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41.


 真紅のテーブルクロス。そこに重ねられた、新品の白のテーブルクロス。

 頭上では銀製のシャンデリアが、百のロウソクの明かりを灯して輝いている。明るく照らしあげられたテーブルの上は、いつもの献立が並んでいる。

 王族が城に来るときには決まって毎日羊肉が出ていたのだ。それは、この国のたったひとりの王子様が、羊肉が大好きだったからだ。

 アウリスは視線を横にずらす。

 姉のリシェールが、しずしずとカトラリーを動かしている。そのむこうには、真っ黒な髪をたっぷりと結い上げた美しい王妃がいた。隣には大柄な王様。そして、その向こうには王子がいる。青より青い目と黒い髪をした、夜の妖精みたいに美しい王子だ。

「王子、お口の横に」

「あ? ああ、すまない。リシェール嬢」

 リシェールがおっとり、彼女自身のえくぼを指で押さえて見せたので、王子は慌ててナプキンでじぶんの口を拭う。その様子を見ていた王妃が微笑む。

「私の愛しい王子。好物があるのはいいことですけれど、そればかりではいけませんよ。ほら、オリーブのサラダはいかが?」

 王妃が指示すると、黒い髪と青い目の美しい使用人が、王子の元でサラダの皿を手に跪いた。

 ……そうだ。

 アウリスは思い出した。

 この日はラファエさまとアウリスとで遠出にでた。そのせいでちょっと晩ご飯に遅れてしまって、ついたときには、姉と父は、すでに王族たちと一緒のテーブルについていた。

 手を拭うのもそこそこに王子は羊肉を崩している。王妃は暖かな目で彼を見つめている。

「よいではないか」

 野太い声をさせて王が口を挟む。

「男子は肉を食ってこそ強くなるんだ。なあ、ラファエアート」

 王が味方についたのが嬉しかったのか、王子はますます威勢がよくなった。蛮族か何かのように口に入りきらない大きさの肉を切り取って畳むと、それをフォークで口の中いっぱいに詰めた。

 そんな彼を、王は、暖かな目で見つめる。

 ふと、アウリスは視線を横にやった。食卓の隅っこで、まるでそっちこそお客人のようにカトラリーを滑らす横顔があった。いや、石像のように、と言った方が正しい。

「お父様」

 王子がなにか冗談を言う。それに王妃が笑う。

 カチャカチャと、カトラリーが打ち合う。

 じっと、アウリスは父の横顔を見つめる。

「お父様……どうして姉様とラファエさまを結婚させようとしたの? ラファエさまを見張るためだったの。お父様はラファエさまが嫌いだったの? 王様も? ラファエさまが嫌いだった? それとも」

 王子の皿から羊肉が跳ねて出る。王が笑う。姉はおっとりと首を傾げる。父は、手元を見つめながら、静かに、カトラリーをかちゃかちゃとさせる。

 アウリスはじぶんの皿へと視線を戻そうとした。

「あ」

 そのとき不意に、背中に体温を感じた。

 じぶんより大きな背中が、アウリスの背中に寄っかかってきたのだ。 

 視線を上げ、アウリスはみんなで囲う食卓をゆっくりと見回した。

「ねえ、わたしは……ラファエさまが嫌いになったのかな?」

 背中で口を開く気配がした。

 けれど返事を聞くより前に、真紅と白の食卓は、霞のようにまっしろにぼやけていった。





 青く澄み渡った空の下、人々が列を成している。

 新しい国王、ラファエアートの即位の式典があったのは2週間ほど前のことだ。未だに記憶に新しいその一世一代のイベントは国中の関心を集めていた。この列も、ほとんどが各地から集まった人々で成っている。

 帰路につく彼らの通行によって、王都はここ暫く、騒がしいことになっていた。

 中には、新しい国王が初めて手掛けた公開処刑を見る為に王都に残っていた者もいるだろう。公開処刑。そもそもそれはこの時代にはひどく珍しいものであった。

 いや、グレン国王の世代に珍しかった、という方が正しいかもしれない。

 偶然なのか、意図したものなのか、新しい国王のお披露目と公開処刑はこの二週間を跨いで、同じ広場で行われたのだ。

 今、遠渡はるばると帰路につく人々の心には、一体どちらが強く残っているのだろう。

「止まれ! 止まれ! 通行手当を見せよ!」

 王都の検問で働く騎士たちの叫び声が響く。

 通行手当。そのようなものすらここ数週間は出回っていたらしい。アウリスたちが王都に入ったときは確か、黒炭が出してくれた、休暇手当を見せたのだった。あれが通行手当の役割を果たしたのだろう。

 今はもちろん、そんなものを見せるわけにはいかない。

 ざわめく人衆を見回していた騎士たちが漸くこちらを振り向いた。

 大勢のひとびとのほとんどが徒歩だ。そんななか、馬で前進する集団は全力で目立っている。更に、列を無視して近づいている。

 見上げてくる騎士たちがどよめく。

 その彼らの前で、一行は馬を降りた。先頭を行っていた人物が懐から紙を翳した。

「我々は国家騎士団二十七師団の五人である。勅命により、イドリッシ領へ書を届けるようにと仰せつかっている。ここを通してほしい」

「イドリッシ領へ?」

 責任者らしき騎士が前に出て、書を受け取った。

「二十七師団といえば警備網に加わっていたはずだが」

「然り。残りの師団員は引き続き、シソク山周辺の警備をしている。通達は我ら5人に任された」

「なるほど」

 責任者らしき騎士は仰々しく口元のはねっぴげを撫でた。そうして、瞳孔をやや開いて、渡された書を見つめる。書は金の獅子の判が押されたものである。

「しかと確認した。通られよ」

 見間違うことのない、王家の紋章。

 ここではどんな通行手形より有効らしい。

 書を懐にしまいなおした騎士が再び馬に跨る。それを見ると、他の四人の騎士もならった。

「あ、ちょっと」

「!?」

 はねっぴげが、すすす、と二十七師団の一人に寄ってくる。 馬上の人になろうとしていたその騎士は、何事かと思ったのだろう、驚いた顔で固まっている。

「おぬし、二十七師団の新入りか?」

「え?」

「即位式においては地方の騎士たちに集結命令が出ておったな。そうして集まってきた者らを王都直系の師団に組み込んでおるという話を聞いた。おぬし、それか?」

「は、い。そうですが」

「ふむ」

 はねっぴげの顔がずいと寄る。近くで見ると、はねっぴげは目もすごく特徴的だ。つぶらな目の縁で、睫毛がぱちっとカールしていて。なんというか、中年のおじさんと鹿の頭部を貼りあわせたような。

「おぬし、永久的に王都直系になりたくはないか?」

「は?」

「王都仕えは名誉であるぞ。儂が推挙してやらんでもない。んん? どうだ、我が十一師団に入っては」

「えーと」

「女騎士というのは稀である。この男社会でつまらぬ思いをすることもあろう? だが儂の元におれば安全。儂がおぬしを引き上げてやるぞ。これほんと。ん? どうだ?」 

 それを聞いた騎士の顔が引き攣る。今まさにつまらない思いをさせられているのは気のせいだろうか。

「……いや、結構だ」

「この時期じゃ。地方勤めはなにかと不幸であるぞ。おまえも噂は聞いておろう」

 きっぱりと首を振る女騎士を見てなお、はねっぴげは食い下がる。更にずずいと彼女の肩を抱くと、まるで人に聞かせまいとするように、蒼褪める彼女の耳元に口を寄せて。

「……ミハネ王国と、戦になるぞ」

 その言葉に、ハッと女騎士の顔色が変わった。

「戦に駆り出されるとすれば地方騎士よ。その点、王都の警備兵はたぶん安全じゃぞ」

 思わず、はねっぴげを見返す。その様子に脈ありだと思ったのか、はねっぴげがほっほ、と笑い声を上げた。

「何を話している」

 不意に前方から声がかかる。女騎士は我に返ったように振り返ると、慌ててはねっぴげから距離を取った。

「急ぐので失礼する」

 堅い口調で言い、馬に跨った。

 それを合図に、二十七師団は馬を進めて検問を抜けた。

「考えておけよー」

 列を成すひとびとの喧騒を背に、はねっぴげがのんびりと腕を組んでのたうった。



――――



 ああ、心臓が止まるかと思った。

 そんなことを真面目に思いながら、アウリスは馬上で大きなため息をついた。

 手頃な人数の騎士を山奥で見つけ、衣を奪い、例の遺書を通行手形に見せかけて検問を脱する。これはアウリスのアイデアであった。上手くいってよかった。

「なあなあ、ぴんってした髭のオヤジになんか言われてただろ? なんて言われたの?」

 声をかけられて振り向くと、後ろにいた肉だんごがすぐ隣まで来ていた。

「はい。……ミハネとの戦争が始まるかもしれない、って」

「えっ」

「なんだそりゃ?」

 斜め前で馬を進ませていたグレウも声を上げる。 

 アウリスは手綱を見下ろしながら、はねっぴげの言葉を反芻した。内緒話みたいに潜められていた小声。戦が始まるとすると当然国土に布告が出回るはずだ。今のところはそんなことはない。

 あるいは、騎士団内に広まっている噂なのか。

 でも、それが根拠のあるものかどうかはわからない。そもそも、ヴァルトール王国は今新しい王を迎えたばかりだ。戦に行く準備なんてしている暇はなかったはず。

「もしも本当ならば、ラファエアートは王になる前から段取りを進めていたということになるな」

 アルヴィーンが先頭から言葉を返してきた。

「あ、そっか」

 確かに、戦の準備だけならば王でなくても出来るかもしれない。グレン国王はここ数年床に伏していた。そのあいだに、ラファエや、ミハネ先代王妃が動く隙はあったかも。

 目線を伏せてアウリスは考え込む。

 現状はわからない。でも、なんとなく嫌な感じがした。昨夜読んだグレン国王の遺書のなかにもあった、もやもやと漠然とした危惧、または警告のようなものが、アウリスの心を曇らせている。

「とりあえずこの衣裳はそろそろ捨てるべきかもしれんな」

 セツが馬上で騎士のマントを引っ張る。それにアルヴィーンがうなずいた。

「良くも悪くも目立つからな。本物の騎士と遭遇した場合、面倒事になるかもしれない。二十七師団の知り合いもいるだろう。さっきのちょび髭は騙せたようだが」

「ああ。ほんと運がよかったよな」

「即位の式典で兵力が王都に集結されていたからな。様々な地方からの騎士が入り乱れている今だからよかったんだろう」

「そっか! じゃあ今回はアウリスの手柄だな! アウリスはそんなところも計算に入れてたんだ!」

「えっ……」

 黙って聞いていて、今肉だんごにふられてしまったアウリスは素知らぬ顔で前を向いた。

「ま、まあね」 

「んじゃ、このへんの畑に服は脱ぎ捨てとくとして。次の町でメシにすっか」

 グレウが頓着することなく話題を変えてくれる。アウリスはほっと胸を撫でおろした。

「服は隠すか燃やすかした方がいいかと」

「あっそっか。後で追ってきた奴らに見つかったら俺らの足取りが解っちゃうもんなー」

「あア? じゃあメシ屋も行かねえ方がいいか」

「というか無闇に町に入らん方がいいかもしれんな。とは言っても何かと必要な物はあるしな。雑貨とか。どうするか」

「雑貨? 作りゃいいじゃん」

「おまえは歯磨剤を作れるのか?」

「石鹸で我慢しろよ」

「無茶を言うな。そしておまえは石鹸を作れるのか?」

 五人で意見を出しあって馬を進めながら行く。

 アウリスはふと道の先を振り仰いだ。

 ここあたりは王都を出たばかりで綺麗に舗装されている。平らな石を敷き詰めて、ネズミ色に光る馬車道。けれど、ここをずっと進んでいくと足場はやがて石ではなくなり、土の混ざった大地となる。

 町や。山や。畑や。通りすがる地表に合わせて、砂利道になったり、獣道になったりするだろう。そして、いつかは必ず、途切れる。

 アウリスたちと、レアトール領とのあいだには大きな運河が流れているからだ。

 アザニア=レアトール。

 猫じゃらしの手紙にあった名前をアウリスは反芻する。

 白き氷の女公爵と呼ばれている、極北の地、レアトールの領主。

 歴史のいつ頃に定着したのか。ヴァルトール王国に住む者は、ジークリンデ領のことを「北」と呼んだ。それは、ジークリンデ領が運河のこちら側にある一番北の大地だからだ。

 ヴァルトール王国内で最も大きな運河、ルアの河。

 聞いた話では、河は西側の海に通じていて、ヴァルトールだけではなくて大陸全土を横断しているという。

 ヴァルトール内では、河を渡ると、その先にはもう、レアトール領しかない。

 そこまで考えて、アウリスはさっきのはねっぴげの言葉を思い出した。

 レアトールの領土はヴァルトール王国の極北。つまり、北の国境領土だ。

 そして、国境を超えたところにはミハネ王国がある。

 これはまずいだろうか、とアウリスは考えた。でも、さっきのはねっぴげの話はどこまで真実かわからない。そもそもミハネ王国はサラン王妃の生まれた国だ。百歩譲って、ラファエやサラン王妃が何かの理由で戦を起こそうと考えていたとしたって、どこでもないミハネ王国がその相手とは考えにくい……。

「あっ畑が見えてきた!」

 考え込むアウリスの脇で不意に肉だんごが前方を示した。

「黄色いな! あれトウモロコシ畑だよ! なあ、あのへんで服着替えねえ?」

「そうだな。トウモロコシの背が高いから身を隠せそうだし」

「何恥ずかしがってんだよ、セツ!」

 肉だんごがからからと笑う。

「にしても、こんな変装してさ。騎士を気絶させて服を奪っちゃうなんて、俺たち、なんか本物の犯罪者みたいだな!」

 面白おかしいといった口調だったが、アウリスはその言葉に思考を中断させられた。思わず笑う肉だんごの方に目線を寄せる。

 だが、結局アウリスが口を開くことはなかった。

 複雑な面持ちでアウリスは目線を逸らす。不安にも似た気持ちが胸に渦巻いたまま、アウリスは俯き、昨夜のことを思い返した。 



――



 円卓の七人のみんなへ

 

 私は強欲すぎる人間なのです。

 叶えられることはぜんぶ叶えたいのです。だから私は今日も、たくさんの願いを叶えようとしています。これからもきっと、それを続けていくでしょう。


 それが君たちを傷つけていることをわかっていました。

 今更、謝る言葉もないよ。言い訳もしない。


 私は、戦は避けられないものだとは思いません。

 戦のなくなった今の世代をたくさんのひとに好きになってもらいたい。

 君たちが傷つき、命を落とすのを間近で見ていながら、私は、今も、その願いを捨てられないのです。


 君の現状が君を苦しめるものなのだったら、それは私のせいです。私の力不足です。私が、私が生きているうちに私の願いをかなえられなかったからです。


 だから、せめて、私は私の後始末をしなくちゃならなくなった君たちの為に、武器を残すことにします。


 私は負けてしまいました。

 君たちがこの手紙を読んでいるのがその証拠です。


 ただ、最後に我が侭を言わせてほしい。

 ほんとうは何も言い残す資格のない私が、それでも口にするのを許して欲しい。

 出来るならば、速やかに戦を終わらせてください。

 君たちのために、サランのために、そして、ラファエアートのために。




 陽歴798年、12月1日

 

 遺言者、グレン=ヴァルトールは次の通り遺言す。


 一、我が弟、セルジュ=ジークリンデを次期国王に推挙す。

 

 セルジュ=ジークリンデは、父王ネスイール=ヴァルトールと、その側室、カー公爵家のライザ=カーとの実子である。ここに真実の証明として署名を記す。


 二、我が息子、ラファエアート=ヴァルトール第一王子は、十余年に渡る厳密な調査と検討の結果、人格に深刻かつ更生不可能な欠陥性があるとして、国主の地位に不適合であると、ここに見なす。

 根拠は以下のとおりである。

 …… 





 遺書を読み終えると、アウリスは両手のなかでそれを半分に畳んだ。

 そうして彼女はしばし考え込んだ。胸にはたくさんの想いが渦巻いている。けれど、それに出来るだけ囚われないように、客観的に事を見つめてみる。

「なんだそりゃ」

 やがて、最初に口を開いたのはグレウだった。

「つまりどういうこった。グレン国王は息子のラファエアートじゃなくて弟のセルジュに王位を譲りたかったってことか?」

「いや、そう結論するのはまだ早いかと」

「あ?」

「グレン国王が弟を次期国王にしようとしていた。そうだとすると辻褄が合わない。そもそもセルジュは王族として育てられたわけじゃない。王族だと名乗ることも許されず、貴族の片親として育った。次期国王に推挙しようという奴に対する処遇とは思えない」

 アルヴィーンが腕を組んで語る。隣でセツが首をひねった。

「うーん。後で必要が生じたのではないでしょうか。セルジュが生まれた当初は彼を次期国王にするつもりはなかった。でも後で、ラファエアートの方が適切な統率者じゃないとわかったとか。手紙にもそんな風に書いてるでしょう?」

「もう一度それを見せてくれないか?」

「え? あ、はい」

 アルヴィーンに促されて、アウリスは彼に遺書を手渡しながら、初めて顔を上げた。

「……たしかに、矛盾してると思います。ただ、ラファエさまが本当に人格が変だと思われていたのか。それとも、国王のほんとの子供じゃないことがバレて、でも証明できないからそう言ってるのか。それはわかりません」

「どういうことだよ」

「んー、わたしもよくわからないけど」

 アウリスは考えを纏める為に顎に手を添える。襟の少し下で首飾りがチカリと揺れた。花緑青の石が火の明かりを帯びる。

「グレン国王はラファエさまがじぶんの子供じゃないのを知っていた。もしくは、遺書にあるとおり、ラファエさまの性格が跡取りとして不適合だと思っていた。それで、ラファエさまの代わりにセルジュ兄さまを遺書で推した。一見そんな風に見えます。でも、そう考えると、矛盾があるんです」

「ラファエアートの王位継承権を剥奪したいだけなら、生前ラファエアートを勘当すればよかった。そちらの方が遺書に記すより手っ取り早い。セルジュのことも生前推挙すればよかったはずだ」

「なるほど、それでアルヴィーン様は辻褄が合わないって言ったのですね」

 セツがアルヴィーンに賛同した。

「うーん。じゃあこの遺書はどういう意味なの?」

 肉だんごの言葉に、アウリスも唸った。

「うーん。よくわかりませんよね。ここにある情報だけで考えると、……グレン国王はラファエさまが跡を継ぐことにまるきり反対だったわけじゃない。ラファエさまが立派に跡を継ぐならそれでいいと思っていた。そうなのかもしれません。だけど、そうでなかったときのために、万一のために、この遺書を残した」

「それって戦のことか?」

 再び手紙に目を落とすセツとアルヴィーンの傍らで、肉だんごが意外に鋭い記憶力を披露した。

「手紙にあっただろ。出来るだけ早く戦を終わらせてくれ、とかなんとか」

「はい。グレン国王はラファエさまが即位したら戦を起こすと心配してたのかもしれません。なんでそう思ってたのかはわからないけれど。でも、そうなったときのために、この遺書を残したのかも」

「ラファエが戦を始めたときのために、セルジュという切り札を円卓の七人に託して、ラファエを止めようとしたと」

「かもしれない。グレン国王はなにより戦を嫌う人でした。人徳の王でした。弱い者から救っていく。猫じゃらしは、グレン国王をそんな風に言ってました」

「だが、この遺書は戦の呼び水になりえる。ラファエアートとセルジュをぶつけることになる」

「そうですよね。国が荒れてしまう。内戦が起こってしまうかもしれない」

「それでも必要って思ったのかな? もっと大きい戦を止めるために?」

「うーん……」

 アルヴィーンが畳んだ遺書を返してきた。それを受け取りながら、アウリスはもう一度、今話し合われていることを頭のなかで整理した。

 不思議だった。

 じぶんの口から吐き出される事務的な言葉が。乾いた口調が。まるで現実味がない。他の人間も、そう思ってるかもしれない。

 そもそもじぶんたちは一般人だ。アウリスだって、貴族の家に生まれはしたものの、成長期を黒炭で育った。国の中枢となんの接点もない暮らしをしていたじぶんたちが、今急に、国の中枢に関わる事件のはなしをされたって、上手く理解できるはずもなかったのだ。

「そもそも、グレン国王が生前にラファエアートを失脚させていたら、ミハネ王国は黙っていなかっただろう。それこそ戦になったかもしれない」

「そうですね……」

 だから、グレン国王はラファエを告発しなかったのだろうか。

 アウリスはアルヴィーンの言葉に考え込んだ。

「ひとつだけ確かなのは、グレン国王はこの遺書を「武器」として円卓の七人に託した、ってことです。遺書に明言されているとおり。じゃあ、グレン国王は、……ラファエさまと円卓の七人が敵対する未来もあると思ってたってことです」

 不安。不穏。危惧。

 そういった、グレン国王の気持ちが彼の言葉を通じてアウリスたちにも伝わる。伝染する。彼が危惧していたものが何だったのかも、わからないまま。

「止めだ」

 そのときグレウが唐突に言った。遺書を睨んでいたアルヴィーンとセツも、肉だんごも、アウリスも顔を上げる。

 みんなの視線を浴び、手近にあった切り株を背に半分寝転がっていたグレウが、のんびりと身を起こした。

「やめだやめだ。先代が何考えてたとか。円卓の七人が何考えてたとか。そんなん知らねえよ。解ってるのは、この遺書は俺たち宛に書かれたんじゃねえ。円卓の七人宛に書かれたってことだ。あと、レアトール領の領主が円卓の七人だってこと。それと、猫じゃらしが遺書を受け取ったってこと」

「そうですね。そこを考えると猫じゃらしも円卓の」

「やめろ」

「え?」

 遮られたアウリスがポカンとする間にも、グレウが大きな動作で頭を搔いた。

「わかんねえことはそれでいいんだ。俺たちがここで言いあっても仕方ねえ。だから、俺たちは話しあうより先に自分で考える。俺たちそれぞれが考える。で、それから話しあってこれからどうするのか決める」

 その言葉に、アウリスは安堵を覚えた。

 あれも解らない。これも解らない。そんな状況からくる不安にアウリスは吞まれかけていた。でも、見えない不安より、グレウが言ったように、見える明日のことを考えるべきだ。

 グレウのその言葉により、場はお開きになった。

 解らないことにばかり目を向けないで、それぞれが、解っていることをきちんと考える時間を取るために。





 そのあと、昨夜は交代で見張りをして夜を明かした。

 そうして朝になると、飯炊き場に現れたグレウは言った。

「七課はみんなでジークリンデ領で落ちあうって話になってたが、今はちょっと状況が変わった。とりあえずレアトール領に行ってみっか」

 一同は全員一致でそれに賛同した。

「他に行くべき宛てはない。レアトール領で更なる情報収集を試みるのも一つかと」

「俺はアルヴィーン様が行くところに行くのでそれで良い」

「レアトール領の領主に会ってから遺書を渡すかどうか決めたらいいしな!」

「はい。レアトールの領主だったら、わたしたちには今一よく解らない遺書の意味もわかるかもしれません。そのあとのことはそのときに決めたらいい。今はレアトール領に向かいましょう」

 レアトール領は遠い。 

 まず、運河のこちら側にある極北の地、ジークリンデ領へ向かう。ここ王都からは馬で6日くらいかかるだろう。

 ジークリンデ領を横断するのに、更に二日。ここで、セツが馬を駆け、ジークリンデ領内の他の七課の面子に接触することになっている。

 もちろん、出来ればだ。けれど、彼らはアウリスたちがジークリンデ領からレアトール領へと行き先を変えたことを知らないはずだから、心配するかもしれない。それを考慮してのことだった。

 ジークリンデ領とレアトールのあいだの運河を渡るには半日とかからない。船は、ゆったりと水流に乗るようにしながら斜めに横断するのだという。

 ここまでが、総じて一週間余りの旅路。そのあいだは殆ど野宿で凌ぐことになる。

 目的地のことが殆どわかっていないため、レアトール領内に着いてからのことは計画の立てようがない。冬になると氷に閉ざされるという、白い土地。今はどのくらい寒いのかわからないが、少々心の準備をしておく必要がありそうだ。

「こっから先は町がまばらにしかないな」

 金の獅子の判子を使って王都を出てから3時間ほど経ったところで、一行は休憩することにした。

 足元はすでに石畳から砂利に変わっている。見渡すと、左右には黄金の稲穂を揺らす畑が広がっている。

「王都の周囲は農業が盛えておるらしいぞ。王都の食糧源だそうだ」

「ふーん。じゃあ雑貨とかは次の町で買う?」

 肉だんごの提案に、馬を降りかけていたセツがうなずく。

「いい考えだな。夜までに別の町にあたるとも限らんし。俺がひとつ行って来よう」

「おー、じゃ頼むわ。3、4日分だけでいい」

 荷物が多ければ多いほど、馬の足はとろくなる。一方、生活用品は常に必要だ。だから買い貯めするのは良くない。ここあたりはバランスが大事になる。

「俺もごはんの前にお手洗い行ってくるよ」

 肉だんごがグレウに手綱を渡して、そそくさと離れていく。

「川べりで休んでっからすぐ来いよ」

「おう! ついでに何か食べれそうな木の実があったら拾うね!」

 セツが帰って来てからなので、ごはんはまだ先になりそうなのに、とアウリスは苦笑する。

 こうして、アウリス、アルヴィーン、グレウの三人は、山路から続いていた川の方へと足を向けた。ここら畑はこの一本の川水をひいているのだろうか。王都は地下水が沸くことで有名だ。そのあたりに井戸もたくさんあるかもしれない。

「わたしもちょっと失礼します」

「あ?」

「昨日出来なかった洗濯物しようと思って。みんなも洗濯して欲しい物があったらこの籠に入れてください」

 山の中で出会った騎士団から拝借した木籠をどすんと置く。肉だんごの分は既に回収済みだ。そこへ、アルヴィーンが彼とセツの分を投げ、グレウがグレウの分を入れると、籠はぱんぱんになった。

 アウリスは籠を肩に提げて川の上流へ向かう。背後では、グレウとアルヴィーンが早速焚き火を起こすのが聞こえている。

 みんな、今できることをやっている。だったらじぶんも気を引き締めないと、とアウリスは改めて思う。幸い、みんな、旅や野宿には慣れている。きっとすぐに目的地にたどり着くはずだ。

 そのあとのことは、そのとき考えればいい。

 みんなに言った通り。それで、いいはずだ。

 気づいたら足元を見て歩いていたアウリスは物音を聞きつけて立ち止まった。

 畑が密集するあいまにある、小さな雑木林の入り口。鬱蒼と茂る木々が薄暗くて、よく見えない。

 もしかして騎士団だろうか。アウリスは少し迷ったが、音を立てないように注意しながら両手を塞ぐ籠をその場に置いた。

 けれど、川沿いに歩いていた足をそちらへ向けたそのときだった。

 いきなり誰かが茂みから飛び出てきた。

「わっ」

「あ」

 目があい、アウリスは硬直する。

「……肉だんご」

 肉だんごは抜刀していた。たぶん、足音を聞きつけて出てきたのだろう。騎士かと警戒したのだ。

 アウリスの目は釘付けになっていた。

 言葉なく棒立ちになるアウリスを、同じように唖然として肉だんごは見返す。だが、ハッと気づいたように片手で顔を覆った。

「うわ、あ、アウリス」

 ごしごしと肉だんごは顔を拭った。

「ごめん。俺」

「肉だんご? なに? どうしたの」

「いやあのいや」

 肉だんごはわたわたとしていたが、やがて、ふう、と息を吐いた。

「……何でもないんだ」

「へ? なにいって」

 そんな、泣き顔でなんでもないはずがない。アウリスは食い下がろうとする。けれど、それを遮るように肉だんごは苦笑いした。

「ごめん。情けないところ見せた。ほんとうになんでもないんだよ」

 突き放すようでもない、穏やかな口調だった。

「ちょっと色々考えてたら、なんか、落ち込んじまったっていうか。でも、もう大丈夫だ。あっごめん。危ないな!」

 肉だんごが急いで抜き晒していた剣を腰に戻す。

 その様子を眺めながら、アウリスは立ち尽くしていた。

 心が透明になっていく。不安に曇っていた目が急に晴れた。そんな気がする。

「じゃあ俺は先行くよ。煎たらおいしそうな木の実も見つけてきたから!」

「肉だんご」

 そそくさと立ち去ろうとしていた肉だんごがギョッと足を止める。

「ミアリさんに会いたい?」

 肉だんごの目が大きくなる。

 アウリスは彼の顔を見つめた。

「ミアリさん、だったよね。セル=ヴェーラさんの医療団にいるひと」

「……うん」

「ミアリさんは、ジークリンデ領に向かったんだよね」

 静かに聞くアウリスに、肉だんごは一拍おいて、うん、と返事をした。

「たぶん。グレウさんが王都に来ることになったから解らないけど。セツは伝えてくれたって」

 言いながら肉だんごは顔を俯けた。

「……俺、情けないよな」

「そんなことない」

「ううん。情けないよ。みんなでレアトールに行くことになったのに。俺、心のどっかではミアリに会いに行きたいと思ってる。でも、……」

 肉だんごは言い濁した。

「それ以上に、怖いんだ。俺、怖い。ミアリが巻き込まれたら嫌だ。猫じゃらしがあんなことになって、俺、怖くなったんだ。ひどいよな。仇を取ってやろうとか、そんなこと考える暇も、なかったよ」

 二週間。

 王都に来て、まだ、一月も経っていなかった。なのに、王都に来た日のことがまるでずっと昔のように思える。

 あまりにもたくさんのことが、あり過ぎた。

「猫じゃらしのことはほんとにひどいと思う。でも、そのひどい奴は今、俺たちの敵なんだ。そう思ったら、怖くてしかたないんだ。ミアリを巻き添えにしたくない。俺はけど一人になりたくない。怖くて。一人がいやなんだ。そんな理由で、俺は、みんなと一緒にレアトールに行くんだ」

 話している間にまた涙が出てきて、肉だんごは片手で両目を覆った。

 育成所にいた頃はもっとぷよぷよで柔らかかった手。今は、節くれだって、ずいぶん丈夫になった手だった。その手のあいまから涙が零れていくのを、アウリスはただ、見ているだけしか出来なかった。

「肉だんご。わたしは、……わたしも、怖いよ」

 心が痛い。

 じぶん自身の手より、ずっと大きい手をした肉だんごに、アウリスは、どんな言葉をかけたらいいかもわからない。

「それに、かわいそうだと思った」

「え?」

「みんなで遺書を読んでたときに、わたしは、ラファエさまが可哀想だと、思ったよ。なにより一番に、そう思ったの」

 ただ、じぶんの心を濁らせていた気持ちを言葉にするだけ。肉だんごが今、じぶんに対してそうしてくれたように。

 驚いたようにこちらを見つめる肉だんごに、アウリスは薄く笑った。

 遺書を読み終えたあのとき、アウリスは自分に言い聞かせた。客観的に話を理解しようと。

 それは、感情に流されそうな自分に気づいたからだ。アウリスは、父王さまにあんな風に切り捨てられたラファエが、かわいそうだと思ったから。

「ひどいよね。猫じゃらしがあんなことになって。死刑になりかけて。わたしも怪我して。なのに、わたしはまだそんなこと考えてる。わたしは薄情だと思う」

「そ、そんなことないよ! だって、アウリスはラファエアート王と幼馴染だったんだろ?」

「うん。でも、それはみんなに関係ないことだよね」

 慌てたように肉だんごが口を挟むが、アウリスは首を横に振った。

「心のどこかで、わたしは、ラファエさまに会いたいと思ってる。会って話を聞きたい。なんでこんなことするのか知りたい。わたしがレアトール領に行きたい理由はそれなの。ラファエさまのことを、ラファエさまに何が起こってるのかを、もっとわかるため。そんなじぶんが嫌なの。これからのことを考えると怖くて、どうしたらいいか、わからなくなるの」

 アウリスは拳を握った。

「だから……ごめん。肉だんご。わたしはこんなときになんて言えばいいかわからない。でも、怖いのはわたしだけじゃなかった。迷うのはわたしだけじゃなかった。それがわかって、わたしは今ちょっと救われてる」

「アウリス」

「みんな、口に出さないけど、不安なんだと思う。怖いんだと思う」

「そう、かな。俺にはみんながすごく強く見えるけどな。逞しいっつーか」

「うん。わたしもそう思ってたよ。だから何も言えなかったの。……前だけ見るフリしてた」

 猫じゃらしにも。

 あの小屋で、アウリスは、聞き分けの良い、いい子のふりをしていたかもしれない。

「強がりって、悪いことじゃないよ」

 肉だんごのせいだ。なんだか涙腺が緩くなってきたのを感じて、アウリスはごしごしと目を拭った。

「こういうときって、ほんのちょっとの強がりはいると思うよ」

「アウリス」

「うん」

「そっか」

 肉だんごが苦笑した。いつもの、野菜がふやけたみたいな、ふわんとした笑みだった。

「そうだな。ちょっとの強がりと周りの支えというやつだな!」

「何よそれ」

「グレウさんがずっと昔に言ってたやつだ!」

 へえ、とアウリスはちょっと意表を突かれた。あのグレウがそんなことを。昨夜、焚き火を囲っての会議でみんなの不安を鎮めたグレウの姿が目に浮かぶ。

 だったら、今彼も、不安なのかもしれない。そこを、一歩先に立って、強がっている。

 それで、いいのかもしれない。

「何笑ってんだよ」

「べつに」

 笑いを堪えた憮然とした声で言うと、肉だんごがふとアウリスの足元の籠に目を留めた。それから彼が顔を上げる。アウリスたちは見つめ合った。

「じゃあお先に」

「ちょっと! 手伝ってください! 今思いきり人の雑用の籠見てたでしょう!」

「ええー」

 それから、アウリスはぶつくさ言う肉だんごの腕を引いて、川で洗濯を済ませた。洗った衣類は後で取りに来ることにして手近な木枝に干す。そうして、二人で軽くケンカをしながら帰路につく。

 しかし、途中の川べりで、二人は妙な煙が上がっているのに気づいた。

「あれっ? グレウさんたちじゃん」 

「みたい、ですね」

 肉だんごが指さす先にすでに煙の源が見えていた。なので警戒することこそなかったものの、一体何をやっているのだろう。 

 肉だんごが駆けてくるのに気づいて、アルヴィーンが立ち上がる。町から帰ったらしくセツもいた。その背後で、グレウがどっかりと腰下ろし、焚き火にかけた鍋をぐるぐるしている。

「おい! 言い表せねえ感じの変な匂いしてるけど何やってんだ?」

「飯炊きだ」

 肉だんごの問いに、アルヴィーンが抑揚なく答える。肉だんごがギョッとそちらを見る。

 空っぽの籠を脇に歩み寄っていたアウリスも、思わず足を止めた。

「へえ? すごいな! そっちのミドリのは何なのグレウさん? 怪我の薬草?」

「山菜だ」

「え」

「どう見ても山菜の雑炊だろーがコラア!」

「えっ、うん」

「感謝しろよ」

 肉だんごとグレウとの会話にセツが加わる。馬の手入れをしながら彼はアウリスを見た。

「おまえが最近疲れてそうだからちょっと手伝おうという気になったのだ。怪我人にばかり雑用を押しつけられんしな」

「あ」

「なのになんだ。その顔は。まったく有難味が伝わって来ん!」

「えっあ」

 あまりのことにアウリスはすぐ反応できなかった。

「……ありがとう」

「今更言われても嬉しくないわ! しかも肉だんご! さっき変な匂いとかぬかしおったな! アルヴィーン様が骨身を砕いて味付けしてくださったというのェブッ」

 何か言おうとしたセツの腹に何かが激突した。アルヴィーンが投球したのはあかあかと燃える木炭だった。

 その背後で、鍋がひっくり返りそうな勢いで踊る。

「オラア! 山菜はどこだァ!」

「落ち着いてよグレウさん! アルヴィーンも何やってんだよ! セツが火葬死体になるだろ! ざまあみろ!」

「き、貴様肉だんご……」

「……」

「山菜ども出てこいやア!」

 アウリスは茫然としたが、どんどん消火不可能になりつつある場を見て、慌てて踏み出した。

「……待って、もしかして火が近すぎて溶けたのかも」

 そのとき不意に、アウリスは誰かの体温を感じた気がした。

 誰かが、彼の背中をアウリスの背中に寄っ掛けてきた。じぶんのより一回り大きな、その背中を。

 ――あんたの好きにしろ。

 視線を上げ、アウリスは、みんなで囲う食卓をゆっくりと見回す。

 夢のなかで聞こえなかった声。

 今までよりずっと、はっきりと、それが聞こえる。そんな気がする。

 アウリスの心のなかには、今も、たくさんの想いが棲んでいる。

 お互いに相容れない想いすらある。それはちょっと混乱させられるけれど、当たり前のことなのだ。

 たくさんの想いのなかから選び取り、行動に移す。

 それこそがアウリスたちの自由だ。今までも。これからも。

(ありがとう)

 たくさんの暴言雑言……もとい、たくさんの想いが吹き過ぎた後に、ようやく、ひとかけら、一番言いたい言葉が残った。

 目を細めると、景色が淡く滲む。

 アウリスは、その景色のなかへと踏み出した。

 ――わたしは、今、あなたの傭兵でよかったと思っている。

 歩きだすアウリスの背中から、その体温が離れていく。

 守られていたその場所を、ロウソクの灰で出来た檻を、今出ていく。そこに、ちょっとの寂しさを感じながら。

 ちょっとの強がりと、幻よりもずっと確かなものが、目に見える。


お付き合い下さり、ありがとうございました!

「翠の傭兵と異端の王」はこれで完結です。

次回は指名手配になった七課の話を始めます。よろしければ、またお付き合いください。


読んでくださり、ほんとうにありがとうございました!

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