1-9.蠍との再会
プレイヤー、デスストーカー。
昨日会ったばかりなのに、なんだか懐かしさが込み上げてくる。彼はチームメンバーの中でもかなり長い付き合いで、特に気の知れた友人のような存在だった。
「何だよ、そこまで驚くことでもないでしょ。」
「あ、あぁ…いや…。」
試合中に雑談するのは良くないかもしれないが、今の俺の状況からしてみれば大きな希望だ。
「あの…やっぱり、デスさんの裏取りはピカイチだなって…。俺、向かってくる敵全員を目視できてると思ってた。」
そう言うと、彼はにっこりと笑い、突きつけていたショットガンを静かに下ろした。どうやら会話に応じてくれるようだ。
強者の余裕というやつか。
俺たちは屋根から降り、地上を歩きながら会話を続ける。
「ふふ、まぁ…煙突から首だけ出してるおかしな奴がいたからね。あんなことするのは、凶蚊君くらいしかいないし。君の動きなら完全に頭に入ってるから、死角を取るのも簡単だよ。」
「うおっ、怖ぁ。ってか煙突に隠れてたの、バレてたなんて。」
「音で、ね。」
サラリーマンでありながら圧倒的なプレイスキルを持つFOR:WINS廃人。デスストーカーは、裏取りと潜伏、そして近接戦闘のワンショットが得意なチームの潜入者だった。
さて、これでようやくこの夢も動き出した。苦楽を共にしてきた戦友が登場したなら、何か目覚めるきっかけになるアクションも起こってくるはずだ。
二人並んで適当に歩いているが、どちらも周囲の警戒は怠らない。
彼は既にキルカウントが11人となっており、一歩リードだと軽く笑っていた。
「とりあえず、個人戦とはいえ一時的に徒党を組むのは問題ない。しばらくは他の参加者を二人で減らしていこうか。」
「了解。」
そうして数人と相対する事が何度かあったが、そのほとんどはデスさんが片付けてしまった。
(お、俺は狙撃手だから近接の乱戦はどうしようもない。……な、仕方ないよな)
増えていくばかりの彼のキルカウントから目を逸らしながら、自分にそう言い聞かせる。
気づけば、ひどく静まり返ったエリアまで入ってきた。
開けた広場。砕けた噴水の残骸が中央に転がり、遮るものはほとんどない。
まだここにいるのは俺たちだけのようだ。終盤でもないのに、こんなに目立つ場所に長居するプレイヤーはいないだろう———普通なら。
自然と中心に引き寄せられて、その瓦礫に二人 腰を下ろした。不意に、視線を感じる。
顔を上げると、デスさんがじっとこちらを見つめていた。
「それでさ。凶蚊君。試合にいるってことは、やっぱり君も我慢できなくなっちゃった…とかかな?」
「……、まぁ。た、多分…。」
口ごもらせてしまう。
確かについ一戦前は、俺が有名になったのか確かめようとして、バイト前にもかかわらず参戦したんだ。
結局、誰も俺に興味がないのが分かったわけだけど。
悔しさを思い出しながら、しかし頭を振る。
(でもこの試合は違う。あそこで心が折れて、ゲームを閉じるつもりだった。なのに終わりかけた瞬間、俺は……。)
うつむいていると、彼はしばらくしてうん、と優しいため息をつき、空を仰いだ。
「同じだねぇ。せっかく優勝したんだからって、プレイヤーの反応が気になって…ついついこうやって試合に参加しちゃった。」
「……。」
「チームの皆とは、また今晩、優勝後初試合をやろうって話だったのにね?待ちきれなくて、会社の休み時間を使ってフライングだ。同罪同士、このことは秘密にしとこう。」
いつものスピーカー越しの音声じゃない、この黄色い髪のアバターの喉からちゃんと出ている声だった。
そのせいで、余計に言葉が染み込んでくる。
「……あの、デスさんは、どうでしたか。優勝後、こうやって試合やってみて…。期待通りでしたか。」
ふとそんなことを聞いてしまった。聞いたって、全部俺の妄想なのに。
デスさんの黄色い髪が揺れた。短い沈黙を挟み、その薄い唇を開きかける。
「…、それは———」
そこで突然 目の前に数発の弾が飛んできた。
俺たちはすぐにオブジェクトの裏に隠れ、一気に戦闘態勢へと移行する。呼吸が揃い、空気もひりつくように張り詰めた。
「…とりあえず、また後で落ち合おうよ。今回の試合は別に勝ちたいわけじゃないし。」
彼は小声でそう言ってくれた。
「もちろん。ひとまずここは、生き残るのが優先で。」
「うん。」
少しして、広場の中央にデスさんは何の躊躇いもなく姿を現す。その堂々たる立ち姿は、本来の潜伏の戦法とはかけ離れていながら、なお昨日の勝利を背負った者の余裕を漂わせていた。
当然敵の視線は一斉に彼へと集まる。
次の瞬間、激しい弾丸の猛攻を受けながら、デスさんは自ら飛び込んでいった。
乱戦だ。
発砲音を聞きつけて、更に各地から敵が集まってくる。プレイヤーの注意は途端に周囲へと散乱した。
その隙を逃さず、俺は高台へと駆け上がる。息を整える間もなく銃を構え、照準を戦場へ落とす。
———ダン、ダン、と一際重い音が広場を突き抜ける度、敵が一人、また一人と泡になっていった。
それに合わせて、右から左からショットガンの爆発音が聞こえてくる。目にも留まらぬ速さで戦場を駆け回り、集まってくる敵のヘイトを一堂に買いながら見事な視線誘導で俺への注意を反らしているようだ。
デスさんはさらに狙撃銃の射線を理解し、敵を巧みに翻弄してもっとひらけた場所へと誘い出してくれる。
言葉なんていらない、以心伝心の完璧な連携だ。伊達にトップ帯のランキング上位を維持しているわけではない。
だが、相手もまた烏合の衆ではなかった。
混戦の中で、着実に弾丸を当ててくる。時に連携し、時に盾とされ、徐々に前線は膠着していく。
それでもデスさんの苛烈な一撃が敵をいなし、俺の照準線がその盲点を捉える。俺たちは、確実に戦況を掌握しつつあった。
その時だ。空気を裂くように一人の男が飛び込んできた。乱闘に乗じて背後を取り一気に三人をなぎ払う。
距離を詰めて再び斧を振り上げるその先には、デスさんがいた。彼がその影に気づいた時には、既に火花の散るエフェクトが彼の髪を艶やかに照らしている。避ける余裕もない。刃先が頭部をかすめた—————ダンッ!
しかし、先に俺が男の腕めがけて発砲していた。斧が空高く跳ね上がると同時に、腕を突き破った鋭いライフル弾がそのまま男の頭部へとめり込んでいく。
デスさんが遅れて振り返ると、男は既に泡となり……そして気づけば、戦場自体もまた静寂へと戻っていた。
「さっすが。」
俺が高台から戻ってくると、デスさんは軽く拍手をしてきた。
「少し角度が違えば、僕もろとも死んでたよ。流石我がエース、神エイムの凶蚊氏。」
「よしてくださいって。」
「はい、敬語。今度アイテム奢りね。」
気にしない素振りを見せつつ、この手で決めたという実感でまだ胸が高鳴っている。
広場を見回すと、敵の落としていった物資がそこかしこに散らばっていた。参加者も残すところ数人程度とかなり減っているようだ。
「最後の斧野郎、多分称号持ちかランキング上位勢だろうね。」
物資を拾う俺のそばで、デスさんは腕を組んで男の消えた場所を見つめている。
「うまかったっすよね。いつから潜り込んでたのか俺にも見えなかった…。」
「このランク帯じゃ、ああいう野良のバケモノプレイヤーもよくいる。君がいなかったら、…僕はあそこで普通に負けてたよ。」
「まぁ…。」
しばらく沈黙が流れたが、彼は黙々と弾を装填する俺に顔を向けた。
「…それが答え。」
「…、?」
見上げると、デスさんは瓦礫に腰掛けて少し俯いていた。
「さっき、期待通りだったかって聞いたよね。」
俺も隣に座る。
「…優勝したのはいいけど、まぁだからって、世界最強になったってわけじゃない。僕より強いプレイヤーもたくさんいるし、普通にミスもする。撃ち外すこともある。」
「……。」
妙にリアルな温度感が伝わってきた。膝に腕を置いて拳を固く握るしぐさや、目を伏せてため息をつく様子も。
そんなモーションはなかったはずだ。
「一つ前の試合もね、僕、どうでもいいような所であっけなく負けちゃったんだ。」
向こうの方で小さく撃ち合う音が聞こえる。
「だから、期待してたよりは、……。『優勝』も、完全な強さの証明じゃなかった。それがここ数戦やってみての答えだ。」
声が少しかすれていた。
それでも、その言葉が心に深く、突き刺すように響く。
求める結果こそ違えど、優勝に対するそれぞれの期待が大きすぎて、いざ迎えた現実の厳しさに落胆する。あぁ、自分だけじゃなかったんだ…とも思ったが、こんなのは、夢の中の都合の良い解釈だ。
俺の夢なんだよな、ここは。
「———ってまぁ、そんなに落ち込んでもないよ!むしろ逆、モチベーションになった。ここからもっと強くなれるって分かったってことだ。」
デスさんは黙ってしまった俺を見てか、無理に明るく振る舞った。そして少し急ぐように立ち上がる。
「ごめんね、もっと話したいところだけど、流石に他の参加者に失礼だ。あとそろそろ、会社の休憩時間も終わっちゃうので。」
ショットガンを構えると、彼は自身のこめかみに突きつけた。それを見てドキッと心臓が跳ね上がる。
Back to the jail————自殺…っ!
あの時の激痛がまた脳裏によぎった。
「あっ…あ、えと……っ」
声が裏返り、顔も緊張でひどくこわばってしまうが、マスクのせいで気付かれない。
「凶蚊君も、今日普通にバイトがあるって言ってなかった?大丈夫なのかい。」
「ば、そうだ、バイト、俺…早く目覚めなきゃ……っ」
デスさんがこちらの様子を伺う。
自殺への恐怖と、彼がもうゲームを去ってしまう焦りが重なって、また体が震えてくる。
「ん、大丈夫?」
「あの、あ、あの…デスさんっ」
なんとか引き留めようと彼の袖口を掴んだ。
「時間、今、何時ですか?時計なくて、その。」
「…えっと…。16時18分だね」
とっくにバイトが始まっている時間だった。もうそんなに時間が経ったのか?
いやだから、これは夢…でも…
どうやって目覚めればいいのか。
「えーっと、あの、すみません、どうやって起きるか知ってますか……。」
「え?」
「あー、これ、夢ですよね。すみません、その、変なこと聞いて。と、とにかくでも俺、起きなきゃいけなくて」
「……大丈夫?」
彼の不安げな声が焦りを助長させる。
「バイトあるけど…俺これ、夢…夢見てて、起きれないっていうか。なぜか俺、気づいたらこの世界にいて…」
「……。」
「えっと…これは現実じゃない、から……。その……。」
「………。」
無言でじっと見つめられ、俺は耐えかねて掴んでいた袖を離した。突然こんなこと聞いても、デスさんも困るって。
「———っていうのは、すみません、なんでもないです。あの、お仕事頑張ってください」
そう言って、つい後ずさりしてしまう。
デスさんは俺の不可解な様子に首をかしげながらも、優しい口調のままだった。
「…じゃあ、また、22時だよね。今度はみんなで顔合わせよう。」
「はい、もちろん。」
「…、何かあるなら、またその時。」
最後にそう小さく言って、俺の顔を一度心配そうに見ながら……
ドンッと音を立てて 彼は泡になっていった。
しばらくその空間を見つめていたが、俺はまた激しい後悔に襲われる。
(……はぁー!…なにやってんだよ、せっかくのチャンスを……!)
怒りをぶつけるように空を見上げた。
(物語なら、なんかここで夢から覚めるきっかけみたいなさぁ!アクションが起きるはずだろ?!なんで何も起こらない……!俺は、まさか本当に……!!)
「あ゛ぁっ、くそ!!」
その後はよく覚えていないが、激しい感情に飲まれてがむしゃらに狙撃銃を撃ちまくった。
ほとんどチカチカするような視界の中でしばらく残りの参加者と奮闘していたが、結果的に俺の どこに撃ったかもわからないような弾で最後の一人が倒れ、俺は勝利してしまった。
「あっ、勝ったら目覚めるとか…?」
と思ったのも虚しく、また気持ちの悪い強制転送を経て、見慣れた部屋へと戻ってくる。
自分の拠点、FOR:WINSの中での自室だ。相変わらず輸血パックの異形頭をした俺の相棒NPC、ブロディアが玄関口に立っていて、お帰りなさいませと深々と頭を下げてくる。
そろそろ気も狂いはじめてきた。
「悪夢か。一生覚めない悪夢なのか、これは。」
静かな部屋の中で一人頭を悩ませる。これはどう考えてもゲームの中。
俺が七年間見てきた景色と、この姿と、この実力。試合でもそれは如実に現れていた。
俺が凶蚊という、FOR:WINS上のアバター自身になってしまっている。
夢以外あり得ない。
しかし夢とも思えない。視界に映るすべてが、妙にリアルすぎる。
作り物のはずなのに、触れればそのまま現実みたいで———アバターの体ですら、ちゃんと“生きている”感覚がある。
夢じゃないなら…。これは。
「ブロディア、今何分だ。」
「16時26分でございます。」
やはり時間も正確に動いている。
…おかしい。
頭の中には、もう一つの考えがよぎっていた。
しかし…、そうだとしても、普通現実世界とさっきのようにコミュニケーションができるのはおかしくないか?
はたまた、あのデスさんの見た目をしたアバターですら、虚構…とか。いや、そこまできたら夢みたいなもんだよな。
この部屋に最初にやってきた時から、意識の片隅で夢以外の答えがあるんじゃないかと思っていたが…。
試合をしても、いくら時間が経っても目覚める気配はない。
実際、これに似たような状況で、よく耳にする物語のジャンルがある。
「……異世界、転生。」
主に 元いた世界の記憶を持ちながら、別の世界の人間として生まれ変わる…そういう小説やら、漫画やらだ。詳しくは知らずとも、ネットの広告とかで見たことがあるから、なんとなくは理解できる。
だけどそういうのって、現実世界はもう全く異世界には関与しなくなるし、そもそも第一話で主人公が何かしらで死んで、転生したって理解できて、気持ち切り替えてこうみたいな流れじゃないのか?いや、よくは知らないけど…。
なんでこんな、ぬるっとゲームの世界に入ってきたんだよ?
なんならボイスチャットを通して向こうと連絡が取れるとか…。現実世界と並行してるっていうのか。
いや、おかしいだろ。
おかしい。
FOR:WINSは、ただの海外企業が作ったFPSゲームだぞ。元からこんな世界があったとかじゃない、全て人が数年で作り上げた架空の世界で、コンピューター上の3Dの世界だ。
色々と設定があるだけで、実際にはただの、ゲームだ。
これはゲーム。
俺は……ゲームの中に転生、したのか。
「いやぁ……。あり得ない。」
ただ虚しい独り言が自室に響くだけだった。
「 だったら説明キャラとか天の声とかでもっとさぁ、こう、転生しましたよーみたいな。優しく説明してくれよ。なんでこんな、急に……!」
そう思いながらも、ここで目を覚ます直前…何者かにゲーム内で撃たれたあの瞬間が何度も頭に浮かんでくる。
確かにパソコンの中の凶蚊が撃たれたのを見た。しかしその撃たれたであろう感覚が、現実の俺にもリンクしていた…。
こんなわけもわならないあの一瞬で、転生したとでも。
「———まだ断定はするな。判断材料が足りない。」
チームメンバーとは、今夜10時に一緒に試合をする約束をしている。それまでに色々と確かめる必要があるし、皆と顔を合わせればまた何か分かるはず。
あと5時間半もあるんだ。
疑問が尽きない。
答えも、きっかけすらも出てこない。
しかし未だ俺は、他人事のようにそこまでの絶望は感じていなかった。夢だと信じている自分もいる。
一方で、「転生」。その言葉が頭から離れない。
窓の外では、街の灯りが何事もないように輝いているだけだった。
FOR:WINS——————。
開発コンソール上のログに、ひとつの反応が検出されていたことを、このときはまだ誰も、知らない。




