74.円卓
帝国首都バランド、皇宮。
会議の円卓には、再び人が揃っていた。
ただ一つ以前と違うのは、皇家冒険団の責任者が座る席が空いていることだった。皇家冒険団はすでにほぼ壊滅し、各地に残っていた少数の後勤組員しか生き残っていない。
今回の総攻略作戦では、招集された冒険者も含め、死亡峡谷に投入された数千人が全員死亡した。
これは、この十年で知性種族が経験した中でも最悪級の大敗だった。
各国や各勢力は揃って驚愕し、衝撃を受けた。同規模の大事件が最後に起きたのは、鋼鉄の玉座が荒野を開拓していた際、偶然にも邪悪体の王国と遭遇した時まで遡る。
だが、あれはもはや邪悪体の王国との戦争と言っていいものだった。
今回のこれは、ただの攻略だ。
本来なら、さほど特別でもないはずの迷宮城攻略にすぎなかった。しかも、主も守護者も存在しないと思われていた迷宮城で、数千人規模の部隊が一夜にして壊滅したのである。
その知らせが各地へ伝わった時、すぐに事実だと信じられた者などほとんどいなかった。
中でも、これまで独力での攻略にこだわってきた蒼藍帝国にとって、その衝撃は大きい。
女皇が政権を掌握し、帝国を大きく発展させてきたこの数十年の間でも、数えるほどしかない全面的な敗北の一つだった。
円卓に座る大臣たちは、一人残らず緊張していた。
「ディア。最初の攻略から、あなたはずっと辺境にいて一部始終を見てきた。大臣たちにあなたの考えを説明して。それと、皇家冒険団がなぜ敗れたのかも」
女皇は変わらず主座に腰掛けていた。
これほどの結果を前にしても、その口調は落ち着き払い、まるで何事も起きていないかのようだった。
それがかえって、周囲をぞっとさせる。
円卓の末席にいた帝国監察使ディアは、名を呼ばれるとすぐに立ち上がり、返事をした。
もともと陰鬱だった痩せた顔は、今ではさらに暗く沈んでいる。以前はやや甲高かった声まで掠れており、このところ相当な重圧を受けていたことが窺えた。
「事が起きたのは、およそ一か月前です。迷宮城内の守衛が突如として暴走し、大量の鎌蜘蛛と地潜り虫がまず死亡峡谷外の前線拠点を襲撃しました」
「拠点と人員を完全に呑み込んだ後、幸運にも逃げ延びた生存者が、守衛たちが最後には統制された動きで死亡峡谷内へ撤収していくのを確認しています。それ以降……迷宮城から戻ってきた者は一人もいません」
「現在は殲滅騎士団が希望町の防衛を正式に引き継ぎ、死亡峡谷の外にも新たな前線拠点を設置しています。迷宮城から十分に距離を取り、昼夜を問わず監視を続け、次の暴走に備えています」
そこでディアは一度言葉を切った。
表情は重く、声もますます沈み、皇宮の中へ低く響く。
「しかし……私個人の判断では、これは偶発的な守衛の暴走ではありません」
「迷宮城に突然、新たな主か守護者が現れた。そのため皇家冒険団は何の備えもないまま全滅したのだと考えています」
逞しい体格に粗野な顔立ちを持ち、今では顎を一周するほど立派な髭を蓄えているオーストンが口を開いた。
「最初に探索組が持ち帰った資料では、あれは長い間失われていた迷宮城だとはっきり示されている。その後、順調に攻略が進んだことからも、主や守護者はとうの昔に消えていると考えられていた。何を根拠にその判断をした?」
階級も地位も遥かに上の騎士団総団長から問われても、ディアは動揺しなかった。
帝国監察使の上司は、ただ一人。
女皇だけだった。
「皆様も、天象異変のことは覚えておられるはずです。知性時代が始まって以来、一度として記録のない神秘的な異変でした」
出席者たちは口を挟まず、ただ頷いた。
ディアは続ける。
「奇妙な現象が起きれば、往々にして常識では考えられない結果を伴います。そしてその後、私たちは一つの事実を確認しました。従男爵だったヴィンセントが人間から悪魔へ変わり、しかも長らく姿を消していた血族になった」
「では……二度目の天象異変は?」
「彼の妻、あるいは妻の妹も悪魔になったのではないでしょうか。あるいは、この迷宮城固有の機構に何らかの変化を引き起こしたのかもしれない。さらには、迷宮城の主や守護者を目覚めさせた可能性すらあります」
「証拠は?」
オーストンが再び尋ねた。
今度は、その表情もいっそう険しい。
ディアは扉の外に控えていた従者を呼び、一束の書類を円卓の大臣たちへ配らせた。
「皆様、ご覧ください。皇家冒険団壊滅後、希望町で発生した異常な出来事を、私が改めてすべて洗い直した資料です」
オーストンが資料を手に取る。
最初に載っていたのは、ヴィンセントの肖像画だった。
その下には個人情報、冒険者としての経歴、さらには領地の村人たちが抱いていた印象までが細かく記されている。過去に共に任務へ参加した者や、面識のある者から集めた証言まで揃っており、極めて詳細だった。
「資料から見る限り、この人物は人付き合いを苦手とし、行動は直接的で、目的も単純な冒険者です。そして蒼藍帝国へ来てからは、その目的が一つしかなかったことも明白です」
「世襲爵位を手に入れ、妻と共に領地で穏やかに暮らすこと」
「ところが、この反逆者は血族へ転化した後、身を隠して完全に姿を消す道を選びませんでした。危険を冒して帝国へ戻り、妻と妻の妹を連れ出したのです」
「さらに正体が露見した後には、理由は分かりませんが、迷宮城第十層の野営地へ潜入しています。光騎士が異変を敏感に察知しなければ、私たちはその事実すら知ることができなかったでしょう」
大臣たちの顔色が悪くなる。
とりわけオーストンは険しい顔をしていた。
姿を消すこの天賦を、蒼藍帝国は非常に警戒している。
どんな場所にも、どんな人物の傍にも、それを見破り、防ぐ手段が備えられているわけではない。
もしヴィンセントがバランドへの潜入を望んだなら、正面から戦えば捕縛、あるいは殺害できたとしても、その前に首都や帝国の要人たちが甚大な被害を受ける可能性が高い。
「今の話には、二つの重要な点があります」
「一つ目は、妻と妻の妹を連れ出した意図です。血族は人間の姿を保つ能力を持っています。彼はそのまま潜伏を続けることもできた。帝国から指名手配される危険を冒して逃亡する必要などありませんでした」
「場合によっては、秘密そのものが露見しなかった可能性さえあります。皆様に理解していただきたいのは、あの時点のヴィンセントは、我々がすでに彼を疑っていたことをまったく知らなかったという点です」
「したがって私は、最初の天象異変を引き起こしたのはヴィンセントであり、その異変によって彼は血族へ転化したのだと判断しています」
「さらに……二度目の天象異変も、彼の妻が同じく転化したことで起きた可能性が高い!」
「なぜ妻の妹ではなく妻なのかについては、エリカに関する報告をご覧ください。彼女は幼い頃、繁……の幼娼収容所で虐待を受け、重傷を負っています。冒険者になってからも古傷の影響で優れた実績を残せませんでした。ですから、二度目に転化したのは彼女である可能性が高い」
危うく、あの禁忌の名を資料のまま口にするところだった。
我に返ったディアの背中を冷汗が伝う。慎重に主座の女皇を窺ったが、特に変わった様子は見えない。
それでも、もうその件に触れる勇気はなく、急いで簡単に話を終わらせた。
「ただし、現在まで三度目の天象異変は起きていません。ヴィンセントの妻の妹が今どうなっているのかは分かりません。必要であれば、循律の塔の魔法師に調査協力を求めるべきかと……」
天象異変がもたらした現象は、あまりにも不可思議だった。
人間が悪魔種族へ転化する。
しかも、それが短期間に繰り返し起きた。つまり、この驚くべき現象には再現性がある可能性を示している。
知性種族ではなくなるという欠点はある。それでも強大な力を得て、長命となり、計り知れない能力まで手にできる。
それを聞いて、心を動かされない者のほうが少ない。
円卓に座る大臣たちの多くも、内心では様々な思惑を巡らせていた。
そのせいでディアの続く報告すら耳に入らなくなり、低い声で囁き合う者まで現れ始める。
会議が乱れ始めたことに、ディアは眉をひそめた。だが、彼の立場で円卓の大臣たちを咎めるわけにはいかない。
宰相と総団長もそれぞれ考え込み、資料を読み込んでいる。
しばらくの間、円卓はざわめきに包まれた。
その混乱の最中。
不意に、主座の女皇が口を開いた。
「死亡峡谷にある、転化の代償すら分からない方法より、私には確実に永遠の命を得られる方法がある。愛する大臣たち、知りたい?」
ディアはただちに説明を止めた。
大臣たちも我に返り、広間は一瞬で静まり返る。
「どうしたの? 愛する大臣たちは、さっきまでずいぶん興味がありそうだった。私から説明してほしくない?」
主座から、女皇の冷たい視線が円卓をゆっくりと掃いていく。
最後に止まったのは、見慣れた内政大臣だった。
「ブルーマ。懐智派を作ったのは、無上の秘宝と永遠の命を求めるためだったでしょう。知りたくない?」
「い、いえいえ! 臣にも興味はございますが、それは陛下のために……どうにかして集めようと考えていただけでして! 女皇陛下がすでに方法をご存じなら、もちろん陛下だけがご存じであれば十分です!」
汗を拭いながら太った腹を撫でるブルーマは、最近なぜか自分ばかり名指しされる気がしてならなかった。
そのせいで、少し痩せたような気さえしている。
「でも、成功率はほぼ完璧。最後の段階を試すために、帝国へ忠誠を尽くす臣下が一人必要なの」
「そこまで忠義があるなら、あなたが試験役になればいい。成功すれば、永遠に生きられる」
「ブルーマ。まさか断ったりしないでしょう?」
成功率は、ほぼ完璧。
女皇は嘘をつかない。
少なくとも、彼ら大臣に対して嘘をついたことはなかった。
その言葉に、ブルーマの貪欲な心が大きく揺れる。肥満で細く見えていた両目を大きく見開き、勢いよく円卓を叩いて立ち上がった。
「女皇陛下のお役に立てるとは、臣の光栄でございます!」
その返事に満足そうに頷き、女皇は両手を軽く打ち合わせた。
そして命じる。
「衛兵。内政大臣を引きずり出して、絞首刑にしなさい。見せしめにする」




