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038 ― 人間万事塞翁が馬 ―

「そ、それでは皇女殿下。それとお連れのお二方はこちらでお待ちください! ただいま別の者を呼んで参ります!」


「うむ。しかし妾(わらわ)たちは長旅で疲れておるでのぅ~。な(・)る(・)べ(・)く(・)早くしてくれると助かるのじゃぞぉ~?」


「ははぁーーッ!! 仰せのままにいたしますぅーーッ!!」


先ほど悪役に仕立てられた髭面【鉱亜人種(ドヴェルグ)】が、腰の部分から折れ曲がらんばかりの礼をしたのち、ホテルのスィートルームもびっくりの豪奢なこの部屋のドアをゆっくりと閉めて退出していった。


「……んぅ~ッ! やぁっと一息付けるのじゃ」


レアテミス嬢は大きく伸びをすると、近くにあった長椅子にボスンッとダイブした。


「ほれ、何を突っ立っておる。おぬしらも楽にせんか」


「そう言われてもな、私たちが座ったら体重でそこいらの椅子を壊しかねないと思うんだが……」


外見は化け物とタイマンを張れる筋肉の塊のような重量級の私でも、内面は四十過ぎのオッサンだ。豪勢な椅子に座れと言われて、はいそうですかとはいかないのである。損壊させてしまってはとおっかなびっくりなのだ。


そもそも『こちら側の世界』での暮らしが長くなったとはいえ、いまだに庶民的な思考が抜けきらないというのも理由の一つなのだろう。


また、ウォラのほうはウォラのほうで、それとは別にソワソワして私の横に立って周りをキョロキョロしている。彼の姿は地方から都市部への観光へ出てきたお上りさんを連想させた。


「なぁ、本当に俺様も同席して良かったのか?」


「何を言っておるのじゃ。お主がおらんでは『例(同盟)の話』が先に進まんではないか」


「そりゃあ、まぁ……そうなんだがよ」


いくら使節団を率いてきたとはいえ、まだ彼の中で整理できていないところあるのか、なんとなく居心地が悪そうにしていた。


「なに、妾(わらわ)の名に掛けて悪いようにはせんから安心しておれ」


「お、おぅ」


「ならウォラ。私たちは床に胡坐(あぐら)でもかいて寛ぐとしよう。ここでは多少の無礼講も許されそうだしな」


「うむ、多少どころか大いに寛ぐがよい! 妾(わらわ)の盟友にケチをつける輩(やから)なんぞ、さっきの調子で説得してやるのじゃ!」


どうやらレアテミス嬢は先ほどの時代劇チックな寸劇がいたくお気に召したようで、この部屋に通されるまで他の変種(バリエーション)はないのかと、こちらが気圧される勢いで質問攻めにしてきた。


そして私は今も若干、引き気味である。


「そ、それはありがた……うん?」


床に腰を下ろしながら彼女に礼を言おうとした矢先、特殊装甲(パワードスーツ)の『集音センサー』が何かを拾い始めた。


「どうしたのじゃ?」


「……レアテミス嬢、何やら外が騒がしいのだが?」


「うん? 誰か来たのかもしれんな」


いや、この騒々しさはそんな生易しいものじゃないような気がする。


私が思案しそうになった時、出入り口のトビラが勢いよく開け放たれた。


「こ、皇女殿下!? ほん、本当に皇女殿下にございますか!?」


トビラを開けて入ってきたのは『向こう側(人間であった時)の世界』では珍しい、顎髭の片方を三つ編みにしている【鉱亜人種(ドヴェルグ)】であった。


「おぉ! 文官長補佐、久しいな!」


文官長補佐と呼ばれた【鉱亜人種(ドヴェルグ)】が、拱手(きょうしゅ)の礼(れい)を例を取りながら膝を折って首(こうべ)を垂れる。


「申し訳ございません。本来なら皇女殿下を真っ先にお救いせねばならなかったはずですのに。各階層へ急きょ編成した捜索隊を放ったのですが、【死肉喰鼠(モルグラット)】めの奇襲を受けて撤退を余儀なくされたらしく。この処罰はいかようにでも受ける次第でございます」


「良い良い。現に妾(わらわ)はこうして五体満足で戻って来る事ができたのじゃ。それよりも妾(わらわ)が不在の間、よく治世に務めてくれた。大儀であるぞ」


その言葉に文官長補佐は身体を振るわせながら、むせび泣き始めた。


「もったいないお言葉にございばす。今は留守にしている文・武官長もきっと皇女殿下のご帰還を知ったなら喚起する事でしょう!」


「ん? 両官長が留守じゃと? なにかあったのか?」


「はっ、じつは……」


文官長補佐はレアテミス嬢が留守の間に連邦の特使が『秘密の地下通路』を通じて本国へと逃げ帰った旨を説明しだした。


逃げ帰った理由は十中八九私やウォラを含めた鬼族の使節団が原因だろう。


で、その秘密の地下通路が、たまたま、目の前の彼、分館長補佐の管轄区域であったということらしい。その事を不審に思った彼は、部下たちに警備体制を密にさせつつ自身の上司である文官長に会いにこの帝都へと赴いたのだという。


分館長補佐の話に耳を傾けていたレアテミス嬢は、それを聞き終わるなり、あからさまにわざとらしいため息を吐いてみせた。


怒気を含んだ鼻息と勘違いした私が――おそるおそる――レアテミス嬢に視線を移すと、彼女は呆れと憐憫(れんびん)を足して二で割ったような表情をしていた。


「なんとも臆病なヤツじゃ。よほど妾(わらわ)たち【鉱亜人種(ドヴェルグ)】を信用しておらんのじゃな」


「まったく持って皇女殿下のおっしゃる通りにございます。ところで、皇女殿下。そこにいる方々は一体? あ、いやお一人は【角鬼亜人族(オーガ)】だと理解できるのですが、もうお一方のほうの種族は寡聞(かぶん)にして存じ上げないため……」


「こヤツの名はリーパー。あのスコロスカベンジャーを滅し、【角鬼亜人族(オーガ)】や【醜鼻鬼族(トロール)】にも勝るとも劣らぬ豪傑(ごうけつ)よ」


「なんと! それはまことにございますか!?」


「リーパー、ア(・)レ(・)をこヤツに見せてやれ」


レアテミス嬢からお声がかかった私は、腰に携えていた布の袋から大ムカデの頭を取り出し、目の前に設けられていたテーブルの上へ置いた。


ウォラのところで布を使って丁寧に磨いていたこともあり、もはや装飾品といっても過言ではないほどの光沢を放っている。


「た、確かにこれは紛れもなくあのムカデの頭部……」


文官長補佐は驚愕に彩られた顔のまま、私の顔とムカデの頭部の間で視線を行ったり来たりさせている。


だが、私はそんなことよりも先に、『集音センサー』がとある座標から随時送ってくる騒音のほうをどうにかしたかった。


「ふふん、そうであろうそうであろう。まったくもってお主にもあの時のリーパーの活躍を見せてやりたかっ……」


これまで何度も見たドヤ顔で腕組みしたレアテミス嬢があの時の状況を自慢しようとしたその時だった。


「緊急! 緊急にございます!」


先ほど退出していった守備隊長が死に物狂いと言わんばかりの形相で再び戻ってきた。


「なんじゃ、騒々しい!」


「こ、皇女殿下におかッ! おかれましては、きん、緊急のご、ごごご用件が……!」


守備隊長は、レアテミス嬢の前でこれ以上の粗相をしでかすまいと、どうにか息を整えながら、跪いて拱手(きょうしゅ)の礼(れい)をとろうとする。


「えぇい、今はそのようなことなどせんでもよい! なにをそんなに息せき切って飛び込んできたのじゃ?」


レアテミス嬢は、半(なか)ば苛立ちも含んでいるかのように勢いよく長椅子から立ち上がってそれを制した。


「まったく、そのような慌て方では部下の気苦労も堪えなかろうに……。いいからまずは深呼吸せよ話を聞くのはそれから……」


「し、失礼ながらそのような悠長な事を申している場合ではございません! 陛下が、皇帝陛下のご容体が……!」


レアテミス嬢の言葉を遮(さえぎ)ってまで発せられた守備隊長の言葉を聞いた瞬間、彼女は目をこれでもかと見開き、その顔からは血の気が加速度的に引いていった。


「まさか、父上になにかあったのか……!?」


「はっ! 現在、医術長含めた医術師団が全力で沈静化にあたっておるとの事ですが、数時間前から喘鳴(ぜいめい)と喀血(かっけつ)が留まらないらしく……!」


瞬間。まるで支えを失ったかのようにレアテミス嬢の身体がフラリ揺れたと思ったら、頭から床に倒れこみそうになる。


「うわ、ちょ! 危なッ!」


しかし、運よく私が座っている側に倒れてくれた事により、とっさに腕を伸ばしたことでその華奢な身体をキャッチする事ができた。


「あ、おい! どうした、豆チビ!?」


「ああっ! 皇女殿下!?」


「お気を! お気を確かに!」


たったその一瞬の出来事で、部屋の中が騒がしくなった。


それも、ウォラがレアテミス嬢に嬢に対しのいつも通りの呼び方をしても【鉱亜人種(ドヴェルグ)】の誰もが叱責する暇さえないほどに……。


「なんという、なんという事なのじゃ。せっかく帰って来られたというのに……」


私の腕の中、顔を真っ青にして何かを呟いているレアテミス嬢はあまりにも酷く困惑していた。


「レアテミス嬢。何があったか知らないが、もしかして何かまずいことか?」


この後に及んで何を今更聞いているんだと、頭の片隅でもう一人の私が言っているのを承知の上で彼女に尋ねる。


レアテミス嬢曰く、彼女の父親であるヘルムート陛下は、数年前から体調を崩しがちで、最近は重要な政(まつりごと)以外は極力静養に務めていたのだという。


しかし司令塔たる帝国の中枢器官がストップしてしまっては国が立ち行かなくなるのは明白だ。それが外交関連であれば尚更の事。


ゆえに一人娘であるレアテミス嬢に白羽の矢が立ち、文官クラスの判断を超えた案件の裁量権を持った【特命全権大使】という――良くも悪くも急場凌ぎの――肩書のもと、なんとかこれまでやってきたのだという。


「しかし、妾の中では、父上が病床の身となって日に日に弱ってゆく姿を見て、いつかこのような日が来るのではないかという不安の影はいつも付いてまわっておった。じゃがいざそれが現実となると、なんというか、こう、くるものがあるのじゃ」


そんな事を言いながら、乾いた笑いで嗤うレアテミス嬢。


だがその笑顔は今の彼女の心中を物語っているかのように、見ているこっちの心が締め付けられるほど痛々しいモノに見えた。


「……胸中お察しする。だが大切な人が大病を患っているのになんとも思わないのは人格破綻者か、異常者だけだ。貴女の心にのしかかってる負担をきちんと理解して、それでいて取り乱すことなく冷静でいる貴女はこの場の誰よりもしっかりしている」


「まったく、お主らしい慰め方じゃのぅ。惜しむらくはそれがなんの解決にも…………っ!」


その時、今まで腕の中で暗い面持ちであったレアテミス嬢が突然、ハッとした表情になったのであった。

ここまでご高覧いただきありがとうございます。

誤字脱字ならびにご指摘ご感想等があれば、随時受け付けておりますのでよろしくお願いいたします。

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