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24.鎌蜘蛛

 迷宮城には未知のことがあまりにも多い。固定観念に囚われたまま攻略してはならない。それは冒険者の間で広く認められている原則の一つだった。


 予想外に目の前へ現れた鎌蜘蛛を前にしても、ヴィンセントはすぐに気持ちを切り替え、素早く状況を見極めた。この魔獣はそれほど大きくない。まだ勝てる可能性はある。


 まず長剣を振るって絡みついた白い糸を断ち切ると、距離を取って隙を探し、一気に決着をつけることにした。


 両手で長剣を握り、斜めに構える。鎌蜘蛛の身体がわずかに動いた瞬間、ヴィンセントは右脚を大きく踏み出した。技巧「怪力」と「突進」を重ねた、戦闘で使われる基本的な複合技巧の一つを発動し、一気に目の前の十本脚の蜘蛛へ迫る!


 急加速によって生まれた勢いを乗せ、攻撃距離へ入ったヴィンセントは両手を前へ突き出し、長剣を六つの複眼へ力いっぱい突き込んだ。敵の身体でもっとも分かりやすい急所だ!


「ガキンッ!」


 金属同士がぶつかるような鋭い音が響く!


 鎌蜘蛛の背から伸びる一本の鎌腕が鋭く振るわれ、長剣の刺突を弾き飛ばした。さらにもう一本の鎌腕が、そのまま反撃へ転じ、ヴィンセントの胸腹部を刺し貫こうと迫る。


 刺突を弾かれて体勢を崩したヴィンセントは、咄嗟に長剣を胸元へ引き戻して攻撃を防いだ。だが一本の鎌腕を受け止めた直後、もう一本が隙を突き、横から下腹部へ斬り込んでくる!


 危機に晒された一瞬、長年の鍛錬がものを言った。ヴィンセントは慣れた動きで技巧を切り替え、「怪力」と「突進」を解除し、代わりに「身軽」と「爆発」を重ねる。両脚が瞬時に力を発し、後方へ跳び退いて、腹を切り裂かれかねない一撃を辛うじて避けた!


 鎌蜘蛛は決して小さくないが、動きはかなり速い。八本の脚で素早く追いすがり、背から伸びる二本の長い鎌腕まで使って攻撃してくるため、一般の冒険者にとっては非常に危険な魔獣だった。


 ほんの一呼吸のうちに、再びヴィンセントへ追いつく!


「ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ!」


 立て続けに金属の打ち合うような音が鳴り響き、長剣と二本の鎌腕が激しくぶつかり合う。その音は、強風だけが吹き抜ける懸空石道を遠くまで伝わっていった。


 鎌蜘蛛を単独で相手にするのは初めてだった。ヴィンセントはこの魔獣の反応速度と攻撃速度を見誤っていた。先手を失ってからは押され続け、状況は芳しくない。このままでは、いずれ隙を突かれる。


 これ以上は長引かせられない。ヴィンセントは十本脚の蜘蛛が二本の鎌腕を引き戻した瞬間を見定めると、大声を上げながら力を込めて後退し、相手の攻撃のリズムを崩した。


 動きに慣れ始めていた彼は、そこでようやく機会を掴む。


 技巧「怪力」と「爆発」を重ね、頭上から再び振り下ろされる鎌腕を早めに受け止めて弾き、その隙にさらに数歩退いて完全に間合いを開けた。態勢を整え、もう一度攻め直すつもりだった。


 だが後退して足元を固めたばかりのヴィンセントを、鎌蜘蛛は追ってこなかった。突然頭を持ち上げると、白い糸を一気に吐き出し、真正面から顔を狙ってくる!


 際どいところでヴィンセントは力いっぱい首を振り、顔を逸らしてかわした!


 それでも数筋の白い糸が頬に触れ、焼け溶けるような腐食の痛みが走った。思わず息を呑む。だが歯を食いしばって耐え、敵を前に意識を逸らすことだけは避けた。


 蜘蛛の糸には腐食性の毒がある!


 わずかな隙に、ヴィンセントは手にした長剣へ目を落とした。先ほど白い糸に絡め取られた部分には、すでに何本もの黒ずんだ跡が浮かんでいる。剣もかなり侵食されていた。


「このままではまずい。長剣が使い物にならなくなる前に、この魔獣を仕留めなければ……」


 傷んだ剣身で二本の強力な鎌腕と長く打ち合うのは危険だ。ヴィンセントはすぐに戦い方を考え直した。


 その間も、鎌蜘蛛が一歩進むたびに、ヴィンセントは一歩退くしかなかった。


 ほどなく一人と一体は、戦いながら懸空石道の中央まで移動していた。左右には底の見えない深淵が広がっている。


 そのとき、山間を吹き抜ける強風が再び激しさを増した。長年ここで生きてきた魔獣とは違い、人間であるヴィンセントの足元が一瞬ぐらつく!


 それを見た鎌蜘蛛の六つの碧緑色の複眼が赤みを帯び、牙の並ぶ口器が大きく開いた。


「シィッ!」


 鳴き声とともに襲いかかる!


 八本の脚が一斉に力を発した。強風の中でさえ、鎌蜘蛛の強烈な跳躍はまったく衰えない。左右へ素早く身体を振りながら迫り、瞬く間にヴィンセントの目前まで入り込んだ。


 一本の鎌腕が下から斜め上へ突き上げられ、両脚を狙う。もう一本は真正面から弾けるように伸び、胸を刺し貫こうと迫った!


 危機の中、ヴィンセントは技巧を使って体勢を安定させ、強風の中、片脚だけで強引に踏みとどまった!


 そしてもう片方の脚を持ち上げると、重く踏み下ろして振るわれた鎌腕を正確に踏みつけた。同時にその勢いのまま素早く身を低くし、自ら鎌蜘蛛へ突っ込み、胸を狙ったもう一本の鎌腕と紙一重ですれ違う!


 だが完全には避けきれなかった。腕から背中にかけて赤い長い傷が走る。すでに破損していた軽鎧ではまともに防ぐこともできず、皮膚と肉が裂け、鮮血が飛び散った!


 それでも、血を流す代償を払った危険な攻防の中で、ヴィンセントはついに接近して攻撃する機会を掴んだ!


 餌が自ら目の前まで入り込んできたものの、その手にある脅威の長剣からは鋭利なエネルギーが放たれている。十本脚の蜘蛛も強い圧力を感じたのか、口器を開くと、すぐさま白い糸を吐き出した。


 今度のヴィンセントは避けなかった。わざと身体の位置を調整し、蜘蛛の糸を胸の鎧へ受ける。腐食性の毒が防具を食い破るより先に、長剣を逆手に両手で握り直し、小さく跳び上がった。技巧「怪力」を乗せ、上から下へ力任せに長剣を突き下ろす! 


 刃は縦に並ぶ複眼の間へ深々と突き刺さり、そのまま鎌蜘蛛の頭部を貫いた!


 粘つく緑色の血液が飛び散る。八本の太い脚が激しくもがき、巨体を何度も大きく揺らした。しばらくして、ようやく魔獣の身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。


 気を緩める暇はない。ヴィンセントはすぐに、まだ煙を上げながら腐食している胸当てを脱ぎ捨てた。蜘蛛の糸はあと少しで防具を食い破り、胸へ触れるところだった。


 激しい戦闘が終わり、技巧を解除したことで、傷つき疲れた身体への負担もいくらか軽くなった。ヴィンセントは思わず小さく息を吐き、懸空石道へ腰を下ろして休息を取った。


 この迷宮城の守衛は、決して侮れない。これまで参加してきた探索任務と比べても、明らかに難度が高かった。


 そう考えたところで、ヴィンセントは以前、老バダから聞いた三大魔王の迷宮城を思い出した。シロ大陸全土で名高い冒険者の聖地であり、同時に名高い冒険者の墓場でもある。


 天の魔王の蒼穹の島、地の魔王の生体迷宮、海の魔王の霧影の淵。


 知性生命が台頭してからのこの数百年間においても、この三つの迷宮城を完全に踏破した者は一人もいない。そこには無数の命が埋葬されてきたが、その一方で広く知られる数多くの奇跡や物語も生まれ、今では伝説となった冒険者たちを何人も生み出してきた。


 今では三つの迷宮城の周辺に巨大な都市まで形成されている。そこから得られる素材や資源、そして先人が残した宝を求め、さまざまな種族の無数の者たちが競うように足を踏み入れており、その賑わいは一部の国の首都さえ上回っていた。


「そんなことはもうどうでもいい。生きて帰りさえすれば、世襲できる男爵位を得て、エリカとカンダベスで暮らせる。落ち着いたあとなら、彼女のために名のある医師や大神官を探して、一度診てもらうこともできるかもしれない。ボーウェンの判断だって、必ずしも正しいとは限らない……」


 知性生命との会話を好まないヴィンセントだが、実際にはいつも頭の中で多くのことを考えていた。愚かなわけでも、頭が悪いわけでもない。ただ少し離れたところから眺め、自分なりのやり方で、この混乱した世界を静かに生きていくのを好んでいるだけだった。


 冷たい山風が絶えず吹き抜け、ヴィンセントの入り乱れた思考も次第に収まっていった。十分に休んだ彼は再び立ち上がり、魔獣の死骸へ近づいて、ひどく傷んだ長剣を引き抜く。今の彼に残された唯一の武器だ。ないよりはましだった。


 長剣の状態を確認すると、第一層へ通じる洞口へ戻ろうと歩き出した。


 そのとき、辺り一帯から聞き覚えのある鳴き声が、途切れることなく響き始めた。


「シィ……シィ……シィ……」


 ヴィンセントの表情が強張り、胸の奥が沈んだ。ゆっくりと顔を上げ、上方を見る。


 視界の届く限り、両側の岩壁はすでに無数の鎌蜘蛛で埋め尽くされていた。大小さまざまな漆黒の身体。小さいものは拳ほどしかない。だが大きなものになると、上位食獣人に匹敵するほどの巨体を持っている!


 どうやら鎌蜘蛛という種にも、独自の進化の道筋が存在するらしい。


 だが、それすら最も恐ろしいものではなかった。


 ヴィンセントは見た。


 下方に広がる巨大な黒い深淵から、一本の恐ろしく太い蜘蛛の脚が上へ伸びてきている。見えているのは、その一部にすぎない。それだけで、ヴィンセントが数十年にわたる冒険の中で目にしてきた、どんな生命よりも遥かに巨大だった!


 おそらく、伝説に語られる竜族の巨体なら比べられるかもしれない。


 だが、それでも比べられるのは、この一本の脚だけだ!


「これは……超獣種!? この迷宮城に、どうしてこんな恐ろしいものが……」


 進むことも、戻ることもできない。ヴィンセントはただ、前後双方から増え続ける大小の漆黒の蜘蛛を見つめていた。ほどなくして両側の洞口も、張り出した崖も鎌蜘蛛で埋め尽くされる。まるで黒い潮がゆっくりと押し寄せるように迫り、残されたのは懸空石道のわずかな空間だけだった。


 ヴィンセントにはすでに想像できた。無数の十本脚の蜘蛛が一斉に自分へ飛びつき、一口ずつ身体を食いちぎり、最後には食い尽くされて死ぬ光景を。


「カランッ!」


 腐食して黒ずんだ長剣が地面へ落ちた。


 いつも寡黙な冒険者は空を見上げた。光神の光さえ届きにくい死亡峡谷では、今日も厚い雲が幾重にも空を覆っている。


 ヴィンセントは長く息を吐いた。


「あと一歩だった……」


 その目には、悔しさがあり、心残りがあり、未練があった。


 ヴィンセントは実のところ、エリカとカンダベスで送る穏やかな生活をそれなりに楽しみにしていた。あの女が安穏と暮らしている姿など、どうしても頭の中でうまく思い描けない。


 そのうえ、ときおりドロシーがやって来て挑発することまで考えると、想像するだけでもなかなか面白かった。


 ほどなくして鎌蜘蛛の群れは懸空石道を埋め尽くし、ヴィンセントを幾重にも取り囲んだ。示し合わせたかのように、すべての口器が同時に開く。無数の白い糸が噴き出し、中央の獲物を絡め取って包み始めた!


 全身に、溶かされ腐食されていくような灼熱の痛みが走る!


 疲労と傷、苦痛が入り混じり、意識が霞んでいく。わずかに外へ露出した目で、ヴィンセントはすでに何体かの鎌蜘蛛が自分へ飛びかかり、噛みつこうとしているのを見た。


 彼は深く息を吸った。


 そして次の瞬間、力を振り絞り、懸空石道の外へ身を倒した。


 巨大な岩壁の間を、一つの小さな影が落ち続ける。やがてその姿は、果てのない黒い深淵に呑み込まれた。

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