26.人ならざる者
温かい。力が抜ける。心地いい。
ヴィンセントには、自分がどれほど長い間こんな感覚を味わっていなかったのか分からなかった。あるいは、生まれてから一度もなかったのかもしれない。物心がついてからというもの、彼はずっと、流浪し、苦労し、傷つくことを繰り返してきた。
だが今は、それを感じていた。
もう強くある必要もない。戦う必要もない。苦しみながら生き延びる必要もない。ただ自分の意識をすべて開き、この青く澄んだ心の海に安心して身を委ねていればいい。
「早く起きて!」
最初に、やや甲高く、ひび割れたような女の声が響いた。
続いて強烈なエネルギーの震動が起こり、海のように広がる空間全体が激しく揺れ始める。
「千年ぶりの最初の『仲間』が、目を覚まさないな……」
穏やかで耳に心地よい男の声が独り言のように呟いた。だが、他の声ほど積極的に相手を起こそうとはしていない。
「起きろ!!!」
最後に響いたのは、天地を揺るがすほどの咆哮だった。
恐ろしく巨大な何かが怒り狂って吼えたかのような声は、海のように満ちていた青い光さえ引き裂き、亀裂を生じさせた!
呼び声と衝撃を受けた瞬間、ヴィンセントは目を見開いた!
身体を包んでいた青い光が轟然と散り、ヴィンセントも宙から落下する。その身体が叩きつけられた硬い床は、わずかにへこんだ。
頭にはまだ霞がかかったような感覚が残り、何もかもがひどく混乱していた。ヴィンセントは頭を振って意識をはっきりさせようとしながら、よろめきつつ立ち上がった。
その時になって、ようやく気づく。
身体が治っている。
「俺は、確か……」
疑問を抱きながら自分の身体へ目を落とし、確かめていくうちに、ヴィンセントの驚きはさらに強くなった。
鎧も衣服も装備もなくなっていた。何も身につけていない身体は、人間として最も精悍で壮健な年頃の肉体を取り戻している。以前から抱えていた古傷も傷痕もすべて消え、皮膚さえ滑らかになり、かつてのような粗さがなくなっていた。
それどころか、身体の内側から絶え間なくエネルギーが湧き出しているのを感じる。
まるで、常にいくつもの技巧を使い、自分の身体を強化し続けているかのようだった。
その証拠の一つが目だった。今のヴィンセントは暗闇の中でも直接ものを見ることができる。技巧「暗視」や技巧「鷹の目」を使わなくても、細かなところまで鮮明に見えていた。
そこでようやく周囲を見回し、ヴィンセントはここが気を失う前にいた石洞の岸辺ではないことに気づいた。
最後に覚えているのは、地下へ続く穴を通って落下したところまでだ。その後の記憶はなかった。
周囲を観察する。
ここはそれほど広くない空間だった。上下左右のすべてが、ヴィンセントの見たこともない奇妙な色合いの金属で造られている。
人間から見ればあまりにも巨大な扉が、唯一の正規の出入口らしき場所を固く閉ざしていた。一方、ヴィンセントが落ちてきた穴は、岩盤の変動によって部屋の隅に押し開けられた裂け目らしい。
そして何より異様なのは、この未知の金属空間の中央だった。
巨大な光球が宙に浮かんでいる。
周囲のエネルギーは強烈な力でそこへ引き寄せられ、目に見えるほど濃密になり、幾筋もの光の帯となって絡み合いながら揺れていた。その濃さは、ヴィンセントがこれまで一度も目にしたことがないほどだった。
ただ、今は光がやや暗く、不安定に瞬いている。
まるで、何かによって大量に消耗した後のように見えた。
「これは……秘宝か?」
ヴィンセントは疑問を抱いた。
これまでにも数多くの冒険任務を経験してきた。荒野での狩猟、遺跡探索、そして今回の迷宮城攻略。
だが、いわゆる伝承や特殊な装備、失われた技術といったものを実際に目にしたことは一度もない。それほど遭遇する確率が低いものなのだ。
ましてや、伝説に語られる秘宝など見たことがあるはずもなかった。
正体は分からない。
それでもヴィンセントは、目の前の巨大な光球が自分を救ったのだろうと考えた。この場所には、他にそう考えられるものが見当たらない。
「帝国へ持ち帰れば、もう一度爵位を上げてもらえるかもしれない」
はっきりとした理由はなかったが、この巨大な光球が自分に害を与えるものではないように感じられた。
ヴィンセントは手を伸ばし、試しに触れてみる。
だが、指先が光球に触れた瞬間――いくつもの声が直接頭の中へ飛び込んできた。
「起きた! あはははは!」
狂ったような甲高い女の笑い声。
「キュルトと老竜も、いつまでも寝ていないでくれ。そんな調子じゃ、さっきまでの新しい仲間と変わらないじゃないか」
穏やかな男の声は、相変わらずヴィンセント本人へ直接話しかけることなく言葉を続けていた。
ヴィンセントは呆然とした。
次の瞬間には手を引き、驚きと疑念を抱きながら巨大な光球を見つめる。
今の声は間違いなく聞こえた。
しかも非常にはっきりと、まるで頭の中へ直接送り込まれたかのように。
だが、ここは地上からどれほど深く離れているのかさえ分からない地下の深淵だ。
遥かな昔の神霊時代、古の竜獣時代、そして比較的新しい混沌時代――現在の知性時代より前に存在した三つの時代には、数多くの伝説が残されている。
寄生、転生、共生。
そうした恐ろしい話なら、ヴィンセントも長い冒険生活の中で、詩人たちが吟じるのを何度も聞いたことがあった。
しばらく考えた末、ヴィンセントはもう巨大な光球へ不用意に触れないことにした。
これが秘宝である可能性はひとまず捨て、先に出口を探す。
迷宮城へ取り残されてから何度も戦い、何度も意識を失ったことで、ヴィンセントは完全に時間の感覚を失っていた。外でどれほどの日数が過ぎたのか分からない。
これ以上戻れなければ、エリカがもう自分の葬儀を済ませていてもおかしくない。
奇妙な金属の部屋を調べることをやめたヴィンセントは、秘宝かもしれない巨大な光球にさえもう目を向けず、地下の穴を登って石洞へ戻った。
完全に回復した今の身体は、調子がいいという程度ではなかった。
強い。
ヴィンセント自身にも、それがはっきり分かる。
今なら、もしかするとアンダと一戦交えることさえできるかもしれない。
しかも、ごくわずかではあるが、身体の内側に満ちるエネルギーと強化は、本人にも分かるほどの速度で今なお少しずつ増し続けていた。
暗闇を見通せるようになったことで、ヴィンセントは石洞の中を素早く歩くことができた。
ほどなくして以前に上陸した浅瀬へ戻る。
記憶に残る、傷だらけの身体で必死に這い進んだ時とは比べものにならない速さだった。
地面には、まだはっきりと血の跡が残っている。身体を引きずった際に削ぎ落とされた肉片も点々と続いていた。
それを見ても、ヴィンセントはいまだに自分が生き延びたことを信じ切れずにいた。
だが、どれほど奇妙な出来事だったとしても、死ぬより生きている方がいい。
ヴィンセントは自分がどれほど幸運だったのかについて、それ以上考えるのをやめた。
そして、淡く青く光る地下河川へ視線を向け、どうすればここから脱出できるのか必死に考え始める。
テレサ世界には昔から、地下にはもう一つの世界が広がっているという噂がある。
巨大で、複雑に入り組み、果てがない。
広大な海と同じく、どの知性種族もいまだ完全には調べ尽くせていない神秘の領域だ。
目の前の地下河川は、すでにこれほど深い地底にありながら、さらに下へ向かって流れている。
この先がどこへ通じているのか、ヴィンセントには分からない。
考えなしに流れへ身を任せれば、未知の場所まで押し流される可能性がある。ひょっとすれば、伝説に語られる最深部の地心世界まで流れ着き、二度と戻れなくなるかもしれない。
「川に沿って下へ行くんじゃなく、流れに逆らって上まで泳いだらどうだ。地上へ出たところで、山壁を登ってみる……川に落ちる前は、斜面を転がり落ちたはずだ……試してみる価値はあるか」
両側にそびえる壮大な山壁が雲を突き抜けるほど高く、天地の力を思わせる巨大さだったことは覚えている。
しかも、そこには大量の鎌蜘蛛が棲んでいる。
登り切るなど、ほとんど不可能に近い。
それでも、今のところ他に道はなかった。
考えているだけでは何も変わらない。
ほどなくヴィンセントは深く息を吸い、地下河川へ潜って流れを逆行し、地上を目指すことに決めた。
その時だった。
浅瀬と川の境目から、一列、また一列と目のない怪魚が姿を現した。
数はすでに数十匹に達し、なお増え続けている。
どうやら、ここにまだ餌が残っていることを忘れてはいなかったらしい。
ヴィンセントはすぐに数歩後退した。
今の彼には衣服すらなく、当然武器もない。
怪魚そのものはそれほど強い相手ではないが、鋭い牙とこの数が合わされば話は別だった。
後退しながら、ヴィンセントは地面からいくつかの小石を拾う。
技巧による強化を加え、小石を投射武器として投げようとした――その瞬間。
エネルギーを動かした途端、体内の血が激しくうねるのをはっきりと感じた。
その奥から力が湧き上がる。
そしてまるで最初からそうすることを知っていたかのように、自然に強烈な力となって腕へ伝わり、握っていた小石が轟音とともに射出された!
「ドン! ドン! ドン!」
小石が地面と怪魚の群れへ命中し、爆撃のような轟音が連続して響く!
その音は石洞の中に反響し、余波だけで水面が波打ち、水中に潜んでいた怪魚まで何匹もひっくり返った。
何気なく放った一撃だけで敵の大半を退けてしまい、ヴィンセントは驚きながら自分の両手を見つめた。
自分の体内に突然現れた力が、これほど強いとは思っていなかった。
その時だった。
空気から、大地から、そして水面の下から、無数の微細な震動が伝わってくる。
身体は反射的に、それを敵が攻撃を仕掛ける前触れだと判断した。
予想通り、次の瞬間。
傷ついた怪魚の群れが奇声を発し、一斉に水面を突き破った。
数十匹もの怪魚が、頭上を覆い尽くすような勢いで飛びかかってくる!
ヴィンセントは急いでかわし、反撃するための距離と時間を作ろうと考えた。
その瞬間、再び体内の血が激しく動いた。
視界の中にあるすべてのものが、一瞬で遅くなる。
一匹一匹の怪魚が跳びかかってくる動きも、その軌道も、すべてがはっきりと見えた。
確かに動いている。
だが、異様なほど遅い。
怪魚が飛び出した際に散った水滴さえ、一粒一粒がゆっくりと落ちていくのを鮮明に捉えられた。
あまりにも大きな視界の変化に、ヴィンセントは一瞬呆然とした。
目の前の異様な光景を、ただ見つめる。
やがて体内で激しく巡っていた血の動きが維持できなくなったのか、徐々に鈍り始めた。
同時に息が詰まり、身体の内側から圧迫されるような感覚が現れる。
過去に技巧を使いすぎた時とよく似た症状だった。
そこでようやく、ヴィンセントは我に返った。
次の瞬間、もう気を逸らすことなく、まだ緩慢に動いて見える怪魚の群れへ一気に駆け込んだ。
指を突き込む。
掌で打つ。
拳を叩き込む。
蹴る。
膝を突き上げる。
踵を落とす。
ヴィンセントは記憶にある限り最も速く、最も簡潔な攻撃を次々と繰り出し、すべての怪魚の急所へ流れるような致命打を浴びせていった!
遅く見えていた感覚が途切れる。
石洞の中で、その攻撃の結果が一斉に現れた。
まだ空中にいた怪魚たちが血の雨となって次々と弾け飛び、連続する破裂音とともに洞内を鮮血で真っ赤に染める。
生き残った怪魚は生命の危機を感じたのか、急いで地下河川の中へ逃げ戻っていった。
ヴィンセントは軽く息を弾ませていた。
身体はわずかに熱を帯び、汗も浮かんでいる。
周囲に散乱する魚の死骸と血を見つめながら、頭の中にはまだ混乱が残っていた。
今のはいったい何だったのか。
技巧を使って自分の身体を感知し、状態を調べてみようとした、その時だった。
再び血が動き始める。
だが、今回は先ほどまでのように穏やかに身体能力を高めるだけではなかった。
血が狂ったように全身を駆け巡り、温度を上げていく。
やがて沸騰したかのように激しく脈打ち、焼けるような熱と痛みが身体の内側から外へ向かって爆発した!
突然の激痛に、普段どれほどの苦痛にも耐えるヴィンセントさえ膝をついた。
頭を垂れ、堪えきれず苦痛の声を漏らす!
その時、異変が起こった。
裸の身体が変形し始める。
元はやや浅黒かった普通の肌が、高熱を帯びた血の流れとともに瞬く間に鮮紅色へ染まった。
全身の筋肉へエネルギーが満ち、次々と膨張していく。
身体そのものが大きくなり始め、それと同時に背中の肩甲骨付近が大きく盛り上がった!
皮膚と肉が裂ける。
一対の翼が、鮮血に染まったような姿で大きく開いた!
灰白色の骨格が翼を支え、その間には広い肉膜が張られている。
そこには赤い筋や管が幾筋も走り、まるで血管がむき出しになったかのようだった。
内部を血液なのかエネルギーなのか分からないものが絶えず流れ、駆け巡っている。
邪悪で、恐ろしい姿だった。
変化が終わると、激痛はようやく少しずつ弱まっていった。
幾分楽になったヴィンセントは低く息を荒らしながら顔を上げる。
その視線の先に、地下河川の水面があった。
そこには今の自分の姿が映っている。
わずかに長くなった耳。
赤く染まった両眼。
獣じみた顔と牙。
十本の指からは硬く鋭い爪が伸びている。
身体はいつの間にか、アンダたち野蛮人に近い大きさにまで膨れ上がっていた。
そして背中には、巨大で禍々しい骨と血肉の翼。
今の姿は――どう見ても人間ではなかった。
突然突きつけられた事実を、ヴィンセントは信じることができなかった。
だが、何が起きたのか考えようとしたその時には、石洞に満ちた血の臭いが鼻へ届いていた。
心の奥底から、今まで一度も感じたことのない強烈な欲望が湧き上がる。
踏みとどまろうという考えすら浮かぶ暇もなく、理性は一瞬で途切れた!
悪魔のような姿となったヴィンセントは、激しい欲望に突き動かされるまま浅瀬へ飛び込み、散乱する魚の死骸を拾い上げた。
そして獣のように、生のまま肉を喰らい、血を貪り始める!
心の中では抗おうとしていた。
だが、血の中から伝わってくる空虚な衰弱感が、本能となってヴィンセントを突き動かす。
今の彼には、血を飲みたいという渇望を拒むことができなかった!
地面いっぱいに散乱していた魚の死骸は、瞬く間にすべて喰らい尽くされた。
残ったのは、無惨な形で散らばる鱗と皮、それに白い骨だけだった。
そこでようやく、ヴィンセントは自分を止めることができた。
補われた血に満足したかのように、体内の血の動きはようやく静まっていく。
背中の骨と血肉の翼もゆっくりと身体の中へ引き戻され、悪鬼のようだった姿も少しずつ人間の姿へ戻った。
ようやく死地から生還した。
どれほど困難でも、いつかは帰れる可能性があると思っていた。
だが、あんな悪魔のような姿で、どうして蒼藍帝国へ戻れるというのか。
ましてや先ほどのように、理由も分からず、自分でも抑えられない吸血衝動が起きる。
知られれば、たちまち追われる身になるだろう。
ヴィンセント自身にも、自分が何に変わってしまったのかは分からない。
あの巨大な光球が、自分の身体をどのように変えたのかも分からなかった。
だが、長年各国を旅してきた冒険者だからこそ、一つだけよく分かっている。
悪魔の到来を歓迎する知性種族の国など、一つもない。
希望は、再び潰えた。
ヴィンセントは茫然と立ち尽くした。
珍しく身体が自分の意思に反して震えている。
自分の両手を見つめた末、ついに堪えきれず、天を仰いで長い怒号を上げた。
握り締めた拳を、地面へ叩きつける!
強烈な怒りを乗せた力に、石洞全体が再び揺れた。
ヴィンセントは、自分がどんな種族になったのか、どんな身分になったのかなど、本当はどうでもよかった。
かつての彼は、長い年月を魂の抜けた亡霊のように、目的もなくシロ大陸をさまよい続けていた。
エリカと出会って初めて、心の中にもう一度、彼女と共に生き、共に努力していきたいという願いが生まれた。
一つの生命として、本当の意味で生きていきたい。
そう思い、努力してきた。
だが目の前には、血を吸い尽くされ、無惨に壊れた魚の死骸が一面に散らばっている。
もう起きてしまったことは変えられない。
また、失敗した。
石洞には何の音もない。
長い時間が過ぎた。
やがて半ば膝をついていたヴィンセントは、何かを思い出したように立ち上がった。
そして再び、石洞の奥にある地下の穴へ向かって歩き始める。
巨大な光球からは、確かに声が聞こえた。
もしかすると、彼らならすべての疑問に答えられるかもしれない。
エリカのもとへ帰るためなら――
たとえ邪神との取引であろうと、ヴィンセントは真剣に考えるつもりだった。




