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1-7.目覚めるために

 確かに見覚えのある部屋だ。

 なぜならここは、俺が丹精込めてリノベーションした場所だから。

 この観葉植物は、初めてショップで購入したもの。この床は、夏のイベントの時にイベントコインと交換してゲットしたもの。あのベッドは、プレイヤーレベルが60になってやっと解放されて買えたもの。

 窓の位置も金を払って変更したり、武器の飾る場所も一マス単位で調整したり。

 そうやって、ゲームの一要素として楽しんで作っていた空間だ。

 画面越しに見ていたものだ。

 この場所は。

 しかし、目の前にパソコンは見当たらない。前にも横にも後ろにも、広がっているのは自分で作った部屋そのもの。

 自分自身が、その空間にいるのだ。

 なにより、あり得ない。

 「凶蚊様…?」

 あり得ないのはこれだ。ブロディアだ。

 俺がキャラメイクして作りあげた相棒NPC…。メイド服に輸血パックの異形頭という非現実的な様相が、今こうして目の前にいる。

 それどころか、触ることができる。人間のように体温までちゃんとある。

 生きているのだ。

 輸血パックの頭なのに!

 「だ、大丈夫ですか。凶蚊様。」

 しかも喋る。

 どこから声を出しているんだ。

 それでもCGや作り物のような違和感がなく、あまりにも精巧な実体として動いているのである。

 「はは……。あり得ない。」

 自然と乾いた笑いがこぼれた。

 ブロディアがこちらを不安げに見つめる。

 「あり得ない、ということは…なるほど、夢か、夢だな。都合の良い夢。バイトに行きたくなさすぎて、夢を見ているんだ。ふははっ!」

 そう思うと、少し安心できた。腑に落ちない点もあるが、夢ならいつか覚める。そんなことより、俺はバイトがあるのだ。

 「だったらとにかく、目を覚ます方法を探さないとな。ただでさえ役立たずだって裏でバカにされてるのに、無断遅刻でもしたら即クビだ。」

 あちこち部屋を歩き回ってみても、ただ本当にリアルな空間がそこにあるだけだった。ここまではっきりとした夢はなかなかない。

 ふと、鏡を見つけると———そこに映る姿にギョッとした。

 「うわっ…この格好…!」

 先の尖ったガスマスクに黒フード、白の斑点模様がアクセントなジャケットスタイルの男…。まさに、俺が七年間毎日画面越しに見てきた「凶蚊」自身であった。

 右手を挙げれば鏡像も手を挙げ、ジャンプをすれば鏡像もジャンプする。

 俺が、FOR:WINSの中の俺になっているではないか。

 「か、かっこいい…。」

 やはりこの、ペストマスクのようなガスマスクは俺の象徴だ。異形の顔だからこそ、フォーマルな黒ジャケットとの組み合わせが、奇妙なミスマッチと格好よさを生んでいる。

 夢にまで見た、理想の自分の姿。

 いや、今まさに夢に見ているのだ。

 自分の手にはきちんと革手袋が装着されており、近くでよく見ても、その縫い目や布地の質感まで本物同然だった。

 床に触れても、壁に寄りかかっても…。調度品の一つ一つを持ち上げたり、蓋を開けたりもできる。

 驚くほど現実と寸分違わぬ空間だ。

 俺はしばらく感動に浸って部屋の隅々を回っていた。

 玄関近くで立ち尽くすブロディアは、何か言いたげであるが…。

 (…そうか、ゲーム上はただのプログラムだけど、設定ではNPCもちゃんと人間…。)

 「ブロディア。」

 「は、はい…!」

 やはり、いつものように堅苦しいモーションではない。生身の人間であるかのような雰囲気をまとっていた。

 「俺の格好、…どう?」

 「はい、それはもちろん完璧でございます。汚れがあるのでしたら私が洗濯を…」

 「そうじゃなくてさ、その、カッコいいかどうかみたいな意味で…どう?」

 「えっ……。」

 少しの沈黙のあと、彼女はためらいがちに、しかし輸血パックの中の血液をバラ色に染めながら答えた。

 「…それはもう、最高でございます。何よりそのお顔…。私のように人の頭ではないところが、私の好みにどストライクといいますか…」

 「おっほほ!そうか、そうか。」

 やはり、ちゃんと会話ができる。

 これならボイス設定があってもいい。途端にブロディアが愛おしく見えてきた。

 このまま夢から覚めなければ最高なのだが…。しかしバイトまでクビになってしまえば、いよいよ親に向ける顔がなくなってしまう。

 部屋に置かれた時計は、家を出る時刻を指していた。

 (いや…。別にこれが現実と同じ時刻なわけじゃないだろうけど…。それでもここで数十分くらいは経っている。目覚めた時にはもう夜…とかはやめてくれよ…。)

 一刻も早く起きる方法を見つけなければならない。

 だが、こうもはっきりとしていると逆に分からなくなるものだ。

 「とりあえず…。こういう系の物語なら大体主人公がアクションを起こさなきゃいけないんだよな。」

 いつもの狙撃銃が、壁に掛けられていた。俺はそれを手に取る。するとなぜか手に馴染み、実物なら重いはずの鉄が吸い付いてきた。七年間ほとんどの試合を共にしてきた…盟友と言ってもいい。

 なるほど、完全に今は「凶蚊」としての自分になっているようだ。

 弾の装填、照準合わせも自然とできてしまった。本物など扱ったことがない。コントローラーの軽いボタンを押してきただけの自分が、なぜか慣れた手つきで武器を操っている。

 なんなら、体も軽いのだ。椅子に座りっぱなしの軟弱な現実の体とは違う…歴戦をくぐり抜けてきた引き締まった体。できるはずのない———回し蹴り、パンチ、バク転までできた!

 「うおぉ……!」

 後ろでブロディアが拍手を送ってくれた。フィジカルは最強だし、見た目も最高。側には必ず彼女がいて、一人寂しいこともない。すごい、すごいぞ。現実じゃあり得ないことだ。

 嬉しさを噛み締めつつ、俺は頬を叩いて気を取り直す。

 「と、とにかく!だ。ファンタジー的な話から考えれば、何かしら俺が行動を取ることで、それが現実に戻ってくる『カギ』につながる可能性がある。」

 昔読んだことのある小説や映画を思い返していく。

 「試合中に俺は多分気絶するように眠って…そこで撃たれた夢を見たんだ。そうして今に至るというわけだが。部屋にいても何も起こらない……」

 はっ、とひらめいた。

 「つまり———また試合に参加すれば何か分かる!」

 狙撃銃を肩に提げた。そうだ、せっかくこんなに本物みたいな空間にいるんだ。自分の拠点だけじゃなく、試合にも参加してみようじゃないか。

 その途中で目覚める方法でも見つかるかもしれないし。

 いつものようにメニュー画面を———と思ったが、やはりコマンド的な操作はできなくなっているようだった。

 「ブロディア。俺、試合やってくるよ。」

 「かしこまりました。手配をいたしますが……その、『バイト』はよろしいのですか?」

 「あ…あぁ、うん。もう一戦だけやろうかなって。個人戦で、ルールなし、エリアランダム、3ランク制限。」

 それを聞くやいなや ブロディアは何やら空間に画面を出して、操作しはじめた。

 (今まで無視してたけど…試合を始める前のロード中は、ブロディアがこうやって何かやってるモーションが出ていたんだよな。あんまりNPCとかよく見てなかったけど、FOR:WINSは世界観も売りだし…こうやって現実みたいに再現されても、全然違和感がないのはすごいな…。)

 少しして彼女は顔を上げる。

 「手続き致しました。マッチングルームへご案内いたします。」

 「おう。………案内?」

 玄関の扉を開いたブロディアは、どうぞこちらへと手招きをした。その奥にも世界が広がっているように見える。

 「案内って…。え、まさかマッチングルームまで徒歩なのか?」

 「広場にエレベーターがございますが、そこまではこの自室から徒歩になります。」

 「えぇ!こういうのって瞬間移動じゃないのかよ…!」

 ゲームなら、ロードが終われば暗転のあとにすぐマッチングルームに切り替わっていたのだが。首をかしげるブロディアを見る限り、徒歩というのは本当らしい。

 (夢だからって、こんなところまでしっかり設定に忠実じゃなくていいんだけど!)

 しかしこうも現実的すぎると、少し不安がよぎる。俺の夢にしてはあまりにしっかりしすぎているのだ。

 水着姿のローラースケート靴が踊っている…とか、いつもはしょうもない夢ばかりなのに。

 (……まさか、な。

 ————って、こんな反応もよく見るやつじゃないか。恥ずかしいな。)

 とにかく、試合に行ってまた色々試してくれば良い。扉を開けて待っているブロディアを追いかけ、俺は急いで玄関の外へ出た。

 自室を出た先の景色は、ゲーム上では暗転になって見ることはできない。俺は閉まる扉を見送り、少しドキドキしながら振り返った。

 そこには———————。

 「あぁ……!!」

 ————【FOR:WINS】。

 まさに、起動した時のタイトル画面に出てくる巨大な街が、目下に広がっていたのだ。

 どこまでも続くコンクリートジャングル。空に届くような巨大なビル群。視界の果てまで伸びる高架道路。蛍光色のネオンに染まる街並み。無数の光が瞬くスカイライン……。 

 そしてそれらを見下ろすことのできる、今ここは、街にそびえる摩天楼の一角だった—————。

 「すげぇ……。」

 言葉が出てこない。

 遠い地面から聞こえてくる喧騒や、向こうで大きく映し出される電光掲示板の広告音にどこからかはフェスのような歓声と音楽。

 現実とは思えない一方で、映画でもVRでも感じることができないような圧倒的な光景に、あんぐりと口を開けるばかりだった。

 「いつも見ているじゃないですか。凶蚊様、やはり今日はなんだかおかしいです。」

 「あっ…あぁ。まぁ…。」

 スタスタと歩いていくブロディアについていきながらも、俺は廊下の窓越しに街並みを見下ろしていた。

 SF好きが想像するような未来都市。でもどこか生活感や仄暗い闇をはらんでいて……そう、ただの一枚絵なんかじゃない、実際に人が暮らし、生きている重みがある。

 「……どれくらい歩くんだ?マッチングルームの人達を待たせてることにならない?」

 ゲームでならとっくにマッチングルームで待機している頃だ。こうやって歩く演出や街の景色、ましてや自室がこの摩天楼にあったことも知らなかった。

 (こんな広い場所を全部3Dグラフィックにしてたら、容量が足りないか。)

 ブロディアはサポート役らしく、俺の質問に丁寧に答えてくれる。

 「ここからならあと20秒でエレベーターでございます。他の方々も私たちのように歩いてマッチングルームに向かっておられますよ。場所によっては少し到着が前後することもありますが、着いた順にマッチングルームが1番から埋まっていきます。」

 「着いた順に…。」

 「はい。到着予定時間によって、システムがルームを振り分けているのです。待っている途中で、『接続待機 何人』と表示が出ますでしょう。」

 「あぁ…」

 「それは設けられた時間内に到着できる方々の総数でございます。あとはそのメンバーがマッチングルームに全員到着でき次第、試合開始となり転送されるのです。長時間待たせることはございません。」

 「……。」

 「そう言ってる内に到着いたしましたね。こちらがエレベーターでございます。」

 おそらく各プレイヤー回線の同期の話なのだろうが……夢にしては、上手く出来すぎではないか?

 目の前には、人一人が入れるくらいの搭乗口が横一列にズラーッと並んでいた。

 (これは…!マッチングルームの入口みたいな所にあったデザインだ。)

 さらには、別の廊下からやってきたであろう様々なアバターが同じように独自のNPCを引き連れ、エレベーターへと向かっていくのが見える。同時に試合開始のボタンを押した全国のプレイヤー、というのだろうか。

 いやいや、だからこれは夢……だよな?

 エレベーターに乗ると、内側のモニターには「凶蚊 ルーム36番」と表示される。ブロディアはドギマギする俺に深々と頭を下げた。

 「お気をつけていってらっしゃいませ。」

 扉が閉まり、随分と下へ降りていく。

 不思議と恐怖はない。

 体が覚えている とでも言うのか、これまでの景色に既視感すら感じている。

 こうして長い夢を見ている間に、現実でも時間は過ぎているのではないだろうか。早く目覚めなければ…。

 腹を決め 固く閉ざしたまぶたを開けると同時に、エレベーターも到着する。


 マッチングルーム。そこには、いつも画面越しに見ていた景色が広がっていた。

 


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