27.感知
シロ大陸のどこかの空。厚く重なる雲は海のように連なり、雄大な山脈は巨大な背骨のように起伏しながら果てしなくうねっていた。その遥か高みには光神が浮かび、灼熱の光が、この壮麗な雲上世界を照らしている。
普通の生命では近づくことさえできない高空に、一つの巨大な島が宙に浮かんでいた。
島の上には、常識に反するように折り重なり、交錯する塔状の建築物が立ち並んでいる。周囲を漂う光の粒が織りなす奇妙に移ろう景色と重なり合い、そこにはどこか常理から逸脱した美しさが生まれ、光神の光の大半を外へ遮っていた。
その移ろう景色に覆われていない高塔の一つ。その頂には、上半身を裸にした大柄な男がいた。
背中の巨大な黒い翼を畳み、一見すると悠然と欄干にもたれている。だが実際には、顔はかすかに青ざめ、汗が絶え間なく流れていた。身を焼き溶かすような烈しい痛みに耐えながら、さらに上方に浮かぶ、近いようで遥か遠い光神を静かに見つめている。
「オスヴィド、もう光神を見るのはやめなさい。自分を痛めつけて何の意味があるの?」
巨大な黒い傘を差した女が、男の背後へやってきた。傘の下に落ちる影に隠れ、その顔は見ることができない。
身体のあちこちを光に貫かれ、内側まで灼かれるような激痛を感じながらも、黒翼の男はさらにしばらく耐え続けた。
やがて振り返ると、女の傘の下へ入り込み、深く口づけを交わす。相手を放した後は再び欄干の傍へ戻ったが、今度は翼を広げ、光神に背を向けていた。
「サマンサ、俺たちは千年以上生きてきた。何かをするのに、意味なんて必要か? それに……長く生きれば生きるほど、記憶は少なくなっていく。そんな俺たちに、何の意味が残っている? だったら今を感じればいい」
オスヴィドは体内の苦痛を味わいながらも、穏やかな声で答えた。
それを聞いた途端、サマンサの声が冷たくなる。明らかに機嫌を損ねていた。
「それで……死にたいの?」
オスヴィドは首を振り、巨大な黒い傘を見つめた。
「死にたくはない。お前がそばにいるからな。ただ、時々どうしても考えてしまう。悪魔種族が天地の変革に逆らってまで、無理やり生き残ってきたことは、本当によかったのか……とな」
それを聞くと、サマンサは振り返ってその場を離れた。その美しい後ろ姿から、不機嫌な声が届く。
「よくないと思うなら死ねばいい。私が代わりに魔王になって、堕天使一族を率いて生きていく」
立ち去っていく伴侶を微笑みながら見送り、オスヴィドは今の言葉にも腹を立てることなく、変わらぬ笑みを浮かべて告げた。
「サマンサ、新しい魔王が生まれた」
黒い傘を差した女の足が止まる。
「知性時代には生まれるはずもなく、生まれることもなく、そもそも存在し得ないはずの魔王が生まれた。これは、テレサ世界が近いうちに再び変革を迎えるかもしれないということだ。俺たちも、変えられる側になるかもしれない」
傘の下の人影は答えなかった。
すでに残された記憶は多くない。それでも、変革によって時代そのものが移り変わることだけは、誰も忘れることを選ばなかった。
長い沈黙の後、サマンサはようやく低い声で答えた。
「世界の心から、さっき呼びかけが届いた。老竜たちじゃない。あなたの言っていた新しい魔王でしょう。返事をするかどうかは、自分で決めて」
そう言い残すと、女は光を遮るエネルギーの扉を抜け、塔の中へ姿を消した。
オスヴィドは振り返り、欄干に背を預けて空を仰いだ。
そこには本来、煌びやかな星空があるはずだった。だが彼の視界に映るものは、虚ろに歪み、果ても境界もなかった。
「新しい魔王……はあ。ほかの魔王は、狂った者は狂ったまま、眠っている者は眠ったまま、応えられない者は応えられない。気は進まないが、教えてやれるのは俺しかいないか。知性時代の平和も、思ったほど長くは続かなかったな……」
オスヴィドは困ったように、小さく呟いた。
死亡峡谷、黒き深淵の奥。
奇妙な部屋の中で、ヴィンセントは再び巨大な光球へ手を触れた。
だが今回は、何の声も返ってこなかった。先ほど感じた四つの異なる声も、どれだけ呼びかけてみても、返ってくるのは沈黙だけだった。
簡単に諦める性格ではないヴィンセントは、今度は巨大な光球そのものを調べ始めた。
何度も試しているうち、偶然にも、自分の意識が巨大な光球と重なり、その中へ沈み込んでいくような感覚が生まれる。
すると両目で物を見る感覚が失われ、その代わりに、果てしなく広大な感知が広がった!
自分の意識が凄まじい速さで外へ外へと拡張していく。
この奇妙な部屋。
地下河川。
巨大な山壁。
無数の迷宮。
巨大宮殿。
そして、死亡峡谷そのもの。
ヴィンセントはそれらを『見た』。
そこには、これまで一度も目にしたことのない魔獣や邪悪体も数多く存在し、それどころか、思わず驚愕するほどの超獣種が三頭もいた!
感知領域から一瞬にして流れ込んできたあまりにも膨大な情報に、ヴィンセントの意識はたちまち呑み込まれ、その中で迷いかける。
死亡峡谷の境界に近い外縁部には、警戒する意識を持った見知らぬ生命が数多く存在していることまで感じ取れた。
そこは、知性種族がいまだ探索したことのない地域だった。
その時、ヴィンセントは一つの震動を感じた。
非常に、非常に小さい。
巨大すぎる感知領域全体から見れば、ほとんど無いに等しいほどの震動だった。周囲が静かでなければ、おそらく気づくことさえできなかっただろう。
反射的に意識を震動の発生源へ集中させる。
視界は瞬時に巨大宮殿へと絞り込まれた。
そこでヴィンセントは、見覚えのある人々や物を発見した。
数百人もの戦士、盾役、魔法使い、神官が次々と集まり、攻略隊を組んでいる。
その中には以前の仲間も大勢いた。
老バダ、アンダ、カルロ――そしてドロシーもいる。
巨大宮殿の中、地下迷宮へ続く入口の周囲では、十人の魔法使いが複雑な紋様で満たされた大型魔法陣の上に立ち、絶え間なく呪文を唱えていた。
やがて、空中に水色の光点が次々と現れ始める。
大型魔法陣と詠唱によって膨大なエネルギーが凝集した瞬間、空を埋め尽くす水色の光は、爆発するような大量の洪水へと変わった!
途切れることなく、第一層迷宮へ流れ込んでいく!
猛烈な洪水を生み続ける魔法は、しばらくの間続いた。
やがて第一層迷宮がついに耐えきれなくなり、水が逆流して巨大宮殿へまで溢れ出したところで、大型魔法陣の稼働がようやく止まる。
続いて、新たな十人の魔法使いが現れ、力を使い果たした者たちと交代した。
彼らも同じように力を合わせて魔法を放つ。
ただし、今度は激しく破壊的な力を秘めた雷撃の呪文だった!
轟く金色の雷光が無数の太い稲妻へ分裂し、洪水へ叩き込まれる。
雷撃が炸裂し、四方へ飛び散った!
それまで暗闇に包まれていた巨大宮殿が、たちまち眩い光に満たされる。
第一層迷宮の入口からは、内部で上がる大量の獣の咆哮と、甲高い悲鳴まで聞こえてきた!
これは魔法使いたちによる大規模な連携魔法であり、さらに各種の魔法陣まで組み合わせることで、凄まじい威力を生み出していた。
ヴィンセントも、これほどのものを見るのは初めてだった。
それも当然だった。以前の彼は、あくまで外縁の人員であり、一介の冒険者にすぎなかった。
かつて自分たちが慎重に、一歩ずつ探索しなければならなかった第一層迷宮も、この一連の魔法攻撃を受けたことで、守衛の大半が瞬く間に死亡し、残った者の多くも重傷を負っていた。
だがその頃には、感知領域から得られる視界も次第にぼやけ始めていた。
周囲へ溢れ出した魔法エネルギーの影響を受けたらしく、ヴィンセントには攻略隊のその後の様子を確認することが難しくなっていく。
それでも巨大な光球から返ってくる感覚によって、第一層迷宮には、わずかな食獣人と緑皮鬼しか残っていないことが分かった。
傷の程度はそれぞれ違うものの、全部合わせても数百体ほど。
上位食獣人さえ一体がそのまま死亡しており、緑皮鬼も生き残ったのは老いた祭司が一体だけだった。それも、咄嗟にエネルギーの障壁を張ったことで、かろうじて生き延びただけだ。
一方、ヴィンセントからは見えない場所では、攻略組の責任者が頃合いと判断していた。
老バダに率いられた隊員たちは、次々と第一層迷宮へ入っていく。
彼らはいくつもの隊に分かれていた。
先頭は変わらず盾役。
中央には長槍を握り、腰に剣を提げた攻撃役。
後方には少数の神官と魔法使いが続き、さらにそれぞれの隊に第三陣の探索隊の生存者が一人ずつ同行していた。
彼らは地図に従って迷宮の各分岐へ進み、この階層に残る脅威を完全に排除し始める。
第一層迷宮の守衛は、数だけなら決して少なくなかった。
しかし先ほどの攻撃で大きな損害を受けた後では、攻略組による計画的な攻勢に抗うことなどできない。
一体、また一体と、刈り取られる麦のように次々と倒れていった。
十分な準備を整えてきた皇家冒険団の攻略速度は極めて速かった。
ほどなくして第一層迷宮の大半にまで彼らの足跡が広がり、宙に浮かぶ石の道を発見するのも、もう時間の問題となっていた。
その時。
第一層迷宮の一角で、激しい震動が起こった。
現れたのは、以前老バダが「おそらく出てこない」と話していた地潜り虫だった!
全身を分厚い甲殻に覆われ、体は非常に巨大だった。
その重量だけでも、多くの冒険者を押し潰せそうなほどである。
目も手足もなく、あるのは巨大な口器だけ。その内部には鋭い牙が円を描くように並び、外縁には髭のように動く触体が生えている。
生まれながらにエネルギーを操り、地形を変えることのできる魔獣だった。
突如現れた地潜り虫は、攻略組の一隊を狙い、地中を掘り進みながら猛然と迫っていく!
ヴィンセントはすでに第一層迷宮内部の様子を直接見ることができなくなっていたが、地潜り虫の出現そのものは、巨大な光球の感知には明確に反映されていた。
心配になったヴィンセントは、攻略組へ危険を知らせられないか試してみる。
だがこの感知領域を通して繋がることができるのは、どうやら迷宮城の守衛だけらしい。
侵入してきた知性種族と意思を交わすことはできなかった。
しかも地潜り虫の方も、ヴィンセントの命令にはまったく従わない。
だがその直後、巨大な光球から再び伝わってきた感覚は、ヴィンセントを驚かせた。
第一層迷宮の中。
最も奥まで進み、地潜り虫に狙われていた隊の中で、見覚えのある女野蛮人が大地の異変を感じ取り、誰よりも早く反応した。
アンダはたった一人で前へ飛び出し、強く地面を踏みつけて震動を起こし、自ら囮となる。
盾役と長槍の戦士たちは、すぐさま魔法使いと神官を囲んで守った。
石洞の地面が裂け、砕ける。
巨大な虫の身体が、突如として地中から飛び出した!
アンダに引き寄せられた地潜り虫が、ついに一同の前へ姿を現した。
だが地面から飛び出した勢いだけで、アンダはそのまま横の岩壁へ叩き飛ばされる!
同時に、魔法使いたちがあらかじめ準備していた魔法も発動した!
「泥濘!」
「凝固!」
「鈍化!」
「加重!」
「虚弱!」
五つの制御系魔法が組み合わされ、立て続けに放たれた。
地潜り虫の太い身体は、その半分ほどがたちまち大地に拘束される。
必死に暴れ、天賦の力で地形そのものを変えようとするものの、強力な制御魔法によって完全に押さえ込まれ、抗うことができない。
一時的とはいえ、巨大な地潜り虫は身動き一つ取れなくなった!
「急げ! 長くはもたない!」
二人の随行魔法使いが、汗を流し、顔を真っ赤にし、額に青筋を浮かべながら叫んだ。
後方では神官たちもすでに反応していた。
一人は魔法使いに「魔力親和」を施し、もう一人は盾役と長槍の戦士たちへ「勇気」と「無畏」を加護として与える。
金色の光が点々と降り注ぐ。
盾役と長槍の戦士たちの体内から、尽きることのない力が湧き上がるかのようだった。
戦意を一気に高めた彼らは、声を揃えて雄叫びを上げ、突撃する!
いくつかの組に分かれて左右へ散開し、それぞれ別の角度から攻撃を仕掛けた。
盾役は、地面から半分だけ突き出た巨大な身体が何度も身を捩り、横薙ぎに振り払おうとするのを受け止める。
その間、長槍の戦士たちは何度も力を爆発させ、全力で槍を突き立てていった!
地潜り虫の甲殻は分厚い。
それでも、大量の制御魔法と絶え間ない攻撃を受け続ければ、やがて血を撒き散らしながら悲鳴を上げ始めた。
その傍らでは、女野蛮人の準備が整っていた。
アンダは頭を軽く振り、先ほど自分を吹き飛ばした強烈な衝撃など気にも留めていない様子で、背負っていた合金製の大槌を手に取った。
盾役たちが一斉に押し込み、戦士たちの長槍が突き刺さり、ついに地潜り虫の巨体を完全に固定した瞬間を見計らう。
アンダが怒号を上げた。
全身に赤い霧が浮かび、恐るべき力が湧き上がる!
地面を蹴り、高々と跳躍した。
両手で合金製の大槌を握り、全身を弓のように後ろへ大きく反らし、その限界まで力を溜める。
そして弾け戻るように身体を振り抜き、大槌を地潜り虫の頭部へ猛烈に叩きつけた!
蓄えた力を一気に解放した合金製の大槌が、巨大な虫を地面へ叩き落とす!
直撃を受けた頭部は瞬時に半分以上が砕け、鮮血が四方へ飛び散った。
目に見えない力の衝撃波は、身体を固定していた盾役と戦士たちさえまとめて後方へ弾き飛ばす。
女野蛮人の一撃がどれほど凄まじいものか、それだけでも十分に分かった。
地潜り虫が制御魔法へ抵抗する力が弱まったことを感じ、後方の魔法使いと神官たちもようやく安堵した。
この巨大な虫の破壊力は、決して軽視できない。
以前であれば、迷宮城の中で遭遇した時点で、彼らは迷わず背を向けて逃げていただろう。
攻略組の者たちによれば、この連携戦術を提案したのは老バダと呼ばれる有名な冒険者で、万が一に備えて考えられたものらしい。
他の隊も、ほぼ同じ編成になっている。
実際、効果は十分にあった。
戦闘による激しい震動はすぐに他の隊にも気づかれた。
冒険者たちが次々と駆けつけ、地潜り虫を完全に仕留めると、ヴィンセントも巨大な光球から返ってくる感覚によって、一つの生命が消えたことを感じ取った。
その瞬間、彼は理解した。
第一層迷宮が完全に攻略されるまで、もう時間はかからない。
知性種族の集団戦闘能力は、非常に強かった。
最初の調査、探索から、現在の攻略、そして分業と連携に至るまで。
長い間主を失っていた迷宮城では、到底比べものにならない。
十分な時間と犠牲さえあれば、この巨大な迷宮城でさえ、完全に攻め落とすことは不可能ではなかった。
攻略組は成功した。
本来なら喜ぶべき結果だった。
これなら自分も、まもなく救助される機会を得られる。
だが今のヴィンセントは、素直に喜ぶことができなかった。
自分の現在の状態を思い出してしまったからだ。
「俺は……まだ戻れるのか?」
「戻った後、身体の変化を知られたら……俺は蒼藍帝国に抗えるのか……」
考え込んでいたその時。
以前にも聞いた、穏やかな男の声が巨大な光球を通して、ヴィンセントの頭の中へ響いた。
「いるか? 新しい仲間?」




