1-13.死して尚
「開幕3分、15キル目……、もーらいっ!」
頭、心臓、鳩尾。急所の3か所をほぼ同時に、間近で撃たれた。
その瞬間 カッ!と全身に衝撃が走り、直後に視界は暗転する。生温かい血汗が蛇口をひねるように一気に外へ流れ出ていくのが分かる。
俺は力なく崩れ落ち、手先から離れた銃が地面を滑る音を聞いた。これはもうダメだ———と思うと、途端に世界から音も、さっきまでの痛みも泡のように消えていく。
あぁ、死んだ。
しかし、初めての感覚じゃなかった。
覚えている。
これは、俺がこの世界に来る直前……突然パソコンの前で撃たれたような あの時の感覚と同じだ。
俺はそのまま、何もない真っ暗な空間に浮かんでいた。目を開けてみても、何も見えない、聞こえない。何も感じない。
全く同じ感覚なのだ。やっぱり、撃たれたんだ。
やっぱり……俺————あの時死んだのか。
理由は分からない。
けど、数時間前の試合中、俺はパソコンから確かに弾を受けた。そして次目覚めたらこんな世界にいた。
俺はあそこで死んで、転生したんだ。
最後に見た光景は俺の幻覚で、本当は突然心臓発作になって倒れていたとか。そうなのかもしれない。
じゃあ、今までの足掻きは全て無駄だったってことか。
俺は一生このままなのか。
FPSの世界……銃弾の猛攻にさらされ、 常に死と隣り合わせの生活が続くっていうのか。
帰れない————。まだバイトリーダーに何の連絡もしていない。大学の課題も残っている。
姉に…家族にまだ何も知らせてない。
やることが沢山残っているのに……俺はここで、はっきりと意識がある。
生きているのに—————!
『あー。俺、もう死んでもいいや。』
「……あっ……。」
あの時、そう言ってしまった自分の声が暗闇の中で響いた。
「………。」
そのセリフに、今度は無性に怒りが湧いてくる。
なんであんなこと言ったんだよ、俺は。
優勝して、まだ一日しか経ってない。有名になれなかったとか…期待通りの反応されなかったとか…!
まだ分からなかいじゃないか、そんなの!
たった一戦で 勝手に絶望して…、死にたいなんて…なんで俺……っ。軽はずみにそんなこと言っちゃったんだ。
それでも、もう取り返しのつかない現実に、ただやり場のない悔しさが込み上げるだけだった。
今になって思い知ったのだ。
死、というものの重さを。
「ぃ嫌だ……っ、俺、まだ死にたくないんです」
咄嗟に言葉が出てきた。
「神様、どうか。どうかお願いします…!もうあんなこと言わないから…!お願いします!
助けてください!!
ここから出してください!!」
何の反応もない。俺の声は、暗闇の中に消えていくだけだった。
「誰でもいい……誰か……!俺っ、俺、
まだ生きたいんだ………—————!!」
ガバッ!と、勢いよく布団から跳ね起きた。
いつの間にか外は明るくなっている。
「ここはっ……」
街の喧騒はなく、早朝の静けさが戻っていた。
随分と長く寝ていたらしい。服は汗ばんで、頭も呆然とする。布団の温かさが、まだじんわりと背中に残っていた。
撃たれたはずの体は、綺麗に元通りになって、痛みもない。
「————凶蚊様。おはようございます。」
しかし、声がした。
その瞬間、サァと血の気が引いて、眠気が一気に吹き飛ぶ。
「今ちょうど、起こそうと思っていたところでございます。」
その声、ブロディア。
ぼやけていた視界も、急にくっきりしてきた。
レンガの壁、コンクリートの床、並べられた銃器の数々。
そして、輸血パックの異形頭をしたメイド服のブロディア。
————あぁ!まだFOR:WINSの世界にいる!
試合中に死んでも、自室に強制再生されるだけだった。帰れないんだ。
もうずっと、このままなんだ……!
目の前まで差し迫っていた絶望が、ついに自分を飲み込んだ。
どうしようもない。成す術がない。
顔は真っ青になり、ブロディアが呼びかけても上の空だった。取り返しのつかない、大きな失敗をしたような気分だった。
落ち着け、とにかく落ち着けと思っても、鼓動は速くなるばかりで、頭はもう終わりだという言葉でいっぱいになる。
何もできない。
一生帰れない。
「———凶蚊様、その、体調が悪いのでしたら無理にご対応なさらずとも良いのですが……」
「………。」
「私が失礼ながらお声をお掛けしたのは、チームメンバーの方よりご連絡があったからなのです。」
ブロディアは膝をつき、俺と目線を合わせている。その声はやけに優しかった。
「……」
七年間、画面越しでも、この世界でも。俺はずっと素っ気ない態度で…、パソコン上じゃほとんど無視してきたはずなのに、彼女の態度は変わらない。
…そういう設定にしたからだ。NPCとして。
けど、ここが現実なら 彼女もちゃんと———
そこで思考が止まる。
「チーム、から…?」
チームメンバー…、連絡…、それは数少ない現実側につながる言葉だ。
「はい、先ほど、Reticle Dominatorsのデスストーカー様からメッセージが届きまして、『もし来れそうだったら、至急チーム部屋に来てほしい』と。」
また心臓が高鳴った。
デスさん。あのデスさんから、連絡…。
FOR:WINSには、フレンド同士でのチャット機能がある。結局仲間とは携帯のメールでやり取りするので存在を忘れていたが、まさかこの世界にいてもチャットができるとは。
「———ちょっ、行ってくる、チーム部屋っ!」
俺は布団を飛び出して玄関に向かった。
「マスクをお忘れです、こちら。」
「あ、ありがと。…あっ、『今向かいます』って返信できるか?」
「かしこまりました。」
サイドテーブルに置いてあったガスマスクを渡される。衣服は、試合の時のまま変わっていなかった。
足をもたつかせながらも、勢いよく扉を開けた俺はチーム部屋へと走っていく。 道は覚えている。
しかし、わざわざ彼からメッセージが来るなんて。昨夜の無礼で、正式にチーム離脱を言い渡される とかだろうか。
それでもいい。とにかく、少しでも向こうの様子がわかるなら知りたいのだ。
(この先を右…で、階段降りる…)
摩天楼に反射する光が俺の顔を照らす。
朝日を浴びる街並みは、昨日の暮れた景色とはまた別物のように綺麗であった。
廊下を走り続ける。
「見えてきた…あの建物だよな……っ!」
——————一方、東京。
早朝の静けさは、いつも通りのはずだった。
だが、どこか違和感がある。
閑静な住宅街には似つかわしくない 一台の車が、古いアパートの軒先に止まっている。
向かいの家の住人が覗き込むように窺い、通りかかった主婦がわずかに視線を向ける。
その場の空気だけが、妙にざわつきを見せていた。
「……。」
その様子を見て足を止めるのは———、一人の会社員。
腕時計を確認しながら、携帯とアパートを交互に見つめている。
ピロン、と音がして男は目を見開いた。
『今、向かいます』
携帯の画面には、ゲームFOR:WINSのとある一室が映っている。チャットの通知に思わず男は携帯を握りしめた。
しばらくして…ようやく彼が画面に現れる。
「————デスさんっ」
イヤホン越しに、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。チームメンバーの、凶蚊だ。
(やはり、普通に会話はできるようだ。)
そもそも彼は、昨日からずっとオンライン状態になっている。
「メッセージ…読んで、何かあったのかって…」
走ってきたかのように息を切らしていた。体を動かす必要はない。メニュー画面のボタンを押せば、チーム部屋にすぐ入室できるはずだが。
「凶蚊君。」
そう呼ぶと、ガスマスクにジャケット姿のアバターは屈んだままこちらに顔を向けてきた。そんなモーションは、ないはずだが。
「…君、東京の家さ…引っ越しとかってしてる?」
「え、…いや、一度も。デスさんが前遊びに来てくれたとこです…練馬の」
「白いアパートだよね。…一階の、三番目の部屋。」
「はい」
————しばらく沈黙が流れた。
凶蚊の目の前には、黄色い髪を後ろで一つの三つ編みにしたアバター……デスさんが、ソファーに腰かけている。
彼が現実で何をしているのか分からないが、部屋にいるわけじゃなさそうだ。
彼の周りから、風や車の通る音が—————それに、どこか懐かしい蝉の鳴き声も聞こえてくる。
いつもとは違うデスさんの様子に、俺はなんだか嫌な予感を覚えた。
「…デスさ」
「凶蚊君の部屋に、…警察が来てるみたいなんだけど」




