44.感応
以前、世界の心で地形を探った時の記憶を頼りに、ヴィンセントはすぐに第十一層と第十二層の迷宮を繋ぐ空中の石道の上空までやって来た。
だが、空の色と周囲の景色に紛れて姿を隠し、外から遠巻きに様子を観察するだけで、第十一層へ通じる洞窟には直接入らなかった。
長年冒険者として生きてきた経験から考えれば、石炎魔の迷宮はすでに攻略されている。不用意に近づけば皇家冒険団の見張りに気づかれる可能性があり、空中の石道にも探索組の人員が監視に就いているかもしれない。下手をすれば各種の罠や結界を踏むことさえある。
血族には天賦「隠匿」があるとはいえ、用心するに越したことはない。今回は、まず皇家冒険団の状況を観察するだけのつもりだった。
そこでヴィンセントは身を翻し、少し離れた岩壁にある第十五層の迷宮入口へと飛んだ。そこから内部を通って目的地へ向かうつもりだった。
この迷宮城は、山脈にも等しい巨大な岩壁の内部に築かれている。建造された当初から各階層の間には数多くの抜け道が残されていたが、どれも非常に巧妙に隠されており、冒険者たちが徹底的に探索しても容易には見つけられない。
ヴィンセントも、世界の心の助けがあり、さらに戦況を気にして石炎魔の迷宮を継続的に観察していなければ、抜け道の存在には気づけなかっただろう。ちょうどいい機会でもある。迷宮城の各階層がどのような構造になっているのか、自分の目でもよく確かめておくことにした。
本来なら世界の心には感知領域と守衛を養う機能があり、わざわざ一つずつ自分で見て回る必要などない。だがエネルギーが極端に不足している今は、しばらく自分の目で確かめていくしかなかった。
ここ数か月の観察でヴィンセントが把握したところでは、第一層から第五層までの守衛は緑皮鬼と食獣人の組み合わせだった。
第六層から第十層になると、岩蛇、採石蜂、マッドモンスター、幻狼が混在するようになり、洞窟内部にもそれぞれに対応した危険な環境が広がっている。野草、泥沼、砕石、さらには奇妙な樹木までが至るところに存在し、第一層から第五層までとは大きく様相が異なっていた。
それらが皇家冒険団の攻略に、さらに多くの困難を加えている。
第十一層からは難度が一気に跳ね上がり、石炎魔の群れが現れる。内部の地形そのものも非常に広大になっており、攻略の難しさを抜きにしても、探索して突破するだけで以前よりはるかに手間がかかる。
そのため、ここまで強引に攻め進んできた皇家冒険団も、一度足を止めて態勢を整えざるを得なくなっていた。
ヴィンセントは一人、第十五層の迷宮を歩いていた。周囲の岩壁からは暗赤色の炎が漏れ、空気を満たす熱気が圧力さえ伴って正面から押し寄せ、息苦しさを覚えるほどだった。血液から放たれるエネルギーが自動的に身体を調節しているにもかかわらず、ヴィンセントは全身から絶えず汗が噴き出すのを感じていた。
この階層を守る魔物はすべて石炎魔の精鋭で、その中には石炎魔の首領までいる。灼熱の環境だけでも、一般的な冒険者なら引き返すには十分だった。
さらに石炎魔が多数集まる場所では、見渡す限り地面のほとんどが煮えたぎる溶岩に覆われている。奥へ進むにつれ、ついには歩いて進める道さえなくなった。
ヴィンセントは飛び上がり、岩壁から突き出した、辛うじて溶けずに残っているわずかな硬い岩の上へ降り立った。
そこから周囲を歩き回る石炎魔の精鋭を眺める。守衛たちはヴィンセントがやって来ても、ほとんど気にも留めなかった。
守衛は意思を持たない傀儡ではない。むしろ、これらの魔獣や邪悪体には、それぞれ独自の群れの構造と生活習性がある。
知性や思考に優れているとは言えないにせよ、繁殖し、生き延びるのに十分な本能と判断力は備えていた。迷宮城との間には強制的な上下関係が存在するものの、別の見方をすれば、互いに利益を得る共生関係でもある。
さらに数が十分に増えれば、時には強力な変異個体が現れ、群れを率いて生存上の困難を乗り越えながら、徐々に勢力を拡大していくこともある。
ただ、世界の心は長い間、守衛を養うためのエネルギーを供給してこなかった。そのため多くの群れは現状を維持するだけで精一杯であり、中には強力な変異個体が、超獣種と同じように眠りにつかなければならない場合さえあった。
今、ヴィンセントが観察しているのも、そのような強力な変異個体の一体だった。
その石炎魔は、全身の三分の二ほどがすでに流動する溶岩へと変わり、鮮やかな赤い炎光を全身から放っている。第十五層の迷宮はほとんどこの個体の掌握下にあった。
だが、それほどの力を持つだけに、普段から必要とするエネルギーもあまりに多く、群れの発展には不利となる。そのため、これまではほとんど半ば眠った状態で過ごしていた。
少し前、第十一層の迷宮が激戦の末に突破されたことで、炎が滾る巨大な両眼がようやくゆっくりと開かれた。
今、その眼は岩壁の上で翼を広げる、新たな迷宮城の主を見つめている。
石炎魔の首領は何の反応も示さなかった。ただ沈黙したまま、ゆっくりと溶岩の中へ沈んでいった。
「知性種族の言葉が通じるかは分からない。でも、基本的な判断力があるのは間違いない。やはり世界の心を介さないと、意思疎通は難しいのかもしれない」
「ただ、この石炎魔の首領は強く、地の利もある。それでも魔法師に十分な時間と場所を与え、大規模な魔法陣を構築されれば、水系と氷系の魔法を長時間浴びせられることになる。溶岩の防護を失えば、結局は皇家冒険団の戦果の一つにされるだけかもしれない。どうすれば、相手の攻略を効果的に食い止められる……」
考えながら石炎魔の首領が去るのを見届けると、ヴィンセントは背中の骨と血で形作られた翼を動かした。細い鮮紅色のエネルギーが身体を包み、灼熱の空気をいくらか遮断する。
そのまま、隠された抜け道へ向かって再び飛び始めた。
その時だった。
突然、胸を強く締めつけられるような感覚が襲ってきた!
「世界の心が警告している。誰かが侵入している!」
ヴィンセントはすぐに、エリカが巨大な光球のそばで眠っていることを思い出した。焦燥に駆られ、即座に方向を変える。最速で地下河の奇妙な部屋へ戻ろうとした。
だが、第十五層の迷宮から飛び出したばかりのところで、奇妙な心の繋がりが伝わってきた。
かつて世界の心の感知領域を使った時にも似た、不可思議な共有感覚。それとともに、声が直接頭の中へ浮かび上がる。
「ヴィンセント、急がなくていい。世界の心を操作しているのは私だ」
聞き慣れた口調と声だった。
ヴィンセントは飛ぶのをやめた。漆黒の巨大な岩壁の間で、そのまま宙に浮かぶ。
一か月余りにわたって胸の中に積もり続けていた不安、焦り、恐れが、ようやく消えていった。
「さっき警告があった」
「ドロシーよ。あなたがいない間に世界の心を操作しようとしていたから、少し躾けておいた」
「うん」
エリカがドロシーを罰するのは今に始まったことではない。ヴィンセントは昔から、そのことについて意見を言うことも、間に入ることもなかった。
「あとで、世界の心をもっと隠れた場所へ移せないか試してみる。場所を知るのは、あなたと私だけにする」
「分かった」
ヴィンセントには、エリカの言いたいことが分かっていた。
この世界で、この迷宮城を本当の意味で掌握するのは、自分たち二人だけだ。
その後もエリカとヴィンセントは、空間も距離も無視するこの奇妙な共感を通じて、彼女が眠っていた間に起きた出来事や変化について情報を交わした。互いの現在の状況を一通り把握したあと、エリカは再び考え込んだ。
エリカは一度考えを整理して情勢を見極めなければ、有効な対応方針を決められない。
それを知っているヴィンセントも余計なことは言わなかった。ただ静かに宙に浮かび、目を閉じる。山間を吹き抜ける強風に身体を晒しながら、この機会に血族の天賦「飛行」を鍛え続けた。
さらに長い時間が過ぎた。
第十一層の迷宮が攻略された時には、すでに午後だった。そして今では、闇神が現れる時間を迎えている。
空は暗く、雲の隙間から漏れるわずかな光さえない。巨大な岩壁の間はいっそう奥深く、陰気で、冷たく、不気味な空間となり、時折、強風が吹き抜ける音だけが響いていた。
光を失った巨大な岩壁の狭間で、目立たない赤い光が一つ、微かに明滅している。
半日近く飛び続けていたヴィンセントは、次第に体内のエネルギーが足りなくなってきたのを感じていた。
その時、再びあの不可思議な共有感覚が現れた。
「ヴィンセント。冒険者と接触してほしい。ただし、今のところ戦う必要はない。私たちの身に起きたこの奇跡は重要だ。蒼藍帝国が十分に賢ければ、情報をすべて外へ漏らしたりはしない。事情を知っているのは、あの夜その場にいた少数だけのはず」
「接触する目的は?」
「蒼藍帝国の動きを詳しく探る。それから、今この迷宮城と私たちについて、どんな情報が出回っているのかも調べて。向こうがどこまで把握しているのか確認したい」
「分かった」
「それから、私はあなたのような血族にはなっていない。これも聞いたことのない種族よ。今の天賦を把握するには、しばらく時間がいる。それと、オスヴィドが言っていた魔王の庭には必ず参加する。あそこなら、私たちの疑問の多くに答えが見つかるはず」
「どうやって参加する?」
ヴィンセントには今も、以前オスヴィドが何を言おうとしていたのかよく分かっていなかった。
「心配しなくていい。オスヴィドの言いたかったことは、もう分かった。会議が開かれるまでには、まだ数か月あるはず。あとは世界の心をどう操作するかだけど、それも私が探る」
「分かった」
妻が考えなくていいと言うのなら、ヴィンセントはそれ以上考えなかった。
そこまで話したところで、エリカはしばらく沈黙した。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ヴィンセント」
「何?」
「ありがとう」
二人の心に、しばしの沈黙が流れた。
「……約束した。これからは、君についていく」
「私も約束した。これからは、あなたが私についてくる」
奇妙な共感はまだ途切れていなかった。二人とも言葉を発さないまま、心は以前よりもさらに深く、強く結びついていった。
「帰るまで待っていて」
「帰ってくるのを待っている」
エリカが繋がりを断ったのを感じると、今度のヴィンセントはその場に留まらず、再び第十五層の迷宮へ向かって飛び始めた。
次の仕事を終わらせて、それから帰る。
天賦「飛行」に慣れてきたことで、移動速度も以前よりずっと速くなっていた。ヴィンセントは石炎魔の迷宮を素早く抜けながら、各階層に生息する小動物を何匹か捕らえて食べ、体内のエネルギーを補給していく。
ある程度腹を満たし、体内のエネルギーが少し回復した頃には、すでに抜け道を通って第十一層のある場所まで到達していた。
目立つ骨と血で形作られた翼を収納する。
ヴィンセントの両足が、音もなく地面へ着いた。
そのまま天賦「隠匿」を使って姿を消し、慎重に周囲を観察し始める。
広く高い洞窟の中では、以前なら常に赤々と光を放っていた岩肌が冷え、固まっていた。白く変色した表面からは、かすかに冷気さえ漂っている。
どうやらこの一帯はすでに、皇家冒険団によって徹底的に環境を変えられたらしい。
しかしヴィンセントは、この場所に探索組や偵察人員の痕跡を見つけられなかった。それでも油断はしない。
冒険者の中には攻略そのものよりも、守りを得意とする者も多い。その手の者が仕掛ける罠は巧妙で危険だ。たとえ殺傷力がなく、警報を鳴らすだけの仕掛けであっても、今のヴィンセントにとっては十分厄介だった。
その場に立ったまま天賦「探知」を発動する。
エネルギーの波紋が絶えず周囲へ広がり、現在の能力で届く限界まで範囲を拡大していった。
目に入る巨大な洞窟の各所まで探ったが、活動している何者かからの反応は一つも返ってこない。
ヴィンセントは、昼間の石炎魔との戦いで損害が大きかったことに加え、この階層から急激に地形が広大になったことで、皇家冒険団が人手不足に陥っているのだろうと判断した。
そのため、これまで以上に慎重になり、進行速度を落として防衛線を縮めざるを得ない。本来なら拠点の外へ広く展開し、階層全体を巡回して偵察と警戒に当たるはずの人員さえ、送り出す余裕がないのだろう。
誰もいないことを確認すると、ヴィンセントはまず身につけている衣服と装備を整え、自分に不自然なところがないか改めて確認した。
これらはすべて、迷宮を探索中に死亡した冒険者たちから、ドロシーが回収してきたものだった。
天賦「隠匿」は便利だが、不用意に物音を立ててしまえば意味がない。
何度も確認し、問題がないと判断する。
そして暗闇の中。
耳を澄まさなければ聞き取れないほど小さな足音が響き始めた。
ヴィンセントは、迷宮内に築かれた野営地へ向かって歩き出した。




