75.会議の結論
「ま、待ってください! 女皇陛下! 私を永遠の命の実験役にしてくださるのではなかったのですか!?」
密かに喜んでいたブルーマの顔色が一変した。慌てて悲鳴を上げ、太った両手を必死に振り回しながら、一斉に押し寄せてきた屈強な女衛兵たちを押し退けようとする。
だが、ブルーマが屈強な女衛兵たちに敵うはずもない。
どうやら彼女たちは以前から、この肥え太った大臣を相当気に入らなかったらしい。命令を執行するついでとばかりに、こっそり何発か拳を叩き込み、足払いまで食らわせる。
そのたびに、ブルーマは豚を絞めるような凄まじい悲鳴を上げた。
宮殿には、その絶叫が響き渡る。
ほかの大臣たちは、引きずられていく太った身体が主座へ向かって何度も泣き叫び、床に血の跡まで残していく様子を見つめながら、背筋に冷たいものを感じていた。
もし先ほど指名されたのが自分だったなら、どうなっていただろう。
誰もが口を閉ざす中、主座に最も近い場所に座る白髪の老宰相だけが、頃合いを見て口を開いた。
「こほん……女皇陛下。永遠の命については、そう急ぐ必要もありますまい。公開しても差し支えないのでしたら、ブルーマにその実験の内容をお話しになってはいかがでしょう。事情を理解すれば、きっと陛下と帝国のため、さらに喜んで力を尽くすことでしょう」
「そ、そうです! 宰相殿のおっしゃる通りです! 私は決して死ぬのが怖いわけではございません! どうか女皇陛下、お許しを……ではなく、どうかご説明を!」
助かる道が見えたブルーマは、すぐさま自分を最も強く殴っていた女衛兵の脚へしがみつき、外へ連れ出されまいと必死になった。
もともと誰も口を挟まなければ、女皇はそのまま内政大臣を交代させるつもりだった。
もう何年も経っている。
かつてのブルーマも、最近は少々不誠実になってきていた。
だが、エブナー宰相が口を開いた。
女皇が政権を握る以前から円卓に席を持っていた老人が止めるつもりなら、彼女もその助け舟に乗り、このまま話を続けることにした。
「ブルーマ。あなたが吊るされた後、死体は海の魔王の霧影の淵へ送ってあげる。あそこで死んだ冒険者は、みんな迷宮の中をさまよう怨霊になるそうよ。そうすれば、あなたは永遠に生き続けられる。素敵でしょう?」
「す、素敵ではございますが……ただ……臣はまだ陛下のお役に立ちとうございます! 永遠の命には興味がございません! もしや……もしや、ほかに興味をお持ちの大臣にお願いしてはいかがでしょう!」
引きずられた末、床にへたり込んでいたブルーマも、ここへ来てようやく女皇が本気で不満を抱いていることを理解した。
長年の付き合いがあるため、本当に吊るされるところまではいかないだろう。だが、内政大臣の地位は確実に危うい。
そこで即座に頭を働かせ、標的をほかへ逸らそうとした。
円卓の大臣たちが床にいる太った男を罵倒するより先に、女皇が口を開く。
「ブルーマの言うことにも一理あるわ。ほかにも永遠の命が欲しい大臣はいる?」
その一言で、今にも罵声を浴びせようとしていた大臣たちは即座に口を閉じた。一斉に俯き、円卓に刻まれた模様を熱心に眺め始める。
女皇が、つい先ほど円卓で露わになった制御の利かない欲望に不快感を抱いていることなど、誰にでも分かっていた。
主座の権威に挑むつもりも、その力もない。
誰もがブルーマのように、何度でも許してもらえるわけではないのだ。
女皇なら、本当に言った通りにする。
ここにいる大臣を生きたまま吊るし、その死体を海の魔王へ送りつけることさえ、本当にやるだろう。
「そう。安心したわ。帝国の大臣たちが、知性種族であることに誇りを持っているようで何より。誰も永遠の命には興味がないのなら、ディアの報告を最後まできちんと聞きなさい」
そう言って、女皇は軽く手を振り、円卓会議を続けるよう促した。
ブルーマもいつの間にか隙を見て自分の席へ戻っていた。
太った顔についた血をさっと拭えば、先ほどまで殴られていたとは思えないほど傷らしい傷は見当たらない。
先ほど脚にしがみつかれていた屈強な女衛兵は、それを見て小さく舌打ちすると、黙って元の位置へ戻り、主座の警護についた。
大臣たちが改めて真剣な顔を取り戻したのを確認し、ディアも報告を続ける。
「一つ目の要点から、逃亡した三人は基本的に全員が悪魔種族へ転化したと判断できます。そうなると、ヴィンセントが第十層の野営地へ潜入した目的も、ある程度推測できます。現在の攻略状況を把握し、迷宮城側に立って帝国の進軍を阻止しようとしていたのでしょう」
先ほどの永遠の命をめぐる騒ぎなど気にも留めず、オーストンは最初から最後まで眉を険しく寄せていた。その結論を聞くと、顔を覆う髭まで一緒に寄ったように見える。
「つまり、あの三人は秘宝を盗んだ指名手配犯というだけではなく、今では迷宮城に協力して帝国と敵対している可能性がある、と?」
その推論と、先ほどディアが説明した内容を合わせ、騎士団総団長はすぐに一つの結論へ辿り着いた。
「なら、皇家冒険団は守衛の暴走で壊滅したのではなく、あの三人が背後で操っていた可能性のほうが高い。そして守衛を操る力を持つ者となれば、迷宮城の主か守護者……」
「はい。秘宝に接触したことで、彼らが迷宮城の主か守護者になった可能性があると考えています。そして、それが事実なら、その秘宝は伝説に残る世界の心である可能性が極めて高い。それも、これまで誰にも発見されたことのない、完全な世界の心です!」
世界の心は、混沌時代末期に生み出された複数分野の魔導技術による産物だった。
その後、その技術は長きにわたり失われ、今では伝説の中にしか残っていない。
かつて存在した世界の心も、主が次々に滅びるか、迷宮城そのものが攻略されたことで、千年以上の時を経た現在ではすべて崩壊している。
今なお完全な状態で稼働する近古の秘宝を、知性種族が発見したという話など一度もなかった。
もしこの驚くべき推測が鋼鉄の玉座や循律の塔へ知られれば、彼らはおそらくあらゆる強硬手段を試し始めるだろう。
前時代の魔導技術が生み出した、最高峰の結晶を手に入れるために。
予想通り、その推論は再び円卓に大きな波紋を広げた。ただし今回は、大臣たちもうまく感情を隠した。少なくとも表面上、取り乱した様子を見せる者はいない。
女皇は、同じことで二度も機会を与えてはくれない。
事態の重大さと、女皇がこれほど厳しい態度を取る理由を理解したオーストンは、改めて三人の資料を手に取った。
今度は、先ほどよりもさらに詳しく目を通していく。
だが、知れば知るほど、その心は重くなった。
これまで最も注目されていたヴィンセントは、実のところ、この時代には珍しくもない流浪の孤児にすぎない。
特に数十年前の血染めの薔薇事件以降、そのような子供は各地に溢れており、何も特別ではなかった。
まだ人間だった頃も、戦闘能力が堅実であることを除けば、それほど際立った人物ではない。特徴といえば、寡黙で、口にしたことは必ず実行するという程度だった。
だが、残る二人はまるで違う。
ドロシーは成長する過程で、各地の勢力や集団の憎悪を直接、あるいは間接的に何度も煽り立て、大規模な死傷者を出す武力衝突を引き起こしていた。
しかも本人は、そうした血なまぐさい殺戮を心から楽しんでいる。
何度か失敗して正体を見破られたり、捕らえられたりしたこともあった。
だが、そのたびに名もなき神霊を信仰する教派に属する、ボーウェンという老神官が奔走して彼女を救い出している。
その後のドロシーは回を重ねるごとに狡猾さを増し、今では罪の証拠を掴むことすら難しくなっていた。
一方、エリカは遥かに単純だった。
行動には彼女なりの基準がある。
その一線を越えた者は――死ぬ。
そして、その「一線」は時にも、場所にも、相手にも、情勢にも左右されない。
ただ、彼女の心の中にのみ存在する。
幼い頃から古傷を抱えていながら、相手が強大な権力や勢力であろうと、自分の一線を越えた者には一度たりとも頭を下げなかった。
そのために幾度となく苦しみ、排斥も受けている。
老神官ボーウェンが必死に陰から守っていなければ、とうの昔に荒野で命を落としていただろう。
逆に、エリカから一線を越えたと見なされた者の多くは、その場で斬り殺されるか、ある日突然、夜の闇の中で不可解な死を遂げていた。
その死の宣告が即座に実行されるとは限らない。
だが、一度刻まれた相手の名は、決して彼女の心から消えない。
各国の法律や規則も、彼女にとっては従うべきものではなく、利用できる道具でしかない。一般的な倫理観や道徳観さえ、彼女を縛ることはできない。
そのことは、最近カンダベスで死亡した商人の一件を見ても明らかだった。
「ディア監察使。この報告には、ヴィンセントは孤児でほとんど何のしがらみもないとある。しかしエリカとドロシーは、一人の老神官に育てられ、その人物は従男爵だった頃にもカンダベスの管理を補佐していたとある。この、名もなき神霊の教派に属する老神官は今どこにいる?」
三人には外の世界にほとんどしがらみがなく、手を出せる場所がない。唯一の可能性に気づいたオーストンは、すぐに尋ねた。
帝国首都の高みに座る者たちの中から、ようやく一人、辺境で起きている問題の核心に気づいた者が現れた。
問われたディアは顔を曇らせる。
「以前、希望町でその老神官を見たという者がいます。三人について各所で聞き回っていたため、当時の後勤組員が不審に思い、すぐ追いかけて事情を確認しようとしました。しかし、それ以降は誰も彼を見ていません。非常に狡猾な老神官です」
「四正教のほうは?」
今度はエブナーが尋ねた。顔を上げることもなく、手にした分厚い報告書を読み続けている。
老宰相を相手にすると、ディアの態度には明らかに敬意が増した。
「はい。女皇陛下の許可を得て、四正教へ書簡を送っています。ですが先方は、名もなき神霊を信仰する教派は地方の小さな教派にすぎず、自分たちの管轄ではないことを理由に、明確な回答を避けました」
「調査に協力するため人を派遣するとは返答がありましたが、現在までその神官に関する情報は届いていません」
死亡峡谷の迷宮城攻略は、ここまで来て蒼藍帝国にとって極めて厄介な難題へと変わっていた。
地形と環境が特殊なため、成功率を度外視したとしても、飛空艇を強引に投入するには費用が高すぎる。帝国のほかの騎士団も、迷宮城攻略を得意としてはいない。
すべての戦力を投入したところで、良い結果になるとは限らなかった。そんなやり方は、現実的ではない。
だが、蒼藍帝国には攻略をそのまま諦めることもできなかった。
帝国監察使ディアの推測が事実なら、混沌時代から衰退を続けてきた悪魔種族の中から、新たな魔王が誕生しようとしている――あるいは目覚めようとしていることになる。
しかも、人間から転化した魔王である可能性すらある。
その領地は、帝国の辺境に存在している。帝国の安全そのものが脅かされていた。
それだけではない。
近年、希望町は急速に発展している。
そこで発見された特産資源の黒泥は、帝国に少なくない利益をもたらし、大量の商人や冒険者まで呼び込んでいた。
周辺に広がる未開拓の荒野や、そこに生息する魔獣にも高い価値がある。
簡単に手放せる場所ではない。
さらに、地の魔王の生体迷宮も神々の国の領内に存在している。
だが、長年にわたり両者の間で大きな衝突や暴動は起きていない。
むしろ、その迷宮城では長年にわたり攻略が続けられているため、周辺には大量の冒険者や関係者が集まり、いくつもの新興都市が生まれ、交易も活発になっていた。
加えて、悪魔種族の多くは領地から自由に離れられない。神々の国にとって、生体迷宮は危険よりも遥かに大きな価値をもたらしていると言ってよかった。
ただし、死亡峡谷は事情が違う。
内部の現状は分からない。
本当に魔王が存在するのか、存在するとして何を考えているのかも、誰にも分からない。
さらに大きな危険や死傷者を生み出すのかどうかも予測できず、四大騎士団を永遠に希望町へ駐留させ、迷宮城を監視させ続けるわけにもいかない。
そしてもう一つ。
ヴィンセントが見せた血族の天賦は、知性種族にとってあまりにも大きな脅威だった。蒼藍帝国は、悪魔種族が悪意ある行動を取らないことだけを願い、それにすべてを委ねるわけにはいかない。
そうした数多くの要因が重なった結果、今の進むことも退くことも難しい状況が生まれていた。
「おおよその状況は以上よ。それが今回、私が円卓会議を開いた理由でもある。大臣たち、何か良い意見はある?」
全員が事情をほぼ理解したのを確認し、女皇が尋ねた。
「帝国は希望町から撤退し、辺境を封鎖するべきです。そして各騎士団に交代で監視させるべきでしょう」
「いや、これは好機だ! 神々の国は生体迷宮が大量の冒険者や商人を引き寄せているからこそ、帝国のように大勢の兵士を犠牲にして荒野を開拓する必要もなく、それでいて我々に劣らぬ繁栄を手にしている!」
「三大魔王が姿を見せた記録は、すでに百年以上ない。現在の環境が悪魔種族の生存に適していないことも、循律の塔がとっくに調査済みだ。だからこそ、奴らは迷宮城に籠もったまま出てこない。神々の国もそれを利用して発展できた。だが、新しい魔王まで同じだと断言できるのか?」
「辺境には希望町があることを忘れるな。希望町だぞ! あの町が発展を始めてから、まだわずかな時間しか経っていない。それでも税収はすでに帝国内の多くの中小都市を上回っている。まして黒泥はいまや戦略的価値を持つ素材だ。我々が全力で封鎖したところで、鋼鉄の玉座や循律の塔は自分たちで強引に採掘へ向かうだろう。それなら、なぜこちらが有効に利用しない?」
次々と飛び交う議論の声が、宮殿の大広間に響く。
蒼藍帝国の円卓会議とは、もともとこういう場所だった。
女皇自身がかつて言っている。
真に帝国のためを思って発言するのであれば、この場では誰もが自由に意見を述べていい、と。
だから彼女は、ただ静かに騒がしい議論を見守っていた。
しばらくして、大臣たちの意見がようやく一つにまとまった。
宰相エブナーが立ち上がり、代表して報告する。
「女皇陛下。現在の情勢を総合し、我々は死亡峡谷の迷宮城を開放し、各地の冒険者や傭兵団を広く募集するよう命じていただきたいと考えております。皇家冒険団を失った今、帝国に単独で攻略を続ける力はありません。また、四大騎士団の戦力も、このような場所へ投入するには適しておりません」
「いいでしょう」
「加えて、鋼鉄の玉座と循律の塔からの要請も受け入れていただきたい。彼らが天象異変の研究に興味を持ち、黒泥も長期的に必要としているのであれば、帝国は友人たちの来訪を歓迎すればよい。我々は傍らから見守り、最後に成果の一部を受け取ればいいのです」
「いいでしょう」
「ヴィンセントたち三人と世界の心に関する推測については、すでに様々な噂や情報が広まり始めています。しかし民衆がすべての真相を知るまでは、可能な限り情報を封鎖し、人心が不安定になるのを避けるべきでしょう。同時に、専門の部隊を設け、あの疑わしい老神官の行方を追わせるべきです」
少し考え、エブナーはさらに言葉を付け加えた。
「事実が自分たちのすぐそばで起きれば、人はそこに自分を重ね、強く心を揺さぶられます。しかし事実が遠い伝説の中にしか存在しないのなら、人はただの物語として受け止めるものです」
女皇はしばらく考え、軽く頷いた。
「いいでしょう」
「最後に。帝国の強大さは、必ずしも命を積み上げることで築かなければならないものではありません。我々も危機を好機へ変える方法を学ぶべきです」
「そろそろ拡張の歩みを止め、別の進み方を試してもよい頃かもしれません。領内の発展に力を注ぎ、希望町が本当の意味で『希望』となる機会を与えるのです。生体迷宮の近くにある湖水城のように」
最後の一節は、会議でまとまった結論ではない。エブナーが自分の考えとして付け加えたものだった。
それを聞き、大臣たちは揃って冷や汗を流した。
血染めの薔薇事件が起きたからこそ、女皇には帝位へ就く機会が生まれた。 そして彼女がこれまで帝国の力と領土を必死に拡大し続けてきたのは、すべての残党を滅ぼすためだった。
その女皇に対し、宰相は今――歩みを止めるよう求めたのだ。
宮殿の大広間は、長い沈黙に包まれた。
やがて、冷ややかな声が一つだけ響く。
「いいでしょう」




