104.シンシアの攻略(二)
翌朝。
光神が姿を現し、厚く垂れ込めた雲の切れ間から光が差し始める中、シンシアは巨大な古代宮殿の前に立ち、技巧を使ってその薄暗い奥を注意深く観察していた。
蒼藍帝国から提供された情報によれば、かつて皇家冒険団がこの区域で守衛から攻撃を受けたり、罠に遭遇したりしたことは一度もなかった。
だが、過去の情報はもう今には通用しない。
昨日、ここまで探索してきた道のりこそが何よりの証拠だった。
人の魔王の出現によって、多くのことが変わっている。
巨大な峡谷の入口に大量の罠が仕掛けられていたことからも、この死亡峡谷が少しずつ防衛機構を取り戻していることは明らかだった。以前の経験をそのまま頼りに攻略を続ければ、ここから生きて出られる知性ある者は、そう多くないだろう。
探索隊長が考え込んでいると、背後から元気いっぱいの幼い声が彼女を呼んだ。
「シンシア姉さん! もう準備できたよ! いつでも出発できる!」
振り返ると、そこには一人の少年と一人の少女が歩いてきていた。
前を歩く少年は、細身で背が高い。茶色い髪は背中まで伸び、後ろで束ねられていた。縦長に光る瞳、頭の上に伸びた尖った長い耳、左右から目立つ犬歯。腰の後ろでは長い尾が揺れ、身体の重要な部分にだけ防具を身につけている。
表情は明るく活発で、その全身からは生まれつきの野性味があふれていた。
後ろを歩く少女は、少年より小柄だった。
黒い短髪をすっきりと束ね、立体的で整った顔立ちをしている。だが、その表情は沈みがちで、どこか憂いを帯びていた。わずかに寄った眉は、いつも何かを心配しているように見える。
細長い尾を腰に巻きつけ、足音はほとんど聞こえない。隣にいる少年があまりにも目立っていなければ、彼女が近づいてきたことに気づかない者さえいただろう。
「ルード。あなたとハイヴィは、いったい何の準備をしたの?」
まだ十歳ほどにしか見えない二人を見た瞬間、シンシアは頭が痛くなってきた。同時に、辺りへ視線を巡らせ、マンテキュウの姿を探し始める。
ルードは胸を叩き、幼い顔いっぱいに自信を浮かべて大声で答えた。
「シンシア姉さんと一緒に探索へ入る準備だよ! 老バダがこんな場所でやられるなんて、俺は信じない! 生きてても死んでても、絶対に見つけ出す!」
シンシアは内心で呆れながらも、表情には見下すような冷たい鼻笑いを浮かべた。
「こんな場所? 獣の牙すらまだ生え変わっていない亜人の子供が、魔王のいる迷宮城を侮るつもり? ルード、生まれ持った才能は、そんなふうに考えなしに浪費するためのものじゃない」
「そんなことない! 俺だって役に立てる! 強い冒険者たちだって、みんな俺のすごい五感を褒めてくれた。この先みたいな何があるか分からない場所なら、シンシア姉さんもマンテキュウもきっと――」
「黙りなさい!」
鋭い一喝。
長年隊長を務めてきたシンシアの威圧感が、たちまち少年の言い分を押し潰した。興奮するルードを黙らせると、シンシアはもう一人の亜人の少女へ顔を向け、厳しい表情で問いただした。
「ハイヴィ。あなたもこの頭の足りないルードと同じで、死亡峡谷を新人向けの訓練任務か何かだと思っているの? 遊び半分の気持ちで冒険できる場所だと?」
亜人の少女は首を横に振った。その拍子に、黒髪の中から丸くて柔らかそうな短い耳が覗く。
俯いたまま、声は小さかった。
それでも、震えながら迷うように答える。
「わ……分からない。ここはすごく危険な気がする。不吉な感じがするの。ただ……ただ、老バダが……」
それを聞くと、シンシアはふっと笑った。
その笑顔によって、目元に残る傷痕も少しだけ険しさを失ったように見える。彼女は両手を伸ばし、まだ成人していない二人の亜人の子供の頭をそっと撫でた。
「私とマンテキュウは、十年以上も老バダに教わった。あなたたちは、あの人に教わったのなんてまだ数年でしょう。迷宮城へ入って、失敗したあの人を笑ってやる役目があるなら、まず私たちの方よ」
「もし……もし私たちまで失敗したら、そのときはあなたたちが、私たちと老バダをまとめて笑いに来ればいい」
ルードとハイヴィは、幼い頃から槍と剣と火に引き取られて育った子供たちだった。冒険をやめることのないこの傭兵団の中で成長してきたからこそ、二人もよく分かっている。
迷宮城は、地上で行う任務とは違う。
失敗する。
連絡が途絶える。
何の知らせも戻ってこない。
それはほとんど、死んだことと同じ意味だった。
老バダも。
シンシアも。
同じだった。
だからこそ以前、ヴィンセントが迷宮城で消息を絶ったという知らせが伝わると、蒼藍帝国はすぐに死亡したものと判断した。
幾重もの危険が潜む環境で、たった一人のまま生き延びるなど、普通ならまずあり得ないことだからだ。
「そ……それなら、この新しい迷宮城を攻略するの、やめようよ。湖水城に戻って、みんなと一緒にいればいい。生体迷宮だって、その周りだって、まだ行ってない場所がいっぱい――」
シンシアは片手を強く宙へ押し下げ、泣きそうなハイヴィの訴えを遮った。そして二人を引き寄せ、そっと抱きしめる。
耳元で静かに語りかけた。
「これが冒険者の一生なの。未知を探すことに胸を躍らせ、未知へ踏み込んだことで死ぬ。老バダもそうだった。私も、いつかはそうなる」
「もう冒険できなくなる、その日まで」
その言葉を聞き、いつも元気いっぱいのルードまで俯いた。幼い顔に、深い悲しみが浮かぶ。
ハイヴィの目尻には涙が光り、丸い短い耳も小さく震えていた。
「や……やめられないの? 普通の人みたいに、穏やかに暮らすことはできないの? 私、本当にここが危ない気がする……」
シンシアは亜人の少女の額へそっと口づけし、安心させるように穏やかに笑った。
「運がよければ、いつか冒険を続けられなくなった日に、槍と剣と火を離れるかもしれない。昔の老バダみたいに」
「でも、それは今じゃない。少なくとも、自分の師匠が行方不明になった迷宮城を、この目で確かめるまでは」
そのとき、ルードも顔を上げた。
ひどく真剣な表情で、シンシアを見つめる。
「分かった。俺もハイヴィもついていかない。外でちゃんと後方支援をやる。もしみんなが出てこなかったら、俺たちが中へ入って笑いに行くから!」
シンシアはルードの頭を軽く叩いた。
「生意気な子供ね。あと何年か鍛えてから言いなさい」
ルードが言い返すより先に、シンシアは再び厳しい隊長の顔へ戻った。
「ほら、みんなを待たせないの。早く戻って自分たちの仕事を済ませなさい。終わったら、後勤部隊と一緒にここを離れること」
隊長に追い払われ、ルードはまだ言いたいことを山ほど抱えながらも、無理やり飲み込むしかなかった。入り混じった感情のすべてが、最後には一言に変わる。
「約束は破らない! もしみんなが出てこなかったら、絶対に探しに行くから!」
そう言うと、ルードは涙目のハイヴィの手を引き、その場を離れた。二人は後勤部隊のもとへ戻り、野営地を設営する作業を手伝いに行った。
遠ざかっていく二人の亜人の子供を見送りながら、シンシアの胸にはさまざまな思いが去来した。
二人は、これからの槍と剣と火・第二分隊を担っていく子供たちだ。
ふと、シンシアは少しだけ分かったような気がした。
かつて老バダが、自分とマンテキュウを見ていたときの気持ちが。
近くでは、準備を終えた熟練の冒険者たちが待っていた。槍と剣と火の団員ではない者たちまで、こんなときに攻略を任された隊長の邪魔をするような真似はしない。
皆、分かったような笑みを浮かべながら、静かに待っていた。
「マンテキュウ。わざとあの子たちを私のところへ来させたでしょう」
シンシアは振り返らなかった。
だが、よく知る気配がすでに背後へ来ていることには気づいていた。
大柄な黒い肌の亜人は、片手を腰へ当て、もう片方の手で自分のつるりとした頭を撫でながら、わざと困ったような顔をした。
「光神が姿を見せたばかりの頃から、あの二人に捕まってな。一人はずっと喋ってるし、一人はずっと泣いてるし、俺にどう説明しろっていうんだ」
シンシアは何気なく後ろへ拳を振り、その引き締まった腹筋を軽く殴った。
「あなたに何を言えばいいか分かるくらいなら、第二分隊の隊長はとっくにあなたがやってる」
「だから俺は、お前の副隊長なんだろ」
マンテキュウは少しも気にした様子なく答えた。
それを聞き、シンシアは思わず首を振って、ふっと笑った。老バダの知らせを聞いて以来、胸の中に溜まっていた鬱屈も、いくらか晴れていた。
シンシアは身体を翻し、漆黒の闇に沈む古代宮殿へ向き直った。
そして今日最初の命令を下す。
「全員、聞いて! これより第一陣の探索隊、突入準備!」
「おおっ!」
冒険者たちの声が一斉に上がった。
明るく力強い叫びが、峡谷の間を響き渡る!
皆があまりにも元気よく応えるものだから、シンシアも思わず笑いながら悪態をついた。
「しっかりついてきなさい。はぐれないでよ!」
返ってきたのは、大勢の笑い声だった。
そして遠くから見つめる二人の子供と、野営地に残る多くの冒険者たちの心配そうな眼差し。
「出発!」




