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1-12.負け戦

 しばらく外を彷徨っていた。

 自室とマッチングルームの往復ばかりで、こうやってビルの外周を散策するのは初めてだった。

 遠く街の喧騒が聞こえるが、高層の一角らしく 辺りはしんと静まり返っている。

 少し心が落ち着いた。

 この世界から出る方法も見つからないまま、チームという頼る術も有耶無耶にしてしまったが……

 空を仰ぐと、星一つない暗闇が広がっている。今の俺の心のようだと、笑えるくらいの気力は持ち堪えた。

 不意に眼下の街並みに目を引かれる。

 ガタンと音を立てながら 錆びた鉄柵を掴むと、俺は水平線に伸びる街を見下ろした。

 肩まで外に出して、何百メートルと離れた先の建物を覗き込む。

 足がすくんだ。

 これだけの高所では、落ちたら即死だろう。

 しかしそれでも体を乗り出して目を凝らしてみると、人々の姿までは見えなくとも、行き交う車や電光の明滅に、確かに人の気配を感じた。

 本来ゲームでは作り込まれていないはずのこんな場所まで、当たり判定———いや、実体があるのだ。

 きっとあの街もCGなんかじゃない。

 もはやこの世界は本物だと確信していた。

 「だとすると…、時間経過で夢から覚める みたいな戻り方はできない、か。」

 ぽつりと呟く。

 夢じゃないなら、やっぱり手段も現実的なものに限られてくる。

 しかしデスさん…信頼できる仲間に転生したと伝えまでした。それでも何も起こらなかった。ただ待つのも、何か行動するのも意味がなかったようなのだ。

 ならばいっそ、この凶蚊としての体が消えれば、元に戻れるのか。

 (……けど、転生してここに来たってことは、元の体はもう死んでる可能性もあるんだよな。)

 そういう話には詳しくないが、大抵は死んで生まれ変わる というものだろう。

 もし そうだとしたら———。

 ぎり、と手すりを握りしめる。

 最初から帰る場所なんてなかった。この世界で死ねば、今度こそ本当に終わりだ、ってことになる。

 ……だが、逆に…元の体がただ眠っているだけなら。意識だけがこの世界に来てしまっただけなら。

 ここでの「死」が、向こうへ戻るきっかけになる可能性もある。

 言わば、賭けだ。

 チャンスは一度しかない。本当に死ぬか、生きて戻れるか。

 だからそれを試すのは最終手段だと思っていた。

 「————それが、今がなんじゃないか…。って………。」

 ふと そう呟く。

 色々やって、何も起こらなかった。

 もう手はない。

 だったら、今試すほかないのでは。

 ———ガタンと音を響かせながら、俺は鉄柵に片足を掛けた。

 ここから飛び降りて死んでみようか。

 この体は原型もとどめずに潰れるだろうが、それで現実に戻れるなら構わない。

 再び、街を見下ろした。

 今度はもっと体を乗り出して、さらに直下の建物までを視界に収める。

 やっぱり足がすくんだが、もはや止めるものなんてどこにも—————


 しかし、そこで一瞬 家族の顔が浮かんだ。

 姉の声が遠くに聞こえる。楽しかった記憶に、景色、まだ優しかった頃の両親の姿も…アルバムをめくるように、次々と脳裏をよぎる。

 その瞬間は一時にも満たないわずかな時間だったが、結局、俺はそれで 弱々しくその場にしゃがみ込んでしまった。

 またかよ。また躊躇ったのかよ。

 さっさと飛び降りてしまえば良いものを。

 そう思う一方で、一気に死への恐怖が全身を駆け巡った。四つん這いになって柵からなんとか距離を置くと、今更選択の愚かさを脳が責めだす。

 いや、そうだ。忘れてた。

 「っ、ぶねぇ……。違う、()()で死んだらダメなんだ。」

 試合を見る限り、ゲームFOR:WINSの設定や世界観が完全にこの世界にも反映されている。

 だったら、試合以外の空間は、現実と同じ。普通に生活できて、普通に死ぬ。

 しかし

 『試合中は どんな死に方をしても自分の部屋に強制再生(リスポーン)させられる。』


 そしてなにより、俺がこの世界に来た原因は、試合中のパソコンからの被弾—————。


 つまり まず試すならここじゃなく、試合なのだ。

 試合中に死んだってことなら、現実の俺も、何かのきっかけで強制再生(リスポーン)できるかもしれない……!

 俺は勢いよく走り出した。

 この廊下を突き当たり、右へ、階段を登って、左へ……。

 慣れたように摩天楼の中を進んで、目覚めた場所、自室に戻ってくる。

 「———ブロディア、試合を頼む。個人戦で、ルールも全部同じだ。」

 「手配いたします。」

 相棒NPCのブロディアはいつものように玄関口に立っていた。

 こっちはこっちで色々あって少し気まずさもあるが、人の見た目からかけ離れた彼女とは、もはやチームの皆とよりも気兼ねなく話せる。

 部屋の扉を開けると同時に、俺はすぐに脇にある狙撃銃を持ち上げて肩に提げた。

 「完了致しました。ご案内を…」

 「いや、もう大丈夫、道わかるから。」

 「……。」

 「———あ、その、いつも色々やらせちゃってて…も 申し訳ないから。休んでてって意味ね。」

 やっぱり気まずいかも。

 少し引け目に感じつつ、俺はすぐに部屋を出た。彼女の様子は最後まで見えなかったけど、落ち込んでいた気が……。

 首を横に振って、マッチングルームへと急ぐ。

 (とにかくっ、…考えてみれば、この体になってからは一度も負けてなかった。怪我するのが怖くて、無理な特攻を避けてたってのもあるし。)

 ここに来てからの戦績は、ほとんどが黄金に輝いていた。どれも沢山のキルを取って、最後の一人まで生き残ったか 時間切れまで持ち堪えたかの試合である。

 いや、それは前からずっとそうだ。伊達に優勝したわけじゃない。

 だからこそ、この数十戦に至っては一度も死んでいないのだ。

 キルされたらどうなるかを、まだ試していない。


 マッチングルームに繋がる広場に着くと、いつも通りたくさんのアバターが各々の相棒NPCに案内されながらエレベーターに乗り込んでいくのが見えた。

 俺も一人エレベーターに乗り、もう何十回と聞いたアナウンスに目を閉じる。

 「凶蚊 ルーム48番。」

 たった一人で、この世界に何時間も 何戦もこの身を費やしたのだ。

 輝かしい功績が続く中で わざと負けに行くのは釈然としないが、もう悠長なことは言ってられない。

 「……。」

 やっとマッチングルームに到着する。

 既に何十人も集まっていたが、誰一人として喋っていない。俺も静かに佇んでその場に溶け込んだ。

 辺りを見回すと、ランキングで度々見たことのあるようなプレイヤーや、レアな称号を携えたプレイヤーもいて、既に生きた心地がしない。

 (…一つ。気がかりなのは、痛覚があること……。)

 FOR:WINSでは、設定として「転送システム」を受けると、その間——試合中は、死んでも生き返って戻ってくるという技術がある。

 だから仮想の戦闘などではなく、生身の体で闘っているため、普通に怪我を負えばその分痛みもある。普通に死ぬ。

 それでも強制的に生き返って、()()()は何度も何度も試合に参加させられ、殺され続けるという話だった。

 あくまで、そういう設定のバトロワ系FPSだ。しかし今の俺にとっては、その全てが現実として立ちはだかっている…。

 ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 生きて戻れるが、その前に本当に殺されるフェーズを挟まなければならないのだ。


 監獄。

 この世界の名前が「監獄」 なのは、そういうことだ。

 程なくして、例の転送が始まった。

 内臓を持ち上げられるような奇妙な感覚。視界が暗くなったかと思えば、次に目を開けると戦場に移動している。

 見飽きたエリア。慣れてしまった銃声音。

 スナイパーの俺は、いつもならこの時点で高台を目指し、人目につかない()()()()から狙撃している。

 しかし今回はダメだ。覚悟を決めた凶蚊(おれ)は、一気に中央の広場へと走り出す—————。

 パン!パン!

 と早速弾丸が足をかすめた。

 見えている。今のは二方向からの銃撃だった。

 15メートル先の壁に、アサルトシューター。射角を利用して南東の屋内に、音からして電光銃。

 しかしこちらはまだ弾すら拾っていない無防備な状況だ。始めから無抵抗では興が冷めるというもの。

 ここでヘイトを集めて広場まで向かえば、同時に複数のプレイヤーを引き寄せて乱戦に持っていける。

 せめて数人くらいはキルしておきたいのだ。

 ひたすらに走り、直線上に落ちていた物資だけを拾っていく。その間に何度かの弾丸を受けたが、軽く肌をかすめるだけでほとんどダメージはない。

 廃屋に挟まれた路地裏の先に、開けた空間が見えてきた。

 壁の間から見え隠れする俺の挙動に、次々と相手は誘われ こちらに注意を向けてくる。裏取りを試みる者、追いかける者…そのどれも、俺は長年の経験で大体の場所と行動を把握できていた。

 実際この身体になるとより知覚が簡単になる。

 ふっ、と突然光が差し込んだかと思えば、ついに広場が目の前に現れた。

 開幕から広場を陣取るプレイヤーも含め、それなりに周囲は殺気に満ち溢れてくる。誰かの発砲音を皮切りに、予想通り一帯は乱戦へと発展した。

 近づいてくる相手をつい、拾った拳銃で撃ち倒す。それでも音を聞いて次々と敵が集まって来て、キリがない。一人、二人とキルカウントが増えていく。

 トップランク帯ともあれば、乱戦に乗じたキル稼ぎは皆慣れたものだが、今回の参加者はかなり好戦的な者が多いようだった。

 無理に前線へ飛び出してくる者、背中を見せる俺を追って隙だらけになる者。(まと)が多くなって射線は分散してしまう。

 これでは俺が目立てないじゃないか。

 かすり傷だけが増えていく。ピリピリと軽い痛みを感じはじめる。

 それでも 無駄に駆け回ってなんとか注目を集めた俺は、今回のエリアの中央にある巨大なモニュメントを目指した。あそこなら目立つ。

 心臓が高鳴っている。

 走った道の上を、背後から複数の弾丸が追うように飛んできた。とんでもないスリルと、死が間近にまで迫っている恐怖で上手く息ができない。

 中央に近づいてきて振り返ると————

 ダダダダダダダッ!

 と今までにない弾丸の猛攻にさらされた。そして一発、更に一発…と鈍い衝撃を食らう。

 「うっ?!」

 —————撃たれた!

 そう思った時にはもう内臓がすくみ、右足が熱くなり、視界が暗くなった。鮮血が地面を彩り、激しい痛みで頭が真っ白になる。

 血の気が引く感覚、大量の汗。

 息がつかえてヒュゴッと気道の狂った音がする。

 なんでこんなことしようと思った———今更の後悔と焦りでますます視界が歪む。

 さらに何人かが近づいて、銃口をこちらに向けてくる。

 そうだ、そのままやれ……っ

—————パン!

 しかし、先に発砲したのは俺だった。俺はまだ拳銃を構えていた。

 「…ぐ……、くそっ……!」

 顔が熱くなって、手の震えも激しく、照準はブレる。それでも交戦した。

 火薬の匂いがした方へ——閃光が見えた方へ———躊躇なく発砲する。腕と、足に被弾する。

 ほとんどしゃがみ込んでいた俺は、なお立ち上がった。歯を食いしばり、体中の血管が破裂しそうな勢いで、しかしまた発砲する。

 痛い、痛い痛いっ……もう嫌だ、もう無理だ…!!

 それなのに俺は抵抗を続けた。ここまで来て 死にたくない、と心が訴えているのだ。

 アドレナリンか、体の痛みはそこで留まって、なぜか倒れずに相手を迎え撃つ。 乱戦の状況も相まって、確実にプレイヤーが減っているのが分かった。

 まさか、まさかここは持ち堪えるのか?とも思ったが——————

 そこに、明らかに格の違う、流れるように人を倒していく一人が見えた。

 その手つき、立ち回りですぐに分かる。

 アイツはランキング上位勢だ。

 もはや美しさまで感じる見事な戦闘技術。ほぼ全ての弾丸をかわし、長い滞空時間で敵の視線を空中へ移した……その隙をつく三連銃の攻撃。

 倒す。また倒した。今度はそっちを先に倒すか、その姿勢から更にもう1キル———上手い、相手の動向すら掌握している。

 歪む視界の中で、彼女だけが鮮やかな動きを見せていた。

 あれは今の体力じゃ相手にならない。早く、気付かれない内に退避だ。回復道具も探して…一旦、逃げたい。

 またも多くの敵が迫ってくる。汗で手が滑る。立つのがやっとだ。

 だが……俺がなんとか迎え撃つ一人を倒したところで、そのプレイヤーは、ぐるりとこちらに顔を向けてきた。

 こちらの拳銃が弾切れになったのを待っていたのか。いや、この距離なら狙撃銃でも応戦できる。

 気味の悪い笑顔を貼り付けたような、ものすごい形相でこっちに走ってきた。

 急いで銃を構える。まだ間に合う、まだ、いける!!

 相手は高く跳んで頭上まで迫っていた。

 撃て、早く……!

 死————————!!

 「っ………。」


 しかし俺は、軽く握りしめた銃を 静かに下ろした。


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