45.潜入
熱を帯びた岩の赤い光を失った漆黒の通路を歩いていると、ところどころから今も微かな熱気が立ち上っていた。皇家冒険団は魔法師たちと協力して懸命に環境を変えたようだが、ここはまだ、一般の冒険者が活動するのに適した場所とは言い難い。
ヴィンセントは慎重に前進しながら、天賦「探知」の波紋で周囲を探る一方、体内のエネルギーを使い、人間だった頃に使い慣れていたさまざまな潜行技巧を再現しようと試みていた。
だが、結果は芳しくなかった。
多少の効果はあるものの、大して役には立たない。
血族のエネルギーには天賦との相性に応じた偏りがあり、人間だった頃のように身体能力を利用してさまざまな技巧を使うのとは勝手が違う。無理に応用したところで、労力に見合う効果は得られなかった。
それでも、これほど暗い環境ならば、血族が生まれつき備える夜目に天賦「隠匿」まで加わる。物音さえ立てないよう気をつければ、ヴィンセントにとって非常に有利な状況だった。
石炎魔の群れが暮らす空間は非常に広大で、前の階層にあった迷宮のような狭く入り組んだ構造ではない。どこを見ても天井は高すぎて届かず、奥は深すぎて底が見えず、幅も広すぎて端まで見通せない。
そのため、しばらく歩き続けても生命が活動している気配は感じられなかった。
以前、エリカがまだ眠っていた頃、ヴィンセントはすでに試したことがある。駐留している魔物が完全に殲滅されるか逃げ去れば、世界の心はその迷宮階層に対する掌握を失う。
あるいは攻略側の冒険者が各種の大規模な結界を展開した場合、そこを再び覗こうとすれば、こちらの存在を察知される危険を負わなければならない。
さらに以前はエネルギーが著しく不足していたため、ヴィンセントはこれまで大まかな戦況しか把握しておらず、実際の状況については自ら足を踏み入れて確かめる必要があった。
「誰もいない……地熱のせいで環境改造が間に合わず、一時的に警戒範囲を縮めて集中しているのか? 前からそうじゃないかとは思っていたけど、皇家冒険団は意外と大胆で、それでいて慎重だ……」
これまでの冒険者としての経験からすれば、そろそろ警戒線の外縁くらいには行き当たるはずだった。
だが、予想とは違う。
ヴィンセントは少し考えると、これ以上時間を無駄にしたくないと判断し、やり方を変えた。
天賦「探知」の波紋を現在届く限界まで広げる一方、再び骨と血で形作られた翼を開き、音もなく飛び始める。そして、身体で感じる温度を頼りに進む方向を選んでいった。
皇家冒険団がここに前線拠点を築いているのなら、少なくとも人が集まる一帯だけは知性種族が活動できる環境へ変えているはずだ。それは攻略前線の人員を休ませるためだけではなく、次の階層へ進むための中継拠点としても必要になる。
だから、体感温度を頼りに探すのが一番簡単だった。
それでも見つからなければ、皇家冒険団は一時的に第十層へ引き返している可能性が高い。
幸運にも、それほど長く飛ぶ必要はなかった。
ほどなくして、ヴィンセントは明らかな温度の変化を感じ取った。それと同時に、天賦「探知」の波紋からも、人型の生物が歩いている反応が返ってくる。
すぐさま地上へ降り、翼を収納する。
天賦「隠匿」が維持されていることを改めて確認すると、探知の反応から相手の進路を割り出した。
そして息を潜め、壁に身体を寄せながら暗闇の目立たない一角に立ち、静かに相手が通り過ぎるのを待つ。
「ああ、暑い。クソ石炎魔どもめ。冒険者があれだけ死んだだけでも最悪なのに、今度は連中の巣に住まなきゃならないなんてな。早く野営地に戻りたいぜ。輪と足跡商会も正式に進出し始めたらしいし、俺たちが戻る頃には新しい楽しみもいろいろ増えてるだろ……」
「もう言うなよ。俺たちは後勤組だからまだマシだ。攻略組の連中を見ただろ。人が死にすぎて、もう口も利けないくらい空気が重い。これ以上死んだら……攻略組そのものが総入れ替えになるんじゃないか……」
「攻略組といえば、ほかの迷宮城にいる攻略組も、近いうちに全部こっちへ回されるらしいぞ。少し前に、とんでもない秘宝が見つかったとか……」
「『蒼藍の極光』事件のことだろ。噂じゃ、最初に入った探索隊の誰かが引き起こしたらしい。どこの幸運な奴がとんでもない秘宝を拾ったのか知らないが、今じゃ帝国がかなり厳しく情報を封鎖してる……」
「これは内緒だぞ。絶対に外で言うなよ。数か月前、お前らがまだ来てなかった頃のある夜、飛行魔獣の襲撃だってことで野営地に防護結界が張られたことがあったんだ。だが、確かな筋から聞いた話じゃ、本当はあの大秘宝を拾った奴が逃げるのを防ぐためだったらしい……」
三人の巡回要員が松明を掲げ、前後にずらした三角形の配置で歩いていた。
これは基本的な防御陣形で、突然襲撃を受けても反応する時間を確保できる。
もっとも、この後勤組の三人はすでに完全に気を抜いていた。
探索組や攻略組とは違い、彼らは最前線で冒険する人員ではない。危険に対する心構えにも大きな差がある。
それも、皇家冒険団が遊騎兵ギルドや外部の冒険者たちから軽く見られている理由の一つだった。
専門性が足りない。
だが、ヴィンセントにとっては都合がよかった。
三人が通り過ぎると、彼は足音を抑えてその後ろについていった。雑談に紛れて流れてくる噂話を聞きながら、そのまま前線拠点へ向かう。
巡回班の警戒範囲はそれほど広くない。
彼らは最前線の正式な戦闘要員ではなく、占領した区域が正常に機能するよう手を貸し、正面で戦う者たちの負担を減らすためにいる。もし本当に何か起きれば、結局は攻略組や冒険者を呼んで対処してもらうしかなかった。
それほど時間もかからず、ヴィンセントはこの階層に築かれた前線拠点を見つけた。
そこは比較的小さな岩洞だった。
四方八方へ細い通路が伸びている。ただし「細い」というのは巨体の石炎魔を基準にした話で、人間にとっては十分すぎるほど広い。大型の器械や建築資材を運び込むことにも問題はない。
同時に、残存している守衛が奇襲を仕掛けてきた場合でも、通路を利用して防ぎやすく、緊急時には退避もしやすい構造だった。
各通路には、曲がり角で先が見えなくなる位置まで大量の松明が設置されていた。
さらに入口ごとに簡素な関所と駐留要員が置かれている。
どうやら、この前線拠点はすでに最低限の形を整えているらしい。
皇家冒険団は細かなところには粗さが残るものの、大きな方針に沿った動きはかなり速い。今後もここを起点として外へ拡張し、第十一層全体を完全に占領するまで進めていくのだろう。
ヴィンセントにとって幸運だったのは、何度か目立たない形で簡単に探りを入れた結果、この拠点には今のところ、隠匿状態を見破る魔法も結界も設置されていないと分かったことだった。
あるいは、責任者が最初から設置する必要はないと考えているのかもしれない。
この迷宮城で現在確認されている変化の規則から見れば、ここから第十五層までは石炎魔が守衛となる。
あれほど巨大で、しかも高熱を放つ守衛なら、たとえ姿を消せたとしても、近づけば察知するのは難しくない。
前線拠点へ無事に入り込んだヴィンセントは、もう情報を得られそうにない三人の巡回要員からすぐに離れた。
その時、前方の大型天幕に大勢が集まっていることに気づく。外には長い列までできていた。
深く考えずに近づいてみると、並んでいるのは負傷者ばかりだった。
天幕の中では、おそらく神官や医療担当者が治療を行っているのだろう。
ただの治療所だと分かり、ここを調べるのはやめて別の場所へ向かおうとした――その時だった。
天幕の中から、思いがけず聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ディアドラさん。石炎魔との戦いで負った傷はかなり深刻です。名もなき神霊の加護によって悪化を抑え、回復を早めることはできますが、私たちの神術はほかの教派のものとは性質が異なります。急速に治療すれば、それだけあなたの体力も大きく消耗し、場合によっては衰弱状態に陥ります。やはり十分に休み、しばらく攻略には参加しないことをお勧めします」
「分かりました。ご助力に感謝します。光神の祝福がありますように」
「名もなき神霊は常に心に」
天幕の入口が開き、一人の細身の美しい女性が姿を現した。
まず目を引くのは、澄んだ金色の瞳だった。力強く、揺るぎない光を宿している。
続いて目に入るのは、後ろで一つに束ねられた銀白色の長髪。歩みに合わせて軽やかに揺れていた。
いつもなら人々が憧れ、思わずその後を追いたくなる清麗な光騎士。
だが今は全身を重鎧で覆い、その隙間から見える部分のいたるところに、血に染まった包帯が巻かれている。
包帯は鎖骨からさらに上へ伸び、顔の半分にまで達していた。
見るからに凄惨な傷だったため、すれ違う者たちも思わず視線を逸らしていた。
治療神術には、大きく分けて即効性のあるものと、時間をかけて効果を発揮するものがある。
前者は効果が早く現れる代わりに最終的な回復効果は弱く、後者は効き始めるまで時間がかかる代わりに、最終的にはより大きな効果を得られる。
さらに短期間のうちに神術による治療や加護、洗礼を繰り返し受ければ、いずれも耐性が生じる。
そのため、負傷者には結局、十分な休養時間が必要だった。
別の医療手段があれば回復を早めることもできるが、占領されたばかりのこの簡素な前線拠点に、そのような設備まで整っているはずもない。
神官の治療を終えたディアドラは、自分の天幕へ戻って休もうとしていた。
顔を上げたところで、いつも自分では完璧だと思っている笑顔を浮かべた男が、眩しいほどの笑みで手を振っているのが目に入った。
最近、皇家冒険団は攻略速度を大幅に引き上げ、無謀な強攻策を何度も命じている。
その結果、多くの死傷者が出ており、以前行動を共にした教会の仲間たちまでその中に含まれていた。
それでも教会から届いた指示がある以上、ディアドラは攻略への参加要請を拒むことができない。
だから、最近の彼女がかなり苛立っているのも当然だった。
そこへ、懲罰で最前線に送られてなお懲りもせず自分の前へ顔を出してくる蒼藍帝国の貴族まで現れたのだから、気分はさらに悪くなった。
だが、ディアドラが厳しい言葉で拒絶しようとした、その時。
胸の奥に異様な感覚が生じた!
彼女は素早く振り返る。しかし後ろにあるのは、長い列を作る負傷者たちと大きな医療天幕だけだった。
すべてがごく普通に見える。
むしろ、密かに彼女を注目していた周囲の者たちのほうが、光騎士が突然振り返ったことに驚いていた。
野次馬の視線や、恥知らずな貴族からの呼びかけにも構わず、ディアドラは胸の奥に生じた微かな違和感を見過ごさなかった。
眉を寄せながらゆっくりと前へ進む。
腰の長剣を鞘ごと抜き、そのまま何もない空間へ向かって何度も振るい、不自然なほど繰り返し突き出していった。
突然の行動に、列を作っていた人々はたちまち大きく乱れた。
だがディアドラは双子教会で敬意を集める光騎士であり、石炎魔との戦いでも最大級の功績を挙げた勇猛な先鋒だ。誰も文句を言うことはできず、戸惑いを押し殺しながら彼女のために道を空けるしかなかった。
「ディ、ディアドラさん……どうしたんです? 何か手伝えることは?」
ようやく何かがおかしいと気づいたグリフィスが、当初の目的を忘れて慌てて近づいてきた。
明るく整った顔には緊張と不安が浮かび、片手も自然に武器へ添えられている。
女皇の命令で最前線へ送られて以来、グリフィスは自分の楽な日々が終わったことを理解していた。
バランドにいる一族から返ってきたのも、「自分で何とかしろ」という程度の知らせだけ。
自分がいったい何を間違えたのかも分からず、内心では焦りと不安を募らせていた。
そんな時、以前から追い求めていた光騎士まで正式に攻略組へ加わったことを知り、それ以来、彼はずっと彼女の後について回っていた。
生き残れるのなら、グリフィスは何だって受け入れられる。
騒ぎがどんどん大きくなり、人々の慌ただしい動きに紛れて、先ほどの微かな違和感も次第に薄れ、消えていった。
ディアドラは包帯で覆われた顔の半分を険しくした。だが最後には剣を収めた。
何も説明せず、厳しい表情のまま自分の天幕へ戻っていく。背後から聞こえる呼び声にも、一切応じなかった。
医療天幕の中では、外で何か騒ぎが起きているらしいことには気づいていた。
しかし、あまりにも忙しい。神官も、医師も、助手も、一人で何人もの負傷者を同時に担当しなければならなかった。
先ほどの光騎士のように、単独で詳しい診察を受けられる者は例外にすぎない。
ボーウェンもまた、その忙しさのただ中にいた。
エリカに追い払われたあとも、この老神官は実のところ、それほど遠くへは離れていなかった。カンダベスの外にある人目につかない場所へ留まり、布教対象である二人の行動を絶えず観察し続けていた。
そして、彼女が傭兵団に護送され、蒼藍帝国の辺境野営地へ入るところまで追ってきた。
本来なら、布教対象の二人がそろってここにいる。
そのためボーウェンも数日後、神官として皇家冒険団へ加わるつもりだった。ところが辺境野営地へ入ってみると、二人はすでにそこにいないという。
さらに詳しく尋ねようとしたことで、蒼藍帝国側から身元を調べられることになり、当初二人を護送していた傭兵団まで拘束されていた。
狡猾で経験豊富なボーウェンは、すぐに異常を察した。
まず神術を使って隙を突き、辺境野営地から脱出する。
それでも諦めきれず、今度は身分を偽造し、姿を変えて再び野営地へ潜り込んだ。
そして各方面から密かに情報を集め、最初にヴィンセントと同じ隊に所属していた者たちにも接触した。
大まかな経緯を把握し、簡単な推測を立てたあと。その日の夜、ボーウェンは手に入れた十分な条件をもとに予言系の神術を使った。
得られた答えは――二人の少女は、どちらも遠く離れた迷宮城の中にいる。
人間が迷宮城の中で暮らしているという予言は奇妙だった。
だが、老神官は神霊の正しさを疑ったことなどない。
そこで迷うことなく偽の身分を使い、最も医療人員が不足している前線攻略組への参加を申請した。
そして事実が証明した。
自分は正しかった。
神霊は決して間違えない!
なぜなら、つい先ほど。
老神官の耳に、聞き覚えのある声が響いたからだ。
「ボーウェン、俺だ。ヴィンセントだ」




