攣しているこいつを、事前に持ってきていたズタ袋へ強引に押し込みつつ荒縄でふんじばってこの【鐵角同盟軍】鼠害対策指令本部まで連行してきた。
この巨大ネズミが土属性の【法術】を使って私とやりあったことを伝えると、【鉱亜人種】の工匠たちは【死肉喰巨鼠】の四肢に『変わった色の宝玉がはまった、見るからに重そうな枷のようなもの』をそれぞれ四つ取り付けた。
【鉱亜人種】の工匠長曰く、『レーティング』という試作型の【法術抑制拘束具】と言うらしい。
なんでも、属性の乗った【法術】に反応して正反対の【法術】を相手の【法力】を利用して擬似的に発生させることで、その威力を減衰、ないしは相殺できる代物なんだとか。
つまり、火属性の【法術】を発現させようとすれば水属性の【法術】が展開し、土属性の【法術】を発現させようとすれば風属性の【法術】が展開するし対象の【法力切れ】を狙う仕組み……らしい。
鼻の下をこすりながら自慢げに語ってくれている工匠たちを前に、私は内心驚愕と呆れを隠せなかった。
(いやいやいやいや。そりゃあ、もはやバランスブレイカーの類でしょうよ……)
―――バランスブレイカー。
それは『向こう側の世界』でいうところのゲームの面白さややりこみ要素を著しく阻害し、ゲームそのもののバランスを悪化させる要素のことだ。
開発スタッフが見落としてしまったバグだったり、特定のキャラクターや固有の技、『とある敵要塞近くのマスに偶然落ちてる高い命中率と威力を持つ人型兵器用のライフル』だったり……。
いずれにせよ、ゲームの進行があまりにも簡単になってしまうためゲーム内の感動が薄れたり、ゲーム自体が単純な作業と化してしまうことが多々あった。
なまじ【法力】や【法術】といった摩訶不思議な力に依存しているこの星の住人にとって、この枷の性能はえげつないの一言に尽きる。
なんらかのきっかけでこれを嵌められた日には、どんなに強力な【法術】を使う生命体でも得意技が一切使えなくなり、後はまな板の鯉同然だ。煮るなり焼くなり、四方八方からタコ殴りにされるなりするに違いない。
願わくはこの技術が――流出は避けられなくても――悪用されませんように。
「チッ、相変わらずムカつく顔してやがる……。伯父貴ッ! コイツ、やっぱりここできっちりバラしたほうが!」
さて、【死肉喰鼠】に連なる者達を蛇蝎のごとく嫌悪している、ウォラの姪であり【角軍】の切り込み隊長でもあるプレナ――こちらはウォラと違って、私よりも頭ひとつ分背が低いので【鉱亜人種】が用意してくれた椅子に座っている――が、彼女の隣でどっしりと鎮座しているウォラの服の一部を引っ張りながら声を上げる。
「プレナ。気持ちはわかるが、それはできねぇってリーパーの兄者も交えて何度も話し合っただろうが……」
しかしその彼女を諫めるかのように、燃えるような紅の頭髪をガシガシと掻きながらウォラは口を開く。
「ッ! けどよぉ、けどよぉッ!」
ウォラから袖にされた態度をとられたプレナが、頭では理解はしているものの心のどこかで納得がいかない様子のまま、あからさまに敵意を孕んだ瞳で【死肉喰巨鼠】を睨みつけながら歯痒そうに唇をかんでいる。
今までたまりにたまった積年の恨みを晴らしたくて仕方がないらしい。
「……まぁ、お前ぇの気持ちは分からねぇわけじゃあねぇがな」
とはいえウォラもウォラで、その目の奥にてギラギラと光る抜き身のナイフのような衝動を懸命に押し殺しているのが見て取れた。
もしこれが数ヶ月前の彼であれば、プレナ以上の激情に駆られて現在のような対応はできなかっただろう。
彼の変化の要因として考えられるのは、やはり私と『義兄弟の契り』を交わした折、酒に混ぜた血液の中に含まれていた『ナノマシン』の影響だろう。
アレにはあらかじめ、『原生生物の中枢神経系へと侵入し、中程度の思考が可能な領域を形成せよ』と指令を出しておいた。
ウォラとともに日々を過ごしつつ、気付かれない範囲で経過観察を行なってきてはいたが、彼と初遭遇した時の荒々しいだけな状態はなりを潜め、今や悍馬のごとき姪のプレナをうまく御している。
(いや……。ウォラなら、もっと時間をかけて経験や場数を踏んでいれば、『超常存在の恩恵』が無くとも今くらいの領域に辿りつけていただろう、な)
この惑星で親しくなった者たちの精一杯の頑張りに対する私の存在など精々、成長途中の……否、『次の段階』へと進化をする過程で二の足を踏んでいた彼らの背中を押した程度だろう。
などと一人で勝手にセンチメンタルに浸っていると、隣に設けられた椅子に座っているレアテミス嬢が手にしていた長さ六十センチメートルほどの【法杖】の頭で、私が身に纏っている特殊装甲をコンコンと叩いてきた。
「? レアテミス嬢、どうかしたのか?」
「どうかしたのか、ではないわ。妾が呼び掛けているのに一体腕組みしながらうんうん唸っておるのじゃ」
どうやら彼女の眼には、私が話しかけられているのに気づかず何か一人で納得しているように映ったようだ。
「ああ、すまない。この騒乱の終わりももうすぐだなと、そう考えていただけだ」
「たわけ、何を言うかと思えば。他人事のようなことを言っておる場合ではないぞ。お主は同盟軍総司令官なのじゃから、もっと長としての自覚をじゃな……」
そうだった。
彼ら地下世界に生きる者たちにとって今回の戦いは種の存亡をかけた弱肉強食、適者生存の争いであったが、『種族外=ワクガイ』でしかないぽっと出の私はその実、ネズミ駆除しかしていなかった。
そのため、今の今まですっかり忘れていたが私は同盟軍総司令官を任ぜられていたのだった(そのくせ、総司令選考の会議があったことなど一切知らされていなかったけど……)。
「陛下。お話のところ申し訳ございませんが……」
クドクドと長いお小言の嵐は、ついに皆が見ている前で正座までさせられそうになった私を見かねた――武官長と同様に壁際で彫像のように立っていた――文官長がレアテミス嬢に苦言を呈してくれるまで続いた。
ありがとう、文官長! 貴方は私の命の恩人だ! 主に痺れ始めてきた足のね!
ここまでご高覧いただきありがとうございます。
誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。




