101.野盗
「あの男は、私たちだと気づいたのか?」
「分からない」
「手を出すのか?」
「しない」
「任務に影響が出るのは心配じゃないのか?」
「まずは様子を見る」
エリカが天賦「不死」を彼にも分け与えているため、ヴィンセントは自分の身に何か起きることを心配していなかった。神々の国との話し合いも、今すぐ急ぐ必要はない。
それに、ディアドラの前で変形虫の能力を明かすわけにいかなければ、姿を変えてから出発することさえできた。そうすれば誰にも正体を見抜かれない。まして、彼には天賦「隠匿」まである。
本当に抗いようのない事態が起きたとしても、光騎士を残していけばいい。自分一人なら、飛行速度はさらに上がる。
御者台に並んで座りながら、ディアドラは隣の魔王へ顔を向けた。なぜヴィンセントがそこまで自信を持っているのかは分からない。
だが、蒼藍帝国の検査を通り、通行許可証まで発行された獣車を用意し、そのうえ輪と足跡商会の定期輸送隊にまで紛れ込めたことを考えれば、希望町には別に彼を手引きする勢力がいるのだろうと判断した。
知性種族の社会へ気づかれぬまま手を伸ばせる。それこそが、人の魔王が他の魔王と比べて恐ろしいところだった。ディアドラは心の中で、ヴィンセントとエリカの危険度をさらに引き上げた。
小さな獣車に、外套をまとった怪人が二人。確かに奇妙ではあったが、本気で二人を気に留める者はいなかった。蒼藍帝国と輪と足跡商会、双方の検査を通っているうえ、シロ大陸はあまりにも広く、風変わりな者もいくらでもいる。この程度なら、さほど突飛なものでもなかった。
こうして、人の魔王と光騎士は巨大な隊商に紛れたまま出発した。
ただ一つ、小さな傭兵団だけは別だった。彼らは片時も気を抜かず、二人をじっと監視し続けていた。
「ゼリス兄貴、俺たち……このまま後ろについていて大丈夫なんですか?」
若い団員のアグシが、不安そうに尋ねた。
隊商が出発し、同行するようになってからというもの、ゼリスの胸を締めつけるような圧迫感は日増しに強くなっていた。何か途方もない危機が迫っているような気がしてならない。
この数日間、彼はずっと必死に思い出そうとしていた。自分はいったい何を忘れているのか。あの声と、あの髪の色はいったい何を意味しているのか。だが、いつもあと少しというところで思い出せない。
不安を押し込み、ゼリスは無理に笑みを浮かべて団員を安心させた。
「心配するな。もう何日も一緒に旅してるだろ。それに、ついていかなかったとして、あいつらが突然姿を消したら、お前は安心できるのか?」
今はもう、知性種族が集まって暮らす町から遠く離れた危険な野外だ。そんな場所であの二人が突然姿を消した方が、かえって不自然で、余計に安心できない。
そもそも、野外を単独で行動する知性ある者など、よほど強いか、何か別の目的を抱えているか、あるいはその両方だ。そして、そういう連中はたいてい、典型的な厄介者だった。
野盗、狂人、そして邪教徒。
「ゼリス兄貴、やっぱり商会の隊商長に知らせた方がいいんじゃないですか?」
ヴィノも不安を感じているらしく、そう提案した。
「何を知らせるんだ。俺たちが、あいつらを怪しいと思ってるってか?」
「えっと……あんなふうに姿を隠してるんですから、実際かなり怪しいじゃないですか」
ゼリスは仕方なさそうにため息をつき、ヴィノへ辛抱強く説明した。
「隊商に危害を加えると証明できない限り、輪と足跡商会はそんなことに首を突っ込まない」
ヴィノはまだ理解できていない顔をしていた。周囲にいる若い団員たちも同じような表情をしているため、ゼリスは仕方なく説明を続けた。
「輪と足跡商会ってのはな、実のところ商人そのものじゃない。どっちかと言えば、商人のための共通基盤みたいな組織だ。輸送路を開拓して維持し、依頼を出して物資を融通し、貨物の流通を滞らせないようにする。それだけだ」
「だから連中が気にするのは、道中を無事に進めるかどうかだけだ。誰が隊商を利用してどこへ行こうと、そんなことはどうでもいいし、わざわざ関わる気もない」
「じゃあ、あの外套の怪人二人を野盗だって通報したらどうです?」
アグシが突然思いつき、慌てて団長へ提案した。
「証拠はあるのか?」
ゼリスは呆れたように言った。
「証拠もないのに通報して、隊商の行程に支障が出れば、真っ先に追い出されるのは俺たちだぞ」
そこでようやくヴィノも理解したらしく、若い顔に納得の色を浮かべた。
「ああ、分かりました。輪と足跡商会って、遊騎兵ギルドみたいなものなんですね」
「まあな。それに周りを見ろ。隊商に同行する商人が自分で雇った冒険者を抜きにしても、商会の護衛隊だけで数百人はいる。荒野を警戒するだけじゃなく、俺たちみたいな同行組にも目を光らせてるんだ。そんな連中が、目立たない怪人二人くらいをいちいち気にすると思うか?」
「ゼリス兄貴、それなら……次に立ち寄る町で隊商から離れませんか? そうすれば、あの二人からも離れられますよ」
ヴィノが別の案を出した。
だが、ゼリスはやはり首を横に振った。
「俺も前にはそう考えた。だが、それをやるくらいなら、最初から希望町に残ってた方がましだった。あそこなら殲滅騎士団が大勢駐屯して、厳重に守ってる。何かあっても対処できる」
「だが、次の町で俺たちが隊商を離れるのを見て、あの怪人二人まで一緒に離れたらどうする? そのときは、本当に俺たちとあいつらだけになるぞ……」
「い……いくらなんでも、俺たちだって二十人以上いるんです。まさか本当に何か起きたりは……」
アグシが、いささか自信なさげに反論した。
時として、強さは人数だけで決まるものではない。もちろん、数の差が圧倒的なほど開けば話は別だが、黒烏傭兵団の二十数人では到底そこまで届かない。
ゼリスはまた仕方なさそうに首を振った。
「もう余計なことは考えるな。このまま商会の隊商についていくのが一番だ。みんなにも交代であいつらを見張るよう伝えておけ。ただし、気づかれるな。普段の依頼と同じように気を引き締めろ。いいな!」
ゼリスが団長らしい威厳を見せると、皆も彼の中ではもう結論が出ていると理解し、頷いて命令を仲間へ伝えに行った。
それから十数日が、何事もなく過ぎていった。
道中は多少気が休まらなかったものの、二人の怪人が何か不審な動きを見せることもなく、黒烏傭兵団の面々も次第に胸を撫で下ろしていった。
行程もすでに半分ほどを過ぎている。無事に首都バランドの周辺まで入ってしまえば、もう大きく恐れるものはない。
あそこには、鉄壁騎士団と近衛騎士団の兵が、合わせて数万人を超えるほど駐屯しているのだ!
空は薄暗く、残照の赤だけが残っていた。光神が次第に姿を隠し、闇神がまもなく姿を現そうとしている。終点が近づくにつれ、黒烏傭兵団の面々の気分も少しずつ明るくなっていった。
巨大な隊商は夜間の移動に向かない。輪と足跡商会の隊商長は見晴らしのいい開けた場所を選び、そこを野営地とした。商人たちも次々と車から食料を取り出し、自分たちが雇った冒険者へ分け与える。中にはこの機会を逃さず、あちこちで情報交換を始め、次の遠出の商いに備える者までいた。
真っ暗な荒野の夜も、巨大な隊商のおかげで灯りがあふれ、かなり賑やかだった。
やがて夜が更けると、隊商長から強く休むよう求められ、見張りの護衛を除く商人たちもようやく情報交換を切り上げ、次々と灯りを消して休み始めた。
野外で夜を明かすのは、決して簡単なことではない。隊商長は、車を引いてきた荒野の巨脚獣を外周にぐるりと並べて休ませていた。皮も肉も厚く、刀槍を通さず、水にも火にもひるまないこの魔獣たちは、それだけで天然の防壁になる。
その輪の内側に入れるのは、輪と足跡商会自身が請け負った依頼の貨物と大商人だけだった。金を払って隊商についてきた行商人や冒険者は外側に留まり、自分たちの獣車を散らしてもう一つの輪を作る。
こうして、荒野の巨脚獣による大きな輪と、獣車による小さな輪が連なる防御陣形が築かれていた。
護衛隊はさらに、荒野の巨脚獣が囲む内側へ簡易な櫓を組み、見張り台として使っている。内外では絶えず人員が巡回し、商人に雇われた責任感の強い冒険者たちまで、自発的に周囲を警戒していた。万一に備えるためだ。
黒烏傭兵団も同じく外側にいた。ゼリスは何人かの団員を交代で見張りにつかせ、自分と残りの者たちは輪になるようにして眠りについた。この先の旅路が、どうか何事もなく終わるよう祈りながら。
深夜。
ゼリスは夢を見ていた。すでにバランドへ帰り着き、目の前のいい女にこれまでの武勇伝を聞かせている。相手の熱のこもった眼差しにすっかり心を奪われ、今まさに口づけしようとした、そのときだった。
突然、顔に焼けるような痛みが走った!
「兄貴! ゼリス兄貴! 早く起きてくださいよ! もう夢なんか見てる場合じゃないですよ!」
切羽詰まった呼び声に、ようやくゼリスは目を覚ました。勢いよく目を開くと、眠りにつく前までの穏やかな光景は一変している。遠くからは、斬り合う者たちの怒声が絶え間なく響いていた!
暗闇の中、甲高い狼の遠吠えが四方に響き渡る。無数の俊敏な獣影が、大柄な荒野の巨脚獣を飛び越えて内側へ躍り込み、あちこちから荒々しい高笑いまで聞こえてきた。
外周にいた多くの商人たちはすでに自発的に集まり、それぞれが雇った冒険者たちが連携して守りを固めている。
「何が起きた!?」
休息地全体が混乱に陥っているのを見て、目を覚ましたばかりのゼリスは、なぜ自分の顔がこんなに痛むのか考える暇もなく、起こしてくれたヴィノへ尋ねた。
ヴィノはそっと手のひらを背中へ隠しながら、緊張した様子で説明した。
「狼賊です! ゼリス兄貴、狼賊が暗闇に紛れて隊商を襲ってきました。今回はかなり人数が多いみたいで、魔獣の一角魔狼まで操っています。さっき隊商長から、各自で身を守れって命令が出ました」
冒険者として長年やってきたゼリスは、すぐに冷静さを取り戻した。
周囲を何度か見回すと、味方は慌ててはいるものの、乱れてはいない。すべて秩序を保ったまま応戦している。おおよその戦況を把握すると、ゼリスは団員たちを安心させるように言った。
「心配するな。商会の連中は経験豊富だ。この程度の規模の狼賊なら、まだ商会の相手にはならない。たぶん隊商の戦力を試しながら、ついでに外周の行商人から奪えるものを奪いに来ただけだ。気をつけて応戦すればいい」
状況が読め、張りつめていた気持ちが少し緩んだところで、ゼリスはふと思い出した。
「そうだ。あの怪人二人は?」
「分かりません」
狼賊は闇の中を音もなく忍び寄ってきた。襲撃が始まってからは、誰にも二人の動きを気にしている余裕などなかった。
ゼリスにも分かっている。これほど混乱している状況で、団員たちの監視が行き届かなかったことを責めるわけにはいかない。だが、その報告を聞いた瞬間、胸を押し潰すような圧迫感はさらに重くなった。
どうしても、そんな予感がする。今夜あの二人の怪人を見つけられなければ、危ないのは商会の隊商どころか、野盗の方までだ!
「キニーに団員二十人を連れて、外周の商人たちを援護するよう伝えろ。残りは俺についてこい。あの二人を捜す!」
「ゼリス兄貴……」
ヴィノは、もうあの二人のことなど放っておこうと言いかけた。だが、いつも温厚な団長が突然顔色を変え、一喝した。
「早くしろ!」
斬り合う者たちの怒声と狼の遠吠えが絶え間なく響く混乱した戦場を見渡す。目を覚ましてからずっと感じていたゼリスの不安は、ますます強くなっていた。
だが、今にも爆発しそうなその危機感の源は、狼賊ではなかった!
ゼリスには分かっていた。
自分は、あの二人の怪人を見つけなければならない!




