16.混戦
逃走のその瞬間、探索隊の誰もが、これまで一度も出したことのないほどの速さで動いていた。
老バダは、とてもその年齢とは思えない勇猛さと俊敏さを発揮した。道を切り開いたアンダを追い越すと、今度は自ら先頭に立ち、両手で長剣を握って正面から迫る敵を正確に斬りつけていく。行く手を塞ぐ食獣人は、斬撃を受けるたびにたちまち行動能力を失っていった。
カルロ、ファング、それに元々後衛を務めていたほかの戦士たちも、次々と「突進」を使い、左右から行く手を阻もうとする食獣人を弾き飛ばした。
冒険者たちはこの一瞬、見事な連携を発揮した。全員が力を合わせ、ようやく後続の仲間たちが通れる道を切り開いた。
斥候のドールは、いつの間にか姿を隠して消えていた。
ビセとミユナは、一時的に力の落ちたアンダの両脇につき、三人で戦いながら移動し、ようやく前方の隊へ少しずつ追いついていく。
残るのは、最後尾にいる三人の盾持ちと、まだその場を離れていないドロシーだけだった。
女野蛮人が一人で活路を切り開く一方、後方では依然として厳しい戦いが続いていた!
「ヴィ……ヴィンセント! 行く……もう行かないと!」
アカヤの声は途切れていた。二体の食獣人から同時に攻撃を受けながら、ヴィンセントに聞こえなかったのではないかと心配し、最後には声が裏返るほど強く叫んだ。
だが言い終えた直後、別の仲間が背後から吹き飛ばされるのが見えた。その身体は宙を舞って石壁へ激突し、地面へ落ちると、激しく血を吐いた。
「ベリ!」
アカヤは思わず叫んだ。同時に、恐怖がさらに強くなった。自分の背後が完全にがら空きになったからだ。大きな影が後ろから覆いかぶさった。
次の瞬間には死ぬ。そう感じていても、正面から攻めてくる二体の食獣人は、彼女に振り返る隙を与えてくれない!
その危機の瞬間、凄まじい力が襲いかかり、アカヤの身体を弾き飛ばした!
ちょうどベリのそばへ倒れ込んだアカヤが振り返る。自分を吹き飛ばしたのは、ヴィンセントが彼女へ向けて使った「突進」だった!
ヴィンセントは大盾を頭上に掲げ、一人だけで四体の食獣人による包囲攻撃を受け止めていた。四体の攻撃が重なった凄まじい圧力によって片膝をつき、その衝撃で足元の地面まで砕けた!
別方向から「ヒュッ!」と矢が連続して放たれる音が響いた。矢は包囲していた二体の食獣人の眼球を正確に射抜き、そのまま頭蓋の奥まで貫通した!
「お義兄さん! 早く逃げて!」
ドロシーが焦った表情で叫んだ。今の彼女は全身のあちこちを汚れた血に染め、普段の可愛らしく無邪気な姿など見る影もなかった。
ヴィンセントは残る二体の食獣人を力いっぱい押し返し、その勢いで後方へ転がるように退いた。すぐにベリとアカヤを引き起こし、隊のいる方向へ追いつこうとする。
だが、立ち上がった二人が礼を言う間もなく、目の前で寡黙ながら頼りになる冒険者の身体が大きく弓なりに折れ曲がった。次の瞬間、その身体はまるで弾き飛ばされたかのように、反対側の石壁へ激しく叩きつけられた!
「お義兄さん!」
「ヴィンセント!」
ヴィンセントは「ぶはっ!」と大量の血を吐いた。ファングから奪った大盾で咄嗟に防いだものの、それでも全身に凄まじい痛みが走り、身体が真っ二つに折れそうなほどだった。
奇襲を仕掛けた上位食獣人が、一歩、また一歩と迫ってくる。ヴィンセントはそこで、戦いが始まってから初めて口を開いた。
「行け! 俺に構うな!」
残る三人を逃がすため、ヴィンセントは迷うことなく身を翻し、反対方向の広い通路口に群がる食獣人たちへ向かって突っ込んでいった!
「いやっ!」
その光景を目にしたドロシーは、信じられないというように甲高い声で叫んだ。顔は激しく歪み、弓を引いて上位食獣人の注意をもう一度自分へ向けようとさえする!
アカヤとベリは慌てて飛びつき、我を失ったドロシーを力いっぱい抱え込んだ。そのまま半ば引きずるようにして、無理やり隊へ連れ戻していく。
合流した冒険者たちは撤退を続けながら何度も後ろを振り返った。だが、彼らにできたのは、ヴィンセントが一人で広い通路口へ突っ込んでいく姿をただ見つめることだけだった。互いの距離はどんどん離れ、やがて背の高い食獣人の群れが視界を塞ぎ、あの寡黙な姿は完全に見えなくなった。
「あああっ!!!」
「くそっ! せっかくの機会も生かせない奴らめ!」
アンダが怒鳴りつけた相手はヴィンセントではない。実力が足りず、彼の足を引っ張った冒険者たちだった。
女野蛮人が足を止め、救援へ戻ろうとしたそのとき、老バダが一足早く大声を張り上げた!
「アンダ! 今は戻るな! お前がいなければ、この探索隊はもっと死人を出す! まず脱出するぞ!」
もしアンダの体力が万全だったなら、この食獣人で埋まる通路を力ずくで突破し、ヴィンセントと連携して戻ってくることも問題ではなかった。だが彼女は、つい先ほど一度力を爆発させたばかりで、そのうえ今後も探索隊の撤退を援護しなければならない。
二つに一つの選択だった。
アンダは怒りに任せて大槌を振るい、行く手を阻む食獣人の頭を叩き潰した。どれほど強大な女野蛮人であっても、この事実だけは受け入れるしかなかった。
無理やり捕まえられ、引きずられていくドロシー。桃色の髪に隠れた両目は大きく見開かれ、血走っていた。誰にも見られていないその瞬間、彼女は迷宮城の奥を睨みつける。その顔は、激しい怒りと憎しみによってひどく歪んでいた!
一方、大盾を構えたまま「突進」で広い通路口へ飛び込んだヴィンセントは、まだ希望を捨てていなかった。
ほんのわずかな隙に、ヴィンセントは周囲の通路を素早く見渡した。そして、一番左の通路だけは、食獣人が次々と現れる様子がないことに気づいた。それ以上考えることなく方向を変え、再び「突進」を発動した!
命懸けの猛烈な突進が、行く手を阻む敵を次々と押し退けていった。何もいない逃げ道は、もう目の前だった。
突然、「ドン!」という重い音とともに、何者かの身体が大盾による突進を受け止めた。直後、さらに多くの食獣人が左右から取り囲んでくる!
前へは進めない。背後からは、上位食獣人が地面を踏み鳴らす振動がますます近づいていた!
ヴィンセントは即座に決断した。押し合っていた大盾を勢いよく横へ傾け、正面からぶつかっていた力を脇へ逃がす。それによって前方にいた数体の食獣人は力の行き場を失い、折り重なるように地面へ倒れた。
ヴィンセントはそのまま大盾を手放し、「怪力」と「硬化」を解除した。慣れた動きで瞬時に「身軽」と「爆発」へ切り替え、身を沈めて一気に跳び上がる。身体は高く宙を舞い、倒れた数体の食獣人を飛び越え、そのまま向かい側の通路へ飛び込むことに成功した!
後方の上位食獣人は追おうとしたものの、地面へ折り重なった自分の愚かな部下たちに行く手を塞がれ、怒りの咆哮を上げ続けることしかできなかった。
未知の漆黒の通路へ入ったヴィンセントは、足を止めるわけにはいかなかった。食獣人が追ってくる可能性を警戒し、傷の痛みに耐えながら必死に走り続ける。
負傷、失血、疲労。そのせいで意識は次第に朦朧としていった。元々ほとんど光のない暗闇だったが、今では「暗視」を使ってさえ前方をまともに見ることができない。とうとう走ることもできなくなり、ヴィンセントは力なく息を切らしながら、石壁に手をついて歩き続けるしかなかった。
先ほどは一人で主力となって上位食獣人を食い止め、その後も何度となく技巧を使い続けた。普段から厳しい鍛錬を続けているヴィンセントでさえ、すでに限界へ近づいていた。とりわけ背中の脇に負った重傷が、今になって鈍く痛み始めている。
それでも無理に身体を支え、さらにしばらく歩いた。意識を失いかけたそのとき、冷たくも清々しい涼風が正面から吹きつけてきた。ヴィンセントは無意識のうちに、その風が来る方向へ歩いていく。
だが、すでにほとんど見えなくなった視界の中で足元が定まらず、滑って激しく地面へ転倒した。よりにもよってジェットと同じような、ひよっこじみた失敗を犯してしまったのだ。
頭が石へぶつかった。強烈な衝撃を受け、ヴィンセントはついに耐えきれなくなった。意識を失う直前、最後に残ったわずかな意識の中で低く呟く。
「エリカ……」
奥深く曲がりくねった石壁の通路は、再び静寂に包まれた。緑皮鬼もいない。食獣人もいない。ただ一人の人間だけが、静かに横たわっていた。
時間はゆっくりと流れていった。どれほど経ったのかは分からない。
やがて、涼風が運んでくる清々しい匂いに、わずかな湿り気が混じり始めた。汚れた地下城の中へいくらか爽やかな空気をもたらし、辺りに漂う悪臭を薄めていく。
身体が周囲の変化を感じ取ったのか、ヴィンセントはようやくゆっくりと意識を取り戻した。
身を起こそうともがいた瞬間、全身を激痛が襲った!
力が入らず、身体のあちこちから痺れとだるさが押し寄せる。ヴィンセントは辛うじて這うように石壁まで移動し、そこへ身体を預けると、荒い呼吸を繰り返しながら不快感が収まるのを待った。
ようやく少し体力を取り戻すと、残るわずかな力で「暗視」を使い、周囲を確認した。目に入るのは相変わらず不規則な岩石と岩壁ばかりで、深い闇の中ではどこも見分けがつかなかった。
意識を失う前、かなりの距離を走った記憶はある。それでも普通に考えれば、まだ地下城の中にいるはずだった。なぜ食獣人が追ってこなかったのか、ヴィンセントには分からない。
だが、生きているのならそれでいい。彼はまだ、無事にここから逃げ出してカンダベスへ帰ることを願っていた。そこでは妻が待っている。
休みながら周囲を観察すると同時に、ヴィンセントは自分の装備も確認した。
背中に背負っていたもう一枚の大盾は、上位食獣人の一撃を防いだ際に半分以上が砕け、すでに使い物にならなくなっていた。武器は長剣一本しか残っておらず、軽甲も混戦の中であちこちが損傷し、ぼろぼろだった。携帯していた食糧と水まで、いつの間にか失っていた。
何より問題なのは、自分が今どこにいるのかさえ分からないことだった。
迷宮城を攻略するうえで、これは最悪と言っていい状況だ。
それでもヴィンセントに、諦めるという考えはなかった。孤児だった彼は、幼い頃からシロ大陸の各地を流浪し、どれほど苦しく劣悪な状況も経験してきた。
一人で困難に向き合うことには、慣れていた。
何度か深呼吸をした。少し体力が戻り、傷もいくらか落ち着いたことを確認すると、ヴィンセントは石壁へ手をつきながらゆっくりと立ち上がった。
意識を失う前、清々しい匂いを感じたことを覚えている。今ではそこへさらに湿り気まで加わっていた。もしかすると、この先には今もっとも必要な資源があるのかもしれない。
水。
ヴィンセントは、涼風が吹いてくる方向へ進むことにした。




