1-8.再び戦場へ
マッチングルームの中には、既に何十人ものオリジナリティ溢れるアバター達が集まっていた。
頭上にはプレイヤー名が浮かび、変なモーションで遊んでいる者や武器の手入れをしている者、走り回る者…まさにパソコンから見ていた通りの光景が目の前にあった。
どれだけ近くで見ようとポリゴンのような3Dの粗さはなく、触れば実体があるし、音や温度や空気感までも現実と何一つ変わらない。
部屋のモニターには、「接続待機 87人」と表示され、次々とエレベーターからアバターが降りてくる。
(すごい…本当にFOR:WINSの世界が現実になったみたいだ。)
近くで突っ立っていた、ノースリーブに短パンの大柄な男が視界に映る。プレイヤー名、筋肉のヨーセイと頭上に浮かぶその人も、アバターと言うより本物の人間みたいだ。
(ははっ…!ゲームだとよくある恰好なのに、生で見るとやっぱり面白いな。話しかけてみたら、反応するのかな…。)
通常、マッチングルームではボイスチャットができない。もちろん部屋は歩く音や人々の呼吸音だけが響いていた。
「すいません…」
こちらが小声で話しかけてみると、筋肉のヨーセイは驚いたようにこちらを見た。
「…。」
黙っているが反応はするようだ。
夢だからここら辺は曖昧になっているとか。
「最近暑いですよね…。」
もう一度話しかけてみる。やはり気づいてるようだが、返答はないか———
「すんません…、ここでは私語禁止ッすよ。」
なんと彼が申し訳なさそうに囁いてきた。それも、ボイスチャット特有の低音質さがない。ちゃんと喉から出た声のようだ。
俺は「あっす…」と会釈して下がったが、今度は後ろに立っていた女性にぶつかった。
ぷるんと何か柔らかい感触がする。昔のゲームみたいにアバター同士がめり込むといったこともない。
「てめぇ覚えとけよ」
と、女性は胸を押さえながらなぜか睨んできた。それでも小声に抑えていたり、粗のない動きだったりと、なんだか本当に実際の人間と話している気分だ。
そうこうしているうちに、最後の一人がルームに到着する。聞き慣れた音が鳴ると、ルームは暗くなった。
途端に皆の緊張感が伝わってくる。
俺も、肩に提げる狙撃銃のベルトをギュッと握った。始まる……。
『開戦』
悪をもって悪を制せよ。
————FOR WINS
モニターに映るテロップがアナグラムのように変化し、ゲームタイトルになった。
それを見るやいなや、なんだか体中を触られ、内臓が持ち上がるような不気味な感覚に襲われる。
(うわ……なにこれ)
そうして暗闇の中に放り出されたかと思うと、次に視界に現れたのは無数の泡と見慣れた街の景色。
「———おお……」
もはや懐かしさまで感じる開幕に、自然と声が漏れた。
FOR:WINSらしく、開戦とともに参加者は戦場に転送されたのだろう。
FPS、一人称視点でのゲームだからか試合中の景色はパソコン画面と変わらない。それでも、等身大になった世界のマップに興奮せずにはいられなかった。
しかし休んでいる暇はない。
————石畳の道。黒い街灯。
視界にいくつかの特徴が映ると、すぐに頭の中にマップと移動ルートが浮かんでくる。
旧第五番宿場町。
今回のマップはここか。
多くのプレイヤーから「キューゴ」と親しまれるこのエリアは、障害物や高台の絶妙なバランスと地形のシンプルさから、初心者も上級者も様々な立ち回りができるとしてかなり人気がある。
(慣れない体で試合をするには、もってこいの場所だな。)
アイテムを拾いつつ、所々聞こえてくる足音からそれぞれの敵の位置を把握していく。
キューゴは、サイバーパンクで現代風のエリアが多いFOR:WINSでは珍しく、レンガ造りの欧風な家々が並ぶため、その雰囲気もガラリと変わる。
それでもそこにかつての人の気配はなく、代わりに物騒な武器と埃を被った日用品が散乱しているだけ…という設定だ。
実際のスケールで見てみると、もの寂しさがより伝わってくる。
しかし悠長に感動している場合ではない。家の扉を開けてみたり、路地裏に入ったりしてみるが、なかなか夢から覚める気配はなかった。
(ったく、そろそろやべぇな。バイト…。どうやって起きればいいんだよ。)
そう思いつつも、俺は屋根に登って煙突の脇に身を潜める。
既に数発集まった弾を装填し、高所から周囲を確認した。地面を走っていく数人の人影を視認する。
(とりあえず、まぁ…せっかくの試合だ。いつも通りの変態プレイでいかせてもらう。)
そして————凶蚊は、狙撃銃を構えたままぬるっと煙突の中に入っていった。
そう、FOR:WINSではどんな場所も利用できる。パソコン上でさえできるのだから、生身の体でやってみるとより自然に動けるのは当然だ。
足に力を入れ、煙突の内側の壁に張り付く。足と背中だけで体を支え、頭だけ必要な時に外に出す———これでほとんど気付かれない潜伏スナイパーの完成。
正直見た目はかっこよくないのだが、相手にとってはバンバン撃ち抜いてくる存在不明の狙撃手なんてたまったもんじゃないだろう。
家の暖炉の中を覗き、踏ん張っている俺の股を下から攻撃すれば 俺は歯が立たないが、それ以外なら全ての攻撃をこの壁が守ってくれる。一番安全で一番楽にキルができるやり方。
そんな事が出来るなら皆やるだろう…、というのは安易な考えだ。
俺は顔をひょっこり出して、狙撃銃を煙突の縁にかけた。
(……やっぱり、この体勢じゃこの角度が限界か。)
狭い煙突からでは、動きがかなり制限される。路上を駆け回る敵がチラチラと見えるが、煙突の縁が邪魔して銃をこれ以上 下に向けられない。
つまり、この場所から敵を倒すには、相手が遠くに移動し尚且つ屋根の隙間から体を見せた瞬間に、一発で仕留めなければならないのだ。
それも、スコープでは視界が丸く遮られているため、屋根や壁の邪魔が多い中で敵を捉えること自体至難の業。
煙突に入れる仕様は、こんな珍プレーを想定して追加されたものじゃないし、不便のほうが圧倒的に多い。
誰もやらない。できない。
だからこそ、俺がやる。
俺だけができることをやることに意味があるのだ。
『誰もが不利だと切り捨てる戦法で、戦場の主導権を握る…まさにそれが、これまでになかったFOR:WINSの悪人像。凶蚊選手の魅力ですね。』
優勝直後のインタビューで言われたあの言葉が胸に響く。ああ言われて、初めて凶蚊の輪郭が明らかになったと思う。凶蚊だけが立てる舞台でこそ、最凶の蚊は輝けるんだと、証明し続けなければ。
今は、煙突の中がその舞台だ!
狙いをつけていたプレイヤーが丁度北側の奥地に進んでいくのを目視すると、足を伸ばして肩まで外に出す。
スコープを覗けば、もう相手の影が映り込んでいた。もう少し歩いてくれればあの屋根の隙間から体が見えるだろう。
トリガーに指をかける。
アイテムを拾っているであろう彼奴は、周囲を警戒しながら徐行している。こんな場所からまさか既に狙われているとは思ってもみないはず。
しかし先に向こうで銃撃戦が始まったようだ。スコープの照準線上で、慌ててバックしながら銃を構える様子が見える。まだ上半身は遮へい物に隠れている。
足だけを撃ってもだめだ。ちゃんと頭が見えるまで待て。
じっと耐える。
ぐいと顔をレンズに押し当て、その時を待つ。
奴も発砲している。応戦している。
走れ。もっと押し込め。そう、そのまま左へ……
—————ダンッ!
照準に後頭部が合ったその瞬間、俺は発砲した。とてつもない反動が自分の胸を直撃したが、この身体に備わっていた筋肉のおかげでスコープはブレることなくそのままの景色を映す。
もちろん、相手は既に泡となって消滅し、自分のキルカウントが一つ増えていた。
続けてもう一人が同じ箇所に現れる。既に射撃態勢で左右を見回しているようだ。プレイヤーにとっては、相手が突然撃たれ死んだのだ。近くに誰かいるのかと警戒するだろう。
流石トップランク帯。立ち回りもしっかりとして無駄がない。そのうえで俺は、全てを見下ろせているわけだが。
—————ダンッ、ダンッ!
さらにもう一人プレイヤーが釣れて、上手く射程圏内に入ってくれた。もう3キル。スコープの照準線に映れば、俺が外すことはないのだ。
すっかり感覚が馴染んできて、いつも通りの余裕が出てきた。
しかし、まさか実際の体でもできるとは。コントローラーと本物じゃ全く違うはずなのに、なぜかしっくりとくる。
画面から見ていた通りのプレイが今こうして、同じようにできている。
不思議に思いつつも、俺は慣れたように次々に敵を倒していった。正直こういう簡単な地形はボーナスステージと言ってもいい。
もぐらたたきのように、外に出てきたら撃つのを繰り返すだけなのだから。
この場所からなら、多くの敵を上から見渡せる。だからこそここに近づいてくる奴も多いが、その前に俺が倒せばいいだけの話。
時折違う建物の屋根に登ってくる長射程武器系統の敵も現れるが、そっちはもっと簡単だ。遮る屋根すらないのだから。
そうして9キルを成し遂げる。
この間に、87人いた参加者も半分となっていった。
生き残ってくるのはやはり更に手練れのプレイヤー達。
こうもやりづらい場所では、ここからの相手は難しくなってくるだろう。足も疲れてきたし、そろそろ場所を変えなければ。
(近づいてくる奴は粗方牽制しておいたから、しばらく敵は近くにいないはず。この隙に今度は西の方の射撃地点に向かって…。)
次々と移動ルートが頭に浮かんでくる。これまでの経験で得た勝ち筋。ピーンと一つの完璧なルートを見出し、煙突から這い出た俺は、余裕たっぷりに颯爽と屋根の上に降り立った————
「っ……!!」
と、思えば突然、背後から頭に何かを突きつけられた。
冷たい金属の感触が伝わってくる。
一気に動揺が走る。
まさか。あり得ない。
この俺が、この間合いで、敵に気づかないなんて。
やはりまだ体が馴染んでいないのか。何か見逃したのか。色々と言い訳が脳をよぎっていくが———
「…珍しいね。こんな時間に会うとは。」
「————え」
その声にハッとする。
驚きと…安心。
ほかでもない。つい昨日、優勝を共にした大切な仲間。
五年間、ほとんど毎晩試合をしてきた戦友。
俺たちチーム、Reticle Dominatorsのメンバー……。
「『デスストーカー』……。その声…、デスさんか…?!」
ふっ、と微笑が聞こえて振り返ると、黄色く長い髪を後ろで一つの三つ編みにした男が立っていた。
プレイヤー名 デスストーカーだ。




