64.推測
沈黙ほど重苦しいものはない。ましてや、数百人もの人間が日の差さない薄暗い洞窟の中に留まり続けているのだ。
時間が経つにつれ、皇家冒険団や冒険者の中でも精鋭と呼ばれる者たちでさえ、不安を覚え始めていた。
人々の動揺が次第に大きくなる中、皆の視線を集めていた老バダがようやく立ち上がり、ログラムのもとへ歩み寄って何事かを小声で告げた。
ほどなくして数人の魔法使いと神官が呼び集められ、幾重もの遮断結界が展開される。老バダたちと皇家冒険団の指揮官たちは、その内側へ完全に覆い隠され、外部から術法で内部の様子を窺うことも困難になった。
「老バダさん、何か分かったのですか?」
ログラムが険しい顔で低く尋ねた。
すべてが、この伝説的な老冒険者の考えすぎであってほしい。だが同時に、世の中はそう都合よくはいかないことも分かっていた。
老バダは煙管を返して軽く叩き、中で燃え尽きていた煙草の残りを灰にして落とした。考え込みすぎたためか、その老いた顔は少し青ざめている。
掠れた声で言った。
「俺の考え違いならいいんだが……俺たちはもう、罠の中に踏み込んでいるはずだ」
攻略組と探索組の正副組長たちは、それを聞いて揃って困惑した。
数百人で進んでいただけなのに、なぜ突然、罠に嵌まったという話になるのか。
しかも、ここはすでに制圧を終えた第五層の迷宮だ。最前線となっている第十層までは、まだ距離がある。
彼らは不満を隠しきれず、この老冒険者の判断を疑い始めた。
だがログラムは、部下たちのように露骨な疑念を見せなかった。待っている間、彼自身もさまざまな可能性を考えていたからだ。
そこで単刀直入に問いかける。
「この迷宮城に『守護者』が現れた、とお考えなのですね?」
老バダは何も答えなかった。
最初はどこか躊躇っているようだったが、やがて小さく頷いた。
その様子を見たミユナは、重苦しい圧力に耐えきれなくなったのか、思わず声を上げた。
「先生、守護者って……守護者は迷宮城に主がいる時に存在するものじゃないんですか!? この迷宮城には主がいないはずでしょう!」
荒廃した環境、統率を欠いて散漫に動く守衛、ほとんど変化していない危険度。どれを取っても、この迷宮城に主が存在しないことを裏付けている。
皇家冒険団も事前に十分な調査を行っていた。自分たちの命が懸かっている以上、そこを疎かにするはずがなかった。
守護者は、魔獣や邪悪体のような普通の守衛とは異なる。
通常は迷宮城の主に仕える眷属がその役目を担い、知性を備え、迷宮城の権限をある程度行使できる存在だった。
さらには三大迷宮城ともなれば、守護者が支配する区域は一般的な迷宮城の主にも劣らないほど広大で、その力も強大、なおかつ狡猾だ。
攻略する側にとっては、最も厄介な存在の一つである。
なぜなら、守護者がいるということは――迷宮城で起きるあらゆる変化が、予測し難いものになるということだからだ。
「この死亡峡谷では、もう俺たちの予想を外れることがあまりにも多く起きている」
「迷宮城の主は死んでいたんじゃなく、眠りについていただけで、二度の天象異変で目覚めたのかもしれない」
「ヴィンセントが未知の秘宝の力で守護者に変えられたのかもしれない」
「ここの守衛の中から、想像もつかない特殊な個体が進化して生まれたのかもしれない」
老バダが次々と繰り出す根拠のない仮説に、攻略組の組長の一人がとうとう黙っていられなくなった。
とはいえ、新任団長がこの老冒険者を重んじていることもあり、言葉を選びながら問題点を指摘する。
「老バダさん、姿すら見ていない地潜り虫が一匹動いたというだけで、そこまで考えるのは少々飛躍しすぎではありませんか」
「あなたより冒険者としての経験が浅いことは認めますが、今おっしゃった可能性は、我々はもちろん、帝国ですら聞いたことがありません。もしかすると……先ほどの騒ぎも、ただの偶然だったのでは?」
ログラムは部下の発言を止めなかった。
老バダの話があまりにも突飛なのは事実だ。
この程度の推測だけで、迷宮城内にいる数千人もの大部隊を進退させるわけにはいかない。
だが皆の予想に反して、老バダは反論せず頷いた。
そして再び煙管に火を入れると、残っている煙草をすべて吸い尽くすつもりなのか、立て続けに深く吸い込んでいく。
吐き出した煙に顔を霞ませながら言った。
「言ってることはもっともだ。なら、一つ確かめる方法がある」
ようやく少しばかり重苦しくない答えを聞けたことで、先ほど質問した攻略組の組長も表情を緩めた。
「聞かせてください。すぐに人を出して確認させます」
「悪いが、空中の石道へ人を送って、全面緊急撤退を示す信号煙を上げてくれ」
皇家冒険団が使用する信号煙には、いくつもの種類がある。
その中でも全面緊急撤退は、一度発せられれば迷宮城内部の全員がただちに撤退しなければならない最上級の緊急命令だった。
すでに占拠した階層も、苦労して築き上げた野営地もすべて放棄する。
つまり攻略の進捗は、まだ何一つ攻略できていなかった当初の状態まで完全に後退することになる。
この数か月に費やされた努力も犠牲も、すべて無駄になる。
さらに状況次第では、死亡峡谷の外にある前線拠点まで放棄しなければならない。まさしく生死の瀬戸際でのみ発令される命令だ。
あまりにも極端な確認方法に、攻略組の組長は思わず固まり、団長へ視線を向けるしかなかった。
ログラムはしばらく迷ったあと、頷いた。
ただし、そのまま実行させることはしなかった。
「後方部隊と各野営地には、これから緊急時を想定した試験を行うと伝えてください。そのうえで人を向かわせ、信号煙を上げる動作だけを行わせます。目的は、守護者が本当に存在しているのかを確かめることです」
「空中の石道は我々の制圧区域ではない。守護者なら、与えられた迷宮城の権限によって侵入者の動きを窺えるはずです」
そこまで言うと、新任団長は老冒険者へ一度目を向け、改めて一同に命令を下した。
「この迷宮城はすでに長い間衰退しています。たとえ守護者が本当に存在していようとも、数千人の兵力と万全の編成を備えた我々皇家冒険団なら対処できます」
「起こるかどうかも分からない事態を恐れ、自ら隊列を乱すことのないように。全員と雇い入れた冒険者たちへ、いつでも戦えるよう準備させてください。攻略はまだ初日です。女皇陛下を失望させるな!」
「はっ、団長!!」
数十人の指揮官が一斉に声を張り上げた。
その様子を見て、老バダの煙管を握る手が、誰にも気づかれないほどわずかに震えた。
やはり自分の見立ては間違っていなかった。
新任団長は、蒼藍帝国のためなら冒険者たちの命を切り捨てられる人間だ。
おそらく――自分自身の命さえも。
先ほど疑問を呈した攻略組の組長は命令を受けると、ただちに伝令を各所へ走らせ、小隊を空中の石道へ派遣して信号煙を上げる準備をさせた。
あとは結果を待つだけだ。
「老バダさん、確認にはまだ少し時間がかかります。その間に、あなたの考えを聞かせてもらえますか。どうして守護者がいると判断したのです?」
先ほど部下たちを鼓舞したからといって、ログラムは決して油断していなかった。改めて詳しく問いかける。
傍らのミユナは、すでにひどく怯えていた。
結局のところ、彼女は特別な実力を持つわけでもない、ごく普通の冒険者にすぎない。老バダについてくると意地を張ったことさえ後悔し始め、今となってはどちらを信じればいいのかも分からなくなっていた。
不安に駆られたまま老冒険者の近くへ寄り、恐怖を必死に押し殺して続きを聞く。
「一つ目。環境の変化だ」
「ここへ来るまで、地上の巨大宮殿だけじゃない。各層の迷宮でも、もともと棲んでいた生き物がほとんど姿を消している。皇家冒険団がすでにかなりの人数を送り込んでいるとはいえ、各階層の洞窟の広さに比べれば大した数じゃない。それだけで、こんな短期間に生態系が変わるとは考えにくい」
「なら、もともと棲んでいた生き物たちが何かに怯え、普段の縄張りにさえいられなくなった可能性が高い」
「二つ目。鎌蜘蛛だ」
「今回、空中の石道を通過した時、奴らの攻撃頻度も規模も報告よりずっと小さかった。表向きには、こっちの人数が以前よりはるかに多く、誘い出して処理する方法も上手くいったからだと考えられる。だが俺には、何者かがわざと俺たちを中へ通したように感じる」
「三つ目。ヴィンセント」
「悪魔へ変わったあの人間も、エリカも、ドロシーも、いまだに一度も姿を現していない。前にも言ったが、単に居場所を隠したいだけなら、以前わざわざ危険を冒して第十層の野営地へ潜り込む必要はなかった。つまり三人は、必ず何かを企んでいる」
「四つ目。地潜り虫」
「第一層で鎌蜘蛛への対処法を決めて実行したあと、それほど経たないうちに地潜り虫が動いた。それも、こちらに気づかれて構わないと言わんばかりに大きな揺れを起こしてな」
「なら、隠れている敵が空中の石道での戦況を監視していて、鎌蜘蛛を消耗させる作戦を続けさせないため、正式に攻撃を始めることを決めた可能性がある」
四つの理由。
どれも一つ一つ聞けば、それなりに筋が通っている。
だが攻略組の組長には、それでも突飛な想像にしか思えなかった。決定的な証拠は何一つない。
ほとんどすべて、老冒険者一人がわずかな異変を拾い集め、繋ぎ合わせた結果にすぎなかった。
「老バダさん、我々も慎重さを軽視しているわけではありません。しかし、どれもそこまで異常と呼べる現象ではない。あなたの話のように繋げて考えれば、確かに恐ろしい結論にはなります」
「ですが、それだけで皇家冒険団に、この数か月積み重ねてきた犠牲と成果をすべて捨てろというのは……やはり納得し難いものがあります」
攻略組の組長の言葉に、何人もの者が頷いた。
迷宮城とは、そもそも未知の場所だ。
自分たちがまだ把握できていない法則があるのかもしれないし、多少の異変が起きたところで珍しいことではない。
その程度で毎回大騒ぎして全面撤退していては、迷宮城など攻略できるはずがなかった。
一方、ログラムは信じるとも信じないとも言わない。いつも通りの厳格な表情のまま、ただ尋ねた。
「もう少し詳しく説明していただけますか?」
外部を遮断した結界の中には、煙管から吐かれた灰白色の煙が漂っていた。
なぜか。
次々と質問を浴びせられる中、老バダの脳裏に、あの夜の野営地で見た光景が不意に蘇った。
丸太の山に自分と並んで座り、同じように煙を吸っていた、金髪に褐色の肌を持つ女。
エリカ。
一瞬、老バダの意識が遠のいた。
やがて我に返ると、質問に答えた。
「俺の最初の推測では、二度の天象異変のあと、迷宮城の主か守護者が目を覚ました可能性がある」
「そう考えた理由は、鎌蜘蛛が空中の石道を頻繁に襲うようになった時期も、だいたいそこからだからだ。今になって考えると、これはかなり怪しい」
「そして目覚めた迷宮城の主か守護者は、以前ヴィンセントが第十層まで潜り込んで偵察したことで、こちらの状況をすでに把握している。その後、戦力をまとめて一つの計画を立てた」
老バダは一度言葉を切った。
「――まだ状況が変わったことに気づいていない皇家冒険団を、一人残らず消すつもりだったんだ」
その推測に、驚く者、戸惑う者、不安を覚える者、そして密かに鼻で笑う者までいた。
反論しようとする者も何人かいたが、ログラムがすぐに手を上げて止める。
ここまで来ると、彼自身も内心では動揺し始めていた。
もし老バダの推測が正しければ、現在の状況は本当に危険だ。
老バダは一同の反応など気にせず、話を続けた。
「敵が最初に考えていたのは、鎌蜘蛛に後方を襲わせて表向きの脅威にし、こっちの神経と戦力を少しずつ削る」
「その一方で、裏では数千人いる部隊を分断し、一つずつ潰していくことだったはずだ。皇家冒険団に壊滅的な被害を与えるか、できるなら全滅させて、今後迷宮城を攻略される危険そのものを消す」
根拠が十分にある推測とは言い難い。
だがもし老バダ自身が裏で糸を引く立場なら、そうする。
「だが、その計画はさっき鎌蜘蛛への対処法を実行した時点で、おそらく捨てられた。鎌蜘蛛のほうが逆に消耗させられるのを避けるため、敵は迷わず即座に動くことを決めた。それが、さっき俺たちが感じた地潜り虫の異変だろう」
「敵は力押しに切り替え、迷宮城へ入った皇家冒険団を一気に全滅させるつもりなんだ」
「そうでなければ、奇襲はもっと密かに行うはずだ。異変そのものを、こちらに気づかせる理由がない」
そこまで言ったところで、老バダは再び煙管が空になっていることに気づいた。
説明を止め、懐の煙草入れを触る。
手に伝わる軽さから、残りがほとんどないことが分かった。
少し考えた末、それ以上は使わず取っておくことにした。あとで、必要になるかもしれない。
「残りの推測は、信号煙を上げられるかどうか確認してから話そう」
重苦しい話を聞かされた一同の顔色は、誰もが冴えなかった。だが反対する者はいない。
老冒険者がどれほどもっともらしい話をしても、予想が外れていれば所詮は空想にすぎない。
結界内にいる指揮官たちは、数々の冒険や任務を潜り抜けてきた精鋭ばかりだ。ほどなくして気持ちを切り替え、重圧を振り払い、静かに結果を待った。
ただ一人、ミユナだけは不安をさらに募らせていた。
老バダの話があまりにも真に迫っていたからなのか。
恐怖を浮かべながら、何か悪いことが今にも起こりそうな気がしてならなかった。
ほどなくして、結界を維持していた魔法使いの一人が伝令を受け取った。
その顔色が一変する。
「団長! 信号煙を上げに向かった小隊が戻りました! 空中の……空中の石道が、数えきれないほどの鎌蜘蛛に完全に占拠されています!」
推測が――現実になった。
もはや、結果が意味するところを説明する必要はなかった。
皇家冒険団の者たちも、別の可能性をいくつも挙げることはできる。ただの鎌蜘蛛の異常行動だったのかもしれない、と考えることだってできる。
だが、偶然があまりにも重なれば、それは必然と変わらない。
自分の命を偶然に預けるくらいなら、自らの手でしっかり握っておくべきだ。
大勢の部下を前にしても、悪報を受けたログラムは取り乱さなかった。
ただ、その表情はさらに重くなっていた。低い声で尋ねる。
「老バダさん……このあと、何が起こります?」
「このあとは、敵が俺たちを消す方法だ」
報告を聞いた老バダは、深く眉を寄せた。
できることなら、自分の推測などただの笑い話であってほしかった。
これほど大きな危機に陥ったのは、長い冒険者人生でも二度目だ。
前回は、生体迷宮の第十三層だった。
だが周囲を見回しても、今そばにいるのは、かつて長く行動を共にした信頼できる仲間たちではない。
この瞬間、老バダは槍と剣と火の後輩たちや子供たちをひどく懐かしく思った。
とはいえ、感傷に浸ったのは一瞬だけだった。
老冒険者はすぐに頭を切り替える。
「迷宮城の主か守護者が存在していると確定した以上、守衛の縄張りに関する規則なんて、ほとんど意味がなくなる。奴らが今すぐ攻撃してこない理由はいくつか考えられる」
「一つ。敵は俺たちを全滅させられる自信がある。だから存在に気づかれたところで、急いで攻める必要がない」
「二つ。空中の石道を押さえられた以上、突破できなければ数日もしないうちに食糧が尽きる。そうなれば内部で勝手に問題が起こる。敵は、こっちが自分たちで消耗するのを待っているのかもしれない」
「特に雇われた冒険者たちは、確実に死ぬと分かって何の抵抗もしないはずがない」
「三つ。今、大勢の精鋭が集まっているのは第五層、つまり俺たちがいる場所だけだ。ほかの九層は、ほとんどが通常の野営地と後方支援の配置にすぎない。敵はすでに、そっちを一つずつ潰している可能性がある。そして最後に戦力を集め、ここを全力で叩く」
「この先、第五層がいつまで経っても襲われないなら……その可能性はかなり高い」
そこまで話すと、老バダ自身も言葉を続けるのが辛くなったのか、ひどく険しい表情になり、火の消えた煙管を何度も吸うだけになった。
死という結末が見えているかのような重い答えに、かえって誰も何も言えなくなった。
最後に、ログラムが苦しげに口を開く。
「老バダさん……逃げる……いえ、ここを離れる方法はありますか?」
老バダは無意識に煙草入れを開けた。
わずかしか残っていない中身を見て、一瞬きょとんとする。
先ほど確認したばかりだったことまで忘れていたらしい。
残念そうに蓋を閉じ、煙管を掃除しながら答えた。
「ない。信号煙すら上げられないなら、少なくとも俺たちにはもう方法がない」
「今、唯一期待できるのは、死亡峡谷の外にある前線拠点だ。あそこは各迷宮階層と毎日連絡を取っている。もし留守を預かっている連中が『今』すでに異常に気づき、すぐ殲滅騎士団へ知らせて強行突入してもらえれば、まだ少しは望みがある」
そこまで聞き、一同の中に希望が灯った。
しかし老バダはすぐに言葉を継ぎ、その希望を再び消し去った。
「ただ……もし俺が敵なら、今ごろ前線拠点はすでに激しい攻撃を受けている。いや、皇家冒険団の中で真っ先に潰す場所にするだろう。何一つ機会を残さないためにな」
「それに、仮に殲滅騎士団へ本当に知らせが届いたとしても――同じ蒼藍帝国に属する皇家冒険団のあんたたちなら分かるはずだ。あいつらが、ここへ入って人を助けに来ると思うか?」
その言葉には、ログラムさえ平静な表情を保てなくなった。
蒼藍帝国の公人である新任団長だからこそ、この国がどう判断するかは誰よりもよく分かっている。
険悪な地形。
正体不明の敵。
未知の脅威。
救援に向かえば甚大な損害が出る可能性が高く、殲滅騎士団そのものまで失う危険すらある。
答えは――来ない。
それは冷酷だからではない。
そもそも殲滅騎士団は迷宮城の攻略を得意としていない。
冒険者の案内がなければ、彼らは地上戦のために鍛え上げられた軍隊にすぎなかった。
危険が大きすぎる。
最後に、老バダは重々しく結論を告げた。
「だから、できる限り守れ。奇跡が起きるまで、守り抜くしかない」




