2.ドロシー
空には光神が灼熱の姿を現し、炎気すら感じさせる激しい光を四方へ放っていた。
蒼藍帝国を象徴する、青地に剣と盾を描いた旗を掲げた五台の大型輸送獣車が、荒れ果てた起伏の激しい野道を、速くも遅くもない速度で進んでいる。
前方で車を引くのは、よく見かける温厚な魔獣「荒野の巨脚獣」。
蒼藍帝国から派遣された送迎要員たちは真面目に道を進みながら、魔獣や野盗、邪悪体が周囲に潜んでいないか注意を払っていた。
もっとも、危険についてそれほど心配している様子はない。
なにしろ五台の大型輸送獣車のうち、二台には冒険者がぎっしりと乗っているのだ。
道中、天候はずっと良好だった。
輸送獣車の上部に張られた雨除けの帆布もすべて開かれ、冒険者たちは心地よく吹き抜ける涼風を受けながら、帝国辺境の自然の景色を眺めている。
もちろん、不意の危険に対する警戒も怠ってはいない。
巨大で威容を誇る帝国首都バランドを離れてから、すでに数十日が経っていた。
冒険者たちは大型輸送獣車に揺られながら、見慣れた都市や町をいくつも通り過ぎ、ついには小さな村一つ見えない場所までやって来た。
目の前に広がるのは、果てしない自然の大地だけだった。
道は進むほど険しくなり、大型輸送獣車の揺れも次第に耐え難いものになっていく。
平らに整備されていた道はいつしか砕石や泥、ぬかるみに変わり、両脇には背の高い野草が生い茂っていた。
さらに遠くには、まだ人の手が入っていない森林が密集し、奥深くまで続いている。光神の光でさえ、そこを完全に照らし出すことはできない。
経験のある冒険者の中には、一つのことに気づいている者もいた。
道中で見かけたのは、ごく一部の温厚な動物や魔獣だけで、自分たちが手を出さなければならないような危険にはほとんど遭遇していない。
どうやら蒼藍帝国が、あらかじめ周辺の脅威を排除していたらしい。
辺境の野外を掃討するためにこれほどの手間をかけ、そのうえ次から次へと冒険者を大金で雇っている。
それだけでも、蒼藍帝国が新しい迷宮城へどれほど大きな野心を抱いているのか分かる。
同時に、冒険者たちが大きな利益を得られる可能性も、それだけ高いということだった。
そう考えると、ひそかに気持ちを昂らせる者も少なくない。
だが、ジェットの顔色だけは、時間が経つほど悪くなっていた。
青ざめた顔には汗まで浮かんでいる。
彼は生まれてから一度も蒼藍帝国の領地を出たことがなかった。
冒険など難しいものではなく、酒場で聞く伝説の物語と同じようなものだと思っていたのだ。
だが、いつ魔獣や野盗、邪悪体が現れるか分からないという不安に晒され続けるうち、出発時に抱いていた大きな志は少しずつ削られていった。
身体は緊張しきり、とうとう胃まで痛み始めている。
カルロをはじめ何人かは、新人の様子に気づいていた。
だが、あえて声をかけようとはしない。
彼らは一度きりの任務で組んだ仲間にすぎない。
冒険者である以上、誰だって命を懸けて仕事をこなしているのだ。
若者に鍛錬が足りないというのなら、ここ数日ずっと騒がしく喋り続けていた罰だとでも思っておけばいい。
それぞれが思いを抱えたまま、時間は過ぎていった。
光神の姿が少しずつ薄れ、闇神が徐々に現れ始める。
遠い空には美しい夕焼けの帯が広がり、橙紅色の残光が一面を赤く染めていた。
荒野巨足は持久力に優れた大型の温厚な魔獣だが、野外で一日中重い荷を引き続ければ、さすがに疲労は避けられない。
やがて苦しそうな鳴き声を上げ始めたため、送迎要員たちは遮蔽物のない平坦な場所を見つけ、そこで夜を過ごすことにした。
今日の旅も終わりだと分かると、冒険者たちは次々と車から飛び降り、凝り固まった身体を伸ばした。
じっとしていられない者の中には、武器を抜いて送迎要員を手伝い、周囲に伸びすぎた野草を刈り始める者までいる。
夜間、草陰に潜んだ何かに奇襲されるのを防ぐためだ。
風が吹き、草が揺れる。
大地と遠い空が果てなく溶け合い、ありふれていながらも心を動かす景色を形作っていた。
もっとも、それを眺めようとする者はいなかった。
「お義兄さん! お義兄さん!」
「見つけた。今日、一緒にご飯食べない? 家にいる時だって毎食たくさん食べるでしょ。出発前に姉さんから言われてるの。お義兄さんをお腹いっぱいにしてあげなさいって」
夕暮れの残光の中、小柄で可愛らしい女性が光を背に歩いてきた。
周囲の視線などまったく気にする様子もなく、楽しげな顔でまっすぐヴィンセントのもとへやって来る。
彼女が身につけているのは、上下に分かれた短い衣服だった。
腕と脚の大半が露出しており、長年冒険者として暮らしてきたせいか、特別に白く柔らかな肌というわけではない。
その代わり、細身の身体には引き締まった流れるような線があり、それがかえって人を惹きつける雰囲気を生んでいた。
とりわけ露出した腹部は引き締まり、弾力を感じさせる。
思わず触れてみたくなるような印象さえあり、外から長衣を羽織って隠していなければ、本当に手を伸ばそうとする冒険者が出てもおかしくないほどだった。
大きく明るい瞳。
淡い桃色の肩まで届く巻き髪。
整った小さな顔立ち。
見た目だけならかなり幼く、事情を知らない者なら十六歳にもなっておらず、蒼藍帝国ではまだ成人すらしていないと思うかもしれない。
だが実際には、すでに二十歳を越えていた。
妻の妹を前にしても、ヴィンセントの表情に特別な変化はない。
少し考えてから、淡々と頷いた。
「分かった」
そう言うと、ヴィンセントは向きを変え、すでに刈られていた野草を集め始めた。
一束にまとめて背負い、荒野巨足のところへ持っていこうとする。
この温厚な魔獣は非常に飼いやすく、ヴィンセントは気に入っていた。
将来、カンダベスにも導入し、土地の開拓を手伝わせられないかと考えているところだった。
「お義兄さん、自分だってお腹いっぱい食べられてないのに、まだ魔獣に餌をあげようとしてるの?」
何度かその姿を眺めたドロシーが、不思議そうに尋ねる。
「うん」
返ってきたのは、また短い相槌だけだった。
そのままヴィンセントは大型輸送獣車の方へ早足で歩いていく。
また無視されていると気づいたドロシーは、仕方なく後を追った。
小柄な身体をヴィンセントのすぐそばに寄せ、片手で彼の服の裾をつかみ、頬を膨らませて不満そうな顔をする。
「お義兄さん、いつも魔獣とか、動物とか、姉さんのことばっかり考えるのやめられない? 自分だってちゃんと食べられてないんだから、もう少し自分のこととか……そばにいる人のことも考えてよ」
「動物はいい。温厚な魔獣もいい……エリカもいい」
ヴィンセントは歩きながら答えた。
長い脚で大股に進み、隣にいる小柄な女性へ歩幅を合わせる気はまったくない。
ドロシーはその速度についていくため、どんどん足を速めていった。
小さな顔をわずかに赤らめると、わざと大きく息を弾ませながら言う。
「そうやって人と付き合わないから、姉さんが心配するの。ちゃんと食べないだけならまだしも、また誰かと揉めたりしたらもっと困るでしょ。今回は私をついて来させて正解だったわ。全部、私に任せておけば大丈夫だから!」
最後には口元を上げ、もう片方の手で豊かな胸元を軽く叩いた。
安心したような、得意げな表情だった。
だが、その時。
ヴィンセントが足を止めた。
不意を突かれたドロシーは、そのまま硬く広い背中へぶつかってしまう。
「エリカは、そんなことを心配しない。それに、お前をついて来させたりもしない」
そう言ったヴィンセントは振り返ることもなく、また一人で大型輸送獣車へ向かって歩き始めた。
空に残っていた最後の光も消え、輝きはゆっくりと影の中へ沈んでいく。
ドロシーだけが、その場に残された。
泣くことも、不満を口にすることもない。
ただ静かに立ったまま、その可愛らしい顔に、見る者の胸をざわつかせるような笑みを浮かべていた。
その頃、休憩中の野営地では。
迷宮城の探索隊として雇われた冒険者たちは、帝国辺境へ着くまで特にすることもない。
だがジェットは年長者たちとも話が合わず、長い間大型輸送獣車の中で退屈していた。
今はただ、自分が想いを寄せる小柄な女性がどこへ行ったのか知りたかった。
そこで何でもないような顔をしてあちこち歩き回り、女性冒険者たちの休憩場所へ近づこうとした、その時。
大きな影がジェットを覆った。
彼が顔を上げるより早く、身体が凄まじい力で宙へ持ち上げられ、そのまま放り投げられる。
勢いはかなり強く、地面へ落ちてからも止まりきれずに何度か転がった。
全身を泥と腐った草まみれにした姿は、ひどく惨めだった。
「ははははは!」
男女入り混じった大笑いが一斉に爆発した。
男も女も遠慮なく笑い、蒼藍帝国の送迎要員の中にも、堪えきれずこっそり笑っている者が何人もいた。
「お、お前! 何を……何して……」
最初は大声で怒鳴りつけようとしたジェットだったが、近づいてくる巨大な人影を見た途端、その声はどんどん小さくなっていった。
「何をしてるかって? 小ネズミが一匹、こっそり私の縄張りに入ろうとしてたから、たっぷり教えてやろうと思ってたところだ。何か文句でもあるのか?」
巨大な人影が腰を曲げ、遠慮なく言い放つ。
近くにいた女性冒険者たちはそれを聞くと、さらに大声で笑い出し、次々と横から口を挟んだ。
「アンダ、そんなに坊やを怖がらせるなよ。可哀想じゃないか。何年も溜め込んだ情熱をぶつける場所がないんだから、そりゃあ、いい相手を探したくもなるさ」
「可哀想な子ねぇ。お姉さんが手伝ってあげようか? その様子じゃ、まだろくに経験もないんでしょう。今のうちに試しておかないと、迷宮城に入ってからじゃ機会がなくなるかもよ。その心残りを抱えたまま、一生を終えることになるかもしれないんだから」
「ははっ! お前、その天国の薬水でも飲んだみたいな淫らな口は相変わらずだな。『お姉さん』じゃなくて『おばさん』だろ? どうした、この前帰った時は遊び足りなかったのか? 若い奴までからかいたくなったのかよ」
「うるさい! 今ちょうどこいつで遊んでるんだ!」
女性冒険者たちが次々と口を開くと、それまで笑っていた男性冒険者たちの声は、途端にいくらか小さくなった。
誰もが知っている。
野外で最も恐ろしく、注意しなければならない危険は四つある。
魔獣。
野盗。
邪悪体。
そして、女。
最後の一つは冗談めいて付け加えられたものだった。
だが、「血染めの薔薇事件」以来、各種族の女性たちは非常に強く団結するようになっている。
特に何の保証もない野外では、任務が始まる前から自分で面倒を招きたい男性冒険者などいなかった。
「お、お前ら……で、でたらめ言うな! 俺は……俺は別に……へ、変なことを考えてたわけじゃ……」
商人の息子として育ち、たまに酒場へ足を運んで見聞を広める程度だった丸顔の青年は、これほど下品な言葉を聞いたことがなかった。
真っ赤になって反論しようとするが、途中まで言ったところで、首の後ろを大きな手につかまれ、また身体ごと宙へ持ち上げられる。
野蛮人族のアンダは、一族の中では特別大柄な方ではない。
それでも普通の人間より半身ほど高く、その腕などジェットの太腿よりはるかに太い。
彼一人を持ち上げる程度なら、まるで力を使っているようにも見えなかった。
「小僧。そんな有様で冒険者を名乗る気か? せめて村の近くでウサギでも追いかけるところから始めろ。遊騎兵ギルドが人選をふるいにかけないとこれだ。どんな役立たずでも任務に参加でき――」
「あっ! 何してるの!?」
短い悲鳴が響いた。
いつの間にか近くまで来ていたドロシーが、緊張した表情で二人を見つめている。
アンダは目だけを横へ向けてドロシーを見た。
そして、その少し後ろに立つ、淡泊な表情の男へ視線をやると、笑みを浮かべた。
「役立たずの新人を教育してるところさ。こいつに――」
「俺は役立たずじゃない!」
怒鳴り声とともに、想い人の前で辱められることに耐えられなくなったジェットが、腰の長剣を抜いた。
声だけ聞けば威勢はよかった。
だが本人はいまだアンダに軽々とつかまれ、宙吊りのままだ。
その状態で抵抗する姿は、むしろ滑稽さを増しているだけで、周囲の男女の冒険者たちはますます面白がって騒ぎ始めた。
「やれよ! 役立たずじゃないって証明してみろ!」
最初に大声を上げたのは女性冒険者だった。
「ジェット、いいぞ! 本当に斬ったら、帰った時に幽香長街へ連れてってやる! 金は全部俺が持つ!」
ウヘも興奮して叫ぶ。
「おい、お前ら……あんまり大事にするなよ」
カルロの困り果てた声だった。
リーダーに選ばれてはいるものの、実際には彼にそれほど大きな権限があるわけではない。
まして、あの女性の野蛮人を説得しようとなれば、なおさらだった。
老バダが迷宮城の専門家であり、今回の探索隊における中心人物だとすれば、アンダは戦力面での保証そのものだった。
シロ大陸では広く知られている。
野蛮人は、もっとも「話の通じる」種族だ。
ただし、その話し合いに使うのは、口ではない。
拳である。




