037 ― 汝の敵を愛せよ ―
その日。
帝国のしがない一兵卒でしかない自分は、到底信じがたいものを目にした。
「聞けぃ! こちらにおわすお方をどなたと心得る!」
長い槍を手にして奇妙な色の鎧を身に纏った、自分たちよりも大柄な体躯の生き物が、槍の石突きで地面をドンと突きながら声高に叫んだ。
生き物の口から流麗と紡がれる、亜人族間で一般的な【亜人共通語】に、自分を含めた全員が警備隊長以上の凄みを感じる。
だが、手にした兵装はその程度で手放すことは誰もしなかった。
なぜなら、その異形の生き物のほかに周囲には【醜鼻鬼族】や【上位醜小鬼族】、果ては【角鬼亜人族】の姿まで確認できたからだ。
仮にここで自分たちが突破されれば帝国の帝都はもう目と鼻の先なのである。
とはいえ、おそらくこの化け物集団が、先ほど鋼鉄製の分厚く巨大な門を横倒しにするなどという常識外な荒業をやってのけたに違いないのは紛れもない事実。
守備隊の誰もが決死の覚悟を胸にして、彼らと対峙していた。
しかし、奇妙と言えば奇妙な光景だ。
彼ら化け物集団は、【醜鼻鬼族】たちが担いだ掘っ立て小屋のような粗末な御輿を守るように隊列を形成しているのだ。
普段の無秩序な鬼族たちからは想像もできない見事な布陣だと、自分は心の片隅で思った。
さらにその神輿の上には瀟洒な衣服に身を包んだ【鉱亜人種】の姿があった。
その【鉱亜人種】がもたらした衝撃的な出来事こそ、自分が西方階層砦の守備隊に配属されて初めて味わったものであった。
「このお方こそ恐れ多くも貴国の皇帝、ヘルムート・ドヴォクザーク・ド・ヴェルグが御息女、ゾフィ・レアテミス・ド・ヴェルグ皇女殿下であらせられるぞ!」
「テメェら! このお姫さんの頭にある髪留めが目に入らねぇか!」
神輿の両脇に陣取っている【角鬼亜人族】と異形の生き物が声を張ると同時に、御輿に鎮座したままの【鉱亜人種】の女性がスッと立ち上がる。
と、そのままクルリと反転し、その後ろ姿を我々の前に見せてきた。
そこには紅玉にも引けを取らないと名高い紅の御髪があり、なによりも、【鉱亜人種】であれば絶対に気づくであろう瀟洒な装飾の施された髪留めが見てとれた。
「あ、あれはヘルムート陛下が御自ら手掛けた逸品!?」
同胞の一人がそう声を張る。
「ではあの御方は!?」
「な、ならば我々が戦っていたのは……!?」
守備隊長からは、鬼族が大挙して押し寄せてきた、地上と帝国をつなぐ要所であるこの砦を堕とさせるわけにはいかないから迎撃にあたる、ということしか聞いていなかった自分たちにとってこれはあまりにも衝撃的な事実であった。
「静まれ、静まれぃ! 一同、皇女殿下の御前である! 頭が高い! 控えおろう!」
「「「「「は、ははぁーッ!」」」」」
異形の生き物の更なる覇気に圧された自分たちは、手にしていた武器を方々に捨て去り、一斉に跪いて首を垂れた。
「―――西方階層砦守備隊長。西方階層砦守備隊長はどこにおるのじゃ?」
皇女殿下のお言葉は、いつも耳にする温かみのあるものではなく、ミスリルを加工するときに準備を怠ったせいでできた霜の如くひんやりと寒気を覚えるものであった。
「た、隊長殿でしたら、その……」
一部の兵士たちが守備隊長のいるほうへとチラリと目を向ける。
先ほどの常識外の出来事をを目の当たりにしたせいか、完全に戦意喪失をしていた守備隊長は自分たちの目にはなんとも情けなく映っていた。
なぜなら、いつものような厳めしい面影はとっくに消え失せ、あろうことか、家と家の間の細い路地にそのずんぐりした体を詰め込んで震えていたからである。
これでは威厳もクソもあったものではない。
「何をしておる。まさか妾に対しての誠意ある態度が、それかのぉ?」
盛大な溜息を吐きながら呆れ顔の皇女殿下がさっさと来いといった雰囲気で佇んでいる。
「も、ももも申し訳ございません! あまりに突然の出来事に体が思うように言うことを聞かず……」
守備隊長は驚愕と畏怖で震える体をカクつかせながら、無理やり体を押し込んだ家と家の間の路地から転がるように走り出てくる。
自分も含め、【鉱亜人種】側の兵士たちのほとんどが短く刈られた髭をしているのに対し、守備隊長は立派な髭をたくわえていた(まぁ、連日のあおり酒を溢しているせいで煤けたような色になってしまっているのだが)。
とにかく、他種族のおとぎ話に出てくる一般的な【鉱亜人種】といった感じだ。
隊長はそのまま流れるような動きで、まるで潰れた【赤錆び蛙】の如く平身低頭、レアテミス皇女殿下の前にうずくまった。
「ふむ。まぁ、そのようなことはどうでもよい。ところでお主、ここを訪れる者に対して、いつもあのような対応をしておるのではなかろうな?」
冷やかな視線を投げ掛けながら、皇女殿下が目の前で小刻みに震えている隊長に問いかける。
「め、滅相もございません! あのその、まさか皇女殿下があのようなみすぼらしい身なりでお戻りになられるなど夢にも思っておりま……」
「こ、のッ! 大戯けがッ!!!」
「ひっ!?」
守備隊長の言葉を聞いた皇女殿下はカッと目を見開いたかと思うと、彼女の何倍もの体格を有する【角鬼亜人族】や【醜鼻鬼族】すら首をすくませてしまいそうになるほどの怒号をあげる。現に、周囲で跪いていた【鉱亜人種】の若い兵士の数名は下を向いたままビクッと身体を震わせて顔を真っ青にしていた。
「たとえ貴賤な装束をその身に纏っていたとしても、それだけで同胞を他種族と見間違えるなど言語道断! お主が戻ってきてほしかったのは妾ではなくこの衣服だけだったということか!?」
皇女殿下はそう言い放つなり、自身の着ていた上着を一枚荒々しく脱ぎ去ると、くしゃくしゃに丸めて地面へと投げるように叩きつけた。
「そ、そのようなことは決して……!」
「無いと今さら断言できると思うてか!? あのときのお主の目は、連邦の特使同様、他種族に対し侮蔑の念を宿していたぞ!」
「そ、それは……その、ですな。えー……」
なおも詰問を続ける皇女殿下、対する我らが隊長殿はしどろもどろで会話にすらなっていない。
門前でどのような会話が行なわれたのか、詳細を知らされてない自分達には想像もできない。
が、唯一分かったことはいつも国民のことを第一に考えるような御方の逆鱗に触れるような暴言を吐いたに違いないということだけだった。
外交官も兼ねている皇女殿下をして、さきほどの門前でのやり取りにそれほどまでの侮辱されるような出来事があったのだろう。
もしも外交においてそのような場面に遭遇した場合の皇女殿下であれば、内心腹を立てはしようとも、そのことをおくびにも出さずに事を運んだことだろう。
だが、今回の一件は別であった。
詰まるところ、冷や汗をブッ垂らして顔色を悪くしている我らが守備隊長殿が口を滑らせた先ほどの発言は、それほどまでに彼女の怒髪天を突いた発言であったということだ。
「それだけならいざ知らず、率先して陣頭指揮をしているかと思えば、そのようなところで縮こまっている始末! お主ほどの者がかような立ち振る舞いをしたのでは、兵たちに示しが付かんとなぜ分からんのじゃ!」
「……か、返す言葉もございません」
数秒の沈黙ののち、もはやこれまでといった雰囲気で守備隊長は意気消沈してしまった。
自分も含めた【鉱亜人種】陣営の誰もが、彼はこの場で今回の責任を取らされると思い、押し黙った。
だが、再び皇女殿下が口になさった言葉に【鉱亜人種】陣営の誰もが思わず顔をあげた。
「とはいえ、門の向こう側にいた民を手早く門内に逃がし、兵たちを徒に消耗させんと籠城策を取ろうとしたのもまた事実。その迅速な行動、そなたの機転の速さを高く評価するに値する。よって、こんかいの処断は向こう一月の無給奉仕、および兵舎の掃除当番専任とする! ……部下に酒代を借りすぎるでないぞ? それと掃除にも節度を持つのじゃぞ?」
守備隊長が呆気にとられたまま上げた顔の先には、してやったりと言わんばかりのご尊顔で腕組みをする皇女殿下がいらっしゃった。
◆◇◆◇◆
「いやぁ……。私が考えた作戦だったとはいえ、ひどい茶番だった」
レアテミス嬢が率いる鬼族の使節団が砦の中を練り歩くなか、ウォラと共に一団の先頭を歩いていた私はため息混じりで呟いた。
そもそも、今回の一件。
勘違いとはいえ同族に門前払いをくらったことに酷くおかんむりだった我らがレアテミス嬢に、なにかインパクトのある行動で彼らに訴えかければよいのでは、と私が提案したのがことの発端だったのである。
もちろん、提案をした以上何かしらの案を提示しなければならない状況になってしまった。
その時だ。わたしの脳裏に、かつて『向こう側の世界』で目にした『とある映像ログデータ』が掠めたのは。
舞台は私が生きていた時代よりも数百年も前の江戸時代と呼ばれる時代。
『越後のちりめん問屋』や『丹波の和菓子屋』を自称する謎のご隠居と、そのお供をする者たちによる日本中を旅する諸国漫遊のお話。
それだけ聞けば何もそこまで有名にはならなかったであろう。しかしながらそれは世を忍ぶ仮の姿であった。
驚くなかれ、彼らの正体こそかつて日本に存在した江戸幕府を築き上げた徳川家康公の孫にあたる人物であったのである。
むろん、国の重鎮たるご老公のお供の者たちも名だたる武術の使い手であるスペシャリストが勢ぞろい。
そんな彼らが、天下太平となった諸国を漫遊しながら、汚職や癒着で私腹を肥こやそうとする者たち相手に世直しをしていく、と。
まぁ残念ながら史実とは異なるフィクションなのだが、話の流れはそんな感じだ。
それにしても、今思い返して見ても実に秀逸な番組構成であったと思う。
さて何を言いたいかと言うと、その時代劇番組にアレンジを加え、かつ桃太郎チックにレアテミス嬢が私というお供を連れて鬼族の一派を懲らしめ改心させたという流れで体裁を整えればどうかという提案をしたのである。
すると、レアテミス嬢はその提案をいたく気に入り、即興であそこまでの寸劇を考えついてしまった。
まったく、とてつもない才覚の持ち主である。世が世なら番組の構成作家や脚本家にもなれそうだ。
さらに祭り好きな気質持ちであったウォラたち鬼族の一団もそれに呼応し協力を申し出てきた。
(まぁ、ウォラが先頭であの一言をそれっぽくいうだけで他は黙って俯いているだけでよかったから簡単だっただろうけど、な……)
しかし、私の本心としてはまさかここまで大成功をおさめるとは想定外であった。
だってそうだろう?
レアテミス嬢からの聞き伝いとはいえ、【鉱亜人種】の内情の詳細など、この惑星の外から来た私に知る由などあるはずもない。
それなのにこの鬼族の一団は何なのかと恐る恐る尋ねてくる【鉱亜人種】側の代表者に対して、我らがレアテミス嬢はウォラたち鬼族の一派を平定したと雄弁に語って聞かせてていたのだ。
それに即興とはいえ、あの『シュビ・タイチョー(?)』とかいう人物に勝手に悪役に仕立てあげてしまったことも心苦しいことほかならなかかった。
「いまさら何を言っておるのじゃ。そもそも、あの位でへこたれるほど妾たち【鉱亜人種】は柔ではないわ」
私のつぶやきを聞いたのであろう、レアテミス嬢が神輿の上で沿道の歓声に手を振りながら話しかけてくる。
「それについては俺様もすげぇと思ってたぜ。なんせ、俺様よりも小せぇくせして、見返してやろうって気概がとんでもねぇんだからよ」
御輿をはさんだ向かい側からもウォラが口をはさんでくる。
「言ってくれるのぅ。じゃが悪い気はせんのじゃ。その気概と反骨精神こそ妾たち【鉱亜人種】の本質なのじゃからな」
ウォラの言葉に気をよくしたのか、レアテミス嬢は先ほどと同様のドヤ顔を浮かべている。
「なるほどな。……それにしても意外だ」
「何がじゃ?」
「貴女の話だけでここまですんなり私やウォラたちを通してくれたことだ。てっきり、貴女だけ帰国させて使節団はどこかに逗留させられるを思っていた」
なにせ一族の代表者から懲らしめたと聞かされたとしても、相手は自分たちよりも凶暴な生き物たちだ。
私だったら野次馬程度で遠巻きに見ることはあっても自宅に招くような感性はない。
『向こう側《人間であった時》の世界』においては現実世界でも仮想世界でも、犯罪を犯したものが本気で改心して社会復帰したという話は滅多にないのだから。
一体どんな奇跡をおこしてくれたんだろう?
「そんなもの起こしてなぞおらん。我ら【鉱亜人種】はキチンと反省し改心した者には相応の対応をするというのが習わしじゃからな」
「……汝の敵を愛せよ、というやつか」
「? 何じゃそれは?」
「とある福音書の一節だ」
「ほぅ……」
たしか、憎むべき相手にこそ慈愛の精神で接することが必要だといった内容だった気がする。とはいえ、それにも限度というものがあると私個人は思う次第なのだが……。
「まぁよい! 何はともあれ、目指すは帝都のある中央階層じゃ。早く父上に妾の元気な姿を見せて元気付かせてやらねばの! 皆、奮励努力するのじゃ!」
そう言う彼女の顔はいつにも増して輝いていた。
意気揚々と帝都へと凱旋を果たしたレアテミス嬢。しかし、彼女を待ち受けていたのは、彼女にとってあまりにも残酷な現実であった。
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2021/03/13:誤字修正




