039 ― アムリタ、再び汝を使わん ―
今回はいつもより長文となってしまったため、モニター越しにご高覧いただく際は、目を休ませながらご覧になってくださいますようお願いいたします。
「レアテミス嬢?」
「そ、そうじゃ。お主が、お主がいるではないか!」
「? 何のことだ……?」
彼女の顔を見た私が怪訝そうにしていると、レアテミス嬢は私の胸部装甲をグイっと掴んできた。
「リーパー! 先刻、妾の腕がヘし折れた際に飲ませてくれたあの霊薬っ! あとどれくらい残っておるのじゃ!?」
霊薬? ……もしかしてアムリタのことか?
「そうじゃ! そのあむりたとやらを、もう一度だけ使わせてはくれまいか?!」
「姫様。その霊薬? とは一体……?」
その場にいてレアミス嬢の言葉に眉を顰めて【鉱亜人種】たちに対し、彼女はここに来る際に自身に起こった事故の事を説明しだした。
当然ながら、その場にいた【鉱亜人種】たちは驚愕しながらも、彼女の衣服に付いた血痕から彼女のいう事を信じたようであった。
「――つまり、レアテミス嬢。貴女はもしや、お父上であらせられる皇帝陛下の病に私の所持しているこのアムリタを用いたいと、そういうことか?」
私は、筒状のガラスケースのようなボトルに入った、ほのかに桃色に光る乳白色の液体を彼女の前で取り出して見せた。
「そうじゃ! 無理を言っているのは百も承知。しかし事は一刻を争うのじゃ! 治療の暁には妾の裁量の及ぶ限りお主に返礼を尽くすと誓う! じゃからっ、じゃからぁ……! 父上を、父上を救ってたもれ……」
気丈なレアテミス嬢の目じりから真珠のような涙が一筋頬をつたう。
「わ、私共からも伏してお願いいたします!」
「どうか良きようにお計らい願います! 皇女殿下のご心痛のためにもどうか……!」
その光景に胸を打たれた臣下の二人までが土下座をして私に頼み込んでくる。
彼らのその行動だけで、彼女がどれ程国民から支持されているのかが見て取れる。
私はアムリタを胸部装甲の内側にそっと戻してから口を開いた。
「……話は大体理解した。貴女の意向にできるだけ沿うよう、努めよう」
「ほ、本当か!?」
「この期に及んで首を振るほど人道には反していないつもりだ。ただ、今後一切この薬のことを口外しない、なにより今回の一件、最悪の事態だけは覚悟しておいてもらう。その二つがアムリタを使う条件だ」
そもそもアムリタは万能薬などではない。あくまで生命体が本来持っている自己治癒能力を極限に高めるための栄養ドリンクのようなものだ。
より『向こう側《人間であった時》の世界』で慣れ親しんだゲーム的な用語でいえば、『使ったプレイヤーの基礎体力に対して一時的にバフをかけるアイテム』扱い。
つまり、レアテミス嬢が万能薬のように錯覚している効き目などないのである。
だから、――人の口に戸は立てられぬとはいえ――万病に効く霊薬と思われたがために、これがもとで戦争なんかに発展したらそれこそ目も当てられない。
「わ、分かったのじゃ。約束する」
「よし。……ウォラ」
私は彼女が頷いたのを確認すると、蚊帳の外で私たちの動向を注視していた弟分に声をかける。
「おぅ、兄者。俺様の力が必要か?」
「いや。すまないが、今回お前さんは他の皆と待機していてくれ。たしか大部屋に集められているという話だったな」
「別に構わねぇが何でだ?」
「もし彼女の父親の病気が感染る可能性がある場合に備えてだ。そうなったら『他種族混成使節団』は病気を運ぶ最悪の存在として認知されてしまう」
「なるほどな。……ところでよ兄者」
ウォラが私の顔に触れるくらい、彼自身の顔を私に近づけて小声で話しかけてくる。
「なんだ?」
「(本当にあの大事な薬、こいつの親父のために使っちまっていいのか? 正直なトコ、兄者の使う分、もうアレしか残ってねぇんだろう?)」
どうやらウォラは私が所持しているアムリタの貴重さを理解しているらしい。その上でそれを使うのかと、問うているのだろう。
だから私も彼にだけは本当のことを打ち明けることにした。
「……本音を言えば、地獄の苦しみを味わっている皇帝の苦痛を幾分か和らげてやるくらいが限度だと思っている」
「(なら何で……)」
「―――彼女のためだ」
「豆チ、お姫さんのため? 何だ兄者、あんなちんちくりんのメスが好みなのか?」
呆れたような顔でサラッととんでもないことを口にする弟分に、思わず私は吹き出してしまいそうになる。
「ちょっ、おまっ!? 違う! 誰もそんな話をしているんじゃない!」
「そうなのか? 兄者の言うことはよく分からねぇなぁ。俺様ぁてっきりあの豆チ……お姫さんと番になりたくてカッコいいとこ見せてんだと思ってたぞ?」
実際、俺様んところの子分たちがそんな感じだからなぁと、ウォラは腕組みしながら遠い目をしている。
コイツ、いつの間にそんな話ができるくらい知能指数が上がったんだ?
もしかしてあれか? 私と闘った時に私が飲ませた『ザラガシウム入りの血液』のせいか?
あの時は応急処置も兼ねて、なまじ劇薬と変わりないアムリタを使わなかったのだが、もしやそのせいで『脳筋に耐性がついた』のか?
どれだけこの『レプティノイド』の身体は生き物を死にづらくさせれば気が済むんだ……。
まぁ、ここには探偵を祖父に持つ高校生の少年も、たった一つの真実見抜く見た目が子供の名探偵もいないため、今となっては真実は闇の中である。
とはいえ、見当違いをしている彼の間違いを私なりの考えで正さねばなるまい。
「何で助けようとしているかといえば……仁恕だよ、仁恕」
「ジン、ジョ? んだそりゃぁ?」
聞いたことがないという感じでウォラは首をかしげる。
「要は相手のことを思いやり、手助けをしたいと思う心のありようだ。レアテミス嬢にはひいき目に見たとしてもそれをするだけの人徳がある。私はそう判断したし、そう思えばこそ、この薬を使っても構わないと考えたんだよ」
「そんなもんかねぇ。俺様ならもうすぐぽっくり逝っちまうかもしれねぇヤツの苦しみを長引かせてはやりたくねぇけどな」
「おい、不吉なことを言うな。不謹慎だぞ」
「わ、悪ぃ、兄者。いつもの調子が戻ってきたもんだからつい……」
私が語気を強くすると途端にウォラはしおらしくなった。
ちなみに、私がちらりと流し目でレアテミス嬢の様子を確認すると、あちらも何やら家臣の者たちから話を聞いているようだった。
「レアテミス嬢」
私が彼女に声をかけると、先ほどの困惑した様子は鳴りを潜め、いつも通りな様子の彼女が振り返った。
「なんじゃ?」
「とにかく、薬の採否については当のご本人の容態を見てからでないとな……。皇帝陛下の御前までの案内を頼めるだろうか」
「っ! もちろんじゃ、妾についてまいれ!」
私は、私の手を引いて一縷の望みにかけて気丈にふるまっている彼女の後姿を見て、チクリと心が痛むのであった。
◆◇◆◇◆
私はレアテミス嬢の案内のもと、ドヴォクザーク皇帝の寝所の隣にあり、彼の寝所とトビラで繋がっている別室に通される事になった。
なぜ別室なのかというと、皇帝の主治医である法医術長なる人物の計らいによるものである。
どうやら、かの御仁には――この惑星が『向こう側《人間であった時》の世界』における中世ヨーロッパのような古めかしさを有していても――『第三者への感染拡大の恐れ』の概念が何となくではあるが理解できているようであった(もちろん、彼からの――大雑把な――説明は「地脈の流れが悪いせいで法力が不安定」とか、「他者の法力の暴走を誘発させる魔獣がいるのかもしれない」とかいった占星術やオカルトじみた内容だったのだが)。
無論、そこでその所業に激怒したレアテミス嬢と、患者である皇帝の主治医である法医術長の二人による、赤の他人である私を室内に入れる入れないの激しい口論が交わされたことはいうまでもない。
まぁ、【鉱亜人種】のお姫様の盟友といえど、いきなり国のトップに、それも病床の身である皇帝本人への謁見は難しいのは予想の範囲内であったわけだ。
そして私の予想通り、壁一枚を隔てた向こう側で起こっている地獄の阿鼻叫喚が、特殊装甲の集音センサーを通じて逐次、私のヘルメット越しに聞こえてきている。
『陛下! お気を確かに! 呼吸を! 深呼吸をなさってください!』
『ぜひ、ぜひ……。ひゅぅ~……ゴホッ! ゴホゴホッ!』
『法医術長、陛下の血痰が止まりません! このままではいずれ…!』
『なにを言う! 我々がそんな弱腰でどうするか! 今はなんとかこの窮地を乗り切るのだ!』
『『『『『ははっ!』』』』』
どうやら、医療従事者が泣き言を漏らすほど、皇帝の病状は酷いらしい。
ほどなくして、なんとか山場を乗りきったという様子で焦燥しきった法医術長が、重い足取りで皇帝の寝所に通じる扉から姿を現した。
彼は助手らしき人物たちに、自身の着ていた割烹着のような白衣と、紐で止める布のマスクを脱ぎ渡す。しかしそのどれもに血痕が飛び散っており、中の様子がいかに凄惨なものかが素人目にも一目瞭然であった。
その内、レアテミス嬢が座っている椅子の対面の椅子にゆっくりと腰を下ろした(ちなみに私はさきほどの部屋と同様、絨毯のしかれた床に直座りである)。
おそらくこれから彼の口より、先程よりも詳細な病状の情報開示がなされるのだろう。
身内のことではないとはいえ、焦燥と緊張に染まった法医術長の表情に、私もレアテミス嬢と同様、無意識に膝の上でこぶしを握り締めて身構えていた。
「法医術長よ。父上、いや陛下は一体何の病に侵されてしまったのじゃ?」
三人の中で最初に口を開いたのは、唯一患者の身内であるレアテミス嬢であった。
法医術長から彼女がもっとも聞き出したい言葉は治るのか、それとも治らないのかということであった。
だが、彼の口から語られた言葉はさきほどの説明とはうってかわって自信のないものであった。
「…………申し上げにくいことですが、ワシも判断しかねております。今の状況では完治するかどうかも……」
その返答にレアテミス嬢と私は、思わず顔を見合わせた。
「なに? 病気が分からぬとははどういうことじゃ? それにもし仮に、治らぬのであれば素直にそう答えればよいではないか」
「……申し訳ございませぬ、皇女殿下。ワシも長い事医術の道に身をおいておきながら、まったくもってこのような奇っ怪な病は初めてです」
法医術長曰く、皇帝陛下の病状は悪くなるばかりではなく体力を回復させる法術を施すと、ある程度のところまでは持ち直すのだという。しかし、その数十分後には先ほどのような発作が必ず起こり、その度にあのような騒ぎになるのだとか。
今たしかに分かることは、その発作の間隔が短くなってきていることだけ。
しかもその原因は未だ解明できていないときている。
そのため、原因を特定する事もできないまま治療にあたっている法医術長を含めた医術師団の面々はこの数時間でかなりの疲弊をしているらしい。
「つまり、一時的に良くなりはしておるが徐々に悪くなる一方であると、お主はそう言いたいわけじゃな?」
「そのお言葉で殿下の逆鱗に触れるのでしたら、今すぐにこの老いぼれめの命で贖わせていただきたく……。部下の命だけはなにとぞご容赦くださいますようお願い致します」
もはや弁解の余地はないというかのように、疲れ果てている法医術長は自身に対する厳しい処断と部下の存命を求め、深々と頭を下げた。
俗にいう『医者が匙を投げる』状態一歩手前といったところか。
「……頭を上げよ。今さらお主の首を刎ねたところで何が変わるというのじゃ。そのような妄言、二度と今の妾の前で口にするでないぞ。お主にはこれからの世界の変わりようを妾とともに見届けてもらわねばならん」
「―――承知いたしました」
彼らの間に流れる重く張りつめた空気を払拭すべく、私はかの御仁に話しかけてみることにした。
「御仁、いくつか伺いたいことがあるのだが、よろしいだろうか?」
「何かの?」
「聞きたいのは陛下の病状についてだ。もちろん、知られて困る情報は一切開示してもらわなくて構わない」
「別に構わんが、そもそもお主は何なのじゃ? 姫様は先ほど陛下を癒せる霊薬を持っていると仰っておったが……」
「なに、通りすがりの『埒外 = ワクガイ』だよ、御仁」
「……?」
不思議そうに訝しんでいる法医術長に、レアテミス嬢が今日で何度目になるかという説明を聞かせる。
別の話題を喋ることで、彼女の表情が幾分かマシになってくる。この時の私の役割といえば彼女との出会いとこれまでのいきさつについて軽く口を挟むくらいであった。
むろん私が持っている霊薬の事については私の了解を得てからの説明すると言う流れにはしたのだが。
「……なるほど。しかし姫様の腕になければいかん傷跡が一切見受けられないのを鑑みても、そのあむりたなる薬は確かに霊薬と呼ぶにふさわしい効能を有しておる」
驚愕からか、額から吹き出た汗をハンカチのような布でぬぐいながら法医術長が私に視線を投げかけて来る。
「法医術長よ、今度はお主がリーパーの質問に答える番じゃ」
「かしこまりました、皇女殿下。この老いぼれに答えられる事ならはいくらでも」
レアテミス嬢の言葉を重く受け止めた法医術長は深くうなずいたのち、私の方へと身体を向けてくる。
そしてその後、私が立て続けに投げかけた質問に、法医術長は全て的確に答えてくれた。
患者の年齢、主治医である法医術長が最初に病気の疑いを持った理由とその兆候、はっきり発症したと分かった日から今日までの日数。さらに現在の症状、脈拍、呼吸数、体重、体温、はっきりとした意識があるかどうか。
果ては最後にまともな食事を取った日と服薬の有無、それに過去の病歴に至るまで。
とにかく些細なことから『向こう側の世界』で記憶した病気と酷似していないかを気付けるのではと思ったからだ。
実はこれに私なりの理由があった。
かつて、『向こう側の世界』で人間として生きていた私の生涯で、決して忘れようがない出来事があった。
自身の母親が『乳ガン』を発症していたのだ。
当時の私は一システムエンジニアで多忙を極めていたため、中々帰省する事ができずにいた。
そんな時だ。母の姉、つまり私からすると伯母にあたる人物から電話がかかってきたのは……。
『久しぶりにアンタの母親に会いに行ったら、呂律の回らない言葉や言動に違和感を感じて病院に連れていったの。そうしたら精密検査を受けることになって、乳ガンだって診断されたわ。今すぐ戻ってきなさい! 家族よりも大事な仕事なんてあるわけないでしょ!』
衝撃的な一言に、私は足元がガラガラと崩れ去るような感覚に襲われ、半ば強引にブラックな会社に休暇届を出して母の入院先の病院に駆け付けた。
そこで見たのは高熱を出し、浅い呼吸と朦朧とした意識の中で自身の病気と懸命に闘っている母の姿があった。
ガンはその進行速度に応じて、基本的にステージ0からステージⅣまでの五段階に分類されるのが一般的である。
そして母の診断結果は、―――『ステージⅣ』。
転移と再発が起こりうる末期中の末期であった。
それでも、ほぼ母子家庭な状態で私を育ててくれた母の、今日を、明日を、これからを生きようとする懸命な努力と私の有給と休暇申請すべてを費やした介護、さらには主治医の適切な治療方法のもとで、『五年生存率』というものを超えた七年と三ヶ月、生きることができた。
きっと今のレアテミス嬢は、あの時の私と同じかそれ以上の感情に苛まれているに違いない。
閑話休題。
「ふぅ、ご質問は以上ですかな」
質問攻めにあって疲れたのか、法医術長は近くにおいてあった飲み物を飲み下して喉を潤す。
「……っ。感謝する、法医術長殿」
危なく思い出に浸ってしまうところだった意識を急浮上させる。
「貴方のおかげでだいぶこの病気について絞り込む事ができた」
「そ、それは真ですかな!?」
法医術長が前のめりになりながら私に詰め寄ってくる。
「あくまで今の段階で、という前置きが付くがな。おそらく、皇帝陛下は肺を患っておられる。……そして病気の進行具合からみて、かなり末期にあるということも」
「……ッ」
案の定、私の言葉に、レアテミス上は眉間にキュッとしわを寄せ、膝の上で拳を握りしめた。
「後は直接面会の許しを得るだけなのだが。……レアテミス皇女殿下」
私が居住まいを正して隣の椅子に座っていた彼女の方へと体を向けると、キツい表情だった彼女は辟易したといった様子で自身の顔の前で手を仰いだ。
「やめよやめよ。さっきも今更改まって畏まっておるのじゃ。どうせ霊薬の投薬方法はお主にしか分からぬのじゃから会わせるに決まっておろうが。たとえ、法医術長が止めたとしてものぅ?」
「貴重な霊薬を譲っていただける人物に対して、どうしてワシが止めるなどできましょう。しかし、その……」
急に言葉が尻すぼみになる法医術長に私たちは首をかしげた。
「何じゃ?」
不思議に思ったレアテミス嬢が尋ねる。
「はっ、陛下の寝所へ入って頂く際に、念のため、ワシらがしていたような当て布やら服やらを着てもらわねばなりませぬ。それで……ですな。服に関してはつい先ほどワシが着ていた大きさしかないのですじゃ」
彼は申し訳なさそうに私の方に視線を移す。
どうやら感染拡大を水際で抑えるように、検疫官のような衣服を身に付けなければならない習わしのようだ。
マスクによる飛沫対策や白を基調とした衛星環境に配慮した服装が定着しているあたり、私が元いた世界の中世の雰囲気漂うこの世界において、また一つ違いを肌で感じる事ができた。
「それはたしかに困ったことじゃのぅ。リーパー、お主は妾たちくらいに縮んだりはできなんだかぇ?」
おいおいおいおい。このお嬢さん、随分と無茶苦茶な事を言い出したぞ。
いくら何でも、今の私にそんな荒唐無稽な事、できるわけがない。
「それについては安心してほしい。この鎧は、大抵の毒性ある物質を無力化できる作りになっている。それに、私の『尻尾の力』でそういったものを消し去ることも可能だ。さらに私の兜で病気に罹患しているかの有無の確認もできるから問題はない」
「尻尾の力。……あらゆるモノを光に昇華する能力でしたかな。なんとも末恐ろしいモノを持っていなさる」
どうやら法医術長は、この尻尾の真の実力の意味するところを、レアテミス嬢から受けた説明だけで見抜いたようである。
「それではリーパー殿。薬を手元に用意しておいてくだされ。ワシは先ほどの服に着替え直しますゆえ」
「了解した、法医術長殿。それではレアテミス嬢、行ってくる」
「? お主は何を言っておるのじゃ?」
「「えっ?」」
偶然にも私と法医術長が同時に聞き返す。
するとレアテミス嬢は呆れたといわんばかりの嘆息を漏らしながら、「まったく、お主らは何を聞いておったのじゃ。妾も一緒に行くに決まっておろう」と、言い出したのだ。
「姫様!? このようなときにお戯れをなされては困りますぞ!」
おもわず法医術長がギョッとした表情で彼女に迫る。
「戯れなものか、たわけ。妾はリーパーと約束したのじゃ。妾の裁量で、妾が父上に会わせる、と。ここまで来て約束を反故にする事などできる訳なかろう」
「しかしまだ他者へ感染らないと決まったわけでは……」
「何をいまさら。ならば、妾よりもずっと長い時間父上と接しておったお主が真っ先に感染しておるじゃろうが」
「そ、それはそうでございますが……」
論破されてしまった法医術長は助けを乞うような眼差しで、私の方を振り向く。
仕方ない、ここは助け舟を出すとするか。
「レアテミス嬢。私も彼と同意見だ。仮に感染する病気であったなら、この国は大切な屋台骨を失うことになる」
「リーパー、お主までたわけたことを申すな。これは妾の中でもう既に決めたことじゃ。反論される謂れはない。そもそも、感染る病ではないということは、お主が先ほどその鎧の力を使って見せながら滔々と説明してしておったではないか」
「……むぅ」
そうなのだ。
じつは、この特殊装甲パワードスーツに内蔵されている機能に『診断用スキャナーツール』があり、レアテミス嬢が負傷した際にその機能を説明を混ぜつつ実演した。
手の甲から発射される赤く光るスキャン用レーザーで、対象の端から端までをスキャンさせることにより、肉眼では判断が困難な機械の内部構造を分解せずに把握しつつ損傷箇所の確認、そして体外から入り込むであろう細菌による感染症の有無までチェックしていった。
ちなみに、このツールをレアテミス嬢に対して使ったのはあの大ムカデとの闘いもいれると、この部屋に通されたときも含めて合計三回となる。
その結果、いずれにおいても感染性の病原体の存在は一切検知されなかったのである。
せっかく法医術長に助け舟を出したはずであったのに、憐れ、彼目指してこぎ出した私の舟は泥舟であったようだ。
「それに、リーパーの持つ霊薬すらも効かなかったとなれば、生きた父上と会うのはこれが最後となるのじゃ。死に別れするなど断じて認めるわけにはいかん」
その言葉と数秒間の沈黙が、私たちの異論に終止符を打った。
「……御仁。私は、彼女の言う通りにさせてやりたいと考える。いや、させてやるべきだ」
「リーパー殿ッ!?」
「もしも私が同じ立場であったなら、いや、同じ立場でなかったとしても彼女と同じような頼みをしていただろう」
「いや、しかし……!」
なおも食い下がろうとする法医術長に、私は尻尾を大きく一振りすると頭の上で光らせてみせた。
「それにもし、向こうの部屋に彼女を害するモノがあったなら、私の力の全てを使って光に変えてくれる。だから私からも彼女の同行を……」
そこまで私がいって法医術長に頭を下げると、ついに法医術長の方が折れる形で話がまとまったのであった。
「……分かりました。姫様の分の衣服も用意させていただきます」
こうして法医術長を筆頭とした私とレアテミス嬢がそれぞれの身支度を整え皇帝の寝所の扉をくぐることとなったのであった。
その先に残酷な現実が待ち構えていたとも知らずに……。
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2020/07/05:文章一部修正




