37.逃走
双方の情報差を利用する――現時点では、ヴィンセントが血族になったことを知る者はまだ誰もいない。だからこそ、血族の天賦こそがエリカの逃走計画の中核だった。
手を握り合ったまま姿を隠し、二人は慎重に扉を開けて個室宿舎を出た。空はすでに闇に沈み、ほとんど光のない夜は逃走には絶好の環境だった。ヴィンセントとエリカはすぐさま最も近い野営地の外縁へ向かい、慎重に歩を進めていく。
長期的な居住を前提としない野営地や、大都市のような守りを持たない野外の集落は、飛行する魔獣や地中を進む魔獣、邪悪体などに襲われることが少なくない。
そのため、このような臨時の野営地には必ず防護結界が設けられている。しかも結界を完全に展開して実体化させれば、中にいる者でさえ自由に出入りできなくなる。
二人はまず野営地の外縁まで移動し、皇家冒険団が異変に気づくより早く変身し、飛行して逃げなければならなかった。
そうしなければ、防護結界の内側に閉じ込められる。たとえヴィンセントに姿を隠す能力と飛行能力があったとしても、さまざまな魔法や神術を使われれば、探知され、狙撃される標的になるだけだった。
深夜の野営地はほとんど無音だった。遠くの娯楽区からわずかな火の明かりと声が届くほかは、宿舎区にもかなり間隔を空けて小さな焚き火が灯されているだけで、視界の大半を闇が占めている。
そのおかげで、二人は順調に足早に進むことができた。
昼間、攻略隊への参加を申し込むふりをした際に、二人はすでに見張りの巡回経路と、大きく火に照らされた区域を把握していた。
まだ利用区画として整備されていない暗い空き地を選んで進み、危険な哨所をいくつも避けながらしばらく潜行を続けた末、ようやく町ほどの広さを持つ野営地の外縁まで辿り着いた。
境界はもう目の前だった。
あと少しで、安全に外へ出られる。
そのとき突然、背後から低く幽かな声が聞こえてきた。
「お義兄さん、お姉ちゃん、どこにいるの? どうして見えないの? ここにいるのは分かってるんだから!」
「ずっと見てたの。小屋の扉が開いたとき、お義兄さんの匂いがした! 出てきて! 私一人を置いていかないで。じゃないと……大勢の人を呼んで、一緒に探してもらうから……」
二人は眉をひそめて足を止め、振り返った。
後方にある木造小屋の陰で、ドロシーが困惑と焦り、そして怒りの入り交じった顔をしていた。まるで目の見えない者のように両手で宙を探りながら、一歩ずつ匂いを嗅ぎ、こちらへ近づいてくる。
「ここ、もう野営地の端に近いよね? もうすぐ逃げるつもりなんでしょ? 五つ数えるまでに出てこなかったら、すぐ大声を出して皇家冒険団の人たちを呼ぶから!」
何かを感じ取っているのか、義兄と姉が自分からどんどん遠ざかっていくのを悟り、ドロシーの可愛らしい顔は次第に歪んでいった。小さな唇からは絶えず呪いの言葉が低く漏れている。それでも両手だけは諦めることなく宙を探り続けていた。
「五」
「四」
野営地の外縁までは、まだわずかに距離がある。
エリカは高速で強行突破した場合の可能性を頭の中で測っていた。
「三」
やがて彼女はドロシーを見た。凛々しい顔に冷たい殺気が浮かぶ。
高速で移動すれば、自分の身体が耐えられない可能性がある。
仕方なく、ヴィンセントへ低く告げた。
「私が行く」
「二」
ドロシーが大声を上げようとした、その瞬間。
目の前に奇妙な光景が現れた。
病弱な姉の長身が、正面の空き地に突如として姿を現したのだ。まるで最初からそこに立っていたかのような現れ方に、ドロシーは驚きを隠せなかった。
「どうして……お姉ちゃんにこんな姿を消す能力があるはずない。絶対、お義兄さんが助けてるんだ。やっぱり迷宮城で秘宝を手に入れてたんだ! そこにいるんでしょ! どうして私に教えてくれなかったの! どうして二人とも私に隠してたの!」
闇の中、背の高い姉と小柄な妹は技巧「暗視」を使い、互いを見つめ合った。
ドロシーの怒りに満ちた問いかけを受けながら、エリカは軍用外套の下で密かに手を腰の軍刀へ添え、ゆっくりと距離を詰めながら低い声で言った。
「ドロシー。私の妹。昔、繁生会の幼娼収容所から逃げ出したとき、最後にあなたを連れて出ることを選んだのが誰だったか、忘れた?」
「それから何年も、何をしても私についてきて、追い払っても離れない。ボーウェンまで何度も焚きつけて、一緒になって面倒を起こした。正直、少し鬱陶しい」
闇の中、見慣れた姉の顔は光のない陰影に半ば沈み、はっきりとは見えない。
だが、迫ってくる圧力と殺意だけは明確だった。
姉のやり方をよく知るドロシーもまた、身を低く構えて円を描くように慎重に移動した。背後へ回した手には短剣が強く握られている。
そして感情を昂らせ、怒鳴り返した。
「あのとき……あのとき、その壊れた身体のお姉ちゃんだけだったら、ロナと私が看守の注意を引いて虐待されてなきゃ、逃げる機会なんてなかったでしょ! それなのに私を置いていこうとした!」
エリカは強情で頑固な性格で、幼い頃から幼娼収容所の管理に従おうとしなかった。
そのため、まだ幼いうちに特殊な薬を無理やり飲まされ、体内をずたずたに蝕まれた。その後遺症は今なお残っている。
繁生会が各種族の従わない少女たちに対してよく使う調教手段だった。逃げる力も逆らう力も奪い、おとなしく自分たちに定められた運命を受け入れさせるために。
「ふっ。ロナは自分から私のために機会を作った。あなたは……あの看守がもともと幼い女の子を虐待するのが好きで、たまたまあなたに目をつけただけ。どうして私がその隙に逃げちゃいけないの?」
「逆に聞くけど、私があいつらに折檻されて、手足まで折られていたとき、普段から大人しくするのが得意だったあなたは薬も飲まされてなかった。どうして逃げなかった?」
話している間にも、エリカはドロシーとの距離を詰めていく。
軍刀を握る手にはますます力がこもり、鮮血のように赤い瞳が闇の中で光を放っていた。
もう少しで、相手は腕の長さに軍刀を加えたエリカの間合いへ入る。
「あのとき私はまだ四歳だったの! 生まれたときから地下牢に閉じ込められて、目を開けて見えるのはお姉ちゃんと他の子たちだけ! 外の世界がどんなところなのか、一度も見たことがなかった! 『逃げる』って言葉の意味すら知らなかったの!」
「そう。それが私と何の関係があるの?」
「看守にいつも大人しくしてみせてた子供に、私がわざわざ逃げ方まで教えなきゃいけなかった? そうしたら今みたいに、私を売る準備をする?」
「あのとき、ロナがどうして逃げられなかったのか……あなた、真相を私に話してみる?」
その言葉を聞いた瞬間、ドロシーの表情はさらに歪んだ。
忘れることのできない過去の記憶が次々と浮かび、後ろめたさが胸をよぎる。彼女はますます感情を抑えられなくなり、低い声で吐き出した。
「お姉ちゃんはいつもそう……いつもそう……自分だけ空の上にいるみたいに偉そうにして、誰のことも見下してる! 妹の私まで見下して! 私……」
激しい感情に任せて振り乱された桃色の髪が、ドロシーの目を覆った。
その一瞬を、エリカは逃さなかった。
大きく一歩を踏み込み、身体を前へ傾ける。
右手で腰の軍刀を抜き放つ。
銀光が一閃するような速さで、目の前の頭部を狙い、容赦なく斬り払った!
完全に不意を突かれ、姉の挑発に乗せられて冷静さを失っていたドロシーは、怒りから我に返ったときにはもう遅かった。
辛うじて短剣を持ち上げ、防ぐ。
「鏘!」
澄んだ金属音が遠くまで響き、短剣が軍刀に弾き飛ばされた!
次の瞬間、エリカは細かな足運びで再び一気に踏み込み、驚くほどの速度で間合いを詰めた。
軍刀の切っ先が、すでにドロシーの喉元へ突きつけられている。
だが、エリカはすぐには斬らなかった。
ドロシーに情けをかけたわけではない。
桃色の髪の下に隠れた、得意げな笑みが見えたからだ。
幼娼収容所にいた頃まで含めれば、二十年以上も一緒に過ごしてきた。
エリカはこの妹をよく知っていた。
「やめろ!」
突然、怒鳴り声が響いた。
二人から少し離れた闇の中から、丸顔の青年が早足で姿を現す。
その声を聞いた瞬間、エリカの表情は沈んだ。
声が大きすぎる。
先ほどまでエリカとドロシーは互いに怨み言をぶつけ合っていたが、そこだけは暗黙の了解で声を抑えていた。
ここはかなり辺鄙で、野営地の中でもほとんど人の来ない場所だ。すぐに誰かの注意を引くことはないかもしれない。
だが、このまま騒ぎが続けば、ヴィンセントとともに逃げるのはますます難しくなる。
「静かにして。もう一度叫べば、ドロシーは死ぬ」
状況が次々と変わる中、エリカはわずかに呼吸を整えた。
胸の奥から引き裂かれるような痛みが走っている。額の冷や汗を拭う余裕さえないまま、早足で近づいてくる相手を低く制した。
冷酷な脅しで、これから口にしようとしていた正義感に満ちた言葉を直接封じられ、ジェットはしばらくその場で口ごもった。
やがてどうにか言葉をまとめ、声を落として言う。
「あ……あんた、本当に悪魔だな。ドロシーみたいに優しい妹にまで平気で手を出すなんて! だから彼女は俺に、こっそり後をついてきてくれって頼んだんだ! あんたみたいな姉を信用しなかったのは正しかった!」
目の前の馬鹿の叫びに付き合っている時間はなかった。
時間は刻一刻と過ぎている。
二人を監視している皇家冒険団の者たちも、そろそろ宿舎の中がもぬけの殻だと気づいているはずだった。
エリカは仕方なく身を屈め、ドロシーの耳元へ顔を寄せて小声で尋ねる。
「何が欲しいの」
「連れていって」
首の前に横たえられた軍刀を見下ろす。
刃は肌に密着し、すでに細い痛みとともに血まで滲んでいる。
だがドロシーはまるで気にせず、いつもの可愛らしい笑顔へ戻っていた。それどころか、先ほどまで以上に楽しそうに言う。
「あなたの義兄にこの馬鹿を殺させて、そのあと私があなたを殺すこともできる。条件を呑む必要はない」
「お姉ちゃん。もし……私がもう一人、用意してるとしたら?」
そこまで話せば、もう言うことはなかった。
姉妹は互いを見て笑った。
一人は冷たく。
一人は可愛らしく。
こんな無意味なことにこれ以上時間を使いたくない。
エリカは素早く軍刀を収めると、ドロシーを丸顔の青年へ向かって押しやり、低い声で命じた。
「行って。急いで」
心の中の天使が悪魔の手から解放されたのを見て、ジェットは興奮を隠せなかった。
すぐに駆け寄って両腕を広げ、ドロシーを強く抱きしめる。
「大丈夫か、ドロシー? こんな姉と義兄には、君みたいないい子はもったいない。俺……」
最後まで言うことはできなかった。
突然、冷たい痛みが走った。
隠し持っていた短剣が、彼の喉を貫いていた。
傷口から、ゆっくりと血が溢れ出す。
ジェットは信じられないという顔で、目の前の天使を見つめた。
視界のすべてが少しずつ霞んでいく。
やがて全身から力が抜け、立っていることもできなくなったジェットは、両膝を地面についた。
最後に残った力を振り絞って顔を上げる。
視界に映るのは、艶やかに揺れる桃色の髪。
かつてこの上なく可愛らしいと思っていたその顔には今、歪んだ快楽に満ちた笑みが浮かんでいた。
「な……ぜ……」
最後の問いすら、まともに言葉にならなかった。
なぜかそのとき、丸顔の青年の脳裏に、この任務へ参加してから起きたさまざまな出来事が一気に蘇った。
そして、かつてアンダやヴィンセントから受けた忠告も。
そのときになってようやく、彼は気づいた。
どうやら自分こそが、最も愚かな道化だったのだと。
目を開いたまま、身体は膝をついたまま。
夢を追って勝手に家を飛び出してきた商人の息子は、そのまま二度と息をすることはなかった。
ドロシーはしゃがみ込むと、片手で丸顔の青年の身体を支えながらゆっくりと横たえ、もう一方の手でそっと顔を撫でて瞼を閉じさせた。
そして、自分なりの最大限の誠意を込めて、その耳元へ囁く。
「だって、あなたはいい人だから。ありがとうね」
倒れたジェットへ丁寧に、心から礼を述べると、可愛らしい小柄な女はもう一度たりとも彼を見ることなく、弾む足取りで姉のもとへ戻った。
ひどく素直で無邪気な姿だった。
まるで丸顔の青年の下で赤く染まっていく大地など存在せず、つい先ほどまで姉妹が互いに殺し合う寸前だったことさえ、最初からなかったかのように。
「終わった?」
ドロシーは小さく頷いた。
「二人目は?」
「いないよ」
隣にいる妹を見ても、エリカはその答えについて何も言わなかった。
ただ、表情だけがひどく重くなる。
ヴィンセントから密かに知らせが届いたのだ。
「自分でついてこい。もっと厄介なのが来た」
野営地の外縁。
いつの間にか、一つの巨体がそこに立っていた。
背中にはその体格に見合う巨大な合金槌。
防具は何ひとつ身につけていない。
だが、全身を覆う引き締まった強靭な筋肉こそが、何より優れた防具だった。
そして――
敵を倒すための、何より優れた武器でもある。
すでにヴィンセントも姿を現し、無言のままその巨体の前へ立ちはだかっていた。
「いい男。あの素人のガキとの私怨に決着をつける機会はやった。次は――私と一戦やってもらう番だ……」
野蛮人の荒々しい顔には、もはや抑えきれないほどの戦いへの熱狂が浮かんでいた。




