94.議論
重鎧の内側のどこかをひそかに膨らませたイヴリンが、顔を青ざめさせ、周囲に気を配る余裕もなくなった監察使を支えて連れ去ったのは、それから数十分後のことだった。
アルフレッドは敬服の眼差しを向けながら、二人を丁重に見送った。
この瞬間、亜人の副指揮官は心から信じた。
この監察使は、本当に帝国と女王を愛しているのだと。
客人たちが遠ざかるのを見届けると、アルフレッドは指揮官室へ戻った。気を利かせて喉を潤すための温かい茶まで用意し、差し出す。
「指揮官、お疲れさまでした。殲滅騎士団の者たちから、かなりの情報を聞き出せました」
何度か軽く咳をしてから、ヌムは熱い茶を数口すすって喉を潤した。まだ少し歌い足りないようでもある。
久しぶりにあれほど気持ちよく歌ったため、美しい詩歌をあと何曲か披露したいところだったが、部下がわずかに怯えた目を向けているのを見て、最後には諦めた。
「話せ。あの迷宮城と皇家冒険団の壊滅は、結局どういうことなんだ」
「基本的には、蒼藍帝国とあの監察使から得た情報に問題はありません。ただ、殲滅騎士団の者たちから、鎌蜘蛛と地潜り虫には特に注意するよう念を押されました」
「地潜り虫……地下にいる魔獣なら、飛空艇にはそれほど影響しないだろう。鎌蜘蛛? 背中に鎌みたいな腕が二本余計についている、蜘蛛型の魔獣だったか?」
ヌムは記憶を探りながら、不思議そうに首を傾げた。
多少の覚えはある。
だが、この二種がそこまで危険な生命だった記憶はない。若いころ冒険者をしていた時代でも、せいぜい槌を何発か余計に叩き込めば済む相手だった。
傍らに立つアルフレッドは頷き、丁寧に説明する。
「はい。死亡峡谷の両側の断崖には、数の分からない鎌蜘蛛が棲みついているそうです。『近道』をしようとする生命は、圧倒的な数の暴力に呑み込まれるとか。また地潜り虫は、皇家冒険団の前線拠点を一つ丸ごと壊滅させたことがあります」
地潜り虫はともかく、鋼鉄の玉座と循律の塔は迷宮城を攻略しに来たわけではない。
しかも死亡峡谷の地形は飛空艇が進入するのに比較的向いているため、最初から正規の道を進むつもりなどなかった。損害を出さずに近道できるなら、それに越したことはない。
「そうか……数が多いとなると、鎌蜘蛛は確かに厄介だな」
屈強なドワーフは、その場を行ったり来たりしながら考え込んだ。
荒々しい足取りのたびに鎧がガチャガチャと鳴る。
だが、ほどなくして考えることを放棄した。
「まあいい。あとでまとめて循律の塔に考えさせよう。天象異変を研究したいのはあいつらだ。安全な方法を考えつくまで、第九艦隊は出発しない。それよりククリ号は? 状態はどうだ?」
「現在のところ、すべて正常です。動力炉が自然エネルギーを再び吸収して回復するのを待てば、一か月ほどでククリ号は再出航できます」
ヌムは首を振り、大きな手を一振りした。
「遅すぎる。後勤隊を交代でつかせて、エネルギー補充を加速させろ。いつでも出発できる状態を維持したい。できるだけ急げ」
「それから循律の塔にも知らせろ。蒼藍帝国が合同会議を求めている。時間は……夕食のあとでいい。手に入った情報も共有して、安全に入って安全に出る方法を考えさせろ」
アルフレッドはそれを聞くと、すぐに確認した。
「指揮官、遊騎兵ギルドと槍と剣と火の者たちは……合同会議へ呼びますか?」
ヌムは少し考えた。最終的には鎌蜘蛛の情報も踏まえ、決断する。
「一緒に呼べ。悪魔種族は共通の敵だ。知られて困るようなことはない。それに、蒼藍帝国が気にしている人の魔王の話も、じきに秘密ではなくなる」
「はい」
その日の夜。
アルフレッドが各方面を手際よく調整し、飛空艇内部の大型会議室が会場として用意された。
ディアが目を覚ましたのは、丸半日も休んだあとだった。
ようやく恐るべき歌声の悪夢から少し抜け出し、まだ意識が混乱したまま、鋼鉄の玉座が考案した飛空艇用の食事を苦労して食べ終える。
それから間もなく会議の通知を受けると、すぐにイヴリンを連れて会場へ向かった。
扉を入った瞬間、この蒼藍帝国の監察使はすぐに本来の調子を取り戻した。鋭い視線で室内を一巡させると、席にはこれまで見たことのない顔が大勢並んでいる。
「ディア監察使、あなた方が最後です。扉を閉めて、席についてください」
長机の主席に座ったヌムが言った。
ディアは適当な空席を見つけて腰を下ろす。
イヴリンは先に扉を閉め、それから彼の背後に立った。
「紹介しておこう。こちらから順に、遊騎兵ギルド鋼鉄の玉座地域支部長のアドルフ、槍と剣と火第二隊隊長のシンシア、循律の塔から来た今回の研究任務責任者ヒルダだ。残りは会議に同行している者たちだ。必要があれば、ディア監察使自身で知り合ってくれ。会議の時間を無駄にしたくないのでな」
ヌムの太く短い手が示す先には、長机の傍らに二人の女と一人の男が座っていた。
アドルフだけは比較的年老いているが、残る二人の女性はいずれも三十歳ほどに見え、まさに働き盛りだった。それぞれ異なる、専門家として鍛え上げられた雰囲気をまとっている。
「我々は皆、死亡峡谷という迷宮城に接するのは初めてだ。ディア監察使には、あらためて状況を説明してもらいたい。それと、帝国側に何か提案があるなら聞かせてくれ」
ヌムは会議の口火を相手に任せた。
「もちろんです」
死亡峡谷と人の魔王についての情報がすでに外へ漏れ始めている以上、ディアにも隠す理由はなかった。
ここしばらく希望町で観察してきた状況を説明し、特にエリカ、ヴィンセント、ドロシー三人の経歴と資料について詳しく語った。
すべての情報と経緯を説明し終えたころには、一時間が経っていた。出席している十数人はいずれも眉を寄せている。
今の話には、一つとして好材料がなかった。
燃えるような赤い短髪に、左目を横切る傷痕を持つシンシアが、最初に沈黙を破った。
長机の主席へ向けて口を開く。
「槍と剣と火は、今回の研究任務には参加していません。それでも会議へ招いてくださったこと、ヌム指揮官に感謝します」
十大傭兵団の一つである槍と剣と火が死亡峡谷へ来た目的には、公的な理由も私的な理由もあった。いずれにせよ攻略へ動くことは避けられない。
そのうえ鋼鉄の玉座から思いがけず協力的な姿勢を示してもらえたことは、大きな助けになる。
だからこそ、彼女はまず礼を述べた。
だが、この場の者たちが長々とした儀礼を好む人間ではないことも分かっている。シンシアはすぐに話を本題へ切り替えた。
「現在、死亡峡谷は皇……先の冒険団が壊滅して以来、内部の状況が分からないままです。派遣した探索隊も、深く入りすぎれば二度と戻ってきません。攻略において、未知こそ最大の危険です」
「鋼鉄の玉座と循律の塔が急いでいないのなら、もう少し待っていただきたい。槍と剣と火が先に探索隊として出発します。現在の迷宮城内部の状況をある程度把握してからククリ号が出れば、危険を減らせるはずです」
槍と剣と火は、迷宮城攻略を専門とする十大傭兵団の一つだ。鋼鉄の玉座から好意を示された以上、適切な形で返礼も申し出る。
その提案を受け、その分野の専門家ではない出席者たちも真剣に検討を始めた。
だがヌム自身は、それほど気にした様子もない。緑色の、波打つ大きな巻き髪を長く伸ばし、眼鏡をかけた知的な女性へ顔を向けると、気軽な口調で尋ねた。
「ヒルダ、研究したいのはそっちだ。どう思う?」
二人の女性には、もともと面識があるらしい。
鋼鉄の玉座と循律の塔は昔から良好な協力関係を保っているため、それを見ても出席者たちは特に不思議には思わなかった。
ヒルダは癖のように鼻先の眼鏡を押し上げてから、逆に問い返した。
「今回の研究任務について、先生から特に期限は指定されていないけれど、第九艦隊だって、私たちの調査団にいつまでも付き合ってここに留まるわけにはいかない。そうでしょう?」
ヌムは頷いた。
飛空艇は重要な戦略資源であり、同時に商業資源でもある。
今回の調査に無条件で協力しているだけでも、鋼鉄の玉座と循律の塔の友好関係を示すには十分だった。
それ以上を求めれば、どれほど良好な関係でも壊れかねない。
肯定の返事を得ると、ヒルダはシンシアへ向き直った。同じく友好的に応じる。
「槍と剣と火が先鋒として道を探ってくれるのなら、循律の塔からも、新しく開発した魔導器具をいくつか依頼報酬として提供できます。それに、魔法を扱える学者も何人か同行させましょう」
槍と剣と火は名高い十大傭兵団の一つであり、信用も高い。内輪揉めのような問題が起きる心配はしていなかった。こちら側の人員を同行させれば、状況も把握しやすい。
循律の塔が発言を終えると、この場で唯一の老人であるアドルフも続いた。
「遊騎兵ギルドも、できる限り支援しましょう。死亡峡谷は、魔王を擁することが確認される四つ目の迷宮城になる可能性があります。どうか慎重に任務を進めてください」
もし情報が事実なら、遊騎兵ギルドはこの蒼藍帝国辺境で、今後かなり長い期間にわたり活動を展開することになるだろう。
ほかの三大迷宮城と同じだ。
だから彼らにとって、第一報となる情報と攻略の進捗は非常に重要だった。
その後は各々が意見を述べ、情報を交換していく。
協力して攻略に臨もうという空気が徐々に生まれ、会議は熱を帯び始めた。
その時だった。
ディアが突然、口を開いた。
「シンシア隊長、少々耳の痛い話になるかもしれませんが、皇家冒険団は数千人が壊滅しました。槍と剣と火が名高い十大傭兵団であることは承知しています。しかし、あなたが率いているのは、わずか百、二百人ほどの分隊にすぎない。慎重に探索さえすれば、失敗を避けられるのでしょうか?」
やや甲高い声が、たった今燃え始めた一同の闘志へ一気に冷水を浴びせた。
皇家冒険団は、冒険者たちや一部の者から「金持ち国家のおもちゃ」と揶揄されることも多い。
それでも、数千人が積み重ねる数と戦力は決して侮れない。
装備は充実し、後勤にも不足のない数千人規模の大攻略団。それが一日のうちに全滅し、消息を絶った。
死亡峡谷でいったい何が起きたのか、今に至るまで誰にも分かっていない。
今回、槍と剣と火が先鋒を務めるとしても、楽観できる状況ではなかった。
出席者の中で、今もっとも重い表情を浮かべているのはシンシアだった。彼女は老バダのためにここへ来た。
あの老冒険者は、かつて自分と第二隊を導いてくれた偉大な冒険者だった。
槍と剣と火の幹部たちは、また一人の恩師であり友でもある人物が引退することを惜しんでいた。それなのに本人は、引退前の小さな仕事を一つ引き受けただけだったはずが、そのまま消息を絶った。
そんな結末を、彼女も第二隊の仲間たちも受け入れられない。
その思いを胸に、シンシアは静かに口を開いた。
「皆さんには、理解しておいてもらわなければならないことがあります。知性種族は、迷宮城の攻略という仕事において、一度も本当の意味で成功したことがありません」
その言葉に、アドルフ以外の全員が疑問の表情を浮かべた。
「過去に探索を完了した迷宮城は、どれも衰退し、主を失っていた迷宮城です。それですら、冒険者は命を賭けなければ最後まで辿り着けない。まして、魔王とその部族を擁する三大迷宮城は言うまでもありません」
「そして死亡峡谷に新たな魔王が誕生している可能性がある以上、槍と剣と火が長年積み重ねてきた攻略経験から言えば、五大国のどこか一国が全力を傾けて戦う覚悟でもない限り、冒険者や傭兵団だけで攻略に成功することなど不可能です」
シンシアの言っていることは事実だった。
ただ、アドルフ以外の者たちはこの分野の専門家ではないため、普段そこまで深く考えていなかっただけだ。
説明を聞いて理解はしたものの、それと同時に表情はさらに重くなった。
研究好きのヒルダがすぐに疑問を口にする。
「以前、速報を読んだことがあるけれど、槍と剣と火やほかの傭兵団が、華々しい攻略記録を打ち立てたと書かれていたわ。それはどういうこと?」
「私たちが攻略したのは、そのうちの一層だけです。生体迷宮が実際に何層あるのかは、誰も知りません」
「あなたの話だと、それほど危険なら、知性種族は迷宮城へ入るべきではないということにならない?」
シンシアは首を横に振った。まず質問したヒルダへ目を向け、次に答えを待つディアを見てから、口を開く。
「迷宮城攻略の失敗は避けられません。ですが、冒険者が一人入るたび、その命と引き換えに情報を増やすことができます。だからこそ、次の攻略は前よりも進みやすくなるんです」
「もちろん、悪魔種族は昔から簡単には自分たちの領域を離れません。あまりにも困難なら、この迷宮城を諦めて、壊死の大地周辺を完全に封鎖するという選択もできます。せいぜい時折、暴走して外へ溢れ出す守衛に対処すればいい。ただ……ここにいる皆さんは、それを望みますか?」
その問いは、誰の胸にも直接突き刺さった。
それぞれに求めるものがあるからこそ、全員がここへ集まっている。簡単に諦める者などいるはずがない。
会議は先ほど、帝国監察使の重い一言によって一度流れを断たれていた。さらにシンシアから「失敗は避けられない」という話を聞かされたことで、せっかく熱を帯び始めていた空気は完全に冷え込む。
支払うことになるかもしれない大きな代償が、影のように出席者一人一人を覆い、会議室にはしばらく沈黙が続いた。
その時。
老いの目立つ遊騎兵ギルド支部長、アドルフが再び口を開いた。何度か低く咳き込み、皆へ言い聞かせる。
「皆さん。未踏地の開拓も、禁忌の地の探索も、迷宮城の攻略も、死傷者が出ることは避けられません。野外を歩いているだけでも、さまざまな事故に遭うことがあります。そうした覚悟なら、我々はとうに持っているはずではありませんか?」
「死亡峡谷を攻略する方針がすでに決まっているのなら、まだ起きてもいない可能性ばかり考えるのは、いったんやめましょう」
「それより、これからどう攻略するかを話した方がいい。私にも少し考えがあります。よろしければ、参考までに聞いてください」
出席者たちも、気持ちを切り替える必要があることは理解していた。
迷宮城の攻略は、口先だけで成し遂げられるものではない。
経験豊富なギルド支部長がどのような具体案を持っているのか、皆も聞きたがった。
視線が自分へ集まると、アドルフはシンシアへさりげなく目を向けた。彼から見れば、まだ若い冒険者だ。
そのあとで、ゆっくり話し始める。
「魔王を擁する迷宮城には、蒼穹の島、生体迷宮、霧影の淵のいずれにも、いくつか共通する特徴があります。そこに暮らす者たちは考えることができ、地形を利用した戦いを得意とし、こちらの意表を突く襲撃をたびたび仕掛けてくる」
「簡単に言えば、我々が魔王の領域へ足を踏み入れた時点で、主導権は相手にあります。皇家冒険団が一日のうちに理由も分からないまま壊滅したのも、そのためでしょう」
「こうした状況をできるだけ避けたいのなら、現在すでに第二十三層まで攻略が進んでいる生体迷宮を参考にできます」
「現地の冒険者たちは一層を攻略するたび、魔法使いの集団と工事隊を入れて前線拠点全体を強化します。偵察、警戒、防衛、攻撃支援まで整え、守護者や守衛による奇襲、退路の遮断を防ぐんです」
「さらに遊騎兵ギルドによる任務の調整と、輪と足跡商会による後勤補給を組み合わせる。そうして、もともと危険だった区域を一歩ずつ自分たちの安全圏へ変えていく」
「占領によって得られた資源は、各方面へ還元する報酬にもできます。そのうえで、次の層も同じ方法で少しずつ攻略していく……」
「……以上です。この方法では攻略速度はかなり遅くなります。年単位で考える必要があり、ここにいる皆さんが生きているうちに成功の日を見られない可能性さえある」
「ですが、多くの事故を効果的に防ぐことができます。これは大勢の先人が血と涙で得た教訓です。少なくとも……地潜り虫に地盤を陥没させられたり、大量の鎌蜘蛛から奇襲を受けたりするような事態は、かなり防げるでしょう」
「もちろん、どんな方法を取るにしても、勇敢な先鋒は必要です。その点については、槍と剣と火が我々を失望させることはないと信じています」
アドルフの濁った老眼がシンシアへ向けられる。
ほかの者たちもまた、この専門傭兵団の第二隊隊長を厳粛な表情で見つめた。
彼女と、その傭兵団は――
命を使って、情報を持ち帰ることになる。




