060 ― 害ナルモノ VS 外ナルモノ ―
「キヒヒヒヒャアアア!」
ゴツゴツとした壁面をある程度の高さまで登ったところで、【死肉喰巨鼠】は先ほどとは全く違う鳴き声……いや下卑た笑い声とも取れる鳴き声を高らかに上げている。まるでそれは、自身の勝利を確信しているかのようにも聞こえるほどに……。
そして【死肉喰巨鼠】はトドメといわんばかりに、今まで飛ばしてきた歪な飛翔体よりも一回りも二回りも大きな物体を壁面からニョキニョキ生成すると、私目がけて一気に飛翔させてきた。
「―――これはもう、認めざるを得ないだろう、な」
そう私が呟いたのと同時に、私に向かって飛んできた飛翔体が空中でピタリと制止した。より正確にいうのなら、青白く発光する光の膜にその切っ先が触れた状態で空中に固定されていると表現したほうが正しい。
私と飛翔体との相対距離はほんの一メートル前後といったところか……。
「キ、キキヒッ!?」
自分の勝利を確信していた【死肉喰巨鼠】ですら、さすがにこの不可解な現象に目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。
「私自身、たかがネズミ相手だろうと高を括っていた、と。対峙している相手を侮っていた、と。まさか一介の生命体がここまで策を張り巡らせているとは思ってもみなかった。とはいえ、お前の【法技】のタネも仕掛けも十分理解できた。もう十分だ……」
「キ、キヒヒイィ!?」
―――『もう十分だ』
その言葉に一瞬たじろいだ表情を浮かべた【死肉喰巨鼠】は、先ほどよりも小型の飛翔体を多数飛ばしてくるが、生憎こちらは依然として青白く発光する光の膜、〈フォース・フィールド〉を展開中であるがゆえにそれらの飛翔体すらも造作もなくすべて受け止め、空中で静止させる。
「もう十分だ、といっただろう?」
飛翔体は破壊されないとその真価を発揮できないのか、部下である【死肉喰鼠】の群れは徐々にまごつきバラバラな行動をし始める。
「『特定のフェロモンを付与した飛翔体による群れの誘導と攻撃指令』。それがお前の【法技】の真価であったわけだ」
その言葉を口にしたのち、〈フォース・フィールド〉で私の前面で制止させていた飛翔体を別々の場所や壁面に向けて射出する。
亜高速で一直線に打ち出された飛翔体が撃ち出された先で木っ端みじんに砕けると、私の予想通り【死肉喰鼠】の群れは鼻をヒクつかせつつ個々がそれぞれの飛翔体の飛び散った場所に向けて無意味な突撃をしかけてゆく。
もっとも、飛翔体の撃ち出した先が何でもないタダの壁面だったり、自分たちの仲間のいる場所であったりすることなど、視覚と聴覚を潰された今の彼らでは窺い知ることは不可能であろうが……。
「ヒ、ヒャギャア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!? キ゛ャニ゛ヒャッテ゛リ゛ュンタ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッッ!?!?」
そしてこちらから射出した飛翔体の中でも特に大きなモノがとある場所にぶつかり砕け、さらにその場所に一番多くの【死肉喰鼠】が殺到したことで、【死肉喰巨鼠】がこれまでに聞いたことのないほどの金切り声の如き絶叫を上げた。
「やっぱり。そこがお前の逃走経路だったか。残念だったな、どうやら詰まってしまったようだ……」
通気口の役割をしているらしき壁面の割れ目と違い、その場所だけ空気の流れが他と大きく違ったことからそうじゃないかなぁと、おおよその見当を付けてはいたが。
「ギギギィッ!! ギギキキヒイイイィィィッ!!」
完全に怒髪天を衝いたと思しき――といっても体毛らしき体毛はほとんど存在していないのだが――【死肉喰巨鼠】は、その後も幾度となく飛翔体を重機関銃の弾丸のように飛ばしてくる。
さすがに五十四口径長(百二十七mm)の艦砲クラスの質量・威力のある移動物体を真正面から防ぎ切るには現装備では少々エネルギー不足だが、【死肉喰巨鼠】が【法術】を用いて連続で撃ち出してくる飛翔体は大きくても精々『.五十口径(一二.七mm)』程度。これは『向こう側の世界』における『軍用対物狙撃銃』で使用される弾丸に匹敵する大きさのモノだが、その程度であれば今身に着けている特殊装甲で十二分に対応が可能だ。
が、すでに相手の攻撃パターンを知った私はそれらを破壊せず、回避に専念しつつエネルギー消費を抑えるため機能のON/OFFを交互に繰り返して、断続的に〈フォース・フィールド〉で捕まえては群れのど真ん中や壁面などの適当な場所へ向けて撃ち返す。
だが、なんといってもこの場で一番憐れなのはヤツの部下である【死肉喰鼠】たちだろう。彼らはまるで誘蛾灯に導かれる羽虫のごとく愚直なまでに飛翔体が飛んでいった場所へ移動しては、飛翔体を利用した私に駆除され見る見るうちに間引かれてゆくのだ。
その介あってか、もはやこの閉鎖空間と化した巣穴においてまともに動ける【死肉喰鼠】は一匹も残っておらず、気が付けば【死肉喰巨鼠】との最初の接触から既に数時間が経過していた。
◆◇◆◇◆
「キ、キヒィ、キヒィ……!」
相変わらず、【死肉喰巨鼠】はでっぷりとしたデカい図体で壁面に張り付いてはいるものの、出会った頃や先ほどのような余裕ぶった素振りを見せておらず、息切れを起こしているかのように大きく肩を上下させている。常に私の死角に移動してこちらからの攻撃をさせないようにしていたというのも理由の一つだろうが、おそらくレアテミス嬢から耳にしていた【法力切れ】という状態にも陥りつつあるのかもしれない。
「疲れたか? まぁ、さすがにそれだけ【法術】を連発すれば疲弊もするだろうさ。さて……」
私はそこで言葉を区切り、唯一活きが良かった【死肉喰鼠】の頭部に突き立てていた槍を引き抜くと、付いてもいない血糊を振り払う素振りをしたのち、改めて【死肉喰巨鼠】がいる壁面へと一歩足を踏み出す。
「レアテミス嬢やウォラからきいているよ。【死肉喰鼠】の群れの長であるお前を簡単に殺してしまうと、統率力を失った群れ全体が瓦解して四方八方へ逃げ出してしまうと……」
【死肉喰巨鼠】は私の声色から何かを察したのか、苦虫を噛み潰したような表情をしつつきょどきょどと周囲に視線を泳がせ始める。きっとこの状況においてもなお、どうにかして活路を見出さんと低い知能を総動員させているのだろう。
もっとも、現状、ヤツが取れる手段は非常に限られている訳だが……。
「さぁ、どうする? 退路は立たれた。群れもお前が下した最後の命令のせいで命ある限り止まらない死兵と化した」
「ギィ、ギキキッ……!」
「事ここに至って、お前は絶体絶命の窮地に立ってる。打破できるか? 今のお前に……」
「ギィ、ギキヒイイィィアアァァァ! ヒャッギヒャラ、ウリュッヒャギンヒャアアアァァァ!」
【死肉喰巨鼠】は明確な敵意と殺意の色を宿し、今まで以上に血走った双眸で私を見据えると猛スピードで壁面から走り下りつつこちらに向かって突進してきた。
「ようやく『窮鼠』としての自覚ができた、か。いいだろう、お前と私で今度こそ一騎打ちだ!」
「キヒイィッ! ブッヒャヒャッヘヒネエエェェッ!」
【死肉喰巨鼠】は奇妙な鳴き声とともに、私の目の前で左側面へ回り込もうと自身の身体をドリフトさせる。
四つ足であるにもかかわらず、その見事なまでのドリフティングテクニックは、『向こう側の世界』で社内でも自他ともに認めるほどの車好きの後輩に薦められて読んだ漫画に出てきた、『何とか豆腐店とかかれた白黒の乗用車に乗る主人公』ばりの見事な体捌きであった。
(そういえば、アレはなんていう漫画だったっけ……? たしか、頭文字がどうとか……)
いや、今はそんなことより目の前の相手に集中だ。
【死肉喰巨鼠】が相変わらず驚異的な身体能力の持ち主だということは証明されたが、もっと厄介なことがそのすぐ後に起こった。
なんとヤツがドリフトをした直後の地面から、成人男性の大腿部ほどの太さをしたいびつな『石筍』が複数、雨後の筍のように何の変哲もない地面から突如私に向かって突き出てきたのだ!
「ッ! これは地上で最初に戦った兵士が使った【法術】か!」
あの時は落下中に地面から無数に突き出される形となったため、とっさに槍を棘と棘の間にできるヘコみに無理矢理突き入れ回避する戦法をとったことで事なきを得た。
が、今回は自身に対してほぼ斜め下から急速に伸びてくる石筍だ。あの時と同様のことはできないため、短槍の光刃部分を使って振り払うような動作でもって消し飛ばす。
歪な円錐状に伸びてきた石筍の七割近くがごっそり消滅すると、石筍はそれ以上伸びなくなった。
どうやらこの【法術】、『発動までのタイムラグと石筍が伸びる速度』に重点が置かれているらしく、伸びる長さに関してはほぼ一定のようだ。
「キヒヒヒヒャアアア! ヒェニャキャガギャラヒャキィナニョジェエエエェェェッ!」
突如、わき腹から背中にかけて衝撃が走る。
おそらく私が石筍に気をとられている間に側面に回り込んだ【死肉喰巨鼠】が、その鋭く尖った爪のある前肢を使って斬撃を見舞ったのだろう。
特殊装甲からフェイスヘルメットの内部表示に『危険度:F(最低ランク)』、『損傷率:〇.一二』の表記が現れる。本来であれば何てことない損傷率だが、現在の状況ではかなり問題がある数字だ。
というのもこの特殊装甲、『光子感応式硬度変換装甲』の基本的な性質は文字通り『光量を感じ取りその多さに比例して硬度が変化する』という、極めて特殊な強化外骨格である。今までの地上や地下でのいざこざや、鬼族たちの砦におけるウォラとの一騎打ちの際は、地表で得ていた恒星からの光子エネルギーを貯蔵していたため、何とかそれをやりくりしながら過ごしてきた。
また、他のエネルギー要素を光子エネルギーへと変換するときには必ず『他原動力光子変換率』という項目が追加表示され、それらの複合エネルギーを基に特殊装甲が自己修復を行なう際には『装甲再生率』という情報項目が表示される。
しかし、それが今ヘルメットのバイザー部分に表示されていない。つまり現在、それだけこの巣穴の内部は自己修復機能が発揮されるだけの光量が圧倒的に少ないことを意味している。
「そういえば、今まで以上に辺りが薄暗い。……さては一騎打ちに使うだけの【法力】をありったけ周りの【法粗石】から掻き集めたな?」
そんな私の軽口を無視するように、【死肉喰巨鼠】は常に私の死角へ陣取ろうと、ビュンビュンと音を立てて周りの瓦礫や【死肉喰鼠】の死体を盾代わりにしながら変則的な挙動を繰り返す。
「高速移動からの斬撃による通常攻撃、加えて時限式の【法術】攻撃の二段構え戦法……。お前、単騎戦力でも十分強いじゃあないか」
「キヒヒャアアッ! ヂョキョミチェリュニョジェ、キョノニョリョミャヒャアアアァッ!」
今度は右の背面から、さっきと同様の石筍が出現。特殊装甲と諸にかち合い、火花が飛び散る。
その衝突のエネルギーと飛び散った火花の光量のおかげで先に述べた『他原動力光子変換率』が『〇.二』と表示はされたものの、『装甲再生率』に関してはまだ機能していない。
残念なことにそれの程度の光量では再生機能は発揮されないのだ。
現に、その後の表示が現れていないのが何よりの証拠である。おかげで『損傷率』がたったの『〇.一二』から『〇.三』に上がってしまった。
(仕方ない、ここは槍の光刃や尻尾の光で光源の確保を……)
現行装備は恒星のような強烈な光量の中では自動的に再生機能が発揮されるが、尻尾で作り出す光や人工的な明かりでの修復作業を行なう際はその場から動く事ができない難点を持つ。
――ガツガツガツガツッ! クッチャ、クッチャ、クッチャ、クッチャッ!
「……クソッ! インターバルを挟もうとするとすぐこれだッ! せめて口を閉じて食べるくらいしろ! クチャラーは元のころから嫌いなんだよ!」
尻尾で先ほど突き出てきた歪な石筍を砕きつつ音のする方向へ吹き飛ばしてやると、汚らしい音を出していた張本人たる【死肉喰巨鼠】はすぐさま驚異的な速度で移動し別の物陰に隠れると、再び同じことを繰り返す。
こちらが攻めあぐねている間に、ヤツは周りにできた部下でもあり仲間でもあったはずの【死肉喰鼠】の肉塊を障害物兼栄養補給の場として利用しているのだ。
「キヒヒイィ! ヴォッキニョウギョキニチュヒヘキョレヒェニャヒニョジェエエエェェッ!」
「まったく! 一騎打ちするならさっさとかかって来いよ! 面倒なヤツだ、な!」
生体情報から位置は正確に把握しているため見失うことはないが、その場所は常に私と一定の距離となおかつ振り向くなどのワンテンポを挟まないといけないような面倒極まりない場所であった。
「キヒヒャアアアッ! ウッメ! キョレメッヒャウメェッ! キヒヒッ、ヒヒャハハヘ――――ッ!」
――クッチャ、クッチャ、クッチャ、クッチャッ、ブチブチブチブチッ、ガチュガチュガチュガチュッ!
「いちいち癪に障る鳴き声と咀嚼音を出すんじゃない! 耳に残るだろうが、ってうわッ!?」
しかし、いざその場に攻撃を仕掛けると【死肉喰巨鼠】は寸でのところでこちらの攻撃を躱し、置き土産とばかりに時限式の【法術】を繰り出してくるのである。
「ったく! そういつまでも同じ手が通じると思うなよ!」
私は手にしていた槍を収縮させて元の収納スペースに格納しつつ、四本あるすべての腕でもってそこら辺の適当な巨岩とも呼べる瓦礫の塊を掴んで軽々と持ち上げた。
そしてそのままの勢いで瓦礫を四つ、お手玉をするような仕草でひょいっと空中に投げ上げる。
もちろん四つの瓦礫はふわりと宙を舞い、この惑星の重力に引かれて真っ直ぐ落下してくる。
「即興妙技! 鞭尾賽の目斬りッ!」
目にもとまらぬ速さで振り回すことのできるマイ尻尾を使い、落下中の四つの瓦礫を一つ一つが握りこぶし程度の立方体になるまで一瞬のうちに切り刻む。
まぁ、技名に関しては咄嗟の思い付きで考えたわけだしもう使うことはないだろう……恥ずかしいし。
「おおっと! まだ私のターンは終わってない! 〈フォース・フィールド〉、展開ッ!」
さらに私は籠手から発生させた〈フォース・フィールド〉を、細かく切断された瓦礫が降りそそぐ直前、自身が中心となるよう半球状に即時展開させた。
もちろん自然法則に従って落下してきた無数の瓦礫は、青白く発光する光の膜に全て絡めとられる。
「高機動目標対策その一! クレイモア風攻勢防壁Ver.壱、射出ッ!」
――ドガガァァァンッ!!
〈フォース・フィールド〉を用いて集約された無数の瓦礫は、亜高速の散弾となって水平三六〇度、垂直一八〇度の半球状の形で一斉に撃ち出される。
こういった機動力を重視した手合いには『点での攻め』より『面での攻め』の方が時として有効であると、『こちら側の世界』で長年生きてきた私は経験則として知っていたため、試しに使ってみたのだった。
その介あってか、亜高速で飛翔する瓦礫の散弾の加害半径にあった物体は、ほぼ全てが石の散弾と衝突したことでほぼ影も形もなく消し飛び、結果、私の周りだけ相撲の土俵のようなきれいさっぱりとした更地が形成されていた。
そして何より、この攻勢防壁による面制圧の目標としていた本命の【死肉喰巨鼠】。
どうやら奴は私が面制圧の準備をしている最中、加害半径内の岩場の陰に隠れてのんきに栄養補給をしていたらしく、
「ガ、ヒュギィッ……!?」
当然、亜高速の運動エネルギーを得た石の散弾はその岩場すらも軽く打ち砕き、さらにその内の数発が岩陰に隠れていた【死肉喰巨鼠】の胴体に着弾したのだった。
体毛がほとんど生えていない半面ぶ厚い皮下脂肪をまとっているようで、あの程度の攻撃力では――身体の数か所に大きな青アザが浮かんでいたものの――こちらが考えていたほどのダメージは与えられなかった。
だがそれでも、ヤツが栄養源にしている【死肉喰鼠】の死体を手にしていた片方の前肢が先ほどの攻撃に巻き込まれたのか、手首と肘のちょうど中間くらいの場所で、普通の生き物ではありえない方向へ折れ曲がっていた。
「さすが逃げ隠れするのも飽いたろう? 仲間に『捨て奸』させるのも戦法の一つとはいえ、大将なら大将らしくいい加減腹を括るんだな……」
こちらに背を向けた状態で這いつくばったまま、骨折してしまった自分の前腕をアリクイのような細長い舌でチロチロと舐めて治そうとしている惨めな姿をした【死肉喰巨鼠】に向かって、私はそう吐き捨てた。
ここまでご高覧いただきありがとうございます。
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