↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バグワード・バザー〜死語しか使えない底辺の俺が、完璧な管理都市をチョベリバにしてやる〜  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/73

シャレオツ【中盤】

それから十分で、俺の在庫は、ほとんど空になった。


「超MMッ!」『とても、無理』


「ムカ着火ファイヤーッ!」『激しい怒り』


「チョベリグッ!」『とても、良い』


ぱらぱら。ぱらぱら。

灰色の字が、足もとに積もっていく。


ユキノは、汗ひとつかいていない。


「……全部、言い換えがある。類語がある言葉は、全部、負ける」


床下から、カナがつぶやいた。


「わたしは、意味なんて、いりませんの。いちばん近い言葉と、取り替えるだけ。辞書は、ここに」


外側の襟を、指でなぞる。


「類語辞書。十二枚のうちの、外側の三枚に」


「湿気」


シズカが、端末を見ながら言った。

まだ、俺と目を合わせない。


「ルビの伝言どおり。あの多層構造は、一枚ずつが薄すぎて、水を吸うとはがれる。……蒸気なら、出せる人がいる」


全員の目が、ミヤビに向いた。


「わ、わたくし?」


「《玲瓏・改》の放熱は、心拍に比例する。心拍を上げ続ければ、この路地くらい、蒸し風呂にできる」


「簡単です」


エルザが、すっと手を挙げた。


「灰村瓊心が、私たちを褒めればよいのです。おしゃれ対決を提案します。判定は、本気の褒め言葉で。――死語で」


「褒め言葉の、真剣勝負ですわね! 受けて立ちますわ!」


「待て。俺が、褒めんのか。何回も。人前で」


「照れ顔も、記録の対象です。作戦は、作戦です」


正論だった。腹が立つくらい。


「あらあら、にぎやかで、すてき」


ユキノが、正座したまま手を合わせた。


「わたしも、参加してよろしいかしら」


「敵だろ、あんた」


「ええ。ですから、ちゃんと差し替えますわ。ご自分への褒め言葉も、差し替えておけば……照れずに、済みますもの」


にっこり。余裕の笑顔だった。


ラジ爺が、無言で立ち上がった。

ガキどもを一人ずつ床下の穴に追いこみ、最後に自分も潜りこむ。

地面に、一行だけ残していった。


『こども みちゃだめ』


「爺さん、何を予想してんだよ」


☆☆☆


一回戦、ミヤビ。


路地の真ん中で、くるりと回る。

金の巻き髪が、ふわりと広がる。

くびれた腰に手を当てて、片足を少しだけ前に出す。上層区の、本物の令嬢の立ち方だった。


くそ。本当に、きれいだった。


「――シャレオツ、だな」


金色の文字。ユキノの指。『おしゃれ』。灰色の字が落ちる。


でも、ミヤビの顔は、真っ赤だった。


しゅううううっ。スーツのあちこちから、白い湯気が噴き出した。


二回戦、エルザ。


紺のフリルのワンピースのまま、銀髪のピンを一本ずつ抜く。

さらさらと、長い髪が背中に落ちる。

最後に、胸もとのボタンを、ひとつだけ外した。

白い鎖骨が、のぞいた。


「……標準的な、色気の演出です。資料で、学びました」


声は平坦なのに、耳がもう真っ赤だった。


「……シャレオツ」


『おしゃれ』


「心拍、百三十八。……っ、記録、します」


しゅぽぽぽっ。

対抗するみたいに、ミヤビがさらに湯気を噴いた。


「足りませんわ! シズカさんも参加なさい!」


「ぼ、僕? 僕は解析担当で――」


ミヤビに背中を押されて、シズカが路地の真ん中によろけ出た。

湯気で、結んだ黒髪の先が、首すじに張りついている。

白いスーツの上着が、湿気を吸って、肩の線にぴったり沿っていた。


「……ぼ、僕のおしゃれの要素は、機能性と……あの、この、袖の折り返しの角度が……」


「シャレオツ」


「まだ説明の途中なんだけど!?」


『おしゃれ』

シズカは端末で顔を隠した。

小さすぎて、真っ赤な耳が全部はみ出していた。


「湿度、八十八……僕の上着の透過率も上昇中……い、言うな、実況するな、僕っ!」


四回戦。ユキノ。


ユキノは、正座のまま、ほんの少しだけ俺のほうへ身を乗り出した。

重ねた襟もとが、ゆるりと開く。

湯気の向こうから、甘い香の匂いがした。


「わたしは、いかが?」


「……シャレオツ」


自分の指が、すっと動いた。『おしゃれ』。灰色の字が、ユキノの膝に落ちる。


「ほら。ちっとも、照れませんわ」


ユキノは、にっこり笑った。


笑ったまま、襟もとの汗を、そっと指でぬぐった。


☆☆☆


五回戦。六回戦。七回戦。


ミヤビが髪をかき上げ、エルザがスカートの裾をつまんで回り、シズカが袖の角度を直す。

俺がシャレオツと言い、ユキノがおしゃれに差し替え、ミヤビが湯気を噴く。


路地が、白く煙りはじめた。


空気が、重い。じっとりと、肌にまとわりつく。


エルザのワンピースが、汗で、背中にぴったりと張りついていた。

腰のくびれの形が、布ごしにくっきりと浮かんでいる。ミヤビのスーツは、湯気と汗で、真珠みたいにてらてら光っていた。

シズカは、膝を抱えてしゃがみこみ、湿った上着の胸もとを、端末で必死に隠していた。


「わ、わたくし、もう一回ですわ!」


ミヤビが、ぬれた地面で、つるっと足をすべらせた。


「きゃっ――」


倒れこんだ先に、エルザがいた。


二人まとめて、地面に転がった。

エルザのフリルのスカートが、ふわりとめくれ上がる。白い太もも。

ミヤビの顔は、エルザの胸の谷間に、すっぽりと埋まっていた。


「……っ、ぷはっ! ノ、ノルム先輩、あなた、こ、こんなに……!」


「綺羅星ミヤビ。顔の位置を、申告してください」


「申告できませんわ!!」


しゅぽぽぽぽっ。

ミヤビの全身から、過去最大の湯気が噴き出した。

エルザは、めくれたスカートを押さえながら、無表情のまま首まで赤くなっていた。


「……私の心拍も、計測不能です」


路地の湿度が、一気に上がった。


三人とも、頰を上気させて、肩で息をしている。

澄ました顔が、少しずつ、崩れていく。


……いい。すげえ、いい。


「顔。変態の顔。今日、四回目」


床板のすきまから、カナが言った。


いつもなら、ここで、してねえよ、と言う。


今日は、言葉が出てこなかった。


「……ああ、そうだよ。悪いか」


汗をぬぐったら、口が勝手に続けた。


「すましてる顔がさ、ちょっとずつ崩れてくのが……なんつうか、見てて、楽しいんだよ」


路地が、しん、と静まりかえった。


エルザが、まばたきを二回した。

ミヤビが、湯気を噴いたまま固まった。

シズカの端末が、手からすべり落ちた。

床下で、缶を落とす音がした。


……待て。

今、俺、何て言った。


「い、今のは、あれだ。着こなしの話だ。服が、こう、いい感じに着崩れるっていう。シャレオツ用語だ」


「該当する用語は、登録されていません」


エルザが、即答した。


「あなたは『服』ではなく『顔』と発言しました。音声記録を再生しますか」


「すんな!」


「……ガキどもに教えとく。灰村、自白」


床板のすきまから、缶を拾いなおしたカナが言った。


「……あらあら」


湯気の向こうで、ユキノの声が、ほんの少しだけ上ずった。


「少し……蒸しますわね」



最後までお読みいただきありがとうございました。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。