↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バグワード・バザー〜死語しか使えない底辺の俺が、完璧な管理都市をチョベリバにしてやる〜  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/75

マジで恋する五秒前【前半】

十日目の朝は、よく晴れていた。


雲ひとつない空の下、第七街区の住人が、市場の広場に一列に並ばされていた。

二百人と少し。

子どもも、年寄りも、全員だ。

広場のまわりを、白い卵形のドローンが二十機、ぐるりと囲んでいる。


一斉言語再審査。

列の先頭には、白い演台が置かれていた。

その上に立っているのは、白と紺のスーツに、一本の乱れもない銀色の髪。


エルザ・ノルム。

二日前、壁に手をついていたらしい女は、今朝は、何事もなかったような顔で立っていた。

俺は、広場の端の屋台の陰から、それを見ていた。

胸に「綺羅星」と金色の刺繍が入ったジャージで。


その顔を見て、俺は、自分の胸の中を確かめた。

あの顔を崩したい、という気持ちは、ある。

三日前の広場で目覚めてしまった、あの、たぶん一生治らない癖は、今もちゃんと腹の底にいる。


でも、今日はそれだけじゃない。

あいつを、赤ペンの「餌」のままにしておきたくない。

それも、同じくらい本気だった。


「……目立つね、その刺繍」

隣で、カナがぼそっと言った。

「言うな。ほかに服がねえんだよ」


広場をはさんだ向かいの屋根の上に、白と灰色のスーツが見えた。

白鷺シズカだ。膝の上に端末を乗せて、こっちに小さく手を振っている。

見物する気、満々らしい。

それから、広場の反対側の路地の奥に、やたらと金色に光る何かがちらっと見えて、すぐに引っこんだ。

……見なかったことにする。


☆☆☆

昨日一日、俺たちは、床下で作戦を練った。

カナの裏口は、もう使えない。

煙幕は、あと六本。

俺の在庫は、チョベリバ、超MM、怒りの階段、チョベリグ、キタコレ。

全部、エルザの記録に載っている。

キタコレだって、一度見られた以上、もう訳される。

あいつは、そういう女だ。


残っているのは、ポケットの奥の、赤い結晶だけだった。

MK5。マジで切れる五秒前。


「使い方は、二つある」

バザーの仮面の店主は、指を二本立ててそう言った。

でも、二つ目が何なのか、俺にはわからなかった。

答えをくれたのは、爺さんだった。


爺さんは、床のほこりに、ゆっくり書いた。

『MK5 もうひとつの いみ』

その下に。

『マジで こいする 五秒前』

「……恋?」

爺さんは、うなずいた。それから、もう一行。

『むかしの うたの だいめいにも なった』


切れる五秒前。恋する五秒前。

同じ「MK5」が、二つの意味を持っている。

途中までは同じで、最後の一言で、ひっくり返る。


カナが、床下から顔を出した。

「エルザ・ノルムの訂正は、言葉を最後まで聞いてから訳す。

途中で意味が変わる言葉は、最初に訳した答えが、最後に間違いになる」


「だから、訳せない」

「そう。それと、もうひとつ」


カナは、缶コーヒーを床に置いた。

「あの人が指揮官でいるかぎり、広場で本気の死語を叫んでも、粛清の光は保留される。

――逆に言えば、あの人の前でなら、あなたは何を叫んでもいい」

「……あいつが、俺の盾になるってことか」

「皮肉だけどね」


それから、カナは、白衣のポケットから空き缶を一本取り出して、俺の手に押しつけた。

「一本だけ。いざというとき」

「おまえの分は」

「あと五本ある。……ちゃんと、帰ってきて」


最後の一言は、缶コーヒーをすする音にまぎれて、よく聞こえなかった。


その夜は、爺さんの特訓に付き合った。

再審査で言わされる定型文。

『本日も、正しい言葉で過ごします』


三十八年、古い言葉がこぼれるのを恐れて口を閉じてきた爺さんにとって、それは、いちばん遠い言葉だった。

最初は、「ほ」の一文字で喉が詰まった。

十回目で、「本日も」まで言えた。三十回目で、爺さんは、ようやく最後まで言い切った。

かすれた、低い声だった。


言い終えた爺さんは、床のほこりに、震える指で書いた。

『ケイ坊 ありがとよ』

それから、少し考えて、もう一行。

『この ことばは きらいだ。でも おまえが いうなら いってやる』


☆☆☆

広場では、審査が始まっていた。

住人が一人ずつ演台の前に進み、ドローンに向かって定型文を言う。

『本日も、正しい言葉で過ごします』

震えてもいけない。つっかえてもいけない。黙ってもいけない。


魚売りの婆さんが、しわがれた声で、最後まで言い切った。

婆さんのスコアは、三十六から三十七に上がった。

爺さんも、昨夜の特訓どおり、かすれた声で最後まで言い切った。

四十一。基準ぎりぎりで、通過。


そして。

「次。個体番号K-7-0219」

タクトが、列から一歩、前に出た。

列のうしろで、タクトの母さんの代わりに付き添っていた魚売りの婆さんが、両手を握りしめていた。


九歳の小さな背中が、震えていた。

広場の上空に浮かぶ降下艇から、声が降ってきた。

「ノルム一等治安官。その子は、例の廃語事案の当事者だ。基準は厳しめに頼むよ」


朱崎だった。

赤ペンが、わざわざ見物に降りてきていた。

タクトが、口を開いた。

「ほ、本日も、た、正しい――」

つっかえた。

その瞬間、ドローンのアームが、がしゃんと開いた。

俺は、屋台の陰から飛び出していた。


最後までお読みいただきありがとうございました。

このストーリーを書いている間はずっと例の曲が頭の中をリフレインしていましたとさ。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。