105.シンシアの攻略(三)
冷たく陰鬱な空気が古びた階段から流れ出す中、探索隊は慎重に巨大な宮殿の闇へ足を踏み入れた。
シンシアの指示に従い、隊は外周の守りを固め、内側を詰めた陣形を取っていた。松明の明かりに照らされながら、冒険者たちは周囲を警戒し、秩序を保ったまま進んでいく。
もともと蒼藍帝国から提供された攻略情報によれば、古代宮殿にはほとんど罠がなく、エネルギーに引かれて徘徊する骸骨がいる程度で、その区域を守る守衛すら存在しなかった。
だが、今は違う。
空気は情報に記されていた以上に冷たく、肌にまとわりつくような不快さを増していた。徘徊する骸骨の姿こそ見えないものの、覚えのある吐き気を催すような悪臭がすでに辺りへ満ちている。
シンシアに言われるまでもなく、熟練の冒険者たちは自ら警戒を強めていた。
松明の光が揺らめき、一人一人の影を長く引き伸ばして、見通せない暗い前方へ落としている。広大で何もない宮殿には巨大な石柱が一本、また一本とそびえ立ち、その大きさが探索隊の小ささを際立たせていた。
「止まれ!」
マンテキュウが突然、低く鋭く声を上げた。
誰一人として理由を尋ねる者はいない。
全員が冒険者の中でも一人前として通用する腕利きだ。それぞれが即座に役割へ従い、戦闘態勢を取る。
ただ一人、中央で守られているヴィロだけは違った。迷宮城の探索自体が初めての魔法使いは、張りつめた表情で辺りを見回し、この息苦しいほどの緊張感に顔色まで青ざめていた。
マンテキュウの声を境に、全員の足が止まった。
広い空間から音が消える。
残ったのは、息を潜めた者たちのわずかな呼吸音だけだった。
数人の偵察に長けた者が盾役の背後へ身を隠し、技巧「暗視」と技巧「鷹の目」を使って必死に周囲を探る。
だが、この冷たい気配には何かを妨げる力でもあるのか、闇は普段以上に深く、遠くまで見通すことができない。
何の異変も見つからなかった。
まるで、一面が死に絶えたように静かだった。
それでも、覚えのある悪臭だけは次第に濃くなっていく。
シンシアがマンテキュウを見る。大柄な亜人は眉をひそめ、小さく首を横に振った。
シンシアは少し考えたあと、隊に同行する唯一の魔法使いへ顔を向ける。
「ヴィロ。何か邪悪体が待ち伏せしている可能性がある。見つけ出せそう?」
生まれて初めて迷宮城へ入ったヴィロは、この圧迫感に満ちた空気にまだ慣れていなかった。頼まれると頷き、小さく息を吐いてから答える。
「やってみます」
手にした長杖を軽く地面へつき、ヴィロは低い声で呪文を唱え始めた。
一語、一語が一定のリズムを刻みながら響き、周囲に漂う目に見えないエネルギーを引き寄せ、少しずつ魔法へ組み上げていく。
低い詠唱が宮殿に反響する。
静まり返っていた闇の中に、やがて光の粒が浮かび始めた。光は集まり、透明な球体となって探索隊の上空へ漂う。
全員が神経を研ぎ澄ませていた、そのとき。
「ヒュッ!」
鋭く短い音が走った!
「危ない!」
真っ先に異変を察知したマンテキュウが、まだ何も気づいていないヴィロへ一気に駆け寄った。亜人特有の鋭い反応で腰の幅広い刀を抜き、返す刃で斜め上へ斬り上げる!
「パキン!」
何かが折れた。
ようやく魔法への集中から意識を戻したヴィロが振り向くと、折れた一本の矢が目の前を勢いよく掠め、そのまま地面へ突き刺さった。
たった今、自分が死の一歩手前にいたことを理解し、魔法使いの顔色はさらに悪くなる。冷たい汗が流れ落ちた。
「ぼさっとするな! 魔法を続けろ! 早く敵の位置を探せ!」
マンテキュウはヴィロの前へ立ち、背を向けたまま低く怒鳴った。
潜んでいる敵も、奇襲に失敗したことで状況がまずいと悟ったらしい。
直後、数十本もの吹き矢と矢が四方八方の闇から次々と飛び出し、絶え間なく探索隊へ襲いかかった!
暗闇からの攻撃によって防御はさらに難しくなり、外周の盾役たちは防御陣形をより小さく縮める!
大盾へ矢が叩きつけられ、金属音が途切れることなく響いた。
怒鳴り声で我に返ったヴィロは、包囲攻撃の中で詠唱を加速させ、残る呪文を一気に唱え終える。そして長杖を頭上へ突き上げた。
浮かんでいた光球が一瞬で全方向へ弾け飛んだ!
強烈な光の粒が辺りへ散り、周囲を満たしていた冷気と闇を一時的に払い除ける。
その瞬間、冒険者たちはようやく気づいた。
自分たちは、とっくに包囲されていた。
数十、いや百頭近い緑皮鬼が、あちこちの巨大な石柱の陰で身を低くして潜んでいる。見つかったと知ると、奴らは醜悪な笑い声を上げながら次々と姿を現した。
その中には、大柄な緑皮鬼まで二頭いる。隆々とした筋肉、醜い顔つき。その顔には暴虐で残酷な笑みが張りついていた!
冒険者たちの表情が一斉に険しくなる。
だが、彼らが恐れたのは、このありふれた弱い邪悪体ではない。
大柄な緑皮鬼でさえ、熟練した彼らを怯えさせるほどの相手ではなかった。
問題は、邪悪体たちが身につけている装備だった。
「シンシア、妙だ。こいつら、どれもそれなりの武器を持ってる。防具まで身につけてる奴もいる。まるで……まるで俺たちみたいじゃないか……」
マンテキュウが険しい表情で、理解できないというように言った。
邪悪体の多くにもある程度の知性はある。だが、焼き、殺し、奪うことしか知らない彼らは、自ら道具や技術を発明する段階にはまだほど遠い。
これほど揃った装備を身につけている以上、緑皮鬼を武装させた、より上位の存在がいるはずだった。緑皮鬼の上位変異種という可能性もある。
だが、以前に帝国監察使から得た情報を踏まえるなら――
ここに守護者がいる可能性の方が高い!
「見つけた! あそこ、上だ!」
隊の中にいた勘の鋭い偵察役も、同じことを考えていた。
技巧「鷹の目」、技巧「暗視」、技巧「看破」の三つを重ねて使い、ようやく巨大な石柱の近く、その中空に潜む不自然な気配を見つけ出す。
すぐさま位置を指し示し、仲間へ警告した!
「盾役は陣形を維持して緑皮鬼を止めて! 残りは守護者を攻撃!」
敵の姿そのものはまだはっきり見えていない。
それでもシンシアは、ここに集まった熟練者たちの腕を信じ、迷うことなく攻撃を命じた!
隊の弓使いたちはすでに弓を構え、待ち受けていた。偵察役が敵の位置を示した瞬間、技巧「速射」と技巧「剛射」を同時に使う。
シンシアの命令が響き終わるより早く、何本もの矢が立て続けに放たれ、巨大な石柱のそばにある何も見えない空中へ襲いかかった。
同時に、地上の百頭近い緑皮鬼も甲高い叫び声を上げ、波のような突撃を開始した!
十数本の矢が闇を貫き、巨大な石柱のそばの空中を通り抜けていく。
だが、何かへ命中した音は一つもなかった。
代わりに響いたのは、女の嘲るような笑い声。それはまるであらゆる場所から聞こえてくるかのように宮殿を満たし、冒険者たちの背筋を冷たくさせた。
そのとき、地上から押し寄せた第一波の緑皮鬼も冒険者たちの目前へ迫る。
奴らは秩序立って次々と跳び上がり、互いの身体を積み重ねて、一枚の高い壁を作り上げた!
そして次の瞬間。
巨大な梯子が崩れ落ちるかのように、その肉体の壁が前へ倒れ込んだ!
盾役たちの頭上を飛び越え、そのまま探索隊の中へ狂ったように雪崩れ込む!
冒険者たちは咄嗟に武器を持ち上げた。
矢、槍、剣、盾。
ありとあらゆる攻撃を、慌ただしく上方へ向ける!
だが守護者の指揮下にある今、本来なら戦術などほとんど理解しないはずの邪悪体たちは、完全に別物となっていた。
肉体を積み上げたこの梯子壁による攻撃は、あまりにも唐突だった。
大量の緑皮鬼が死んでもなお、その死体ごと轟然と探索隊へ倒れ込み、防御陣形を押し潰した!
命など顧みない、狙い澄ました突撃。それによって、熟練の冒険者たちの陣形は一瞬で分断され、多くの者が個別に戦わざるを得なくなる!
「残った者は防御陣形を縮めて! 外に弾き出された者は機を見て陣形へ戻って!」
「全員、それぞれの方向と上にも注意して! 守護者は姿を消す能力と飛行能力を持ってる! 血族よ!」
「マンテキュウ、守護者の位置を捉えられる?」
シンシアは剣を手に、恐怖で顔を強張らせている魔法使いのそばに立って彼を守っていた。
警戒線へ入り込み、隙を狙って襲いかかろうとした緑皮鬼を、ついでのように一振りで斬り倒す。そのまま、反対側で警戒している副隊長へ素早く低い声で問いかけた。
先ほど唯一敵の居場所を見つけた偵察役は、肉体の梯子壁による突撃で陣形の外へ分断されている。
名を呼ばれた大柄な亜人は首を横に振った。
もともと黒い顔をさらに険しくし、素早く答える。
「難しい。さっきチャトが知らせてくれたあと、俺も意識してあいつの動きを追ってた。そのときはまだ、どうにか気配を拾えた。だが飛ぶのが速すぎるうえに、緑皮鬼が起こす混乱まで隠れ蓑にしてる。さっきの突撃で完全に見失った。もう今は分からない」
これこそが、血族の恐ろしさだった。
正面から戦うだけなら、互角に渡り合える冒険者も少なくない。
だが姿を隠す能力に環境の有利まで重なれば、たった一人の血族でも、自分の十倍もの人数を持つ精鋭部隊にとって十分な脅威となり、それどころか逆に襲撃して殺すことさえできる!
防御陣形の内側にいる他の冒険者たちにも、どうすることもできなかった。唯一敵を見つけられる偵察役は外へ分断されている。全員が、それぞれ自分で警戒するしかない。
戦場は次第に混乱していった。
緑皮鬼は死を恐れず、波のように何度も押し寄せてくる。
一頭が倒れても、すぐ次の一頭が現れる。
本来なら狡猾で死を恐れるはずの邪悪体が、今は守護者に指揮され、ひどく厄介な敵へ変わっていた。
探索隊は緑皮鬼の突撃に対処しながら、同時に守護者の奇襲まで警戒しなければならない。こうなれば、防御陣形の外へ散らされた冒険者たちこそ、最も狙いやすい獲物だった。
このままでは、各個撃破される!
シンシアが素早く思考を巡らせていた、そのとき。
初めて仲間の悲鳴が上がった!
だが、その悲鳴は唐突に途切れる。
代わって聞こえてきたのは、緑皮鬼が血肉を貪り喰う、不快な咀嚼音だけだった!
いつまでも極度の警戒を続けることはできない。まして、この場に立ち止まり続けるわけにもいかない。膠着すればするほど、不利になるのは自分たちだ。
シンシアはすぐ魔法使いへ振り向き、早口で尋ねた。
「ヴィロ、野営地で使っていたみたいな簡易結界を作れる? 移動しながら維持できるものが欲しい!」
「それは……かなり難しいです。できるだけやってみます。でも成功したら、結界の維持に集中しないといけません。俺を守ってください」
魔法の原理を知らない者たちに説明している暇などなかった。炎による破壊魔法を専門とするヴィロにとって、移動可能な防護結界を構築することがどれほど難しいのか。
だが、状況が状況だ。
他に選択肢はない。
ヴィロはただ、この冒険者たちが本当に自分を守り切ってくれることを願った。
「もちろん! あなたは魔法に集中して! 残りは私たちが何とかする!」
覚悟を決めたような顔で詠唱を始めるヴィロにはもう構わず、シンシアはマンテキュウへ彼のすぐそばで守るよう合図した。
そして自らは、片手に剣、もう片方の手に盾を構え、防御陣形の外へ一気に飛び出す!
技巧「怪力」の力で突進し、次々と緑皮鬼を弾き飛ばしながら斬り殺した。
外側へ小さな空間を切り開くと、シンシアはすぐ剣の柄で円盾を強く叩き、大きな音を響かせる。
そして力いっぱい声を張り上げた!
「エリカ! お前なのか!」
「名高い人の魔王自らお出迎えとは、槍と剣と火としても光栄ね!」
「でも……それって、あなたの迷宮城が今はぼろぼろだってことじゃない? 以前に皇家冒険団が与えた損害もまだ直せず、私たちをまともに迎えることさえできないんでしょう!」
魔法使いに時間を稼ぐため。
相手の手の内を探るため。
そして散らされた冒険者たちが防御陣形へ戻れるようにするため。
シンシアは自ら囮になることを選んだ。
一人で隊から離れ、高い技量と経験を頼りに、絶え間なく押し寄せる緑皮鬼の間を動き回る。大声で挑発しながら、敵の攻撃を少しでも乱そうとした。
本来なら、どれだけ叫んでも敵は身を隠したままのはずだった。一歩ずつ探索隊を削り、十分に弱らせたところで、一気に冒険者たちを全滅させる。
それが最も合理的な戦い方だ。
だが、シンシアの叫びは思いもよらないほど大きな効果を上げた。
「エリカ、エリカって……誰も彼もお姉ちゃんの名前ばっかり!」
「みんな、お姉ちゃんに見てもらいたくて仕方ないんでしょ! そんなに役に立たない目なら、私が代わりに……抉り出してあげる!!!」
冷たく病的で、残酷さに満ちた女の声が響いた。
シンシアは即座に、その声が聞こえた方向へ顔を上げる。
巨大な石柱の陰。
そこに、細い人影が宙へ浮かんだまま、ゆっくりと姿を現した。
長弓を手にし、背には矢筒を負っている。身体へぴったりと沿う薄手の革鎧をまとい、白く柔らかな肌を大きく露出していた。背中では骨と血で形作られた翼が小さく羽ばたいている。
可愛らしさと美しさを併せ持つ魅惑的な顔は氷のように冷たく、その危うさの中にどこか艶めいた色気さえ漂わせていた。
血族。
ドロシーだった。
ただし、いつも浮かべていた作り物めいた笑みは、もうどこにもない。
そこに残っているのは、歪みと狂気だけだった!
「攻撃!」
この好機を逃すまいと、シンシアは再び即座に命令を下した!




